天下無敵の石ザル誕生

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 四大部州の東勝神州<とうしょうしんしゅう>(*1)の近海に傲来<ごうらい>という国があった。大海に面した偏境地には、花果山<かかざん>という世にもまれに美しい山が切り立ち、草花は枯れることなく咲き乱れ、桃や木の実は絶えることなく実を結んだ。鳥がさえずる山間を、鹿や狐が駆け抜けては木立を揺らす。あらゆる生物が棲み分け、また、争いもするけれど、そこを離れていく獣はなかった。
 そんな彼らが近寄らない場所がひとつだけあった。
 それは──。

「にいちゃん、やっぱりやめようよ。あそこには行っちゃいけないって、かあちゃんが」
 爪をしっかり立てて岩にへばり付いている弟ザルは、早くも根をあげた。
「平気だよ。祟りなんて迷信さ。ただ、苔がむしてて滑るからキケンだっていうだけ。ガキザルども遊び場になったら困るからいうのだろう」
「だけど──」
「根性なしめ。来ないなら置いてゆくぞ」
「いやだよ。置いてかないで」
 帰り道もわからなくなった弟ザルは、半べそかきながら兄ザルにくっついていった。
 二匹の兄弟子ザル(*2)は群を離れ、普段から行ってはいけないと言い聞かされていた岩山を登っていた。ダメだといわれれば行ってみたくなるのが子供の性分。危険な場所へ出向いて行くのもまた、子供の勲章なのだ。
「下を見るなよ」
「うん、わかってるよ……」
 とてもじゃないが、下なんか見られたもんじゃない。弟ザルは兄のしっぽばかりを見ながら登った。
「よしよし。そういう楽しみは最後にとっておくもんだ。頂上に立って皆を見下ろしてやるんだからな」
 それを聞いた弟は、頂上に立ったって、絶対見られるはずがないと思った。
 なんだかちぐはぐな兄弟は、岩山の頂上を目指していた。
 この岩山は花果山のてっぺんにそびえ立ち、まるで天を貫かんばかりに高々と構えている。その高さ故、岩山の頂に雷の落ちることがしばしばあった。しかし、この岩山、どれだけ雷に打たれようが、雨風吹こうが頑丈そのものだった。昔から厄災を一手に引き受けてくれると崇められていたが、ひとたび立ち入るものなら必ず天罰が下ると、花果山に棲む者から恐れられていた。(*3)
 よって長い間誰も近づきはしなかった。その急な斜面には誰かが登った形跡はない。兄ザルの胸はますます高まった。
 花果山は海に囲まている。国のどこよりも高い岩山の頂から見下ろせば、三六〇度のパノラマ。世間知らずの子ザルにしてみれば、それこそ世界のすべてを見た気になってしまうだろう。
 ところが、順調よく登っていた子ザルたちに不運が襲った。
 ゴォーという地響きがしたかと思うと、岩山がぐらぐらと揺れだし、雷が落ちても砕け散らない岩の破片がぱらぱらと降ってきたのである。
「にいちゃん、祟りだよ!」
「バ、バカいえ、そんなはずあるか。地震だ、地震にきまってる」
 急に意気地のなくなった兄ザルはガタガタと震えだしたが、弟の手前、口だけは達者だった。
 轟音と地響きは花果山に住む者すべてが感じ取るほどで、誰もが高くそそり立つ岩山を見上げた。子ザルたちの姿が見えるはずなかったが、動物的な勘で震源がそこにあると感じていたのだ。
 あの岩山が──。
 胸中は何事かと不安でいっぱいなのであった。
 頂上で爆発音がしたかと思うと、破片が転がり落ちてきて、兄弟ザルは振り落とされてしまった。兄ザルは斜面を転げ落ちながら、一筋の光が頂上から発せられるのを目に留めた。見たのはそれだけだ。それ以後は気を失い、何が起こったのかわからなかった。

 岩山の頂から放たれた光は宇宙の遙か彼方、無限に突き進み、天界の住人を驚かせた。天界を治める玉帝は金闕雲宮<きんけつうんきゅう>の霊霄殿<れいしょうでん>に千里眼と順風耳を呼び寄せ、下界の様子を探らせた。
 千里眼が三つの目で花果山を凝視すると、岩山を駆け下りるサルが見えた。
「岩からサルが生まれたようです」
「なに?」
 玉帝は報告を聞きながら胸騒ぎがした。
「人の子よりは大きいでしょうか。しかし、生まれたばかりだというのに、うまいこと飛び跳ねております。」
 順風耳は地獄まで聞こえる耳をそばだて、
「岩山の麓で気を失った二匹の子ザルに話しかけてます。──おい、しっかりしろ。お前らはどこに住んでる。食い物はあるのか──」
「食い物の心配をしているのか」
「はい」
「取るに足らぬことかもしれんな。たちの悪い妖獣ならば二匹の子ザルを喰い殺しておるだろう」
 玉帝は石ザルがそれ以上の大きな騒ぎを起こしそうもないと悟ると、「下がってよい」と二将に命じた。

「おい、しっかりしろよ」
 岩山の麓まで駆け下りた石ザル(*4)は、兄弟ザルに気がついて身体を揺さぶった。爪の間には引っかいた苔が入り込み、身体の至る所から血を流していた。
「どうすりゃいいんだよ」
 生まれたばかりの石ザルは、あぐらをかいて座り込み、同類のサルが瀕死の状態であるのに、なにもできずに考え込んでいた。しばらくすると、少しだけ体の大きい方のサルが目を覚ました。
「……うぅ」
「お、大丈夫か」
 子ザルはもうろうとしながら石ザルをとらえると、カッと目を見開いてひっくり返りそうになった。
「あ、あんた、誰だよ」
 見たことのないサルに一瞬ひるんだ。子ザルたちの群にはいない新顔でありながら、顔つきは雷公のようで、どこの長老よりも恐ろしかった。
「おれか? 誰だといわれても……まだ名前はない」
「ないって、おいらよりおとなだろ?」
「でも、さっき生まれたばかりだ」と、岩山を指す。「あの岩から生まれた。だからお前たちが巻き添えを食ったんだ。そうだろ?」
「う、嘘だね。あんた何もんなんだよ」
「そういわれてもなぁ──と、そんなことより、お前ら、どの辺に住んでるんだ? 喰いもんのあるところにいるんだろう? 腹減って」
 石ザルはへなへなっと、腹を押さえるが、子ザルは警戒しているのか、無言のまま何も答えなかった。石ザルはつまらなそうに顎をしゃくった。
「そっちにいるのは弟か?」
 子ザル、血の気のない顔をさらに真っ青にして駆け寄り、ぐったりとした弟を抱きかかえた。
「パォ! しっかりしろ。こんなところで死んでら、おいらはどうしたらいいんだ」
「まだ死んでない。おれがおぶってやるから案内しろ。助かるものも助からなくなる」
「ついてくるな。おいらがなんとかする」
「ばかいえ。お前だってけがを負っているんだ。人の好意は黙って聞きやがれ」
 石ザルは兄ザルを払いのけると、背中に弟ザルを背負い森の中へ入っていた。
「……おい。……こっちだよ」
 まるで違う方へといく石ザルに後ろから声をかけ、自分たちの住処へと案内した。石ザルはくるりと方向を転換し、やれやれとため息をつくと、
「ここはなんというところだ?」
 と、手に届く木の実をつまみながらいった。まずかったのか、ペッと吐き出す。
 兄ザルは口の切り傷を気にしながら話した。
「傲来国の花果山ってところだ。美しいところだけど、七十二ある洞の妖魔王が好き勝手して、どこにも属さない獣たちはひっそりと暮らしているんだ」
「ほう。妖魔王ねぇ。で、お前さんたちの仲間で、立ち向かおうとするヤツはいないのか」
「いるはずないじゃないか。猿猴どうしのいざこざがあるぐらいさ」
「それじゃ、のさばられようがなにされよが、しょうがないな」
 兄ザルは心ここにあらずといった風で、生返事をしたかと思うと、ぼそぼそと石ザルを盗み見た。
「あのう……」
「なんだ」
「あの岩に登ったこと……言わないでほしいんだけど」
「なんで。登っちゃいけなかったのか?」
「祟りが起きるって」
 石ザルはプッと吹き出し、
「ってことは、おれが祟りの神様? おもしれぇ」
 と、負ぶった子ザルを背負いなおした。
「で? おまえらの傷はどう説明する?」
「ふざけてたって言えば」
「子供の兄弟喧嘩で死にそうになるかよ。おれがいじめたといわれるのがオチだね。ま、その方が都合がいいのだろうけど」
「そんな……」
「いいさ。おれさまには関係のないことだ。その代わりこっそりメシぐらい喰わせろ。そうだな、椰子酒つきでもてなせ」
「うん……」
 兄ザルは浮かない顔で黙りこくる。
「心配するな。うまくやってやる」
 兄ザルは黙々と案内し、テリトリーに帰ってきた。
 すると、遠くの方で枝が揺れ、一匹のサルが木の間を飛び渡って瞬く間にやってきた。石ザルたちの目の前に降り立ち、豪快に叫んだ。
「貴様、何者!」
「アニキ!」
 兄ザルは脅えたように後ずさった。石ザルは兄ザルに耳打ちする。
「なんだ、まだ兄弟がいたのか」
「いえ、うちの若頭です」
「どうりで。威勢がいいわけだ」
 石ザルは感心したようにうなずいた。その態度にカチンときて、なにもかえりみないような無鉄砲さでにじり寄る。
「お前はどこの者だ。ヤォに何をそそのかした」
 若い衆を統率しているだけあって体躯に恵まれて大きく、小さな石ザルは陰に隠れてしまいそうだった。
「そんなことより──」
 口を開くやいなや、拳をふるってきた。石ザルは見切って、子ザルを負ぶったまま後方に飛び跳ねた。
「クソッ」
 若ザルは追随して飛び上がる。身が重い石ザルにすぐさま追いつき顎に一発喰らわせた。
「グッ」
 反撃したいのをこらえて丁寧に着地する。
「待て! お前の仲間が死にそうなんだ。治療を頼む。相手はそれからいくらでもしてやる」
 若いサルは初めて後ろにいるサルをじっくり見た。石ザルの背中で、パォはとぎれそうな呼吸をしている。
「パォなのか?」
「はい……」
 何をいわれるか気が気じゃないといったかんじで、兄のヤォは答えた。
「まだ子供じゃねぇか。お前には節序がねぇのかよ」
「言い争ってる場合か!」
「うるせぇ。お前の指図は受けるか!」
 飛びかかってくるので石ザルは身構えたが、若頭はパォを抱きかかえて「ヤォ、ついてこい」といって森に消えた。
 ヤォは呆然と立ちつくしている。石ザルは思い出したように顎を擦った。
「いてててて」
「すみません」
「一発殴んなきゃ気が済まないなぁ」
 石ザルは拳を握って振り上げた。ヤォはきつく目をつむって肩をすくませた。
 だが、いっこうにパンチが飛んでこない。そっと目を開ければ、石ザルはウーンと腕を伸ばしてあくびをしていた。
「アイツ、結構重いんだな」
 肩を回してだるそうに腕を振った。
「あー、腹減った。おれを群れに案内しろ」
 つかみ所のないサルに戸惑いながらも、ヤォは先に立って木立の間を駆け抜けた。

 先に戻ったパォは治療を受けて穏やかに眠っていた。パォが出生の知れぬサルにやられたとの噂を聞きつけた仲間が集まり、到着するなり石ザルを囲んだ。
「アホが。ぬけぬけとやってきあがって」
 若頭のヤンクゥは毛を逆立てて威嚇する。誤解もへったくれもなく、ひとりで乗り込んできた石ザルが、ただただ気に入らなかったのだ。
「血の気の多い性悪め。それだけの威勢があるなら、七十二ある洞の妖魔王の相手でもしていろ」
「お前は誰だ。誰の使いなんだ」
「誰でもねぇよ。ここに来たらうまい酒があると思っただけだ」
「貴様に振る舞う酒はない!」
 ヤンクゥは地面を強く蹴って突進してきた。
「ちょうどいい。こっちにも貸しがある!」
 大振りで殴りかかるヤンクゥの鉄拳をかわし、己の拳を繰り出した。しかし、懐深いところに入れず、左頬をかすっただけだった。敵はそんなことでひるんじゃいない。逃げるところ、逃げるところに手を出してきた。飛び跳ねては地面を転がり、追いつかれてはよけるという一方的なヤンクゥの攻撃が続いた。
 石ザルはひときわ高く飛び上がった。
「逃がすか!」
 大柄な身体が宙に舞う。石ザルはちらっと振り向き、ヤンクゥが追ってくるのを確かめると、目の前に迫った木の幹を足場にし、鞠のごとく跳ね返った。
「なに!?」
 逃げたと思っていた石ザルが、二倍の速さで正面に向かって飛んでくる。方向転換しようと生い茂る木の枝に手を伸ばしたときにはもう、石ザルの肘鉄を喰らっていた。
 後ろに一回転して地面に落ちる。
「とどめだ!」
 石ザルが勢いに乗って飛びかかろうとすると、目の前を何かが回転しながら遮り、石ザルの動きを止めた。木に当たって転がるものを見れば、樫で出来た杖だった。振り返ると年老いた手の長いサルが立っていた。
「長老!」
 額から血を流すヤンクゥが目を細めていった。
「勝負ありじゃ。いずれ仲間となる者。殺すまで戦う必要はない」
「しかし長老。わたしはまだ──」
「黙れ! おまえに勝機はない。潔く諦めい」
 未だ殺気の失せないヤンクゥだが、長老には逆らえなかった。
「見かけん顔だな」
 長老は石ザルに向かっていう。
「おかげで手荒い歓迎を受けたぜ。教育がなってますねぇ?」
 石ザルが睨むも、長老は気にもとめない。
「ここのボスになりたくば、ひとつの試練を受けなくちゃならん。どうするかね?」
「へぇ。それはありがたい。この性悪にも出来たことなのだから、おれさまが出来ないはずもない。なんだってやってやるよ」
「来なさい」
 長老は杖を拾い上げ、ゆっくりと歩き出した。
 森を抜けてやって来たのは断崖絶壁。対面の崖からは滝が流れ落ち、轟音を立てていた。水しぶきで霧が立って谷底が見えず、滝壺の深さは計り知れなかった。
「この滝に飛び込み、生還した者だけが群を統率する権利が与えられる」
 石ザルは慎重に谷底をのぞき込んでいた。野次馬のサルたちは固唾を呑んで見守っている。
「尻込んだか?」
「ちょっとね」
 長老はそれを聞いてフッと鼻で笑った。石ザルは崖から離れてつぶやく。
「じゃ、早いところ済ませるか」
 大きく息を吸い込んで崖っぷちに向かって走り、ありったけの力で地面を蹴った。あっという間に落ちていく水の流れにつっこみ、次の瞬間には水のベールに消えていなくなっていた。
「おまえより無鉄砲じゃ」
「長老これはいったいどういうことなのでしょう」
 ヤンクゥには長老の課した試練が、なんのことやらさっぱりとわからなかった。
「どこの馬の骨とも知れないあばずれに、任せられるか」
「それじゃ──」
「自ら死にに行きおった。万事解決じゃ」
「さすが長老様」
 と、怖い顔を引きつらせて微笑んだそのとき、滝に細い隙間が出来たかと思うと、石ザルが飛び出てきた。ヤンクゥのそばに降り立ち、毛をブルッと震わせた。水しぶきがヤンクゥにかかる。
「うぅ、さみぃ!」
 誰もが信じられないといったふうに、ガタガタ震える石ザルを見ている。
「なぁ、これが試練なのか? あんたも飛び込んだんだろう?」
 長老はあたかも当然のようにうなずいた。
「あんたたち、どうしてあそこに棲まないんだ?」
「は? どういうことだね」
 首を傾げる長老をいぶかしげに見て、
「──なるほど。そういうことか」
 と、はめられたことに気がついた。
「誰もあの滝に飛び込んだ者はいないんだな。そうだろ?」
「なにをいう」
「じゃあ、あの滝の裏には何があった?」
「滝の裏?」
 長老は答えに詰まった。石ザルはたっぷり待ってやった。
「洞窟だよ。一昔前、誰かが棲んでいたみたいだ。石で出来た玉座や机、食器なんかもあった。水簾洞洞天<すいれんどうどうてん>というらしい。おれはそこを乗っ取って王になる。この群れのボスになるよりおもしろそうだ。ついてきたいヤツはついてこい」
 そういい残すと、また滝に飛び込んでいったのだった。
 集まったサルどもは半信半疑に顔を見合わせた。だが、飛び込む勇気のある者は現れない。
「ヤツの誘いに乗るな。どうせ嘘に決まっている」
 ヤンクゥは自分自身に言い聞かせるようにつぶやいた。それは若頭らしからぬ弱気な発言だった。
「ヤツは普通のサルじゃない。滝に飛び込んで戻ってこられるはずがないだろ……」
 しかし、己の勇気を試そうとする一匹の子ザルがいた。「おいらならできる、できる、できる」と、念仏のように唱え、列から飛び出し崖に向かって走っていく。すさまじい水の流れに一瞬意気地がなくなって速度が衰えた。だが、もう止まることはできず、慣性で滝につっこんでしまった。
「バカヤロ!」
 ヤンクゥが気づいたときには遅かった。崖に駆け寄り手を伸ばすが遙か向こうに飛んでいる。ヤンクゥの足下が崩れて砂がぱらぱらと落ちた。
「諦めろ」
 長老が後ろから手を引き、ヤンクゥは後ずさった。
 皆、無言だった。(*5)

 子ザルは滝の流れに呑まれ、身動きひとつ取れず水の一部となって落ちていった。そのとき水流の中に茶色い棒のようなものが伸びて子ザルの腕をつかんだ。
「ウオォォ! 重てぇ!」
 水の流れに逆らって子ザルは引き上げられ、地面に転がった。ゲホゲホと水を吐いて空気を吸い込む。
「ヤォか?」
 見上げると、背中をさすっていたのはあの石ザルだった。
「まったく。中途半端に飛び込むんじゃないよ。またおれが悪者になっちまうじゃないか」
 助かったのだとお礼も忘れて周りを見渡した。自分は滝の裏にいて洞窟の入り口にいるのだとわかった。
 石ザルのいうとおりだった。門前にある石の碑には『花果山福地 水簾洞洞天』(*6)と刻んである。
 ヤォは慌てて一歩下がり、跪いて叩頭した。
「大王! 忠信を誓います!」
「そんな、大袈裟な」
「いいえ。水簾洞の王にふさわしいのはあなたしかいません」
「そうか?」
 石ザルも悪い気はしなかった。その気になっていよいよ決意した。
「よし、おれは今日から美猴王<びこうおう>(*7)となのる」
「はっ。それでは洞の立ち上げを祝して宴会を!」
「ようやく食い物にありつけたか」
 と、本来の目的を思い出した。

 崖の上ではちらほらとサルたちが帰りかけていた。ザバッと音がして水しぶきが跳ね上がったので振り返ると、石ザルがヤォを抱えて飛び出してきた。
「ヤォ!」
「大丈夫か?」
 たちまちにして仲間に囲まれる。
「平気だよ。ちょっと失敗しそうになったけどね」
「心配させるなよ」
「ごめんなさい。でもね、本当に洞窟があったんだよ。石のお屋敷みたいでさ、すごいんだ。これから酒宴を開くんだけど、みんな手伝ってくれよ」
 何匹かの若者は面白そうだと、酒と木の実を持ち寄って滝に飛び込んだ。玉座には石ザルを座らせ、美猴王と崇める。以来、この付近のサルは石ザル派とヤンクゥ派に別れてしまい、折り合いが悪くなっていったのである。


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(C) Sachiyo Kawana