あかねちゃんが「おかしいな」と思ったのは、三日前のことでした。
勉強するつくえにおいてあったはずのマンガ本が、朝おきてみると、ゆかの上におちていたのです。でも、思いすごしだろうと、あかねちゃんはあまり気にとめませんでした。
それより、あかねちゃんにとって気がかりだったのは、夏休みの宿題の工作です。夏休みはあと少ししかないのに、なにを作ろうかも考えていません。昼はお友だちとあそんで、夜はテレビを見てと、宿題をやる時間がないのです。
しかたないから、おもしろいテレビも終わって、おふろにも入って、なにもすることがなくなった真夜中にやろうとしたのですが、ねむたくてねむたくて、つくえの上につっぷしてしまいました。
ウトウトとねてしまいそうになったとき、ポンポンとかたがたたかれました。
「うーん、おかあさん、ごめんなさい」
ねぼけているあかねちゃんは、とっさにあやまっていました。すると、
「フフフ」
と、すきとおるような声でだれかがわらったのです。
「だれなの?」
あかねちゃんはねむい目をしばしばさせてふり返りました。けれども、へやの中にはだれもいません。
「ゆめ? でも、わたしはまだねてないんだから」
あかねちゃんはだれにともなくいいました。すると、やはりだれか話しかけます。
「ゆめじゃないよ。あかりを消してごらん」
「そうしたら、暗くてなにも見えなくなっちゃうでしょう」
「だいじょうぶだよ。早く、消して」
あかねちゃんはへやの真ん中に歩いていって電気を消しました。暗やみになるはずなのに、ほのかにへやの中が明るいのです。
「こっちだよ」
あかねちゃんが声のするほうへふりむくと、そこにはちょうちんみたいにぼんやりと光る、小さな女の子がいました。
「わぁ……」
あかねちゃんは声をあげておどろきました。
「あなたは、だれなの。どうしてこんなところにいるの」
「あたしは月の子。まどから入ってきたんだ」
あかねちゃんがまどを見ると、開け放たれたまどから風がふきこみ、レースのカーテンがゆれていました。
たしかに、暑いからまどを開けていたけれども──。
「どうやって入ったの。ここ、マンションの十二階だよ」
「だから、月の子だって、いってるでしょ。あたしは空からやってきたんだ」
月の子はカーテンを開けて夜空を指さしました。満月にはちょっとたりない月がかがやいています。
「あたしは月のあかりがさしこむところだったら、どこにでもいけるんだよ」
「イタリアにいる、サッカー選手のおうちでも?」
「もちろん。あたしは世界中を回っているから、世界中の言葉をおぼえちゃった」
「へぇ、すごいね。それじゃ王さまのお城にもいけるの?」
「そうだよ。あかねちゃんが好きなあの子のうちだって……フフフ」
「そんな子、いないよ!」
あかねちゃんは顔を赤らめて、ちょっぴりむきになりました。
「じょうだんをいってみただけ」
月の子はいたずらっこみたいにわらうのでした。
「それより、こんなにおそくまでなにやってるの? と、いっても、ねていたみたいだけど」
「夏休みの宿題がまだ終わっていないの。工作、なに作っていいのかわかんないよ」
つくえの上には理科の教科書や、図書館でかりてきた工作のヒントになるような本がひろげてあります。
「それじゃ、あたしが手伝ってあげるよ」
「ありがとう。でも、なにを作ろう?」
「夜空ってのはどう?」
「夜空?」
あかねちゃんは空を見上げて、どうやって工作にするのだろうと思いました。
次の日、あかねちゃんはおかあさんにお金をもらって、月の子にたのまれたものを買ってきました。黒いおとな用の大きなかさと、金色のマジックです。
おかあさんに「そんなもの買ってきてどうするつもりなの」ときかれましたが、あかねちゃんにもよくわからないので、「できあがるまでのヒミツ」といってごまかしました。
あかねちゃんは部屋を暗くしたまま夜までまちました。窓から月が見えると、月の子は光とともにやってきました。
「これでいいの?」
あかねちゃんは買ってきたものを、月の子に見せました。月の子はかさをひろげて、くるくると回しました。
「じゅうぶん、じゅうぶん」
「これが夜空になるの?」
あかねちゃんは心配そうにたずねます。
「かさのうちがわを夜の空に見立てて星をかくのよ。くるくるってかさを回せばプラネタリウムみたいでしょ」
「そっかー。かさが小さな夜の空になるんだね」
あかねちゃんはおもしろいアイディアによろこびましたが、すぐに不安になりました。
「でも、わたし、星のことよく知らないよ。もう時間がないし、今から調べていたんじゃ夏休みが終わっちゃうよ」
月の子はエッヘンとむねをはりました。
「だいじょうぶ。あたしは月の子だよ。星空を毎ばんかけめぐっているのだもの。星のことならあたしにきいてよ」
あかねちゃんはたのもしい星はかせのもとで勉強しながら、北半分の夜空を金のマジックでかいていきました。
「真ん中あたりが北斗七星でしょ、このへんはおおくま座で……ああちがう、星がひとつ多いよ」
「えっ。じゃあ、黒のマジックでぬりつぶしちゃえ」
そうこうしているまに、月の子が帰らなければいけない時間になりました。まどを見ると、月がいどうして、まどわくの外へ出ようとしていました。
月の子があかねちゃんのへやにいられるのは、まどから月あかりがさしこんでいるあいだだけなのです。
「それじゃ、またあしたくるからね」
月の子が帰っていくと、あかねちゃんはベッドにたおれて、またたくまにねてしまいました。おかあさんが「おきなさい」とおこっても、友だちが「プールに行こう」とあそびにきても、おきようとはしませんでした。
そしてまた夜になると月の子をまったのです。
あかねちゃんは月の子にあうなりいいました。
「あれ? 少し太った?」
「そりゃそうだよ。あたしは月の子だもん。満月に近づけば、太ってくるの」
いわれてみれば、空に浮かぶ月も太ったような気がしました。
「だから、男の子にあうときは三日月のときって、きめているんだ」
あかねちゃんは今日が三日月のときでなくてよかったと思いました。もし三日月だったら、自分のことろにはきてくれなかっただろうと思ったからです。
ふたりはすぐにきのうのつづきをはじめ、星の数を増やしていきました。
あかねちゃんは夜ふかしをつづけ、夏休みさいごの日に、夜の空を作りあげることができました。そしてこっそり用意しておいたタコ糸をかさのホネの部分にしばり、白いピンポン玉をテープでつけました。
「これはなに?」
と、月の子がききました。
「月だよ。夜空には月がないとね」
「フフフ。同じことするんだね」
「えっ? なんのこと?」
月の子はわらったまま答えてくれませんでした。
「じゃ、あたしは帰るよ」
「本当にありがとう。いろいろ勉強になったよ」
「あしたから新学期なんだから、もう夜ふかししないでね」
「休みの日には会いに来てくれる?」
「もちろんだよ」
ふたりはしっかりあくしゅをして、わかれをいいました。
あかねちゃんはかさをとじ、それをかかえたままベッドでねました。
二学期はじめの日。空はからりと晴れていいお天気でした。かさをもっているのは、あかねちゃんだけです。
ところが、学校の門までくると、むこうから同じように、黒いかさをもった男の子が歩いてきました。同じクラスのすばるくんです。
「すばるくん、そのかさどうしたの?」
「宿題の工作。あかねちゃんは?」
「わたしもなんだ」
「じゃあ、いっしょにひろげてみない?」
ふたりは校門の前で「いっせーの」とワンタッチのボタンをおしました。すると、すばるくんのかさの内がわにも、金のマジックで星がかいてあったのです。しかし、あかねちゃんのかさとは少し様子がちがうようです。
「ぼくは南の夜空をかいたんだ。あかねちゃんは?」
「わたしは北の空」
「それじゃ、ふたつでひとつの夜空になるんだね」
そういってかさを近づけるので、あかねちゃんはなんだかはずかしくなって、ほほを赤らめました。
かさが近くによると、ピンポン玉がカチンとぶつかりあいました。
「それ、なに?」
あかねちゃんはピンポン玉をさしていいました。すばるくんのかさにも、ピンポン玉がぶら下がっていたのです。
「月だよ。わらわれちゃうかもしれないけど、ぼく、月の子にあったんだ」
「ええっ! わたしもだよ。月の子にあって星座を教えてもらったの」
「それで、あかねちゃんのかさにも月があるんだね」
ふたりは月の子のおかげですっかり仲良しになって、工作の発表会もふたりでいっしょにすることにしました。
でも、月の子の話しはふたりだけのヒミツです。
あかねちゃんはもう一つだけすばるくんにききました。
「月の子ってやせてた?」
「うん、やせた女の子だった」
あかねちゃんは恋のお助け人、月の子も、男の子を好きになったりするのかな、と思いました。