きみの連れ子


 僕だって結婚を考えていた。お互い三十二歳でこのような深いつき合いとあっては当然のことだった。
 つきあい始めて3年。きみも結婚を口にするようになったね。だけど、「私と結婚してください」とまではいわなかった。きっと、男からプロポーズするのが礼儀なのだろう。きみは僕の男としての立場を考えてくれたんだよね。
 なのに、きみは浮かない顔をした。申し訳ないというよりは困っているように見えた。受け入れられるのか、断られるのか……きみは予想外なことをいった。
「あなたに隠していたことがあるの」
 今さらなにを言い出すんだ……そんなことはきみには言えなかったよ。心の中にとどめておいた。
 沈黙をさけるようにきみは口を開いた。
「こどもがいるの」
 こども……。
 それは少しショックであった。
 旦那はいるの?という問いにきみは首を横に振った。
 きみには離婚経験があったのだ。隠したくなる理由もわからなくはない。
 僕はきみとの結婚を考えるより遙かに短い時間で決断した。
「それなら……きみのこどもにも挨拶しなくちゃいけないね」
 騙そうというつもりはなかったと、信じていたんだよ。

「男の子? 女の子?」
 きみは微笑んだままバックから手帳を取りだし、一枚の写真をよこした。きみと小さな女の子が写っていた。きみよりずっと美人になりそうだって思ったよ。
「父親とは今でも会ってるの?」
「一度も会ってないわよ」
 僕はきみが離婚したと思いこんでいただけなのだろうか? 込み入ったことを聞くべきか悩んだが、ここははっきりさせておくべきことだと思った。
「もしかして、未婚の母?」
「そうなるわね」
「どうして、その……結婚をしなかったの?」
「5年前は結婚する必要なんてないと思っていたから。この子さえいてくれればよかったのよ」
「彼はきみが子供を産んだことを知ってる?」
「私が産んだこと? どうだろう。たぶん知らないわ」
 心に傷がまったくないようにみえた。きみはあっけらかんとしすぎていた。
「知らせなくていいの?」
「あの人がどこでなにをしていようがかまわないし、第一どこの誰だかわからないんだもの。というか、知らせる必要なんてないのよ」
 どういうことだ? それはつまり、行きずりの男と……。
「ちょっと待って。なにか勘違いしている」
 僕の形相にきみは慌てて説明を加えた。
「本当のこというと、あの子の父親は誰だかわからない。知っているのは顔だけよ。でも、私はそんな不埒なことはしていないわ。信じて」
 信じてといわれても……。
「あの子はね、試験管ベビーなのよ」


「あのときのあなたの顔といったら!」
 きみはしわになるのも気にせず涙をにじませて笑った。
「驚かない奴がいるかよ」
 僕らはテレビに映る女優になったきみの連れ子を見ながら、昔話をしていた。



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