泣かずにはいられない夜もある。
 そんなあなたが癒やされれば――。

 ラジオDJミアコがお送りする真夜中のちょっと癒される番組。
 ここでは過去に放送された内容をご紹介しています。

 20XX.06.21 ON AIR


 ええと、ラジオネーム・団塊オヤジさんからのメールです。

『ミアコさん、こんばんは』

 こんばんは。

『仕事で遅くなる日はいつも電車の中で聴いています。残業を終え、これから自宅まで電車で二時間かけて帰ります。数十年前に建てた夢のマイホームは郊外にあるのです。東京ではまだ終電には早いですが、これが最寄りの駅に着く最終便になります』

 うわぁー、大変ですね。でも、あたしはずっとアパート暮らしだったので、お子さんがうらやましいですね。

『鮨詰めだった乗客も、この番組が始まるころには数えるほどです。ミアコさんのお話しを聞きながら、私はひっそりと泣いています。電車の中で泣くという楽しみを見つけて以来、少し癒されているような気がします。この一日の締めくくりは女房にも秘密です』

 うーん、一緒に聴いて泣くのはさずがに恥ずかしいですかね。ぜひ奥様にも教えてあげてほしいですけども。

 自分だけの楽しみといえば、小さい頃、捨て犬を拾ったことがあるんですよ。そう、たぶん捨て犬。泥だらけの小さな茶色い犬で、見た瞬間、捨て犬って思ったの。うちはアパートだし、飼えないことはわかってて、それでも誰かに託したいっていう気持ちはまるでなかったんですね。

 それで私はランドセルの中のものを腕に抱えて、子犬をランドセルに押し込んじゃったんですよ。なぜか誰にも見られたくなくて。誰にも知られることなく、自分がこの子を育てなきゃいけないっていう根拠のない使命感に燃えちゃったわけ。自分ひとりでもできるっていう、ちょっと背伸びをしたい時期ってあったでしょ。それがたまたま子犬を飼うことだったの。

 それで、どこか人目につかないところがないか探し歩いていたら、空き地を見つけたんです。それはもう荒れ放題で、あたしが隠れちゃうくらいに草がボーボーなの。分け入ったところに大きなダンボール箱を置いて、その中で子犬を飼っていたんです。毎日給食の残りのパンとかをあげたりして。

 何日か平穏に過ぎて、あるとき雨が降ったんですよ。屋根もなくてかわいそうだなと思ったけど、草が濡れてるからそんなところに入っていくと服が汚れるでしょ。だから一日ぐらいどうってことないやって、そのままにしておいたんです。

 次の日行ってみると、ダンボールがひっくり返っていて子犬はいなくなってました。こんなところで私に飼われるのに嫌気がさしたんでしょうね。あたしは悲しくなったけど、自分もひどい仕打ちをしたことに気づいたんです。

 あのときの子犬がどうなったかなって、気になっていたんだけど、それ以来目にすることもなくて。どちらかというと、見つけたくはなかったかな。自分では飼えないってわかってたし、それを認めたくはなかったんです。

 それから半年ぐらいが過ぎたころかな、まだ子供のかわいらしさを残す茶色い犬を見かけたんです。その犬も私のことをジッと見ていて。あたしはあのときの犬にハリーと名付けたことを思い出してました。呼んでみようとしたそのとき、「イチロー」って誰かが呼んだんです。そうしたらその犬は一目散にその人のところへ飛んでいったんですよね。飼い主に撫でられたあとはからみつくようについていって、あたしのことを一度も振り返ることはなかったですよ。
 あのときの子犬かはわからないけど、中途半端な愛情って見抜かれるんですよね。

 さて、それでは今日の一曲目を聴いてもらいましょうかね。
 団塊オヤジさん、聴いてますか。自宅まであと少しですよ。
 仕事終わりの終電で、二時間かけて帰宅する夜もある。
 そんなあなたが癒されれば。
 そして、長年連れ添ったあの人に感謝の気持ちが言えるまで。

 チューリップで『サボテンの花』



 20XX.07.05 ON AIR


さぁ、明日はどんな一日になりましょうか。
いつものとおり?
ちょっとうれしいことが起こるかも?

ベイ・FM・タテスカ 『ミアコのミッドナイト癒シアター』終了の時間が近づいてきました。
楽しい時間って、あっというまよね。食べることも寝ることも忘れさせて、体内時計を狂わせるってさ、犯罪級に罪なことよ。ほんと不思議。
時間って、誰にでも均等に流れていると思う? あたしもあなたも、地球の裏側にいるブラジル人も、みんな同じ時間が流れているって、本当かな。
みんな等しく年をとってるはずなのに、やたらと若い人っているじゃない? ああ、整形とかエステとか抜きでよ。そういう人って、きっと時間の流れ方が違うのよ。

え? 時間の過ごし方が違う? 遺伝?
なんか、外野がごちゃごちゃいっとりますけど。はいはい。タイムキーパーがね、せかして。まさに時間が迫ってきてますのでね。

ではではメールです。ラジオネーム最強の日干し男さん。

『先日、ルームシェアを解消したので、ひとりぼっちになってしまいました。』

あらま。

『ひとり暮らしをしていたころは、自宅とは寝泊まりする場所でしかなく、自宅での充実した日々のことなんて考えもしていなかったのに、あのころより若干年を取ってしまったからなのか、ひとりがひどく寂しく感じます。』

そうね。あたしも食事は外でほとんどすませるし、自宅なんてひとりになれる空間ぐらいでしかないわね。
ひとりだから寂しいなんて思ったこともない。
気取って誰かをもてなすこともないからインテリアにも凝らないし、だったらカプセルホテルと変わらないんじゃないかって言われそうだけど、テリトリーというのかしらね、帰巣本能はあるのよ。あんな安アパートでもね。

ルームシェアをはじめたきっかけは、相方が住んでいたアパートに欠陥が見つかり、出て行かざるを得なかったことにあります。
引っ越しにもお金がかかるし、ぴったりの広さの部屋がなかなか見つからず、居候させてと冗談をいわれたのです。
ならばと、ふたりで広めの部屋を借りて、家賃も光熱費も折半したら、前よりも節約できると、ルームシェアをすることになりました。

相方は部署こそ違うけれど、同じ会社に勤めていて、まったく知らない間柄でもなく、それが担保になっているとでもいうのか、一緒に暮らすことを不安には思いませんでした。
ひょっとしたら、俺はそのころから、なんとなく気になっていたのかもしれません。
同僚という枠から少しはみ出るという感情は、学生時代の友達という枠から少しはみ出る感情にも似ていて、懐かしく感じました。

ソリも合ったし、なんの問題もなく過ごしていたのに。
――それが、気まずくなって、相方が出て行ってしまったのです。
本当のことなんていわなきゃよかったと、後悔しています。
いわなきゃきっとまだ続いていた――そう思うと、変わり映えのないいつもの日常というのがとても愛おしく思えてなりません。

日常が愛おしいって、それはむしろ素敵な日々ね。どういうわけか、簡単には気づかないものだけど。

うまくいっていたとしても、いつかは向こうが結婚して出て行くことになったでしょう。
紹介なんかされたりして。興味のないのろけ話を聞かされて。
相方の新しい日常を想像しては打ち消す惨めな日々になるのだとしても。
こんな別れ方は、たぶん、しなかった。
俺は、いうタイミングを間違えたんだろうなって思う。いや、いうべきじゃなかった。

ひとりでは広すぎるこの部屋で、ほかの誰かと空間をシェアする気にもなれず、引っ越しを考えてます。
お互いの部屋に行き来することはなかったから、相方の部屋がどんなふうだっか。
空っぽの部屋はなんの面影もなく。
ど真ん中に寝そべり、ミアコさんのラジオを聞いてます。

目をつむり、ミアコさんがかける音楽を聴きながら、つい回想してしまうんです。
ベランダの洗濯物が減ったよなとか。料理好きの相方がいなくなって、冷蔵庫のしなびたニンジンを見つけたとき、俺は気づきもしなかったけど、計画的に食材買ってたのかなとか。
ふとした瞬間、なんかイヤになって。
誰かと生涯を共にするっていう疑似体験から、急に現実に戻ったみたいな。

できれば、俺だってミアコさんみたいになりたい。
ああ、でも、そうじゃない。そうなりたい方法を知りたいわけじゃないんです。

ええ、わかりますよ。あなたはあなたのままでね。
あたしだって、周りにカミングアウトをしているわけじゃない。こういったしゃべり方をしていたら、とくに誰も尋ねてこないだけ。って、カミングアウトしてることと同じね。ふふふ。

ありのまま、着の身着のまま生きるって、難しいですね。
それ以上に恋する感情を抑えるのが難しい。わかっていたことだけども。

恋をするのは自由よ。相手が結婚していようと、どんな事情があろうと、片思いするのは自由。
でも、思いを伝えるかどうかは別問題。マイノリティであろうとなかろうと同じこと。相手に配慮しなければならないときもある。
恋ってそういうもの。
そう思えばあなたも普通よ。

さぁ、最後の曲です。最強の日干し男さん、聞いてますか?
思い出あふれる広い部屋でひとりぼっちの夜もある。
そんなあなたが癒やされれば。
そして、あなたの普通に共感してくれる人が現れるその日まで。

THE BLUE HEARTSで『ラブレター』

※この物語はフィクションであり、架空のラジオ番組です。

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(C) Sachiyo Wawana