そんなばかな偶然


 今夜のために用意していた衣装を身にまとった。黒のスーツ、黒のネクタイ、黒のシルクハット、黒のサングラス。サトルに目立たない格好で来いといわれていた。これなら完璧だ。カズは愛車のステーションワゴンに乗って、待ち合わせの場所に向かった。

 人混みの中、サトルの姿を見つけられずにいると、向こうが先にカズの車を見つけた。助手席の窓をコツコツとたたくサトルの顔を見て、ひっくり返りそうになる。
「開けろ!」
 ロックを解除してやるとサトルとユキが転がり込んだ。

「お前、なんて格好をしてんだよ。目立たない格好をしろっていったじゃないか」
 自分のことを棚に上げてサトルは言う。
「そっちこそ。ジャングルに行くわけじゃあるまいし」
 サトルはアーミールックで、顔にまで緑や茶色の絵の具を塗りたくっている。
「どっちもどっちね」
 細いタバコに火をつけながらユキが言った。そういうユキは全身黒尽くめで、タートルネックとスリムパンツにスキー帽。彼女が一番こそ泥らしかった。
「そんなことより、道に迷ったりしないんでしょうね?」
「僕にドーンとまかせなさい。先週の同じ曜日、同じ時間に走行してロケハンしたんだから」
 カズは得意げに答えた。

 ステーションワゴンは高速に入り、時速100キロで快調に走る。アクセルもハンドルも一定に保つ単調なドライブだった。
「すいているのね」
 少ないテールランプを見てユキが言った。
「降りるまでずっとこんな感じだよ」
「へぇ、やっぱり田舎は車が少ないんだ」

 五分後――。
「誰よ、ずっと100キロで走れるって言ったのは」
 大渋滞に巻き込まれてユキはイライラしていた。
「事故でもあったんだよ」
 カズはカーラジオをつけた。

『道路交通情報です。○○自動車道で接触事故があり、横転したトラックがブタのエサを撒き散らし、上下線とも10キロの渋滞となっています。事故に巻き込まれた車は七台。そのうち偶然居合わせた移送中のブタがトラックの荷台から飛び出し、エサを食べて事故の後処理に一役かっている、ということです』

 サトルはしきりに感心していた。
「いやー、ブタの手も借りたいとは正にこのことだな」
「くだらないわね」動かない車の中でユキは更に不機嫌になった。「路肩を走ったら。もう待ってられないわよ」
「それはダメだよ」
 カズには一応モラルがあった。……と言うよりはただの小心者なのだが。
「大丈夫だって」
 サトルもユキに賛成する。
「あと2キロでインターチェンジでしょ。このまま高速を行くより、いったん降りた方が早いわ」
 ユキの強引さに負け、しぶしぶ路肩を走らせた。


 強盗に押し入ろうとしているN社は小さな中古車屋だ。
 あるタウン誌で社長がインタビューに答えていたのをサトルが見つけた。社長は「銀行はあてにできない」と、売上金は社長室の金庫に納めてあるというのだ。
 ここなら簡単に金が盗めると思った。なにしろ3人は釘抜きで金庫が開くと思い込んでいるのだから。

 N社の敷地内に堂々と車を乗り入れた。中古車屋には車がたくさんある。1台くらい増えても気づかれないだろう。道路脇に止めておくほうがかえって目立つ。
 スパナ、釘抜き、金を入れる袋をそれぞれ持って車を飛び出した。
 建物裏の少し高い位置にある窓を割って中に侵入した。窓が小さいのでふとっちょのサトルはかなり苦戦した。

 大きくない事務所だったので社長室はすぐにわかった。早速サトルは釘抜きで金庫を開けようとした。が、開くはずもない。
「カズ、お前の誕生日はいつだ」
「昭和56年7月28日」
「5・6・7・2・8――」
 サトルはダイヤルを回した。
「うぉー! 開いた!」
「うそ!」
 ユキはカズの肩をたたいて叫んだ。。
「うそじゃねえよ」
 金庫の扉は開き、中から1万円札の束が顔を出した。
 仏頂面な福沢諭吉に微笑を返しながら、3人は札束を袋に詰め込んだ。

「よし、帰るぞ」
 サトルの号令で引き上げた。  短い廊下を歩いていると、足音の数がひとつ多いことに気づいた。
「誰か来る」
 サトルは近くのドアを開けて飛び込んだ。続いて入ったユキはドアを閉めてしまった。
「おい、開けろよ。まだここにいるんだよ」
 カズの訴えも虚しく鍵のかかる音が聞こえた。
「誰だ!」
 もうダメだ。カズは懐中電灯にさらされて足が震えた。制服を着た警備員が近づいてくる。

 サングラスを取り上げると警備員は驚いた顔をした。
「あれ、木村さん?」
「え?」
「こんな時間になにやってるんですか」
 どうやら敵は誰かと間違えているらしい。「ちょっと忘れ物を」と話しを合わせた。
「物音がするから泥棒かと思いましたよ」
「まさか」
 カズは苦笑いをした。
「帰るときはちゃんと顔を出して下さいね」

 警備員をやり過ごすとサトルとユキは部屋から出てきた。
「どうなってるの?」
「ここの社員に僕と似た人がいるらしい」
「そんな偶然があるのね」

 怖いほど運の良さを感じながら、無事に金を持ち出すことは成功した。ステーションワゴンに戻って安心するのもつかの間、エンジンがかからない。
「どうしたのよ」
「キーが回らないんだ」
「なんでよ」
「あれ?」
 左の足元にクラッチペダルがない。ふと脇を見るとオートマのチェンジレバー。カズのステーションワゴンはマニュアル車である。
「車を間違えたらしい」
「なにやってんのよ」
 中古車屋に同種のステーションワゴンがあってもおかしくはない。
 自分の車を探し出すとようやくN社をあとにした。

「みんな、よくやったんじゃない?」
 ユキは満足そうにタバコを吸った。
「こんなに簡単なら次は銀行に行くか」
 ガハハとサトルは笑った。
「僕はもういいや」
 カズは疲れた頭を揺さぶった。

 交差点にかかり、右にハンドルを切った。そのとき道路に何か落ちているのに気づいたが、それがバナナの皮だとは知る由もない。車はスリップして横転、でんぐりがえしをするようにころころと転がった。割れた窓ガラスから金の入った袋が飛び出した。口を縛ったゆるい紐がほどけて紙幣が道路に散らばる。
 ――そしてブレーキの音がしたかと思うと後続車がぶつかる衝撃を感じた。

 カズは突っ込んできた車を確認して落胆した。
 こんなオチがあっていいのだろうか。
 せっかくの大金がパーになる。
 だって、ぶつかった車というのが――。

 トラックの荷台に載っていたヤギは壊れた柵から飛び降り、めったにお目にかかれない最高級の紙を食べていた。


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