【この広い世界で】


 地平には海原のように続く黄土色の大地、空には金砂を撒いたような星。
(……こうしていると自分がいかにちっぽけか、よく分かります)
 ヤクモはオアシスの切れ目、砂漠へと接する樹林の端で空を見上げていた。砂漠の夜は冷え込んで、ますます自分の非力さが身にしみる。
 両腕を抱くようにしてヤクモは地面に座り込んだ。考え事をしているうちにこんなところまで来てしまったが、この世界の広大さは畏怖に似た思いを生じさせずにはいられない。

 どこまでも、どこまでも広がっているこの広い世界。そのどこかに自分以外の人間が存在しているのだろうか。ヤクモは考えずにはいられない。センターに行けばそれが分かるのだろうか。西にあるという希望の地。まだ何の手がかりもない。けれど、知りたいのだ。いまここに自分がいる理由が何なのか。

(寒い……)
 ヤクモは身震いした。オアシスがあるとはいえ荒涼とした砂漠の只中だ。無機質なほどに冷え冷えとした空気が迫ってくる。その背後に砂まじりの土を踏む足音がしたかと思うと、振り返るいとまもなく柔らかな布で覆いかぶされた。
「ヤークーモっ! こんなところにいると風邪ひくぜ?」
 元気な声が飛び込んでくる。振り返ると、いたずらっ子のように目を輝かせているマシュラの笑顔があった。
「サーゴやクータルは?」
「寝た!」
 マシュラは「誰も相手してくれねぇからつまんねーんだもん」と言ってヤクモの隣に腰を下ろした。
「あなたはまだ寝ないのですか」
 ヤクモがたずねると、「ん、ヤクモも寝ないのか」と瞳を覗き込んでくる。

「考え事をしていたんです」
「なんだ? 面白いことか?」
 マシュラは身を乗り出してくる。
「そうですね……」
 そう言いかけてヤクモは微笑んだ。マシュラのこの明るさにどれほど助けられてきた事か。
「マシュラ、三百年前、このあたりには大きな森があったんだそうです」
「こーんな、砂ばっかりのことろに?」
 ヤクモは頷いた。確かに想像ができない。大きな気候変動ですっかり生態系も変わってしまったが、ハクバーのデーターによればこの地は「森」として記録されているのだ。
「マシュラはセンターがあると思いますか?」
「あるさ、ヤクモはそこに行くために旅をしてるんだろ」
「ええ。けれどここにあった森もいまは砂漠です。三百年前とは何もかも変わってしまいました。センターだってもうないのかもしれません」
 だとしたら自分は何のために一人この世界に残されたのだろう。人類は死滅し、自分は何もできずに生きながらえただけなのだろうか。ヤクモは視線を落とした。

「ばっかだなー、ヤクモは」
「え?」
 視線をあげると、頭のうしろで手を組んだマシュラが夜空を見上げている。
「そんなの、行ってみねーとわかんねーじゃん」
 ヤクモは蒼玉色の瞳をみひらいた。
「あるかどうかはオレにはわかんねーけど、オレたちみんなでヤクモをセンターに連れて行ってやる。だから心配すんなって!」
 前のめりになるほど背中を叩いてから、「あっ、ごめんごめん」と笑っている。
 そうだった。そこに希望があるのか、ないのか、まだ誰にもわからない。けれどいまはそれを確かめるために旅をしている。
「やっぱり、わたしはちっぽけすぎますね」
「なんだそれ?」
 マシュラは不思議そうな顔をしている。
「マシュラはすごいなぁ、って事です」
 それを聞くと、込められた意味は分からぬながら「まあ、それほどでも」とマシュラは胸をそらした。
「必ず、みんなでセンターにたどりつきましょう」
「もちろんだぜ!」

 わたしはマシュラが、サーゴが、クータルがいるから旅を続ける事ができている。もしもひとりぼっちだったなら、嵐に翻弄される砂漠の砂のようにどこかに消えてしまっていたに違いない。ああ、どれほど彼らに救われた事か。
 ヤクモは胸の前に重ねた手を握り締めた。マシュラはそれを寒さのせいだと思ったのだろう、「そろそろ帰ろうぜ、あっちは焚き火もあるしさ!」と立ち上がって足踏みをした。
「はい。寝る前にあたたかいミルクでも飲みませんか。帰ったら用意します」
 ヤクモは微笑んだ。
 ――そう、帰る。この広い世界の中で、私に居場所をくれたのはあなた達です。

 オアシスの空には、満月が近いらしく金貨のような月が出ている。宿営地へ戻る小道に、毛布を半分ずつ分けあって歩くヤクモとマシュラの姿が照らし出されていた。二つの影法師が仲良く揺れている。今宵の月が見せる夢はやさしい夢にちがいない。


< 終 >












2009.12.18 UP
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