【まなざし】


 このごろ幾度となく夢を見る。燃える街、引き裂かれた大地。慕わしいような、恐ろしくもあるような、おぼろげな人影。彼女、ヤクモの見る夢は日に日に現実感をともない、詳細になっていった。今では夢の中に声さえも聞こえる。
「破壊の神、…………よ!」
 それは彼女の心を震えるさざ波のように不安にさせる。夢は日々鮮明になり、ヤクモは道を進むごとにそれが現実に近づいているように感じていた。


 そんな夢が幾度か続いたある時、ヤクモはハイパーフォームしたマシュラに詰め寄った。あの夢、そしてマシュラ。ヤクモにはある気がかりがあったのだ。
 それを確かめるべく、ヤクモはハイパーマシュラのすぐそばに立った。その瞳を透かし見るように凝視する。マシュラの生命力に溢れた明るい瞳は、ハイパーフォームすればその眼差しに精悍さを増して揺るぎなく前を見る。
 けれど、ヤクモがじっと覗き込んだその碧翠の瞳は、ふいに彼女からそらされてしまった。まるで陽が翳るが如くだ。最近、そんな事が時々ある。気がかりの原因をそこにみとめて、ヤクモの心に不安がよぎった。

(戦いのせいでしょうか……)
 共に旅をするようになってから、多くの死線をくぐりぬけて来た。まさに命のやり取りの連続といっていい。相次ぐ戦いは、自分より強い者の存在をマシュラに刻み付けた。
 強くなりたい、もっと強く!
 それがヤクモを守るための願いであっても、ひたすらに力を求める事には危うさをともなった。あの夢の中の、破壊の限りを尽くす人影にどこか似ていないだろうか、そんな不安がヤクモの心をよぎる。
「マシュラ、わたしの目を見て下さい!」
 湧き上がる不安に、思わずハイパーマシュラの両腕を掴んだ。溢れる想いは、やみくもにヤクモを焦らせる。

 勢いに気おされるように、ハイパーマシュラはヤクモを見つめた。ヤクモは息をのんでその瞳を見つめる。まっすぐな碧翠の瞳、心からの信頼がこもったいつものハイパーマシュラの瞳だと思う。
(気のせいだったのでしょうか? あの人影の感じとは違う……)
 さらに背伸びしたヤクモの顔は、精悍な頬のすぐ側まで寄せられた。しかし、瞳の光彩までもがはっきりと見てとれる距離に来ると、赤い仮面の下の瞳はふいにそらされる。ヤクモの心は再び不安に押しつぶされた。真っ直ぐに見返してくれない、それが何か恐ろしい予兆のような気がした。ヤクモの脳裏を、あの幻影が甦る。
(マシュラが遠くに行ってしまう!)
 ヤクモはハイパーマシュラの頬に震える手を伸ばした。

 たたごとではない様子である。ハイパーマシュラはヤクモの肩を掴んだ。
「どうしたんだ、ヤクモ」
「マシュラが戦いの影にのまれてしまう、それが恐ろしいのです。わたしを守るためにあなたが……!」
「落ち着け、ヤクモ」
 ハイパーマシュラは、親鳥が雛を守るようにそっとヤクモを抱きしめた。筋骨隆々としているはずなのに、ヤクモにとっては羽根のように柔らかな抱擁だった。慄いていた感情が、静かに退いてゆくのが分かる。頬に触れるハイパーマシュラの体温があたたかい。ハイパーマシュラの胸の中で、ヤクモはようやく平静を取り戻し始めた。くぐもった声で言葉を紡ぐ。
「あなたが戦いに心を囚われて、あなたでなくなってしまう気がしたのです」
「なぜだ?」
「以前のように、わたしの目を見てくれません」
 ハイパーマシュラは一瞬ぽかんとした。それからもう一度ヤクモを抱きしめると、彼女に知られぬように小さな溜息をついた。
(とんだ勘違いだぞ、ヤクモ)

 そう、ハイパーフォームでの戦いに我を忘れそうになったのも一度や二度ではない。「マシュランボー」の圧倒的な力に昂揚感を持たなかったと言えば、勿論嘘になる。だが、ヤクモと旅をしてわかった事がある。本当の強さ、心の強さという事。それは己の弱さや憎しみの心に打ち勝ち、信じる心。彼女が身をもって教えてくれた。ヤクモがいてくれれば、それを忘れずにいられる。
「もっと俺を信用してくれ」
「え……?」
 見上げたヤクモの頬には一筋の涙の跡があった。潤んだ瞳は、ひたむきにハイパーマシュラを見あげている。

 頬に残る涙の跡を、ハイパーマシュラはそっとぬぐった。これほど心配をかけていたとは思いもよらなかった。すまない、と思うと同時に彼女の気持ちがいとおしい。だが。
(……そんなに近くで見ないでくれ)
 いつからか彼の心に生まれたヤクモへの想いは、その瞳に如実に現れるようになった。自分でも形容しがたいその想いを、見つめられれば知られてしまうようで押さえつけるようにして隠していた。それをあのようにまじまじと覗き込まれては、動揺しようというものだ。
「これは、大問題だな」
 ハイパーマシュラは真剣な表情をしてみせると、ヤクモと見つめあった。ヤクモはわけが分からない、という顔をしている。先に吹き出したのはハイパーマシュラのほうだった。
「ヤクモは何というか……真面目すぎる」

 微笑んだハイパーマシュラの瞳は、もう以前のようにまっすぐにヤクモを見つめていた。この気持ちが何なのか、ハイパーマシュラ自身にもに判然としない。仲間、友人、そして、それだけではない何か……。だが唯ひとつ、ヤクモは自分にとって大切な存在であると確信している。
「俺を信じてくれるか?」
 そんなハイパーマシュラの瞳を見たヤクモは、安心したのか少しはずかしそうに笑った。
「信じます、あなたを」
 信頼を込めたお互いの視線が、まっすぐに交わった。


 センターへの道はやがて爬虫王の街へと続く。そこにはあの夢が示すように、恐ろしい罠が仕掛けられているのかもしれない。しかし、眼差しに込められた想いは決して消せはしない。


< 終 >












2008.02.15 UP
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