【日々是好日】


 共存村での暮らしも数年がたつ。俺たちは別の場所にも村をつくることに決めた。マトリクサーと人間、いっしょに生きてもいいと思うひとが増えてきたんだ。
 とはいえ、マトリクサーのものになってしまった世界なんかに居られないって人間が、センターにはまだ大勢眠っている。悪魔――人間――に心を許すなんて無理だと去っていったマトリクサーたちも。
 でもヤクモは焦らない。どんなに時間がかかっても、いつかきっと仲良くなれると信じてるんだ。



 次の共存村のため、旧い仲間たちが旅立つ日のことだ。サーゴが俺に言った。
「マシュラ、私たちの住むこの家のとなりに、あたらしい家を建ててはどうでしょう」
「なんでだ? いままでどおりヤクモと俺たちで住むんじゃダメなのか」
 するとサーゴはお説教でもするような顔で指を振った。
「いいですか、ミーとクータルは何年も留守にするんですよ? サンジュたちも大きくなってここは手狭です。マシュラはよく食べるだけの居候(いそうろう)ですからね。ヤクモさんが大変でしょう」
 イソーローったって、ちゃんと村の仕事してるっての。だけどヤクモに迷惑をかけるのだけは勘弁だ。
「あー、もー、わーったよ。建てとく建てとく。俺の家な」
「帰ってきたらミーたちも住むんですから、ビッグなサイズでお願いします」
「おまえらとは同居かよ!?」


 そんなわけで、このあいだやっとあたらしい家ができた。三人住めるような家だから、なかなか重労働だった。いまは俺ひとりだから殺風景だな。それにずっといっしょに寝起きしていたから、ヤクモがそばにいないのは妙な気がする。でも慣れなきゃいけない。『ひとり立ち』、ってやつさ。なんかカッコイイだろ。

 ベッドから起きあがって窓に近づけば、お隣さん――ヤクモ――の家はすぐそばだ。
 俺はなんとなくため息をつく。すると、むこうの窓辺からもれる灯りが揺れた。
「マシュラ」
「えっ」
 出くわすとは思っていなかったから、うっかり間の抜けた声をあげてしまう。
「あーーーー、ヤクモ、どうしたんだ」
 やわらかな橙色の灯りを背にしたそのひとは、天からの使いみたいに綺麗に思える。そしてこんなこと言うんだぜ。
「マシュラの顔が見たいと思ってのぞいてみたら、ほんとうに逢えました」

 ヤクモにはつくづく困る。どれだけ俺の気持ちを変なふうにしているか、全然わかってないんだ。
 気づいてすらいないだろうけど、ヤクモと仲良くなりたいやつは大勢いる。仲良く、といっても友だちみたいにっていうのと少し違ってて、あー、だれかが言ってたな、「気がある」っていうあれかな。なんかこう、頭がふわーってなったり、腹がへったときみたいにここがきゅーっとなるやつだよな?
 でもヤクモは俺のだから! いや、俺のってわけじゃないけど……俺は知ってる。その背中にとてつもなく重いものを背負って、ヤクモは一歩一歩踏みしめながら歩いてきた。弱音なんか吐かないで、頑固なくらい前を見つめてさ。死にそうになったことだって何度もある。だけどヤクモは、胸のなかにある星みたいな綺麗なものを信じつづけたんだ。そういのを「希望」と言ったりもするらしい。――――――ずっと見てきた。俺がいちばんヤクモを知ってるんだ。
 もし俺にもその星みたいな綺麗なものがあるとしたら、それはヤクモだ。これを守るためなら、命を捨てるのだって恐くない。そんなふうに言ったら、ヤクモは怒るのだけど。
「マシュラ、どうかしましたか」
 おだやかなで声ヤクモは訊ねた。ああ、じつはこの声も好きなんだ。ちょっと頭がぼうっとしてしまう。いつのまにかこのマシュラ様はマタタビをもらった猫みたいになってしまった。ほんと俺、どうしちまったのかな。いまだってこんなふうに窓辺の花にむかって語りかけたりしてるんだ。とてもじゃないがサーゴには見せられない。

 俺はなんとか正気を取り戻して答えた。
「えーと、俺もヤクモが気になってさ。なにか困ってないか?」
 するとヤクモはまっすぐな瞳をこちらに向けた。
「マシュラがうちにいなくて、ちょっと寂しいです」
 うわっ、またしてもヤクモの直球。俺は崩れ落ちそうになるのをかろうじてこらえた。
「そ、そっか。や、まあ、俺もそんなだ」
 いっしょに寝起きすることはなくなったけれど、そのぶん、ヤクモの気持ちに触ってしまった、って感じることがある。さいきん、時々。
――――なあヤクモ、俺ってばまた背が伸びたんだ。ハイパーマシュラみたいに、「こうなりたい」っていう自分に近づいてきてるのかもな。もうハイパーフォームしなくたって、俺はヤクモを守れるんだ。「人間」のヤクモを狙うマトリクサーはここにはいねーけど、なにかあればいつだってすっとんでいく。だから安心してそばにいてくれよ。
……とまあ、そういう感じのことを伝えたいんだけど、うまく言えそうになくていつも誤魔化してしまう。そういうときハイパーマシュラは無言のパワーで押し切っちまうから、我ながらスゲエと思うんだけど。あれ、反則だぜ。


 さいきんの俺は調子がくるって、変な感じだ。ひとも村も変化していくなかで、俺たちも変わっていくんだろうか。
 でもこんな生活も悪くない、と思う。なんたって共存村で暮らすヤクモは、いつも花びらが開くみたいに微笑んでるから。ヤクモの願う未来を、いっしょに見ていたいんだ。……ていうか俺、いつまで花に話しかけてんの?


< 終 >












2019年8月1日UP
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