【星のゆくさき】
「マシュラ。マシュラ」
少年を呼ぶ声がする。夜の闇をあたたかく照らす焚火から、マシュラはふりかえった。野営地の端にはほっそりとした後ろ姿があった。人間の少女、ヤクモだ。
「どーかしたのか」
「あなたに見てほしいものがあるんです」
「食えるやつ?」
「ふふふ。食べられませんけど、元気がでるものです」
マシュラはちょっとだけガッカリしながらも、ヤクモが見てほしいものはなんだろうと駆けよった。
「なにしてたんだ? こんなところで」
「星を見ていました」
マシュラはやれやれという態で首をふる。
「そういやヤクモはよく空を見てるよな。そんなもん、なーんも面白くねーのにさ」
けれどヤクモは莞爾として笑んでいる。
「んー。なんか嬉しそーだな、ヤクモ」
「ええ。すてきなことを思いだしたんです」
ヤクモは夜空をゆびさした。
「この星たちがゆく方向に、センターがあります」
「星が、ゆく?」
「いまは動いていないように見えますが、東から出た星たちは、ゆっくりゆっくり空をわたって西に沈むんです」
「へえー」
そんなこと、考えたこともなかった。ただ空に光っているだけの点々が、どこにゆくかなんて。
「じゃあ、いま見えてるあれもセンターのあるほうへいくのか?」
「そうです」
「はー……すげー……」
ちょっと言葉をうしなってしまう。ヤクモはこの星空をそんなふうに見ているのか。
「あのさ、これサーゴたちにも教えていいか?」
「もちろんです」
「あいつらも驚くだろうなあ」
「おなかはいっぱいにはなりませんが、元気がでますよ」
ヤクモは満天の星空に目をやった。
「わたし、この旅がちっとも進まなくて世界には果てがないのかしら……そう思ったこともあります。旅を続けても、けっきょくは辿りつけないのかも、と」
『でも』、とヤクモは声に力をこめた。
「わたしたちは、ちゃんとセンターへ近づいている」
マシュラがやや上方に見るヤクモの瞳には、ゆるぎない輝きが宿っている。
「まるで動いていないように見えても、希望をすてるな――――そう星から元気づけられたんです。どれほどゆっくりでも、たとえどんなに時がかかっても! だからマシュラにも、西へゆく星を見てほしかった」
「オレに?」
「あなたにはいつも励まされてばかりですから。そんなふうになりたいです、わたしも」
ヤクモは「覚えていますか」と続けた。
「あの日、旅をはじめるときも、あなたは元気づけてくれましたね」
「え」
「わたし、星空が好きです」
マシュラは自分が好きだと言われたみたいに赤面した。そして満天の星空を見るヤクモの横顔が、やっぱりきれいだと思った。
その晩、マシュラは夢を見た。ヤクモと自分と仲間たち、皆で星にのって西へゆく夢だ。きらきらと宝石そっくりに輝くそれは、彗星のように弧をえがいてセンターへと一直線に流れてゆく。けっして早くはないけれど、うつくしい軌跡だった。
< 終 >
2019年4月1日UP
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