【ギャンブラー】


 霧が薄絹のように地を這っている。ヤクモは目をさますと、そっと寝床からぬけだして散策をはじめた。夜明け前の空気はひんやりしていて、気持ちがいい。ついでに冷たい水で顔を洗おうと茂みをかきわけたとき、川辺から声があがった。
「ヤクモさん!?」
 薄い霧のなかから姿をあらわしたのは、ともに旅をしているマトリクサーのサーゴだ。
「ヤクモさん、どうしたんです。こんなに早く」
「目がさめてしまったので、散歩を。サーゴ、あなたは?」
「川の流れるのを見てたんです」
「川の?」
「イエス。川の流れを見ていると、ドラマを感じるでしょう?」
 不思議なことを言うひとだとヤクモは思った、哲学的、といってもいいかもしれない。
 ヤクモはサーゴが座っていたとおぼしき岩のとなりに腰をおろした。
「すこしお話をしてもかまいませんか」
「ええ」


 まだ陽の昇る前の空は暗い。せせらぎの音だけが、耳をやさしく撫でてゆく。
 ヤクモは思いきって口をひらいた。こうして声だけならば、すんなりと訊けそうな気がした。
「サーゴ、おしえてください。あなたは何になりたいですか」
「それは……将来の夢、ということですか?」
「ええ。わたしは……みなさんとセンターに行くのが夢です。ですから、こうやって旅をして……いますこしづつ夢を叶えようとしています。けれどわたしは、あなたたちがどんな夢を抱いているか、知りたいんです」
「そりゃあ、ミーたちにとってもセンターに行くのが夢ですよ」
「でも、わたしに出会っていなかったら? ほんとうは別の夢があったのではないですか?」

 サーゴはまだ暗い川のおもてを眺めた。(夢、か……)と自問する。
「そうですね、世界中のお宝を探してまわる、とか」
「まぁ」
「あと、華麗なるギャンブラー、というのもいいですねー」
 ヤクモは微笑んだ。
「いまでもそんな生活をしたいと思いませんか?」
「答えは、ノーです」
「でもあなたの夢でしょう?」

 サーゴはすこし真面目な顔をした。
「ヤクモさん。ミーは普通では手に入らない、なにかすごいものが欲しいんです」
「すごいもの?」
「ギャンブルでの一攫千金…………なんてケチなことは言いませんよ」
「では……」
「センター、です」
「あなたが……どうして?」

 夜明け前の空をサーゴは見あげた。
「センター、だれも知らない希望の地。ヤクモさんとおなじ人間がいるという、謎にみちた場所」
 ヤクモはそっと頷く。サーゴは止めきれない、というように続けた。
「わくわくするじゃありませんか。いまとは違う、なにか。こことは違う、どこか」
 そのことを思うと、いますぐ駆けだしたいような、心が空に舞いあがってゆくような心地がする。
「未知なるものに焦がれ、追い求めたいという気持ち…………それが心の奥底にあって、ミーを突き動かしているのかもしれません」
 そして、照れくさそうに付け加えた。
「ですからセンターへ行くことは、ミーにとって最高のギャンブルなんです」


 そこまで言って、はたとヤクモに指を向けた。
「あっ、ヤクモさん! あなた、またミーたちに迷惑をかけているなんて心配をしていたんでしょう」
「え、その……やはり気になって……」
 サーゴは川面からヤクモへと向き直ると、はっきりとした口調で言った。
「マシュラも、クータルも、ヤクモさんも、みんながいくつもの夢を抱いてこの旅をしている。ヤクモさんはミーたちに気兼ねする必要なんて、ないんです」
「サーゴ……」
「いわばミーたちは、目的を同じくした友だち。仲間、ってやつなんですから」

 いつしか東の空は紫色から桃色へ変わっている。あらゆる柑橘の色をふくんだ雲を割り、ひとすじの金色がさしこんだ。
 ヤクモはつぶやく。
「仲間……」
「イエス。それに……」
「それに?」
「センターには、お宝が山のようにあるかもしれませんよ。あの太陽のように、おおきな金塊とか!」
 サーゴがウインクしたのがわかった。この川辺もだいぶ明るくなってきたようだ。
「ふふふ。あるといいですね」
 ヤクモは立ちあがると、サーゴをふりかえった。
「ありがとう、サーゴ。また一歩、進める気がします」
 斜めからさす陽に、ヤクモの髪が金色に透ける。とてもきれいだった。
「いえ…………! ではそろそろ戻りましょう。ミーたち、朝食を食べそびれてしまいますよ」

 霧はすっかり晴れ、清い朝の光につつまれている。皆のもとに戻りながら、サーゴは歩くヤクモの背中を見つめていた。
――きっとありますよ。センターには希望が。みんなの夢の、答えが。
 濃い紫色がかった川面も空の色をうつし、すこしづつ輝きはじめているようだった。


< 終 >












2015年9月1日UP
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