【腹ごしらえ】


 センターへの旅は続いてゆく。寂寞とした荒野を、不毛の砂漠を、廃墟の町を。
 いま彼らは亜空間を通り、あらたな大陸を旅している。そこはうっそうと木が生い茂り、曲がりくねった川と森がどこまでも続いている。どうやらジャングルの中のようだ。

 一行は木々のあいだを、おのおのハクバーや飛行円盤で進んでゆく。マシュラたちがふざけながらあちこちに姿を消したり現したりするのは、もはやいつものことである。
「ヤクモ、ほら!」
「え」
 とつぜん飛んできた何かは、あわてて取らなくてもヤクモの手の中にすっぽりと落ちてきた。
「やるよ、それ」
「まぁ。めずらしい果物ですね」
 それはジャングルのどこかで採ってきたのだろう、ふしぎな色と形をしているが、思いのほか甘い香りがする。
「それからこれと、これも!」
 飛行円盤でハクバーに並んだマシュラは、続けていくつかの果物をヤクモに押しつけた。
「いっぱい食わねーと、元気出ねえぜ」
 そう言って、にっ、と笑うとお日様のようだ。
「ありがとう、マシュラ」
 昆虫族の大陸では、高熱を出して寝込んでしまったことがある。旅の疲れがたまっていたにもかかわらず、無理をしすぎてしまったのだ。早く西へ、センターへ。その想いが彼女をかきたてる。
 けれど敵と戦いながらの旅は、想像以上に過酷だ。走っているのに全く前に進めない夢の中にいるような気がする。そのたびにヤクモは、マシュラたちがいなかったらまさにそのとおりになったに違いないと思うのだった。
「うまそーだろー」
 マシュラはうれしそうだ。
「ええ。でもこんなにたくさんは食べられません」
 ヤクモが言うと、マシュラは「ダメダメ。しっかり食わねーと!」とこわい顔をして見せた。

「うーん……」
 ヤクモはすこし首をかしげて考えていたが、はたと手を打った。
「ではジャムを作りましょう」
「ジャム?」
 ヤクモはうなずいた。果物に砂糖を加えて熱すれば、ジャムを作ることができるはずだ。
「クータル。この果物で可能でしょうか」
 すると、いつのまにか近くを並走していたクータルが胸をたたいた。
「もちろんなんだな。ジャムはパンにつけて良し、料理のソースにしても良しなのねん」
「料理のソースだって?! おい、ほんとかよ?」
「ほんとなんだな」
「OH〜! それはグッドなアイディアですね」
 クータルはよだれをたらした。
「ぐふふ、肉とジャムは意外と合うのよねん。今日のディナーは決まりなんだな」
 マシュラとサーゴはおたがいの乗り物に乗ったまま、ハイタッチをした。
「ヤクモも食べろよ、肉!」
「もちろん」
 ヤクモはほほ笑んだ。あまりにもマシュラがうれしそうだったからだ。

 その晩は、クータル秘蔵の塩漬け肉が供され、思いがけず豪華な夕食になった。フルーツの甘味とかすかな酸味が肉の味をひきたてる。
「ヤクモ、ちゃんと食ってっか?」
「ええ!」
「もしお腹いっぱいなら、ボクが食べてあげるんだな」
 身を乗り出してきたクータルを、マシュラはぐいぐいと押した。
「クータルは食いすぎなんだよ。そうだ、川の水でも飲んでこいよ。いっぱいあるぜ?」
「川の水はノンストップ、ですからね」
 皆、顔を見合わせて笑う。ヤクモが笑うと、木漏れ日がさしたかのようだ。
 マシュラは粗野なようでいて、じつのところヤクモをいつも気にかけている。この夜マシュラがうれしげなのは、いつもより彼女が元気そうに見えるからだ。
「あの……」
 鍋をのぞきこんでいたクータルにヤクモは声をかけた。
「まだおかわりはあるでしょうか」
 マシュラはそのときガッツポーズをしたものだった。


 すっかり料理もたいらげて、鍋も皿も空ばかりだ。マシュラもサーゴもクータルも、限界までふくらんだお腹で地面に寝転がっている。
「さすがのボクもお腹の皮がはちきれそうなんだな」
「うわ、すっげー」
 マシュラはクータルの「樽」のような腹をぺちぺちたたいて笑った。ヤクモもお腹いっぱいで、じつはベルトが苦しいくらいなのだ。
「そういえば、ミーはこんなことわざを知っていますよ。『腹が減ってはいくさはできぬ』!」
「へー、サーゴは物知りだな。それって、腹ペコだと力が出ねえってことだろ。てことは、いまオレたち最強なんじゃねーの?」
 マシュラは不敵に笑うと、両の拳をにぎりしめた。そして夜空に向け、勇ましく突きあげる。
「よーし、いっぱい食ったことだし、明日もがんばろーぜ!」

 いざなわれるように皆が見あげると、そこには無数の星がまたたいている。
 深く澄んだ濃紺の夜空と、宝石のかけらのような星々。きっと明日も良い天気になるに違いなかった。


< 終 >












2013年6月1日UP
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