【花祭り】


 とあるマトリクサーの村、そこはなんとも華やいだ空気に包まれていた。
「いらしゃい、祭りのお客さんだね。こちらへどうぞ!」
「今日は最終日なんだ。もうみんな盛りあがってるよ!」
 村人たちの揃いの帽子には、どれも花飾りがつけられている。彼らはぐいぐいと背中を押しながら、マシュラたちに花の首飾りを掛けていった。
「ホワッツ? ミーたちはただ食料を……」
 なかば強引に村の中へと導かれながら、一行は顔を見あわせた。
「ちょうどお祭りの日だったようですね」
「へー、いいじゃん! おっもしろそー! ここで休んでいこうぜ!」
「ご、ごちそうもあるのかな?」
 一同は顔を見あわせた。マシュラは「ねーわけねーじゃん、お祭りだぜ?」と答えるやいなや、先頭をきって駆けだしていった。


 祭りの会場は、村の中心部にある大きな広場だった。あちこちに色とりどりの花が飾られ、大勢のマトリクサーが食事をしたり歌を歌ったりしている。一行は広場に設けられた休憩用のスペースに集まって、この事態について語りあっていた。
「へーっ、花祭りっていうのか」
「イエース、このあたりでは有名な祭りだそうですよ」
 どこから聞きだしてきたのか、サーゴが説明をする。
「この村は花が特産品なんだとか。それで、祭りの最終日には花を撒きながらみんなで盛大に踊るんだそうです」
「すてきですね」
「おや、ヤクモさんも参加してはどうですか?」
「踊りかたが分かりませんから……」
 ヤクモは少し気恥ずかしそうに目を伏せた。

「おーい、そろそろ始まるぞ!」
 村人たちの声がにわかに活気づいた。周囲で何か食べたり休んでいた者は思い思いに立ちあがると、会場を目指した。
 隣でヤクモたちの話を聞いていたらしいマトリクサーの少女が声をかける。
「あなたも踊るんでしょう? 早く早く!」
「えっ、わたしは……」
「ステップなんて、みんなのを見てたらすぐわかるわ」
 マトリクサーの少女たちに引っ張られてゆく姿を見て、サーゴは思わず顔をほころばせた。


 会場には大勢が集まっている。周囲に並んだ楽士たちが目配せをすると、いっせいに楽しげな音色が飛びだしてきた。人々は手を取りあって小鹿のような足どりで回ったり、飛んだり、そうして踊りの輪はだんだんと大きくなる。
「そこの可愛いお嬢ちゃん、さぁこちらへ」
「あっ、俺の隣あいてるよ」
 まごついているヤクモにマトリクサーの青年が声をかけたときだ、風のように割って入った者がいた。
「バーロー、ヤクモの隣はオレの場所だっての」
 振り返ると、そこには満面の笑みのマシュラが立っている。
「ヤクモってとろくさいからさ、オレがリードしてやるよ」
「まぁ」
 ヤクモはくすりと笑った。
「あなたが踊れるなんて知りませんでした」
「まあね!」

 最初はでたらめに飛んだり跳ねたりしていたマシュラだったが、思いのほか覚えが早く、見事なステップを踏んでいる。体を動かすこととなれば天下一品だ。周囲のステップよりも元気が良すぎるのはご愛嬌、である。
「ほい、ほい、ほいっ、と。簡単だぜ! ヤクモ、転ぶなよ」
「ええ、大丈夫です」
 ヤクモもマシュラにつられていつしか軽やかな足どりだ。人々の輪は広がって、踊りのステップ自体が旋律を引きだしている。

(なんて楽しいのでしょう。こんなふうにマトリクサーの皆さんと仲良くできたら……。いつかそんな日が来るのでしょうか」
 長い長い道のりを思い目を空に向けたときだ、小さな軌跡に気がついてヤクモは「あっ」と声をあげた。
「マシュラ、あれを」
 ヤクモの視線につられるように目をあげると、なにかが降ってくるのがわかった。
「わ……! 花だ!」
 それは一つではない。次々と降りてくる色とりどりの花びらは、まるで花の吹雪だ。彼らは踊りに夢中で気がつかなかったのだが、踊りの輪のまわりには子供ばかりでなく大人たちも手に手に籠を持って、積もれとばかりに花びらを撒いているのだった。
「これが花祭りといわれるわけなのですね」
 ヤクモは思わず「きれい」とつぶやいた。


 花びらは絶え間なく降りそそぐ。頭上を、目の前を、螺旋のように踊る人々の間を。
 花びらが降りしきる中、マシュラとヤクモは手をとりあって踊り続けた。ちらちらと睫の前をたくさんの色が通り過ぎてゆく。そうしてヤクモは隣にいるマシュラの背がいつしか自分を追い越しているのを目にしたのだった。

「マシュラ?」
 声をかけるとこちらを向いた「青年」は莞爾として笑った。「青年」であっても生き生きとした表情と明るい瞳は変わらなかった。
「どうして?」
 踊り手たちの向こうに仲間の姿を探すと、変わらぬ場所にサーゴとクータルはいた。サーゴはヘルメットを外した長髪の姿で、クータルはひげを生やした姿で。
「ヤクモ、裾を踏みそうだぞ」
 「青年」が声をかける。足元を見れば、そこには幾重ものレースを重ねた真っ白なドレスの裾。
 大人びてはいたけれど、間違いなくマシュラの声で彼は「転ぶなよ」と言った。いつしかヤクモはドレス姿でマシュラと手をとりあい踊っていたのだった。
「あなた、マシュラ?」
 ヤクモが青年の頬に手を伸ばすと、彼は答えた。
「当たり前だろ」




「ヤークーモー! なぁ、ヤクモってばー!」
 ぐいと手を引かれてヤクモは我に返った。
「マシュラ?!」
「もー、どうしたんだよ。ボーッとしてさ」
「あ、あなた、マシュラ?」
「あったりめーだろ!」
 マシュラはいぶかしげにヤクモの顔の前でひらひらと手を振った。いつしか踊りの伴奏も終わり、人々は思い思いに広場を後にしている。
「ぐるぐる回りすぎて目が回ったのか?」
「さっき、あなたが……」
「ん?」

 怪訝そうなマシュラの背後に声がかかった。大きな体が転がるように駆けてくる。
「マシュラ〜! 次はケーキの大食い大会があるんだな。マシュラも参加するのねん! 一等の人にはケーキ一年分がもらえるんだな!」
「マジかよ! 行く行く!」
 まだ夢見心地のヤクモを置いて、二人は駆けていってしまった。まるで小さな嵐のようだ。
「ヤクモさん、どうかしましたか」
 サーゴが心配そうに顔を覗きこんでくる。
「あなた、さっきヘルメットを外しましたか?」
「ホワーーーーーーーーッツ! なななな、何を言っているんですか! 外すわけないじゃないですか、ていうかどういう意味なんですか!」
 サーゴは大いに動揺してヤクモの肩を揺さぶった。
「さっき、不思議な光景を見たんです」
「さっき? 踊っている時にですか?」
 サーゴは少し平静を取り戻して訊ねた。
「ええ、花びらが舞って、それでずっと踊っていたら……」
 するとサーゴは人差し指で押しとどめる動作をした。

「ストップ、ヤクモさん。その光景はあなたにとってグッドなものでしたか、バッドなものでしたか?」
「良いものでした。とても」
「では、話してはだめですよ」
「どういうことでしょう?」
 サーゴは「村の人たちが言っていたんですが」と前置きをした。
「花祭りの舞踏で幻を見ると現実になるという言い伝えがあるんだそうです。けれど人に話してしまったら、それは無効になってしまうと。ヤクモさんが見た光景が良いものだったならば、内緒にしといたほうがよくはありませんか」
「現実に……」
 ヤクモはその光景を再び思い浮かべた。何年かのち、あんなふうになるのだろうか。たくましく成長したマシュラがいて、サーゴがいて、クータルがいて、たくさんのマトリクサーの笑顔がある。その場所に自分もいるのだろうか。この激しい戦いと長い旅を終えた後に。

 ヤクモはしばし物思いにふけるという様子だったが、瞳を輝かせて睫をあげた。
「では内緒にしましょう、全力で!」
 ヤクモがほほ笑むと、「『全力で』、ですか。それはいいですね」とサーゴは笑った。


 いつしか日は傾きはじめて、西の空は茜色の綾模様を織りだしている。やわらかな絨毯のように花びらが降りつもった広場を歩きながら、ヤクモはつぶやいた。
「あの西を目指すのですね、私たち」
「イエス、あの夕陽のずっと向こうにセンターがあるというわけですね」
 ヤクモは頷いた。
「そしてセンターへ着いてもずっと……」
「ずっと?」
「いえ」
 皆に話したいけれど、あの光景の事は内緒だ。本当にその日が来るまでこの胸に秘めておくから、花祭りの幻よ、叶えて……わたしの夢を。
「さぁ、マシュラとクータルのところに行きましょう」
 足元からかぐわしい花の香がたちのぼる。広場を斜めに照らす夕陽が、あたたかくヤクモの頬を照らしていた。

――ずっと……いつまでも一緒です。あなたたちと。


< 終 >












2011年5月27日UP
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