【旅と戦いと】
「にぎやかな街ですね」
「砂漠の中にこんなところがあるなんて、ミーも驚きました」
一行が見わたす大通りにそって、たくさんの露店が並んでいる。珍しい食べ物、装飾品、服や履物など、店先から溢れんばかりだ。この街は周囲が木々に囲まれているせいで、砂の脅威から守られている。地下には緑を養う水脈があるのだろう。
ヤクモは周囲を見まわして微笑んだ。物を売る商人たち、それを買う者たち、双方に活気がある。マトリクサーの小さな子供が店の前で母親に菓子をねだっている。向かい側の店では楽しげな謳い文句で、美しい布地を売りはじめた。
「ここで食料や必要なものを買って行きましょう」
サーゴは皆に提案した。この先にこんな街があるとは限らない。買えるときに買っておく必要があった。
「でもクータルのやつ、買い物のまえに食べる気だぜ」
マシュラは少々呆れ気味に黄色い巨体を指さした。見れば、クータルはつんのめるようにして道の向こう側に吸いよせられている。その方向からは、香ばしく焼けた肉の良い匂いが漂ってきているのだった。
「まぁ」
ヤクモは思わず笑ってしまった。まずは食べねばおさまりそうにもない。おまけにマシュラまで、「あいつが食うならオレも!」ときた。
「しかたありませんね」
ヤクモは笑いながら溜息をついた。
「ではわたしとサーゴで買い物をします。後で行きますから、あなたたちは先に食べていてください」
そう言ってヤクモは促した。マシュラとクータルは飛びあがらんばかりの喜びようだ。
「よっしゃ、じゃあ先にいただくぜ!」
「ストップ、マシュラ! ミーたちのぶんも残しておいてくださいよ」
「わかってるって。でも早く来ねぇと知らねーよ」
そんな返事もそこそこに、押し合いへし合いして駆けて行ってしまった。
「さあ、サーゴ。彼らに全部食べられてしまわないうちに、買い物をすませましょう」
「ふはふは、久しぶりのごちそうなのよねん」
「おい、クータル! それオレの肉だろ」
「細かいことは言いっこなしなんだな」
店先に設けられたテーブルでは、二人が競争のようにして何枚もの皿を空にしている。次々と運ばれるじゅうじゅうと焼けた肉は、瞬く間に彼らの胃袋の中に吸いこまれていってしまうのだった。
「おーい、おかわりなんだなー!」
「クータル! ヤクモのぶんは残しとけよ!」
マシュラがそう言ってクータルを見たときだ、目の前を猛スピードで駆けぬけて行ったものがある。ヤクモが乗ったハクバーとサーゴのポチである。
「ヤクモ?!」
「ど、どうしたのかなマシュラ」
「ヤクモがいた! クータル、支払いは任せたぜ!」
そう叫ぶと目にもとまらぬ早さで大通りに飛び出した。もうもうとあがる砂塵を、幾人ものマトリクサーが追っている。
「ヤクモ、食い逃げか? ……いや、違う! あいつらヤクモを捕まえる気だ!」
マシュラはそのマトリクサーたちに見覚えがあった。数日前、ヤクモを執拗に追いかけてきた翅のある連中だ。一度は追い払ったと思ったのだが、この街までひそかに尾けてきていたのだ。
「くそっ!」
マシュラは飛行円盤に飛び乗ると、砂塵のたつ方向へと急いだ。
「ヤクモには指一本触れさせねぇぜ!」
マシュラの気持ちが乗り移ったように、飛行円盤はまっしぐらにヤクモへと向かう。前が見えないほどの砂煙の中にハクバーの白い後ろ姿と、なにかがはためいているのがかすかに見えた。買ったものを慌てて詰めこんだのだろう、荷物の中身が落ちそうになっているのだ。
「ヤクモー!」
マシュラはそれを目印に速度をあげた。
「マシュラ!」
追いすがってきた者を見れば、マシュラだ。ヤクモは安堵の声をあげた。
「買い物をしていたら、とつぜん……!」
「わかってる! ヤクモ、これは?」
マシュラは座席から飛びそうになっている荷物を指さした。その荷物からは大きな布がはみ出してばたばたと音を立てている。
「さっき砂避け用に買った布です」
「よし!」
マシュラは指を鳴らすと、ハクバーに円盤を近づけた。
ハクバーの足はそれほど速くない。追っ手のマトリクサーたちはみるみる近づいてくる。
「人間を捕まえろ!」
「連れて帰れば大手柄だぜ!」
マトリクサーたちががむしゃらに追いまくると、砂煙の奥のハクバーが揺れて、中から人影が落ちた。どさり、と地面に叩きつけられた音がする。
「人間が下に落ちたぞ!」
「逃げきれると思うな!」
追っ手は砂の地面に急降下した。彼らの標的はよろよろと立ちあがると、必死に走りはじめた。頭からかぶった大きな布は砂の色に似ていたが、それで見失うほど彼らは間抜けではなかった。
「ヤクモさん!」
サーゴが急旋回して戻ってくる。
だが、追跡者のほうが一足早かった。
「!!」
追跡者たちは標的を鋭い爪で掴みあげると、獲物を捕らえた喜びの雄叫びをあげた。
「ヤクモさんっ!」
敵は空をかけて逃走に移った。サーゴは全速力で追ったが、その距離を詰めることができない。ポチの出力が上がらないのだ。
「まずい……!」
サーゴは心臓が冷たい手で握りつぶされるような思いに襲われた。このまま逃げられたら、救うことは難しくなるだろう。そうすればヤクモは……。それは考えるだけでも恐ろしい悪夢だった。
「マシュラ! マシュラはどこにいるんです!」
空を翔けるマトリクサーは速い。サーゴは悲痛な声をあげた。
「ヤクモさんが、ヤクモさんが……! マシュラ!」
そのときだ、サーゴが追うマトリクサーの爪の下から声がした。
「ここにいるぜ」
サーゴは息をのんだ。ぎょっとした敵のマトリクサーが我が手にあるものを見て驚愕した。
はたはたと風圧で布がはためく。その下から見えるのは金の輪を額につけた少年の顔だ。挑発的にその瞳が光る。
「へへーんだ。おまえら、ひっかかったな!」
「こいつ……!」
マシュラは被った布をばさり!と脱ぎ捨てた。瞬く間に布は飛んで、地面へと舞い降りてゆく。
「こーんな布だけで騙されるなんてな! 今度はオレが相手だぜ!」
マシュラは敵の爪を振りきると、空中で見事な一回転をした。どこからか飛行円盤が現れると、軽業のようにマシュラの足が着地する。
「かかってきな!」
ハクバーを停めたヤクモは、砂の地面に降り立った。砂煙がおさまったその先でマシュラが空中戦を演じている。
「大丈夫でしょうか……」
あのとき、マシュラは荷物からはみ出した布を引きずり出すと、頭からすっぽりとかぶって言ったのだ。
「いいか、ヤクモはハクバーの中でじっとしてるんだ。あいつらがオレをヤクモだと勘違いしたら、しめたもんだぜ」
ヤクモは驚いて止めようとしたが、マシュラは布の下で不敵に笑った。
「心配すんな、ヤクモはオレが守る」
それからマシュラはわざと地面へと転落して、ハクバーはそのまま全速力で駆けぬけたのである。
(マシュラ……マシュラ!)
空中から砂漠へ落ちたけれど、怪我をしていないだろうか。あの執拗なマトリクサーたちを相手にして、やられたりしないだろうか。
ヤクモは胸の前で両手を握りしめた。
祈るようなヤクモの視界にサーゴの姿が加わる。やがて街の方角からひとすじの砂煙が現れた。大慌てで支払いを済ませたクータルである。
「ボクはたくさん食べたから、パワーがありあまってるんだな。そこの君たち、覚悟するのねん!」
敵は三人を相手にすることになった。ヤクモという標的を見失った追っ手は、戦いに集中力を欠いた。途中までは彼らのペースだったのだ。それをマシュラが突き崩した。
戦いが終わったのは、それから間もなくのことだ。完膚なきまでにやられた追跡者たちは、熱い砂の上に折り重なって目を回している。しばらくは立ちあがる気力さえなくなっただろう。
砂漠の空は広い。その青い青い空から三人の姿がこちらに向かってくる。
「マシュラ! サーゴ! クータル!」
飛行円盤に乗ったマシュラ、ポチに乗ったサーゴ、メルルーサ二号に乗ったクータル、みんな無事だ。なにを話しているのだろう、三人はまだまだ元気な様子でおしゃべりをしている。
ヤクモは全力で手を振って、再び三人の名を呼んだ。マシュラが気付いて「ヤクモー!」と叫んだ。サーゴとクータルも応えて手を振っている。
「ヤクモの買った布が大活躍だぜ!」
マシュラの元気な声が飛び込んできた。
(ああ、みんな……)
ヤクモはへたり込みそうになりながらも、精一杯の笑顔で彼らを待った。砂漠の空がまぶしい。よくよく見れば、マシュラは落とした布をしっかり回収して、肩にぐるりと巻いている。それは風をはらんでひるがえり、勝者を讃えるマントのようにも見えた。
彼らが次々に地面に降り立つと、ヤクモは砂に足をとられるのももどかしく駆け寄った。四人の笑顔がはじける。どの笑顔も、この砂漠の空よりまぶしかった。
センターへの旅は長く、けわしい。その道中、彼らの誰一人として希望を捨てる者はいなかった。ヤクモを守る騎士のような彼らは、こんなふうにして旅を続けたのだった。
< 終 >
2011年1月21日UP
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