丸亀城の歴史

 標高66mの亀山山頂に天守閣が見えます。天守閣は小さいながらも、現存する木造天守
12城のひとつとして、古城愛好家の中で知られています。
 天守閣に向けて4段階に積み重ねた石垣は高さが60余mあり、丸亀市のパンフレットによると
日本一の高さだそうです。
 大手一の門の前に立つと、江戸時代にタイムスリップしたかのような錯覚をします。
大手一の門の楼上には刻を知らせる太鼓があったそうです。 是非、大手一の門の太鼓の音
を再現して欲しいと思います。
 
歴史
・ 室町時代、足利幕府の管領であった細川勝元が讃岐の国守だった時、亀山山上に
砦をきずいたことに始まる。
・ 天正10年(1582)土佐の長宗我部が讃岐に侵入し、細川の本拠の宇多津、聖通寺を
攻略する。
・ 秀吉の四国討伐ののち、長宗我部の守兵がいた砦も落城する。
・ 天正15年(1587)生駒親正が讃岐一国の領主となり引田城に入る。
・ 生駒親正は玉藻城を本城として移り、西讃岐の押さえとして亀山に支城を築く。慶長2
  年(1597)築城に着手。5年後完成。
・ 慶長5年(1600)関が原の役
・ 元和1年(1615)一国一城令で廃城となる。
・ 寛永18年(1641)山崎家治(いえはる)、西讃岐5万石の領主となる。
・ 寛永20年(1643)丸亀城再築する。
・ 万冶1年(1658)京極高和(たかかず)、丸亀藩主となる。石高6万石
・ 万治3年(1660)天守閣完成
・ 寛文10年(1670)京極2代藩主高豊(たかとよ)表門を南側より北側に移し、大手一の
            門、大手二の門を築く。
・ 貞享5年(1688)下金倉村の海浜、中洲に京極家の別邸をつくる。(現在の中津万象園)
・ 元禄7年(1694)京極3代藩主高或(たかもち)、庶兄高通に多度津1万石を分ける。
・ 明治2年(1869)版籍奉還
・ 平成9年(1997)築城400年

リンク
  丸亀市ホームページ丸亀城
  銘菓六万石
  中津万象園丸亀美術館