『さざなみ寮の年末年始の過ごし方』/上
                                           神坂真之介さん
                                             &
                                           あるまじろ

 それは、防御も何も考えてない、捨て身の一撃だった。
 剣など触った事の無い、ズブの素人が、達人クラスの真雪を相手に勝つには、大げさな事をいえば、命を捨てて掛からなければならなかった為だ。
 そして、その結果は……

   ・
   ・
   ・

 Pipipi……

 「ん……」

 他の住人に迷惑にならない様、本人にしか聞こえない音量に設定してある目覚ましに、耕介は起こされる。

 「…朝……」

 若干、身体がだるい。 しかし、熱は無いようだ。

 「よっと…ん?」

 身体を起こそうとして、右腕が動かない事に気付く。

 「あ……♪」

 耕介は、その動かない右腕に、最愛の女性がしがみ付いているのを発見する。

 「…ん……ふぁ…あ、おふぁよ〜…おにぃちゃん……」

 耕介が、身じろぎしたのが引きがねとなったのか、その右腕を抱き枕にしていた知佳も、起きてしまう。

 「おはよ、知佳」

 『ちゅ』 と知佳の頬に軽くキスをする。

 知佳は、くすぐったそうに身を震わせるが

 「…ん」
 「……なんだこれは?」

 耕介は、親鳥からエサをねだっているような、知佳の突き出した唇を、人差し指でつつく。

 「んもう。 はい、ん!」

 知佳は、文句ともとれない言葉を発すると、再度唇を突き出す。 ご丁寧に両目を閉じて、布団の中にあった両手を耕介の首にかける。

 「…………まったく…」

 苦笑をしながら、耕介は知佳の要求に応じた。

 『…ちゅ…』
 「…………それだけ〜?」
 「それだけ」
 「むー」

 まるで中学生の様なキスの仕方に、知佳は不満の声をあげる。

 「ほら、時間……早く部屋に戻らないと、真雪さんに見付かっちまうぞ?」
 「……うん…」

 知佳は、耕介のその言葉に渋々納得して、パジャマを着だす。

 (ぱたん)

 大きくも小さくも無く、だが妙に可愛い音を立てて扉が閉まる様子。
 それを、なんとも緩んだ表情で耕介は見送る。

 会話そのものは、年上の大人らしく知佳に接していたが、実の所、自身の恋人のこの上ない可愛らしい仕草に、
 朝っぱらから抱きしめて『いろいろ』なことをしたい衝動に駆られていたりしたのだ。

 もちろんそこは若いけれど、大人の男を自負する耕介。 理性を働かせなんとか本能に打ち勝ったわけであるが、多分、この表情の緩み様では知佳にはバレバレであったのだろう。
 が…本人は気づいていない様子。 幸せなことである。

 しばらく知佳の居なくなった扉を見つめつつ、幸せ気分を味わい、おもむろにベッドからおりる。
 と、身体の芯から身震いが走る。 するりと落ちた布団の下には何も着ていない。

 「…うう、イカン。 そりゃ寒いよな」

 さざなみ寮管理人の朝は早い。
 そんな早朝に、冬の只中に、しかも山の麓に位置する、この寮にて素肌で居るのは非常に健康によろしくない。

 「さて…急いでみんなの朝食用意しないとな」

 寒さを思うのも一瞬のこと。
 身体を侵す寒さも、心を占める暖かさにはいささか分が悪い様だった。



 ここはさざなみ寮。


 優しい人達の住まう場所。


 愛しい少女の住まう場所――――



    ☆ ☆ ☆ ☆



 朝食の用意がほどなく出来あがる頃には、さざなみの優しい家族達が集まってくる。
 (若干2名除く)

 「相変わらず、さっむいなー」

 ゆうひは、身体を震わせながら、イスに座る。

 「心頭滅却すれば、火もまた涼し、です」

 薫は、いつものセーラー服に身を包まれて、姿勢良く腰掛ける。

 「ほー、薫は火が涼しいんだ。 ならもしかして、今は暑いのか?」

 可愛い声をして、皮肉をいうちっこいのは、美緒だ。

 「例えにきまっとるじゃろ。 寒い寒いと思っているから、余計に寒くなるから、精神力で……」
 「そかそか。 じゃー、こんな事しても大丈夫なんだ。 …それ!」

 美緒は、ててて、と窓際によると「美緒はりけーん」とか叫びながら、窓を全開にする。

 (ひゅおーーーーー)

 「ふわわー?!、美緒ちゃーん、やめてよー」

 行き成り下がった室内の温度に、体温を奪われまいと、みなみは自分の身体を抱きしめる。

 「うひゃ〜、それはちぃっとシャレにならんで〜美緒ちゃん」

 ゆうひも珍しく抗議の声をあげる。

 「…こんネコは!」

 薫が、美緒を捕まえ様と、ツカツカと歩み寄る。

 (ひょい)

 「べー、そんな動きで、あちしを捕まえよーなんて、100と20年と3日早いのだー」

 美緒は、薫に捕まれるギリギリで、逃走に移る。

 「待て! 今日という今日は、きっちり躾ちゅうモンを仕込んじゃる!」

 そして、いつもの追いかけっこが始まる…

 「…なんか、行き成り寒くなったんだけど…」

 キッチンの中で盛り付けをやっていた耕介が、食卓の方に姿を見せる。

 「…………」

 見慣れたその光景に苦笑しつつも、きっちり自分の役割をこなす。

 すなわち、開けっ放しになっていた窓を閉め(ゆうひとみなみが、閉めてくれた)2人の仲裁をする。

 「薫ー、そろそろ朝ごはんにしたいんだけどな〜? 美緒もお腹空かないか?」

 じりじりとにらみ合う2人は、その耕介の言葉で互いに休戦を確認し合う。

 「…あとで…」
 「それは、こっちのセリフー」

 反目しながらも、ちゃんと席につくところが微笑ましい。

 「それじゃー、いーただーき…あれ? 知佳ちゃんは?」

 みなみがほんとに今気がついた風で、耕介に尋ねる。

 「あー…知佳は……」

 みなみちゃんの何気ない一言に、耕介は微妙に困った表情になってしまう。

 「あー…知佳は……お風呂だな」
 「お風呂?知佳ちゃんが?なんか珍しいです」

 ものめずらしげに、みなみちゃんが…女の子の朝風呂など珍しくないのだけれど、みなみちゃんのこれは別に失礼な事ではなく当然の疑問だろう。
 基本的に普通の人より体温が高い知佳だが、HGSというその性質ためか発汗器官が普通の人とは違うのだ。

 単純に言うと、あんまり汗を掻かないのだ。
 リアーフィンが体温調整をするためらしい。
 その為、朝から運動を欠かさないみなみちゃんや薫、綺麗好きなゆうひと違い、朝風呂とかいうものはあんまりしなかったりする。

 「知佳ちゃんも女の子なんやから、朝風呂くらいとーぜんやと思うよ〜♪」
 「でも、朝食後ならともかく朝食前に入るというのも、なんか変な気がしますね」

 何が楽しいのか歌う様にしゃべっているゆうひは兎も角、薫の疑問はそれなりに耕介の何かを揺さぶった。
 一瞬、ピキリと耕介の動きが歪む。

 その原因は、昨晩の深夜から早朝にかけてにあったりする。
 ……いや、その…若さに任せて、二人ともちょーっと頑張りすぎちゃったかな〜なんて……

 (ふ…犬とか猫のマーキングじゃないんだし、匂いが染み付いちゃうなんてな〜)
 (頑張りすぎた揚げ句、知佳の方は疲れて果てて、昨日お風呂に入らなかったのが悪いと言えば悪いんだけれど)

 なんとも、幸せだかアレなんだかわからない思考に没入する管理人であるが、それでも朝食の配膳作業に支障が無いのは流石といえる。
 だが、そんな彼に一つの爆弾が打ち出される。

 「こーすけ、なんか匂うのだ」

 (ピシィ)

 今度は、石化した様に動きを止める耕介。

 (―――ばかな!?)

 先に風呂を戴き、速攻でかつ入念に洗浄したはずなのに!?
 野生の力を甘く見たのだろうか?

 (―――いや、落ち付け槙原耕介!!)
 (作業は、ぱーふぇくとだった! 冷静に対処すれば、ナンとゆうことはないはずだ・・)

 ……妙な言動を心中で高速処理しつつ、平静かつ冷静に言葉を選ぶ。

 「…そそそ、そうかい?」

 ……動揺してる。
 ………むちゃくちゃ動揺してる。

 「……むーーー??」

 美緒が、その正体を確かめるべく、耕介に近寄ろうと席を立とうとすると、

 「こら、陣内。 食事中にムダに席を立つもんではなかね」

 静かだか、ぴしりと薫の注意がとぶ。

 (ナイス! 薫)

 耕介は、心の中で薫に親指を突き出す。

 「ぶー、薫うるさいー」

 美緒は、薫に文句をいいつつ、その言葉に従う。
 なにしろ、お腹を空かせているのに加え、今朝の食事は、好物のさんまだからだ。
 美緒が、とりあえず素直に薫の言葉に従ったので、その場はそれ以上の騒ぎには発展せずにすんだのであった。
 その場は―――



    ☆ ☆ ☆ ☆



 「………〜♪ せつない夜を〜、キミと過ごした〜♪  ……ふふ♪」

 知佳は、へにゃへにゃと笑いつつ、鼻歌などをお風呂場に響かせている。

 「んー、ごしごし…えへ、おにーちゃんの匂いだ〜……」

 昨日の情事を思い出しつつ、身体の隅々まで洗っていく。

 「ごしごし…いーっぱい磨いて、今日も可愛がってもらうんだ〜…………てれてれ」

 …なにやら、想像しながら、知佳のお風呂Timeは過ぎて行く。

 入浴時間が約一時間という長風呂の後、心も身体もホッカホカの、恋真っ盛りの乙女チック妹は、足取りも軽やかにスキップまじりでリビングに入ってくる。
 そして、大好きな人へのダイビング。

 「お兄ちゃ〜ん♪」
 「これこれ、朝からべたべたしない」
 
 背後から抱き付いてくる知佳をたしなめるも、非常に嬉しそうな表情をしているあたり、アツアツである。
 本人同士は今まで道理、普通に接しているつもりらしいけれども、どう見ても、イチャイチャラブラブしているようにしか見えない。

 回りに人がいたら、愛さん以外はこの空気に当てられる事間違いなしだけれども、みんなはちょうど朝食も終った後でいなかったりしたのは幸いかも知れない。

 「んふふ〜知佳ぼーは、べたべたしたいのだぁ〜♪」
 「この、甘えんぼ娘さんめ」

 耕介は自分の背中に頬を寄せてくる知佳を前に抱き寄せて、くしゃくしゃと髪の毛をちょっと乱暴に撫でる。

 「あん、髪のセットが崩れちゃうよぉ」

 言葉はとがめる口調だけれども、表情は至福で…もうそこは、空気が粉砂糖と練乳で出来ているような極甘な空間である。
 …て言うか、他に誰かがいたらこの空気に当てられて…(以下略)

 だが……ナレーション道理、当てられている住民が廊下に居る事など、自分達の世界に浸る二人は全然気づかない。

 「くはーーーー これはたまらんくらいベタ甘やん! 何時の間に知佳ちゃん、耕介君と……にゅふふふふ〜やでぇ〜♪」



    ☆ ☆ ☆ ☆



 「ふあ〜〜…」

 大っきな口を空けて、豪快にあくびをかましたのは、知佳の姉、真雪である。

 「あー…かったりーー」

 どてらを着込んだまま座ってベッドを背に寝ていた所為で、いまいち先日の疲れが抜けていない。

 「…ったく、師走にもなろーってのに、なーんで、打ち合わせ、打ち合わせ、打ち合わせーなんだよ〜〜…タダ酒はありがたいけど」

 真雪は、ぶちぶち文句を言いながら、とりあえず立ちあがる。

 「ふわ〜〜…」

 あくびと伸びを、同時に行いつつ、知佳の部屋に視線を向ける。
 それはもう、何年も前から行っている、無意識の仕草だった。
 真雪の、知佳を思う気持ちが、そんなところにも現れていた。

 (がちゃ)

 イヤイヤながらも起きてしまった以上、お腹がすくのは人間ならず生物なら当たり前のことであり、ソコにいけば食べ物があるのだから、真雪がソコを目指すのは、むしろ当然といい帰結であろう。

 「しっかし大胆やなー知佳ちゃんも。 あ、KISSしよった! うわうわ♪ このままやったら、もしかするともしかするでー♪」

 等と、ゆうひが耕介と知佳との睦合いを覗いていると、

 (トントントン…)

 「おろ…足音? ……誰か降りてくるンか?」

 (みなみちゃん達はガッコ行った筈やし、愛さんは1階におるハズ……ってことは……真雪さんーーー?!)
 (うあわちゃー! こらやばいで! あんたら、イチャイチャしとる場合とちゃうで?! ど、どないしょ〜)

 流石のゆうひも、もし、真雪が耕介たちの『行為』をみれば、どんな事態になるか…
 想像しただけで、血の気が「ザー」とゆう擬音付きで引いてきそうだった。 いや、引いた。

 (こ、こここ、ここは、ウチがなんとかしやんと?!)
 (トン…)

 真雪が、素肌にYシャツ1枚とゆう、あられもない格好で近づいてくる。
 
 「はらへったー……ん?」

 ……台所に通じる廊下に、ゆうひが大の字に手を広げて『とうせんぼ』をしている。

 「…………なにやってるんだ?」
 「ま、真雪さん…こっから先は、通行止めや」

 「……通行止めって……新しい遊びか?」
 「っと、そうそう。 とーせんぼ♪ えへ♪」
 「……『えへ』じゃねーだろ。 ったく、知佳じゃあるめーし。 あたしゃ腹へってんだ。 とーしてもらうよ、っと」

 真雪が、ゆうひの腕を退かせると、台所へと進もうとする。

 「あああ、あかんて! も、もう、真雪さんったら、強引なんやから…ぽ♪」
 「『ぽ♪』じゃね〜よ。 ……ところで…その手、離して貰えねーかな?」
 「な、なんのことやら〜♪」

 ベタにとぼけるゆうひだが、その両手は、しっか! と真雪の左手を握っている。

 「なんだよ。 用があるなら後にしてくんないか。  昨日の昼に、知佳と耕介が作ってくれた非常食食ってからこっち、なーんも口にいれてねーから、本気で腹へってんだよ」
 「ありゃー、それは難儀やな〜…そや! じゃ〜うちといっしょに、外、食べにいこ? 我ながら名案さんや〜♪」
 「お、おい」

 今度は、真雪に抱きつきながら、台所から引き離そうとするゆうひである。

 「やめろって! なんなんだ…ったく」

 しかし、真雪もかなり強引にゆうひを引き離すと、台所に歩を進めようとする。 が、

 「…うちを捨てるんですか……」

 真雪の背後から、まるで『うらめしや…』とでも聞こえて来そうな口調でゆうひが語り掛けてくる。
 
 「す、捨てるってなんだよ………うわわーー?!」

 思わず、真雪が振り返っていまったソノ先には…ゆうひが、口に髪の毛を咥えながら、半身になって下から覗きこんでいた。
 後去ろうとした真雪を、ゆうひは、がしぃ、と捕まえてしまう。

 「とぼけたらあかんでー、おねぇさま〜。 うちの胸『かわい〜なー』って、思いっきり揉んだ曲に…それも何回も……」
 「ばば、バカ。 そりゃスキンシップだ、スキンシップ。 バ神咲にだってちょくちょくやってんじゃんか…」
 「つまり〜…浮気までしとったんやな〜…やっぱり、これはアレやな〜…」
 「あああ、アレってなんだよ…」

 完全にゆうひのペースに巻き込まれた真雪は、ごくっと喉を鳴らして、ゆうひの次の言葉を待つ。
 
 「だから……『ふくしゅー』だべー♪ 真雪おねぇさま〜♪」

 ゆうひはそう叫ぶと、わし! と真雪の胸を直接掴んで……その手を動かし始める。
 
 「こ、こらーー!」

 いつも『する方』の真雪だが、される事には慣れてないのか、真っ赤になりながら、ゆうひから逃れ様とする。
 
 「や〜ん。 逃がさへんで〜♪」

 真雪の逃げ出した方向は台所なのだが、ゆうひは、そんな事は綺麗さっぱり忘れてしまっているようだった。
 そして、一瞬ゆうひから離れられた真雪だが、台所のすぐ手前で捕まってしまう。

 「つーかまーえた! おりゃ♪」

 ゆうひが、再び真雪の胸に手が伸びる。 今度は両手だ。
 
 「や、やめろって! こんなのシャレじゃすまねーぞ?!」
 「シャレなんかとちゃうもーん♪ ……うちは、ずっと前から真雪おねぇさまの事が………って、真雪さん、どこ見とるん?」

 さっきからのゆうひの告白を聞かずに、あさっての方向を見ている真雪の視線を追うと………
 
 「…や」
 「あ、ども…」

 知佳と耕介が、そんな2人を覗きこんでいた………



    ☆ ☆ ☆ ☆



 <台所>

 (ガツガツガツ…)

 真雪だけが、凄い勢いで食事を掻き込み、知佳とゆうひはそれを眺めている。
 
 「…んだよ」
 「ナ、ナンデモ…」

 姉に、その視線の意味を問い詰められると、知佳は、つい、と目をそらせてしまう。
 
 「…だから、誤解だってば!」
 「そ、そーやで? うちは、知佳ちゃんたちの為と思って…」
 「え?」
 「あ、いや、その…」

 「はい、おかわり、おまっとーさま」

 真雪のリクエストに答えて、耕介がキムチチャーハンを作り終えてテーブルに運んでくる。
  
 「耕介。 お前ならわかってくれるよな? な?」

 おかわりのチャーハンを食べるのも忘れ、耕介に詰め寄る真雪であるのだが、耕介は……

 (ポン)と、真雪の肩に手をおくと、それはもう優しげな目で見つめ、

 「……真雪さん。 愛にはいろんな形があっても良い、と思いますよ?」
 「そ、そーだよ、おねぇちゃん! あ、あたし達…うぅん、みんなこんな事で、おねぇちゃん達を差別とかしないよ? だから……」

 「だーかーらー…誤解だーーーーーーーー!!」
 「誤解なんやーーーーー!!」

 真雪とゆうひの叫び声は、さざなみ寮全体に響きわたっていった……



    ☆ ☆ ☆ ☆



―――二人の特殊な愛の持ち主達が悲痛な叫びを上げたその日の夜―――

 「ええええええ!!知佳ちゃんが耕介さんと、はぶっ!?」

 驚愕と共に、良く響く声を発生させるみなみに、情報入手し提供してきた関西お天気娘ゆうひのハリセンと、のりのりの美緒延髄蹴りツッコミ(危険です真似をしないで下さい)が迎撃する。

 ……ゆうひは兎も角、美緒の蹴りは何やら危険な方向に入った気もするが。
 そこはそれ、無限のスタミナと生命力を持ってんじゃないかっていう、みなみである。 数秒で復元し立ち直る。

 「あぅ〜痛いですぅ〜」
 「あかんで〜みなみちゃん、こんなおもろい事を大声で吹聴したら」
 「うむうむ、なのだ」

 ちちち…と人差し指を揺らして、口を鳴らしつつ、ゆうひが胸を張る。
 なんか無闇やたらと偉そうだ。 いや、胸も弾んでちょっぴりあれでもあるが。
 みなみの視線は一瞬、その豊かなバストに貼り付けになってしまう。

 「ん?なんやのんみなみちゃん。 複雑そうな顔をして、自分の胸見てー?」
 「ななな、なんでもないですぅー」
 
 「? 何の話をされているのですか?」
 「あちしにも良くわからんのだ」
 「ふぅ……天然って、残酷だよね……」

 眼が見えない人や、バストがある人。 後、お子様にはわからない会話が一瞬飛び出すが、とりあえず脱線しそうな会話を、円陣を組んでさざなみ寮生中一冷静なリスティが軌道修正する。

 「……で、ゆうひは何を企んでるわけ? 知佳と耕介の事をばらしたかっただけじゃないでしょ?」
 「ふふ〜ん♪流石リスティ、話が早ようて助かるで〜♪」
 「そりゃ、頭が堅い薫とか、知佳の事になると融通気かない真雪とかを抜かして、僕らを集めた時点で想像つくよ」
 「そんでな―――(ひそひそ)」

 何故か、円陣を組んでいる全員に、ゆうひの『たくらみ』を伝える。



    ☆ ☆ ☆ ☆



 <次の日>

 「おはようや、みなさん♪」

 いつもの様に、真雪と知佳以外は台所に集まっている。

 「あれー? 耕介クン。 知佳ちゃん、また今日もいないの〜?」
 「ぉほっ、ぇほっ…」

 ゆうひが、いかにもわざとらしい声で、耕介に知佳の不在を聞く。

 「あ、だから、昨日と同じですってば」

 若干慌てたものの、耕介は、サラリとゆうひの追及を受け流す。
 むしろ、その隣でごはんを掻き込む様に食べていたみなみが、喉にごはんを詰らせて、むせ返っている。

 「えほっ、ごほっ・・」
 「ほら、そんなに慌てて食べんでも…、耕介さん、お茶をお願いします」
 「はいはい」
 「よく噛んでたべないと、大きくなれませんよ」
 「んぐんぐ……ぷは〜〜……はい〜………」

 受け取ったお茶を飲み干したみなみは、愛さんからの忠告に、生返事を返す。
 視線の方はというと、愛さんの上半身にある、急勾配な双丘に向けられたが。

 「それでは、うちはこれで、いってきます」

 薫が、朝練に向かう。 最上級生になって、今まで以上に忙しくなっている。

 「いってらっしゃーい」

 みんなに見送られながら、薫が登校していった。

 「ほらほら、美緒ちゃんも、みなみちゃんも、用意しないと」

 他の大学生以外の二人も、愛さんの急き立てで、ようやく席を立つ。

 「あ、みなみちゃん…〜☆」

 ゆうひが、席を立とうとしたみなみに向かって、軽いウインクを投げかける。

 「………(こくこく)」

 牛乳で、口が塞がっているみなみは、ぶんぶんと頭を振りながら、ゆうひに了解の旨を伝える。

 「なんだー、ゆうひ〜。 今度は、みなみちゃんにちょっかい掛けてんのか」
 「(ぶっ)!」
 「わ! きたな!」

 耕介の茶々に、ゆうひは口にしかけていた、イチゴ牛乳を噴出させてしまった。

 「…耕介く〜ん? あんまもったいない事させんといてんか?」
 「ははは、ごめんごめん」
 「ったく……一体いつまでひきづんのんやーそのネタ……ぶちぶち」
 「……?」

 事情を知らない愛さんは、きょとん、としていた。


二時間程後――


 「おーす…」
 「あ、おはようございます」

 真雪が、遅い朝食をとりに、台所に下りてくる。

 「今日は学校、良かったんですか?」
 「あー、午後からにした」
 「したって…」
 「寝過ごしたんだわ」
 「…………」
 
 「そう飽きれた顔すんなよ。 単位は足りてるんだからさ」
 「はいはい……それで、今日の知佳の送迎、どうします? 遅れたついでに、真雪さんが送っていきますか?」
 「そーしたいとこなんだけど……んー……やっぱ、あんたに頼もっか」
 「了解です(ほっ)」

 平気な顔を取り繕って知佳の送迎の事を聞いた耕介であったが、内心は穏やかではなかった。
 真雪が知佳の送迎をすると、堂々と二人っきりでいられる時間が無くなってしまうからだ。

 「んじゃ、後よろしくー」
 「はい、いってらっしゃい」

 そういって真雪を送り出した後、

 「おねーちゃん、もう行った?」
 「おう」
 「……おにぃちゃん♪」
 「ちーか♪」

 (いちゃいちゃ)

 ……まるで、不倫のようである。

 ………………
 ………

 「忘れ物ないかー?」
 「保険証…おサイフ…ポーチ…あ、肝心なもの……これこれ♪」
 「? …新しい携帯ゲームか?」
 「そー♪ 前のは、クリアブルーだったけど、今度のは、ホワイトなんだ。 可愛いでしょう♪」
 「か、可愛いのか…」
 「うん♪」

 なんのかんのと準備が終わると、知佳をバイクに乗せ、ひとっ走りし始める。

 「今日はなんの検査だっけ?」

 耕介が、あまり飛ばさない所為で、知佳とも結構話がし易い。

 「えーとね、C検査ー。 ペタペタコード付けて、ぼーっとゲーム出来るやつ」
 「そーか…じゃーあんまし、時間掛からないなー。 ………帰り、どっか寄ってくか?」
 「ホント?! やったーー♪」
 「公園とかだけどいーか?」
 「うんー! すっごい楽しみ〜♪」
 「はは…」

 耕介は、若干スピードを上げながら、知佳を病院に送り届ける。
 それから、一度寮に帰ったあと、いつでも知佳からの連絡があってもいいように、ちゃっちゃと、管理人としての仕事をこなしてゆく。
 
 「……クリスマスかー……」

 リビングの清掃をしているとき、『偶然』にも、『クリスマス特集のページが開いている雑誌』が耕介の目に飛び込んで来た。
 
 「……クリスマスか……」

 耕介は、再度呟く。



    ☆ ☆ ☆ ☆



 (Pi…Pi…)

 検査室に、知佳と繋がった、脳波等を計測する機器音が響いている。

 「うん……かなり安定しているね。 このごろずっとじゃないか」
 「はい♪」

 矢沢医師が、知佳の計測DATAを見ながら話ている。

 「この分だと、薬の量は増やさなくてもいいかな。 あと、年内の検査は、もういいだろう」
 「やった! ……あ、でも、先生に逢えないのは、ちょっと寂しいかも」
 「おいおい、嬉しい事言ってくれるじゃないか。 だけど、こんな年寄りに逢うよりも、知佳ちゃんには、もっと逢いたい人がいるんじゃないのかな?」
 
 「え、えー? そ、そんな人…」
 「例えば…あの、いつも送迎に来てくれる、背の高い青年とか」
 「えーー? あ、あのあの…おにぃちゃんと私は、そそんな関係じゃ……」

 知佳は、矢沢医師のからかいに、ぶんぶんと手を振って、耕介との関係を否定する。
 なにしろ、この先生は姉の真雪とも入魂の仲なのだ。 いつ何時、姉に知られるとも限らない。

 「今更隠さなくても……ん? そうかそうか…うんうん」

 矢沢医師は、急に何かを納得したように、知佳の肩を叩く。

 「あ、あのー、一体何を納得されたんでしょー…」

 聞かない方が良いような気もしたが、気かずにはいられなかった知佳である。

 「秘密、なんだね? 真雪さんには」
 「(ひき)?!」
 「うんうん。 そーいわれれば、分るような気もするよ。 あの、真雪さんだからな」
 「あああ、あのあの…せんせ〜〜………」

 隠し通すのは、すでに無理と悟ったのか、知佳は、矢沢医師に泣きついた。

 「はっはっは♪ 分っておるよ。 とり立てて、言い触らすような事ではないしな。 ただ…そんなに、隠し通せるものでもないと思うがなー」
 「はい…… でも! 今は、今だけは…もうちょっと、もうちょっとだけ……」
 「知佳ちゃん…… 分った。 私からは、口外しないと誓約しよう。 知佳ちゃんの体調にも、プラスみたいだしね」
 「あ…ありがとうございます!」

 ベッドに座っていた知佳は、すっくと立ち上がると、深々と頭を下げる。

 「おいおい、そんなマネはやめてくれんかね。 知佳ちゃんと、私の仲だろう?」

 矢沢医師は、パチッと、不器用なウィンクを知佳に投げかける。

 「はい♪」

 知佳の方からも、可愛いウィンクを返す。

 「しかしだね…そうすると、クリスマスはどうするのかね?」
 「……はい?」



    ☆ ☆ ☆ ☆



 同じ頃、幾つかの計画が同時進行しているとは当事者以外の誰も知る由もない。

 ぴっ♪ぽっ♪ぱっ♪
 携帯電話の電子音も軽やかに、密やかにさざなみ寮のいっかくにて音を奏でる。

 「ふふ〜ん、やっぱり、ぱーぺきな計画ちゅうんは細かなそとぼりも埋めてかんとな〜♪」

 鼻歌交じりに電話帳をめくりめく。
 なぞ計画の主催者、ゆうひはとある場所へと連絡をとる。

 「…あ、失礼しますー。 ウチ…私、さざなみ寮の椎名と申しますけど、理恵ちゃん、いらっしゃいますでしょうか? …はい、はい、知佳ちゃんの知り合い…と言えば多分わかりますー」

   ・
   ・
   ・

 ところ変わって私立山瀬学園。

 「望―クリスマス、あちし望の家に泊まって良い?」
 「え…?」
 「泊まったら、だめ?」
 「ううん、そんなこと無いけど…いきなりどうしたの? 美緒ちゃん何時もはプレゼントが一杯届くからクリスマス、さざなみ寮でうきうきしてるのに…」
 「うむ、サンタさんも大事だけど、今年はゆうじょーを優先しないとイケナイのだ」

 長年の付き合いの望からの当然の疑問にたいして、美緒は当事者以外にはわかりようのない返答でかえす。
 何を言われているのか望的にはイマイチさっぱり解らないので彼女はとりあえず首を傾げた。

   ・
   ・
   ・

 ところ戻ってさざなみ寮。

 「愛―」
 「なぁに、リスティ?」
 「うん、ちょっと、ゆうひに言われてたんだけど、クリスマスので、面白いチケットが4枚くらい手に入ったんだってさ」
 「チケット?なんでしょう?」
 「真雪とか連れて一緒に行かないかだって」

   ・
   ・
   ・

 着々と、謎のらぶらぶ計画は進行しているようだった。



    ☆ ☆ ☆ ☆


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