『恭也最大の戦い』
『恭也最大の戦い』



話は、あの春より数年ほどさかのぼる。

俺、高町恭也は、これまでの人生において最大の敵と相対していた。




――そう、受験という名の敵と。

「なんで受験が最大の敵になるんだよ」

「…………」

赤星め、剣道の推薦で既に風芽丘に入学が決定しているお前にはわかるまい。

この俺の辛さと苦しみが。



「恭也、あんた高校はどこに行くの?」

そろそろ年も暮れようかという11月の終わりごろ、唐突に高町母が俺に訊ねてきた。

「高校……?……ああ、そういえばそんな時期だった気が」

「そういえば、って、あんたねえ……」

この頃は自分の修行とまだ慣れていなかった美由希の指導を同時にこなさなければ
ならなかったため、そういうものを考えている余裕がなかったのだ。

――少々、意図的に避けていた部分もあるが。

「で、どうするの? あんまり上の学校は行けないだろうし、そもそも行く気も
無いだろうし。そうなると、やっぱりスポーツが盛んなあの風芽丘かしらねー。
赤星君も行くんでしょ?」

「……高校には行かずに、家事手伝いをしつつ修行に専念するというのは」

「却下! あんたねー、いくら将来はそっちの道に進むつもりでも、幾らなんでも
高校ぐらいは行っておくべきでしょ?」

……やっぱり無理か。

「とにかく、どこでもいいから高校には行くこと! じゃなきゃ、
かーさん怒っちゃうわよ」

「……了解」



……とは言ったものの。

剣一筋に生きてきた俺にとって、勉強というものは天敵に等しい。

まさか、ただの文字の羅列がこれほどまでに手強い存在だとは。

「ただの文字の羅列って……。随分な言いようだな」

「俺にはそうとしか見えん」

横から見ていた赤星がつっこみを入れる。

もう勉強をする必要がない赤星は、こうして俺に勉強を教えに来てくれていた。

その好意は有り難い。有り難いのだが……。

「……なんか、もう絶望的な気がしてならない」

「おいおい、そんなあっさり諦めるなよ」

そんなこと言われてもな……。

俺も何かスポーツをやっておくべきだったなどと、
普段なら思いもしない考えまで浮かんでくる。

だがいくら過去を悔やんだところで、目の前の問題が解けるわけでもなかった。

解の公式……。

……なんだ、この英語の固まりは。美由希の作る料理よりも複雑怪奇だ。

一五四九年、フランシスコ=ザビエル来日、キリスト教を伝える……。

……我が家は仏教なので、あまり重要でない気が。

オームの法則:電圧=電流×抵抗……。

……………………。

「……旅に出たい」

「出るなよ……」

はあ……。



そんなこんなで、運命とも言える受験日がやってきた。

「恭也、頑張りなさいよ!」

「恭ちゃん、恭ちゃんなら出来るよ!」

「師匠、ファイトです!」

「お師匠なら、きっとやれます!」

「おにーちゃん……。がんばってね!」

と、かーさんと美由希、このころはまだ仲がよかった晶とレン、
そして最近ようやく普通に舌が回るようになったなのはが見送ってくれる。

……気休めかもしれないが、心強い。

「じゃ……行って来る」

そして、家族の声援を背に受けながら、俺は試練の場へと向かい出した。

そう、どんなことでも、戦えば勝つのが御神流だ。

この数ヶ月、やれることはやってきた。

勝てないはずが無い!



……そして、試験が終わり。

「よう高町、どうだった?」

校門で待ち構えていた赤星が、開口一番に訊いてきた。

「…………」

「……高町?」

「……砕け散った」

「…………」

……すいません、とーさん、御神流の御先祖様方。

私、高町恭也は、完膚なきまでにこの敵に打ちのめされました。

敵はあまりにも強大だったのです。

「……そこまで悲嘆にくれなくても。結果は出てみなきゃわからないだろ?」

「……そうだな」

そうだ、過ぎたことを悔やんでも始まらない。

果報は寝て待てというし、合格発表の日まで美由希でもしごいて過ごそう。

そう思い、多くの生徒が帰る中、俺も帰路についた。

『……お疲れ様です、忍お嬢様』

『あ、ノエル。もう来てたの?』

『日程から、そろそろ終わる頃合かと』

『そう。はあ、今日はほんと疲れちゃった。もう今日は帰って寝よっと』

『かしこまりました』

……俺も今日は夜の鍛錬はしないで寝るか。

こんなに疲れたのは初めてかもしれない。



……その後、俺は奇跡的に合格して、無事風芽丘学園に入学した。

そして、今に至る。

「思えば、よく合格できたものだな……」

「ああ、そうだよな」

あの時と変わらず、隣の赤星が相槌を打つ。

……そう、英語の勉強をする俺の隣で。

「高町君も大変だよねー。追試なんてさ」

「まったく、授業中テストに出るってところを解説してる時に寝てるんだもんな」

「…………」

……何故同じ様に寝ていた月村は大丈夫だったのだろうか。

理不尽な。

「ま、高町にも勝てないものがあるってことだな」

「あっはは、そうだね♪」

「…………」

言い返すことも出来ず、俺はひたすら鉛筆を走らせるのだった。





―後書き―

どうも初めまして。そうでない人はこんにちは。
主任と言う者です。
以後お見知りおきを。

……そうでない人っているのかな(笑)。

今回、例のモノのお礼としてこのSSをお送りしました。
あるまじろさん、その節は本当にありがとうございました。
こんな恭也好きには怒りを買いそうなSSですが、
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
これからもよろしくお願いしますね。
それでは。

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