Birth Day 〜君が生まれた日
季節は春。時刻はもうじき夕闇が迫る頃であった。
そこは広く、広大な屋敷の中だった。
その屋敷の一室の廊下の前、二人の男性がいた。
一人はまだ25,6の青年で、顔は最初見た人は誰しもその美しさに心奪われ、その後、男性達はその人物が同姓だったことに嘆き、女性達はその美しさを噂話にする、といった事がおきるほどの美形である。
服装は上はロゴの入ったトレーナー、下はジーンズとある意味ラフな格好の人物―相川真一郎はその部屋の前を行ったり来たりしていた。
もう一人廊下にいる人物はと言えば、こちらは初老の域に入った、白髪が少し目立ち始めた程度の人物―綺堂
唯義(きどう
ただよし)であった。
姿は誰が見てもまず英国紳士だと答えるであろう。廊下の壁にもたれ掛っているものの、その姿はひとつの彫像のように見えた。
唯義は目の前を行ったり来たりしている娘の夫―真一郎が鬱陶しくなったのか一つ咳をした後、真一郎に向かい話かけていた。
「おい、小僧」
「なんですか?お義父さ…」
「儂は貴様の父親になった覚えは無い!」
真一郎が答えるより速く怒声をかけるとまた背中を壁に預けながら話を続けた。
「目の前をそううろちょろされると目障りだ。もう少し落ち着け。出来んのなら実家(うち)に帰って連絡を待て」
……話というより注意のようだった。
「ですが、さくらの出産なんですよ?落ち着けっていうほうが無理なのでは……」
一応さくらの父親と言うことなのであろうか?真一郎の口調も普段とは違いかなり丁寧になっていた。
だがそうなるのも無理はなかった。
さくらと結婚する時にはさくらの親戚一同、特に男性一同は真一郎が人間であると言うことを快く思ってなかったのである。
実際目の前にいる義理の父でさえ、結婚式には来なかったのだから。
だが、それでもさくらとの結婚を許してもらえたのはひとえにさくらの母親の力と言える。
母親の一言「許していただけないのなら実家に帰らせてもらいます」がこの義理の父親にさくらの結婚を許させることになったのだ。
それ以来真一郎は義理の母には頭があがらず、義理の父親に関してはどうにかして認めてもらえる様に苦心していたのであった。
「ふん。たかが出産で何をおたついておる」
「『たかが』って!!」
義理の父の言葉に思わず反発する真一郎。だがそんな抗議もどこ吹く風で唯義は言葉を続ける。
「儂の家系を知っているであろう。出産で危ない目にあったものは滅多におらん」
「……」
「だから落ち着かんか」
「……わかりました」
不承不承ながらも真一郎は義理の父の横に同じように壁にもたれようとした。が、
「………なぜ儂の横に来る?」
「いえ、少しでもお義父さんとお話をと…」
言いかけたとき、不意に真一郎の目の前を何かが横切った。
それは寸分違わず真一郎の喉の数ミリ手前で止まっていた。
手刀である。
それを出しているのはやはり……唯義であった。
「危ないじゃないですか!!!殺す気ですか!?」
「先程も言った筈だ。儂を『義父(ちち)』と呼ぶな、と」
平然と答える唯義にさらに怒鳴ろうとしたとき、部屋のドアが少し軋んだ音を立てながら開いた。
そこには大体三十代半ばだろうか?「おばさん」と呼ぶのにはまだ早そうな微妙な年齢の女性が立っていた。
「お、お前…」
「お、お義母さん」
そう、この人こそ先程説明したさくらの母、桃花(とうか)であった。
実際の年齢はすでに四十代後半のはずなのだが、見た目は先程説明した通りの容姿なので、どうにもわかりづらいことこの上ない。
で、出てきた桃花だが、扉を開けてただ目を細めて二人をじっと見詰めていた。
「先程から…あなたたちは少しは静かに待てないんですか?」
怒声でもなくただ静かな声。それでいて響く声であった。
その声の怖さに思わず押し黙る二人。
「いいですか。私達一族がいくら丈夫だからといって、部屋の中にまで響いてくる怒鳴り声が妊婦にどれだけ負担をかけるか……考えてくださいね?」
「「……はい」」
二人同時に項垂(うなだ)れて答える。その様子は悪いことをして叱られている子犬そのものであった。
桃花はその様子を見て満足そうに頷くと部屋の中へと戻っていこうとし、不意に何かを思い出したかのように二人に向かって話し掛けた。
「陣痛が始まる前にも言いましたが……この部屋には立ち入り禁止ですよ?私達一族でも、たとえ夫や父親であっても出産の時には男性は入ってはいけませんからね?」
「わかっておる」
「真一郎さんは?」
「はい、肝に銘じています」
「ならばよろしい」
満足そうな笑顔を浮かべると、今度こそ桃花は部屋へと戻っていった。
「まったく、小僧のせいで怒られてしまったではないか」
しばらくして声を発したのは唯義であった。
「お、俺のせいですか?元はと言えばあんたが…」
先程の桃花の雷のためか、小声で口喧嘩を始める二人。
だが、真一郎の唯義に対する言葉使いが敬語から元に戻り始めていた。
そして唯義のほうもそれを特に注意することもなく話を続ける。
その後、唐突に唯義は真一郎に向かい質問を投げかけていた。
「小僧、お前は生まれてくる子供を愛することができるか?」
いきなりの質問に戸惑う真一郎。そもそも、何故そのような質問をしてくるのか思いもよらなかったに違いない。
「ふ、『何でそんな質問をするのか?』といった顔だな」
素直に縦に首を振る真一郎。
「お前は生まれてくる子供が普通の子だと思ったのか?」
その言葉にはっとする真一郎。
「そう。我等の血が入れば如何に血が薄くなったとはいえ『人外』の者となるのだ。ましてさくらには吸血鬼と人狼の血が入っておる。生まれてくる子はどちらかの血を受け継ぐのか、もしくはさくらと同じ状態でクォーターとなるのか、それはわからん。だが、小僧と同じ『生粋の人間』ではないことは確実なのだぞ?
故にこそ聞くのだ。お主は我が子を愛せるのか?と」
唯義の目は、今までもきつかったが、それ以上に何かを問い質そうとする気持ちが見えていた。
「愛せます」
真一郎はその視線を見つめ返し、きっぱりと返事を返していた。
その顔には微塵も不安の影は見えなかった。
「ほぅ」
その顔を少しだけ驚いた様子で見た唯義は視線で先を促す。
「確かに俺たちの間で生まれくる子は普通じゃないかもしれない。だけど、俺とさくらが二人で欲しいと願った結晶なんだ。愛せるか?なんてそんなことは当たり前なんだ。愛せないというのは俺が願ったことを否定することにもなる」
「ならば、その子がこの社会から受けいられなかったらどうする?」
「守る」
一言の即答。だが、その中に秘められた思いを唯義は感じた。
しばらくの間、二人は沈黙のなか睨み合っていた。
「…………ん?」
不意に唯義は顔をあげたかと思うと、真一郎に背中を向け廊下の奥へと進みだした。
「…………??」
いきなりの行動に戸惑う真一郎。
唯義は背中を向けたまま、真一郎に話し掛けた。
「その決意。どこまでできるか見物だな」
「………」
「『守る』というのは半端ではないぞ」
「わかってます」
「ならば、…いや、何も言うまい。わしは夫婦…親子水入らずを邪魔するわけにはいかんからな」
「???」
いったい何を言っているのかわからない真一郎。その疑問に答えるかのように唯義は言った。
「今、ひとつの大きい気から二つの小さい気に分かれた。生まれたようだぞ」
「え!?」
驚きの声に反応したかのように部屋のドアが開いたかと思うとそこには汗だくの桃花が立っていた。
「生まれましたよ。元気なかわいい女の子ですよ」
その声を最後まで聞かずに入ろうとした真一郎だが、桃花がそれを捕まえて諭すように言った。
「まだ出産直後でさくらも疲れてますから、もうしばらくしてからです」
またもや泣き出しそうな子犬の顔を浮かべた真一郎だが、しぶしぶそれに従った。
その行動を微笑ましい笑顔を浮かべて見ている桃花であったが、旦那はどうしたのかと廊下へと視線を転じたときには、そこにはもう誰もいなかった。
その後、ようやく面会可能になった真一郎は、ベッドで寝ているさくらとその隣にいる赤ん坊を見て
「これまで見たこともないくらいだらしない」と妻に言われるくらい崩れた顔をしていた。
それを苦笑しながら見ていたさくらだが、不意に夫に尋ねた。
「そういえば、この子の名前考えつきましたか?」
赤ん坊のほうに目を向けていた真一郎は妻のほうへと目を向けると答えた。
「あぁ。男の子でも女の子でもいい様にね」
「……教えてくれますか?」
「あたりまえだろう?」
そう言って真一郎は持ってきていた鞄の中から一枚の紙を出し、それを見せた。
「じゃん!これがこの子の名前だよ」
「……『咲夜(さくや)』?」
「そう。桜の女神の名前、『木ノ花ノ咲耶姫』から取ったんだ。さくらと俺の子供だから
さくらにちなんだ名前にしたくて必死になって探したんだけど……駄目かい?」
「いいえ。いい名前だと思いますよ」
目元に薄ら涙を浮かべながらさくらは真一郎を見つめた。
真一郎もさくらに優しい目をむけ、そして顔をさくらの顔へと……
月明かりの下、唯義は一人月を見上げながらグラスを傾けていた。
「『守る』、か……」
遠い昔を思い出しているのだろうか、視線は遠い夜空へとむけられていた。
そんな中、ただ月は優しく大地を照らしていた。
〜Fin
あとがき………?
まず一言……「2500HitOverおめでとうございます!!」
最初に顔を出して以来滅多に顔を出さない不精な自分ですが(苦笑)…祝辞を述べさせてもらいます(笑)
で、今回送った理由は他にもありますが……まぁ、それはやっちさんと自分の「秘密」と言う事で(爆)
ちなみにこの作品は数年前に書き上げたものの手直しと言うのもここだけの秘密で(爆)
さて、あとがきめいたことは全く書いてませんが(爆)ここでお礼を…
娘の名前『咲夜』の名付け親である神坂さん、ありがとうございました。
自分では全然良い名前を思い浮かべれなかったので……本当にありがとうございます m(__)m
では〜
P.S 後日談があるのですが…読みたい方っていますでしょうか??