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引きの詩

2005年6月30日

 

腰をかがめ
足をぬかるみに取られながら
ひとりひたすらにヒエを引く
「今年はひえが多いなあ」
誰も聞くものはいないのに
語りかける

農薬は撒かない

除草剤を使えば
こんなに苦労しないで済むことはわかっているが
それでも

農薬は撒かない

食べ物はもともと
生き物ではないか

他の生き物が生きることができないところに
まともな生き物が
まともな作物が
まともな食べ物が
できるはずはない

だから

農薬は撒かない



腰を曲げたままで
少しずつ前進しながら
ヒエを引く

汗が頭から吹き出て
額を伝い
目に入る

ブユやアブ
ハチが周りを飛び回る

着ている服は汗で張り付き
身動きをますます困難にする

手には泥水
腰には抜いた雑草でいっぱいの籠

汗をぬぐうことも
虫を追うことも
服を直すことも
できないまま
田んぼの真ん中で身をよじる



「米は作るより
買うたほうが安かばい」

先輩の農業者の言葉が
耳に甦る

本当にそうだ
農作物はそれに費やされた労働に比して
あまりにも安い

周りにも
農業では暮らしていけなくて
他の仕事につく農家ばかりだ

放置されて
すでに林になった田畑も
たくさんある

生産物が安くしか評価されない
そんな仕事に
だれが誇りをもてるだろう
だれが続けようとするだろう



「農業はもっと競争力をつけるべきだ」

したり顔の
「有識者」が言う

「安い値段で競争に勝つためには
設備投資を充分に行なって
機械化し
大規模化し
生産性をあげなければならない」

なるほどね

土の違いは
さまざまな土壌改良剤や化学肥料を使えば
均質になったように見える

病気や虫や雑草は
農薬を使えば
とりあえずは解決する

段差のある土地は
土木工事で均し

高い機械や
ハウスを買って

まるで工場のようなところで
大量生産すれば
作物は安くできるだろう

だがそれはほんとに
「生き物」だろうか

本当の意味で
「糧」になりうるものだろうか

そしてそこから出てくる水は
下流のひとびとが
口にできるものだろうか



町では100円ショップや
ディスカウントストアが
輸入ものの安い商品を売る

ひとびとはより安い商品に群がり
それを作ったひとびとの
労働と収入について
考えることすらない

不景気は
都市生活者の賃金を引き下げ
その不満を爆発させないために
食糧品の価格がさらに安くなる

いっぽう
都市住民は
自らの口にする食べ物が
安全でなければならないという

「安くしろ!
安全にしろ!」

全てのしわ寄せが
農業生産者に行く

都市住民の生活は
農業者の犠牲の上に
成り立っているのだ



ヒエを引きながら夢想する

もしも世界中の農業者が団結して
ストライキを行なったとしたら
どうなるだろう
「我々の労働と生産物に
正当な対価が実現するまでは
一切出荷はしない!」


そのときはじめて都市の消費者たちは
自らの生活が
生産者の生活の犠牲の上に
成り立っていることを思い知るだろう

そして
実は自分たちの低賃金を
意識させないためにこそ
農産物の価格が
不当に押し下げられていることも
理解するに違いない


そうだ
きっとそこから世の中の変革が始まる

お金ではなく
もっと本質的な価値が
大切にされる世界に
変わっていくに違いない


万国の農業者 団結せよ!
万国の農業者 団結せよ!
万国の農業者 団結せよ!

思いつきのスローガンをつぶやきながら
腰をかがめて
田の中を
這いずり回る



一休みして振り向くと
草を抜かれてきれいになった田の中から
稲たちの声が聞こえる

せいせいしたよ
せいせいしたよ

 

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