(2000年12月 市営渡船場にて)
イルミネーションに彩られたベイサイド・プレイス。ライトを受けていくつものカップルのシルエットが浮かび上がる。その向こうには、建物よりも高いクリスマスツリーが色とりどりにきらめく。水際を取り巻くトーチには暖かな炎が燃え、緑のライトが波を幻想的に照らしている。
空には白い月が寒寒とした光を放っている。波が桟橋を揺らし、きしむような音を立てている。クリスマスのバラッドが流れる。
ぼくはコートのポケットに手を突っ込んで船を待っている。目の前を人々が通り過ぎる。ベンチには寄り添った若者たち。たくさんの人の中でぼくはひとりだ。だれもぼくを知らない。みな、ぼくがいることすら気にもとめず笑いさざめいている。
「広場の孤独」という言葉があった。その広場には人がいるのだろうか。空間にたった一人放り出されて味わう孤独と、たくさんの人がいる中で、それでも感じてしまう孤独と、どちらが本当につらいのだろうか。
いや、どちらもつまりは同じことだ。広場の外にも人々が群れさざめいている。彼らが広場の中にいようといまいと、同じことなのだ。この世界中全ての人の意識に、ぼくは存在しないのだから。ぼくは眺めるだけで、誰にも関われない。ぼくは風景にすぎず、誰もぼくに関わろうともしない。
ぼくは幽霊だ。ベイサイドの幽霊だ。見ようとする者にしか見えない、哀れな幽霊だ。たとえ見えたとしても、かれらはぼくを見たことすらも意識することはないだろう。
生きているのか、死んでいるのか、それすらも自身判断がつかなくなっている。
このようなぼくでも、かつては見てくれるひとがあった。関わったひとがあった。かれらはいま、どこで何をしているのだろうか。世界はぼくとは関わりなく、その生命を営々と持続している。かれらもまた、死んでしまったもののことなど忘れてしまっているだろう。
船の汽笛に、緑に輝く波がゆらめく。人々は着岸する船へ目を向ける。だが、立っているぼくに注意をはらうことはない。
ぼくは白白と冷たく輝く月に向かって手を差し伸べる。そして、小さな声でつぶやく。
ここにいるよ。ここにいるよ。ぼくはここにいるのに…。