■夢現
 彼女を意識することはほとんど無い。
 と、そう思うことさえほとんど無い。
 流割はベッドに横になりながらそう思う。
 彼女の事を意識するから意識することはない、と思うのであって、だから平時は彼女の存在を意識することはない、といえる。彼女を意識するときは彼女がいるときだけであって、だから彼女のいるときには彼女を意識することはほとんど無い、と意識するのだ。
 それは、まあ当然だろう。流割はうとうととしながら言葉遊びを楽しんだ。
 今は、彼女の存在を意識する。
 誰なのか、どこから来るのか、何が目的か、など。部屋の片隅に彼女がいるからだ。
 それに今日は、特別だった。流割を見上げ、用事があるのだとはっきり言った。流割はその用事が何であるのか少し楽しみにしている。今のところ、彼女の行動はいつもと変わりなかった。
 いつも彼女はMIKANとペイントされた木箱に腰掛けて、膝を抱えて小さくなっている。小さいが確実に意識させる存在感。けれど小さな彼女が姿を消せば、彼女に対する興味も一緒に消えてしまう。今も、一緒だ。
 彼女は彼女への興味を連れて姿を消すのだろう。
 思いついて、流割は心の中で笑った。
 彼女がここに訪れる目的というものは、無いように思えた。
 流割が彼女の存在を気にするようになってから、数回意識して観察した結論だった。
 訪れる周期もまちまちで、何かを探す、自分に尋ねる、時間を気にするなど、そういったそぶりもない。武器、通信機、金、価値のあるものは何もない。
 まず、自分に会いに来ている、という可能性は初めてあったときから捨ててある。
 横向きになったまま、薄く目を開けた。横向きの視界に、いつもと変わらない彼女の姿が映る。壁を天井に、木箱を壁に、彼女はうつむいて膝を抱えて、そんな姿で映っている。
 そうだ、彼女はここを訪れても、挨拶さえしない。
 自分の所有する場所であるという振る舞いだ。
 この部屋は間違いなく流割のものだが、流割は思う。この場所が彼女のものであるという行動には、彼女がそう思うだけの理由があるはずだ、と。
 また心の中で笑う。
 そんな理由などどうでもよかった。



 暗闇の中、ものの動く気配で目が覚める。考え事をしながら眠ってしまったらしい。
 流割はごそごとくそれが自分のすぐわきで起こっている行為のせいだと気が付いて、目を開けることを中止した。目が合えば、こちらが起きていることを悟られてしまう。事によってはそちらの方が危険が大きい。
 音への恐怖と、目を閉じている事への恐怖、二つに挟まれて、流割は辛抱強く待つ。
 毛布の中にひやりとした空気をはらんだぬくもりが入り込んでくる。冷気のせいで体が震えそうになる。震えるな、と全身の筋肉に命令しながら、まだ堪える。
 音が止まった。
 冷気は次第に消えていき、ぬくもりだけが残る。一分か、二分か、堪えきれず、とうとう流割は目を開けた。
 開けて、絶句した。
 絶句したが納得もした。
 彼女が、流割の布団に潜り込んでいた。
 小さな体を丸めて、流割の胸に自分の額をくっつけるようにして。
 音と温度の正体を確認して、緊張していた全身の筋肉がゆるむ。
 緊張が押しやっていた眠気がすぐに戻ってくる。
 本当は彼女を諭すべきだろう。自分は男なのだし、名も知らない相手のベッドで眠ったりしてはいけないのだと。行きずりの、ということはないことではないだろうが、彼女にはそのような覚悟があるとは思えなかった。
 そんなことを考えながら、ならばそんな心配をする必要は無いのだと、流割は眠気に任せて目をつぶった。
 身じろぎせず眠ることに関しては自信があった。彼女は目覚めるまで、自分の存在を意識することはないだろう。いやもしかすると、目覚めた後も意識することはないかもしれない。
 流割は心の中で笑うと、意識しないまま眠りに戻った。

 翌朝、彼女の用事が判明するまではそれほど時間はかからなかった。
 それは、もう二度と、彼女を意識しないことなどない時間の始まりだった。
<決断

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