■欲望
たった一つの明かりが無くても、不自由になることはない。
ここは唯一、といっていいだろう、自分の所有する場所、自分の部屋。
あのころから変わったのは、そうこの場所を手に入れたことくらいだ。
周りは変わっただろう。
周りが自分を見る目も。
けれど自分自身は何も変わらない、あきれるほど。
スコッチは見えない天井に視線を向ける。左腕には自分のものではない熱。
自分を満たすためにさんざんに扱って、啼かせて、気を失うほど何度も何度も欲をはき出した、女が眠っている。自分の腕に抱かれる体は、強く抱きしめたところで気が付く気配もない。
人形を抱いている気分になって、ふと、脳裏をよぎる情景。
ウサギの人形を抱いて眠る子供。
今の自分は多分、そんな感じなのだろう。安堵感、所有欲が満たされたときの、充足感、とでも言うのだろうか。そんな姿。昼間の必要のない緊張感からは解き放たれて、疲労した体の要求に素直に従える気分。
このまま眠ってしまえばいい。
朝になってこの女が愛想を尽かして姿を消していても、今はそれを恐れる必要はない。
目を閉じようとしたが、できなかった。
恐れる必要はない、と考えると不意に満たされたはずの自分の中に、隙間を感じた。意識すればそれはうそ寒い感覚を伴って、高まった体温を奪っていく。
スコッチは天井を見上げたまま思う。
今の自分は完全には満たされていない。
自分の部屋を手に入れても。
好きなだけ女を抱いても。
本当に欲しいのは、これじゃあない。
天井を見上げる目を細める。
これ、というのは今抱く女、という意味ではない。
その行為ということでもない。
たぶん、自分を完全に満たすのはあの女だ、マルガリータ。
思いついた事に表情は変えず、スコッチはそれでも確信に似た思いに至る。
この自分に部屋を与え、生存権を与えたあの女。
なぜあの女が自分の事を満たせるのか、
自分があの女に何を求めているのか、
それはスコッチ自身、よくわかっていなかった。
あの女を抱きたい、と思う。
けれどそれ自体が目的ではないのは、わかっている。
あの女は抱きたいと思わせるほど官能的な肉体というわけでもなく、
支配したいほど秀でた能力があるわけでもない。
けれどあの女を手に入れれば、この隙間は埋まるだろう。
少なくとも、今よりは小さくなる。そう思えた。
「あのとき命がけで奪ってりゃ……」
こんな思いはせずにすんだだろう。
死んでいたとしても、後悔はすまい。死んだ人間は後悔できないのだから。
スコッチは傍らの人形を抱き寄せた。
確かな熱を持っている人間だったが、その熱は自分にうつることはないのだろう。
自分が熱を発散するだけ、欲望をはき出すだけ。
それだけ自分の隙間は増えるというのに。
わかっていたが、必要だったのだ。
たった一夜の安眠を得るためだったとしても。