■寒暖
寒い、寒い。
「サムイ、サムイ」
思ったことがそのまま口をついて、ジャックはあわてて口をつぐんだ。
とじ合わせた唇も冷えていて、わずかな温度差に口元が妙な具合に曲がる。
「何でこんなにサムイんやろ」
それはここには暖房がないからだ。
自問自答。
ダウンジャケットを着て、手袋をして、その腕を組んで早足でゆく。
自ら起こす風がむき出しの首もとを撫でて、体がぶるりと震えた。
ストーブがホシイな。
「その前にお金がいるな」
金は天下の回りもの。
ストーブが買えるまで手元に残っているといいのだが。
望み薄だ。
ジャックは思って、息を吐く。建物内でも呼気は冷えて真っ白に変化する。
氷点下に近いに違いない。
ストーブを思い描きながら、冷え切った廊下を進む。
けれどストーブをつけたとしても、廊下の温度は変わらないだろう。
もし手に入れたなら、自分の部屋に置くべきだ。
「もちろん」
頷く。
角を曲がると、ピンクのマフラーの、マルガリータ。
足を止める。風の流れが止まる。
冷たい空気に撫でられることは無くなったが、運動が止まって体が冷えていく。
「と。どないしはりました?」
無言のマルガリータの視線が、一瞬、動く。
冬司の部屋のほうへ。
「ははあ、またお説教」
懲りない懲りない。
唇が妙な形にゆがんで、笑いたいのかあきれたいのかののしりたいのかわからなくなる。
もちろん、冬司に対してだが。
マルガリータが首をかしげた。
「ジャック、楽しそうだね」
「そう見えます?」
そんなことはない。こんなに寒いのに。寒いのは嫌いなのだ。
マルガリータは頷いて。
それを見てジャックが大量にはき出す息が真っ白になるのを見て、目を丸くした。
「寒い寒い?」
「そう、サムイサムイ」
口癖を、まねされる。ジャックは大仰に頷いた。
少女は笑う。
「貸してあげる」
ピンクのマフラーが差し出される。そのまま首に巻かれる。
マフラーに残る人のぬくもりと、触れる、風より冷たい少女の手。
びっくりして、肩をすくめた。
ダウンジャケットを着て手袋とピンクのマフラーをしたジャック。
と、マルガリータ。
「ちょおっと待ち」
マルガリータの方が冷たい。
マフラーを貸している場合ではないだろうに。
渋面を作って、離れていく少女の細い肩をつかんで引き留める。
手袋をはずすと、冷たい手にかけてやる。
ぶかぶかの手袋をはめた手を握ったり開いたりしている少女の肩に、ダウンジャケットを掛けてやる。
「交換です」
ピンてクのマフラーをしたジャック。
と、手袋をしてダウンジャケットを羽織ったマルガリータ。
「寒くない?」
「サムイわけないやろ」
ピンクのマフラーを撫でて。
マルガリータは笑った。ダウンジャケットに腕を通す。
少女の吐く息は白くなかった。
ジャックも満面の笑みで、白い息を吐き出した。
「じゃ、行ってくる」
「お気張りやす」
これからやったんかい。
ジャックのジャケットを着たマルガリータに、冬司がどんな顔をするのか。
少女の後ろ姿を見ながら考えて――
考えるのはやめて、部屋へと向かった。
腕組みして、足早に。