可哀想なあなた

あの日の夕暮れ。
奇跡的に二人きりだった放課後の教室。差し込む夕日で温まった机に頬を押し付けて、俺は隣の席で日誌を書く高坂を眺めていた。
「たーかーさーかーはー、顔はいいしー、頭はいいしー、人当たりもいいしー、なんかもうあれだ、パーフェクトだな」
「なんだよそれ」
やっかみをこめて言った俺に、高坂は照れたように笑った。

照れた、その表情が、可愛いなあと思って。
それから同い年の男を可愛い、なんて思ってしまう自分の思考にぎょっとして猛烈に恥ずかしくなって顔が熱くなってきて。そうして気づいてしまったのだ。

あの日俺は、恋に落ちた。
爽やかで優秀で、おんなじ男の高坂に!

恋に、落ちて、そうして俺は今、高坂に殴られている。
拳を振り上げかけた彼は、僅かな逡巡の後でそれを平手に変えて振り下ろした。
そこまで見ていたなら避ければ良いものを俺は馬鹿みたいに突っ立っていて、よろけて尻餅をついた。
口の中が切れて、血の味がした。
「うざい」
うざい、か。きもい、じゃないのか。
俺は安堵した。馬鹿みたいに、いや実際馬鹿だから、安心した。

「……なんだよ逃げろよ。避けろよ」
腰が抜けてたから、とは言わず俺は笑って見せた。
「そりゃああれだよ。愛とかがあるから」
「……とか?」
「……愛、と勘違いと同情と恐怖」
俺は高坂が、高坂に与えられる暴力が恐かったしそうなってしまった彼をどうやら少なからず哀れんでいたし、発見したばかりの甘酸っぱい感情については、これこそ愛と呼べるものだ、と信じきっていた。
馬鹿だった。馬鹿正直に答えすぎた。
答えを聞いて俺を見た、あのときの高坂の表情。
ずいぶん後になってから俺は何度も後悔することになる。
『だって愛してるから!』とでも叫んで泣いて抱きつくべきだったんだ、と。