069 :片足

くろいひとみのぼくのてんし
きみのみだらなくちびるでなめてしゃぶってくいちぎってよ

ねえ、お前。今日はお話をしてあげよう。可愛らしい恋の物語。
題して、『片足のアコーディオン弾きはなぜ片足なのか』さあ拍手!

ほら、お前も知っているだろう?角の肉屋の二階に間借りしてるマシュウ、アレがどうして片足なのか。
うん?
両方あるって?
なあに、あれは義足さ。
今度こっそり覗いてご覧。木で出来た偽物だから。
今じゃ見る影もないけれど、昔は随分遊んでいてね。
美人の恋人をそりゃあヤキモキさせたものさ。
そうそう恋人!黒髪巻き毛のフランチェスカ!黒い瞳に長い睫毛とミルク色の肌。
マシュウときたらあんな美人の何が不満なのか知らないがいつまでたっても遊んでばかり。
そりゃあ彼女も怒ったさ。なにしろ気が強かったからね。
それでも女を宥めるのなんてお手の物 。
コツは手風琴と変らないってね。
優しく撫でて、歌ってキスして抱きしめて。それでころりと騙される。
そう、こんな風にね。

君の淫らな唇で僕の右足の親指を舐めてしゃぶって食いちぎってよハニー。

おやおや、笑うかい?まあ、はたで聞いてる分には可笑しくって仕方がないがね。
恋人に耳元で歌われりゃ随分と趣が違うらしいよ。
――うん?違うって?笑ったのは、私が音痴だから?失礼だねえこの子は。
まあとにかく、ふらついては怒られて宥めての繰り返しさ。
だからって、いつまでも我慢が続くわけはないよ。
ある晩とうとう堪忍袋の緒が切れてね。
誰の?ってもちろんフランチェスカのだよ。
親指だけじゃなく右足をぐさり、ばっさり。
ばっさりってよりはドン!かねえ。斧がね、あったんだよ。薪割り用の。それでね。
すごかったよ。
血がねたくさん流れて。
赤くて黒くて濡れて。
スカートの裾と裸足の足の裏側とアコーディオンまで濡らして。
女の細腕じゃあ流石に切り落とすとまでは行かなかったけれど。
見つかるまで時間も経ってたし、結局切断するしかなかった。

え?じゃあお前ならどこを切るって言うんだい?
笑っていても分からないよ。言ってご覧な。
……。
…バカだね。一端の女のつもりかい、子供の癖に。そんな言葉どこで覚えたんだか。
まあねえ。それも考えないでもなかったろうけど。
他の女のところでもああやっておんなじように歌ってるってのがね。
毎回毎回おんなじように歌われて抱かれて許す自分がね。
それとも単純に勿体無かったのか…。
ああ、これこそまだお前には早い話だった。
分かる?そうかいそうかい。大人だね。
じゃあ腕を切るって?
そうだねえ。それが良かったのかもしれない。
手風琴を弾く他にはなんの取り柄もない人だったもの。
そうすれば手に入ったのかもしれない。
でもねえ、それをしなかったは、やっぱり好きだったからかねえ。
お前も聞いたことがあるだろう?あの音色と歌声を。
昔はもっと綺麗だったんだよ。もっともっと楽しそうに歌っていたんだ。
あの歌?昔の流行り歌だって聞いたけれど。
確かに他じゃとんと聞かないね。
後で訊いてみるがいいよ。マシュウはね、お前みたいな黒髪の子に弱いから。

さあ、もう寝る時間だよ。お話はおしまい。
ああ、こんな血生臭い話したこと、お母さんには内緒だよ。煩いんだから。

それじゃあお休み。良い夢を。