ぎゅっぎゅっと、音を立てて砂の上を歩く彼女が頭に巻いた虹色の布の先が風にたなびく。
元は白だった黄色、褪せたピンク、橙、水色、白緑、薄紫。
「砂漠みたい」
呟いた途端、私は砂に足をとられてよろける。
「似たようなもんだよ」
彼女は振り向きもせず先へ進む。
私に砂漠を思い起こさせるもう一つの要因は彼女だ。
くすんだ色のシャツと丈の長いベストと、裾に向けて緩やかに広がって足首で締まるズボン。
こんがり焼けた肌と、手首と足首でかんかん音を立てる細い金属の輪。
私の知ってるターバンってもっと地味な色だけど。
どうせなら胸だけ隠して透ける生地の上着とか着ればいいのに。
腕のわっかだってそんな十円玉みたいな色のやつじゃなくてピカピカ光って宝石がいっぱい付いてるやつにして。
きっと似合うだろうに。
ヴェールの隙間から目元と唇の鮮やかな色だけを覗かせるアラビアンナイトのお姫様。
彼女を見ていたらまたよろけて、今度は派手に転んだ。
やがて私たちはもうもうと湯気を立てる波打ち際へとたどり着く。
きつい潮の匂いと、熱気。
「温泉みたい」
寄せては引いていく、煮えたぎった海水。
座れそうな場所を探して、海を見ながら歩いた。
「みたいみたいって、あんたそればっかりだね」
「入れると思う?」
「茹で豚になるよ」
「水をさ、入れたら浸かれるかな?」
彼女が平たい岩を見つけ手のひらで二三度払ってからレジャーシートを広げる。
「ぐだぐだ煮だってる鍋の中にスポイトで一滴?」
「無理かあ」
私はクーラーボックスの中からお弁当箱を取り出す。
家を出るときはカチカチに凍っていた保冷剤はどろどろになっていた。
「腐ってない?」
「多分ね、冷たいし」
私はひんやりとしたサンドイッチを手に取った。
きゅうりとチーズ。たまご。ハム。ツナ。
彼女は辛子の入ったハムサンドが好き。
私はきゅうりとチーズが好き。
だから最後に残るのはツナか卵。
水筒の中身は彼女が作ったなんだか良く分からないスースーする飲み物。
薄荷の匂いがする。
私は仰向けになって空を見上げる。
青い。晴れてる。
温泉。
温泉行きたいな。帰りに寄れるとこないかな。露天風呂あって日帰り入浴できて千円以下のところ。
彼女は何かを探してスコップでざくざくと砂を掘り返す。
おなかいっぱい。
眠い。
ざくざくと、彼女は砂を掘っている。
ざくざくと。
ああ、お姫様より、お姫様に変装した女盗賊、かな。
玉ねぎ見たいな屋根の上を飛び回って血だらけの半月刀を振り回す。
眠い。
「耳につけて」
声が聞こえるのと同時に、頬がヒヤッとして、私は跳ね起きる。
顔に押し付けられていたのは、青緑色の小さなガラス瓶。
「耳?」
「そう。蓋開けて、耳につけてみて」
言われたとおり、蓋を引き抜き耳につけると、
細い、高い声が、延々と、
『かなしい
かなしい
かなしい
かなしい
かなしい
かなしい
かなしい
かなしい
かなしい
かなしい
かなしい
かなしい
かなしい
かなしい
かな……』
にやっと笑って彼女が言う。
「あげるよ。……女の子はきれいなものが好きなんだろ?」
いろいろと気に触るところのある台詞だ。
けれど、確かにそれはとてもきれいなものだったので、私はありがとうを言ってお礼に飴玉を一つあげた。
終
あたみには行ったことがないのです。だからそのまま熱い海。