あまくだり
結局は自分の揚げ足を自分で取るしかなくて。滑ったオチを改めて説明するのと同等の屈辱。
ずいぶんと好戦的になったものだ。あれだけ争うことを忌避してきたのに。
やっと単純なルールに気づいた。その願いを叶えたければ力を行使するしかないということ。
だけど昔と違うのは。どんなに野蛮で、時に暴力的だったとしても懐古厨。
けして冷血であってはならぬと。情を捨て、人を裏切るようなinhumanであってはならぬと。
それだけは譲れない、善悪もおぼつかない不調法者の唯一の正義だったのに。
触れあわないからこうなる。人の温かさを忘れてしまうから、だから平気で非情になれる。
だから。人間が人間であるためには人間が直接的にそばにいないと駄目で。
ならば問おう――この人生は。このままでは心をなくするのも時間の問題。あるいはもはや。
理解の及ばないものを理解しようとすることが横暴で。とりわけ思念を。
自分が何を考えているのか。自分は何をしたいのか。考えているようで、何も説明できない。
その時点では理路整然としているつもりでも、後から「?」と首を傾げたり。
覚えていても、覚えているだけ。データマイニングが未実装。失敗を反省し改善できていない。
行動原理がどのように組み立てられているか。あるいはノープランなのか。
アイディアマンだと言われたことがあるけれど、それは単に発想が人と違うというだけのこと。
人より面白い、とは一言も言っていない。変人から偏執を取ったら凡人以下。
どうせつまらなくて、下らなくて、どうでもいいことだから。だから何も聞かなくていいんだ。
好きの反対は無関心、だと身をもって知る。腫れ物に触れるような態度。
そのポジションに甘んじていながら歯噛みもしていて。自虐で済んでいればどうともないのに。
看破されているんだろう。何事にも本気になれない。のめりこめない。
上っ面だけの人間だから、どこかで見下しているから。だから仲間だと認めてもらえない。
枷となっている矮小なプライド。このまま終わりたくない、なんて。
それこそ真面目に頑張っている者たちをあざ笑う態度でしかない。中途半端で、下心があって。
一番の目標はもっと別のところにあるのに黙殺して。妥協、妥協、妥協。
人としての深みが何も積み上がらない。このまま時間だけが、歳だけが過ぎていくという予言。
どうしてだろう。衝動的に抱きしめたくなるような感情に駆られるのは。
変な意味に取られたくはないけれど、不安を煽る。消えそうな気がして。切れそうな気がして。
言葉だけじゃ何も響かないから。無音が、当たり前になってしまいそうで。
顕示欲であり、また利己的な欲求でもあることは承知している。責任問題だって浮上する。
それでも。そこに、隣にいるのは自分でありたいと――どの口が言うんだ。
走り出してもいない、スタートラインにも立っていない、ただ今日をたゆたうだけの自分が。
罰として自ら四肢を磔にする。未来を諦念で塗り潰すのに十分なほどきつく。
縫いつけられた心臓の抜糸は行われる予定はなく。傷痕なんてとっくにどうもなくなったのに。
結局は張子の虎をかぶるしかなくて。隠し玉があるように見せかけて裸にされたときの羞恥。
“「ノーコメントで」とコメントしている。”という言い回しにも似た違和感。
千載一遇のチャンスだったはずだった。
今まで誰とも手をつなぐことのなかったぼくの眼前を横切った、青春の淡い花びら。
けれど結局、それを掴むことはなくて。「足を伸ばす」ことはなくて。
わかっている。もう一歩が踏み出せないのは、ひとえに覚悟が足りないからだって。
なげうてるか。一つのものを得るために、他のすべてを。現実さえも?
とらばさみに片足を食われそうになって必死に逃げてきたような人間が何を言う。
気づいていたんだろ? ちょっと規模が大きいだけの内輪だったってだけのこと。
割って入ろうなんてそもそもおかしい。正攻法で立ち向かって、ばかを見るだけ。
透き通った水晶の中に封じた熱帯魚。その色は永遠に美しく。そんなふうに固めた理論。
常識が通用しない世界もある、とはわかっていたけれど。
こんな憂き目に遭うなんて。散らした言葉の切れ端が、死亡フラグになるなんて。
でも結局それは、かつてぼくがいた場所で。ぼくが立っていた立ち位置で。
全部ブーメランなんだ。自分がした批判を、同じように利用される。揚げ足を取られる。
それに。秘密を抱えて人を裏切っているのは一緒じゃないか。
メモ書き程度のレジュメが2週間分の余裕を生む、そんな甘い汁を啜ってきたくせに。
いまだに自分は特別だなんて愚かな妄想から抜けきれていない。
思い知らせてやりたい。牙なんて全部へし折って、何の変哲もないただのサルだと。
ちょっと油断するとすぐ勘違いをする。どれだけ自分を虐げても、他人を遠ざけても。
自ら必死に営業して回っている人間は、せいぜいその行動範囲しかテリトリーにならない。
でも、他のやり方なんて思いつかない。他の生き方なんて、とてもできない。
だから競うことをやめても、夢がないだの気力がないだの言われて。
つねに上昇志向を持てる人間だけじゃない。現状維持が精一杯の人だっていっぱいいるんだ。
そんな当たり前のことに気づくのに、どれだけの時間を要したんだろう。
あんなに憧れていた普通に、やっと一歩近づけたんだろうか。
もう絶対に人のせいにしない。全ての因果はこの身で受け止める。
「誰にもわかってもらえない」なんて単なる泣き言。説明する努力を怠っているだけ。
だから、ぼくはぼくのことを誰にも言わないかわりに、誰にも理解を求めない。
今日は充実していたかとか、今の人生は幸せかとか、語りあうような話題じゃない。
外見やうわべだけの印象が、世の中にとってのondという人物の全部で。
それ以外は知らなくていい。知る由もない。案外、裏の顔など存在しないのかもしれない。
どんなに損をしても、報われなくても、自分を偽りたくないと願い続けてきたから。
もしそれが今のぼくを形成しているとしたら、それは誇っていいのかな。
今日も一日が過ぎていく。何の出来事もない、という大事件に見舞われながら。