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人生の方法


[トップ] >人生の方法 >「生きる」を始める

「私達はいわば二回この世に生まれる。一回目は存在するために、二回目は生きるために。」   ―ルソー

 「自分は存在する」という出発点から、では「なぜ自分は生きるのか?」という問いが生じ、その理由を知った時から、本当の人生が始ります。その理由は、時に人から与えられてきました。しかし、今日では与えられることはありません。

 「理由を探すことが人生なのだ」という行為が「目的」化している意見もあります。その場合には、人生を生きないまま、生命が終わるという可能性を認めています。自分よりも年上の人に聞いてみてもいいでしょう。「あなたの生きる理由は何ですか?」と。それにはっきりと答えられるかどうかの違いはとても大きいです。そして、答えられるかどうかは、それを考えてきたかどうかの、小さな違いなのであります。

 選択が個々人に課せられる社会にありますが、人生に目的の選択は不要という意見、つまり、人生は単なる気晴らしに過ぎない、死ぬまで楽しく過ごせばいい。そういう価値観もあります。そのような多種多様な価値観の是非を問うことは無意味だと、私は考えます。ただ、多種多様な価値観のなかで、自分の存在が揺れていることは、同様に無意味な苦しみだとも考えます。


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 私が考えるには、一番重要なのは、その個人で持つ価値観をどれだけ信じれるかということです。それは、価値観の揺るぎなさとも言えるし、それは経験に裏打ちされたものであるほうが揺るぎないものとなります。だから、経験は重要なのです。また、絶対的なものは存在すると信じてもよいですが、恣意的、または条件付きであることは否めません。そういう価値観や前提条件を世の中から選択するのではなく、つまり、人が語った言葉ではなく、自分の経験として自分の言葉で語ることができるかどうか。それは時に、人生における基本概念というものになります。人生に関わる様々な行為、労働、恋愛、結婚、その行為は、基本概念の具現化です。基本概念は、多くの行動に適用できます。

 人生の基本概念を探すこと、無論、始めは捜し求める行為自体は人生の目的となってしまいますが、過去の先達たちはそれを見つ出し、同時にそれから多くのものを紡ぎ出しました。生命が終わる前に、見つけ出し、何かを紡ぎ出すことができる。見つけられなければ、紡ぐ糸がないのです。私の考えでは、紡ぎ出すものが芸術においては、創作物だと考えます。そして、それは単純に生きる喜びの本質ではないかと感じるのです。

 
 

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