Billion Kisses






口も内臓の一部だと。
何かで知った。
その日から。口づけは自分の中で
もっと重要なことになった。
1つになりたい。
皮膚が、常識が、良識が、信仰
までもが邪魔をする。
もっともっと。
その欲求は日増しに強くなる
ばかり。


マーフィーには直らないクセがある。昔マーに止められてからは人前では決してしない。
それでも直せずに今もずっと…。そう、今も。

「ン…」

時折微かに鼻に抜ける声がもれる以外、言葉はない。執拗にただ、求める。

「ふ…ぅ…」

これ以上ないって程間近に見る顔は双子なのにあまり似ていない。閉じられている目が何かを確かめるみたいに時々薄く開く。ずっと目を開けている俺と当然、目が合う。
満足そうにまた目を閉じる。その繰り返し。
マーフィーの気が済むまで、俺はただ、好きなように求めさせる。
そう、いつもみたいに。







「コナー……」

執拗に絡ませていた舌をようやくゆるめ、わずかばかり顔を離す。たった5センチの距離。
けれども今まで密着していたことを考えれば、自分にとっては悲しすぎるくらいの、隙間だ。


いつからだろう。確かまだ小さい時。6歳にさえなっていなかった。
TVでキスをして抱き合う男女。とても幸せそうに見えて。
とても嬉しそうに見えて。とてもとても羨ましかった。
だから。

隣に必ずいつもいるコナー、してみたい、と。そう強請ったのが最初だったはずだ。
コナーはちらりとTVを見て、またオレを見た。そのときの顔は覚えてない。
どうしてか思い出せなかった。困っていたのか、嫌がっていたのか。
どうしても思い出せない。オレは抱きついて、そのまま片割れにキスをした。
周りの大人は穏やかに笑っていた気がする。


あれは確か。コナーがケンカで負けた時。10歳の夏だ。近所のプロテスタントのガキ どもが…そう、マリア像を壊してて…。たまたま、それを見たコナーと自分が。相手を殴っ たんだ。相手は15歳位で4人。対して自分達は明らかに劣勢だった。それでも。コナーは 『ドウジョウ』で『カラテ』を習い始めてて。2人位は何てことなかった。問題は自分だ。
身長も体重も上の相手を2人だ。1人はKOしたけれど、結局地面に這うハメになった。

今思い出しても悔しくて泣けてきそうだけれど、そのとき人質状態の俺のせいでコナーは 散々殴られて。その夜熱を出した。


不安だった。怖かった。うなされて目を開けないコナーなんてその時は見た事はなかった から。今までに、1度だって。どんなに機嫌の悪い時さえ呼べば必ず応えてくれた。
なのに。

「う……ぅ」
「コナー !?」

固く閉じられた目。熱のせいで熱い身体。反応のないコナー。このまま起きなかったら?
もし、自分が目を離した時にコナーが苦しんでいたら?…そう思い始めるとキリがなか った。とても耐えられない。自分が泣いてもどうしようもない事は判っている。判ってい ても泪は止まらなかった。
怖かった。ただ、怖かった。マーに「大丈夫!明日の朝にゃ元気になってるさ !!」と言われ てもダメだった。何でもいい。安心したかった。コナーに起きて欲しかった。

だから。

覗きこんだコナーの顔へ口づけた。額に。頬に。目蓋に。唇に。熱のせいでカサついた 唇が痛そうで、なんとなく舌でなめていた。コナーの吐息はひどく熱かった。そのまま、 またなんとなく、薄く開いた唇へ。口づけてた。深く、口づけていた。

「ッ……、ゥ、ン……」

病人相手にそんなことをすれば苦しいに決まっていた。けれどその時はそんな事は念頭 にない。なにせ10歳。キスの合間に息をするなんて誰も教えてはくれなかったから。

「ッ!…ンン !!………ッら、マーフィー !?…??」

奇跡みたいに感じた瞬間だった。かすれてガラガラの声、瞳は熱で潤んでる、それでも。

「コナー…!!!!!」

体中の力が抜ける。止まってた泪があふれて間近なコナーの顔に落ちてく。

「?…マーフィー…?大丈夫だったか…?」


心配そうになだめる声と頭を撫でる手。いつだってコナーは不器用に、自身の事よりも片割れ の自分を優先してくれようとする。今までも、多分これからも。

その夜は幸せな気分でよく寝た。オレが寝るまで、コナーは頭を撫でてくれてた。

この時の幸せな気分のせいかもしれない。不安になると度々コナーにキスをせがんだ。
プロムで女の子を誘うときも、そういえばせがんだっけ。不安なことがあっても、コナーに キスをすると不思議と安心できた。強くてキレイな自慢の半身。

口腔も立派に内臓である、とどこかで見たのは18歳のときだ。見た瞬間、理解した。
あぁ、簡単なことだった。それは自分達にとっては当たり前過ぎることだった。あの安心感。
双子故、だ。元々は母の腹の中では1つだった。安全で安心できる場所。生まれてきたら 2つの個だけれど、いつも1つに感じてた。抱きしめられれば、それだけでもハッピーに なれるさ。それでも。口づけてる間の安心感には及ばないんだ。なぜか?口づけてる間 は、お互いの内側にじかに触れてる。密着させて絡ませて、感じる。まるで生まれる前に 一緒だったように。1つだと、実感できるからだ。

コナーはどう思っていたんだろう、このクセを。はっきりと聞いたことはなかった。いつも、 自分から強請り、自分からしか求めたことはなかったから。






いい年をした男2人がベッドで親愛を結構超えてるディープキスをするのは正常とはちょ っと言いがたいのは判ってる。けれど自分ではこれをスキンシップ、もしくはセラピーだと 思っていた。マーフィーは時に不安定だ。それを立て直すのがキスの1つや2つなら、 いくらでもしてやるさ。いつだってマーフィーを不安にさせる、原因は大小含めて自分だった。
だから、自分で直してやる。全く矛盾はない。自分の中では。

マーフィーを男として見れないせいだろうな、とは思う。いつまで経ってもマーフィーは 自分の中で『弟』であり『もう1人の自分』だった。愛しい、大事な半身。

もしマーフィーが自分の半身でなければ、たとえ兄弟でも絶対に野郎相手にマウス トゥ  マウスでディープはゴメンだった。許せるのは、1つの血肉を分けた半身だからだ。そう、 昔から。マーフィーには弱かった。泣かせたくなんかなかったし、笑ってるご機嫌な顔が すごく好きだ。愛しい、と感じる人間なんか自分には2人しかいない。マーとマーフィー。
失えないのはマーフィーだ。自分の中に線がくっきりと引かれている。マーフィーは特別 だった。

だから。

マーにマーフィーのクセを直せ、と言われても聞く気にはなれなかった。
マーフィーが不安 で眠れない夜を過ごす位なら、キスくらい、俺はなんてことはないから。

「……コナー……」

マーフィーが一旦離れて、顔を覗きこみながら俺の名前を呼ぶ。赤くなった口元に目がいく。多分、自分も同じだろうな、と思って可笑しくて吹き出す。しばらく何か言いたそうに俺を見てたマーフィーが、急に笑った俺に不思議そうに言う。

「何だよ…、急に。変だぞ?」

ちょっとムッとした顔で。こんな所も昔と変わらないよな…と思いつつ。

「いや、悪い。思い出し笑いさ」
「何だよ――、ヒトとキスしてて別の奴のこと考えるなんてサイテーだぞ!コナー」
「言ったな?違うね。俺はサイテー野郎なんかじゃないさ。考えてたのはおまえの事だからな!」

言いながら間近にあるマーフィーの額、頬、唇に軽いキスをした。

「お前だけさ、おれがいつもいつも考えてる奴なんてな」






あれはいつだったかな。実家を出る前だ。ハイスクールの卒業式の日。

昔からコナーはモテた。普段は冷静なくせにハジけると誰よりも無鉄砲で、いっそ痛快な 程だったから。そんなコナーもこの頃は『カラテ』も『クロオビ』。運動神経良し、顔良し、性格 (表向き)良し、ケンカ強し。案の定高校でもモテた。今までも大勢から散々告られてる。 ガールフレンドなら自称・他称入れれば2ダースはいそうだ。ただ、コナーは特別を作らなか った。相手と1対1になることは避けてた。オレは、子供みたいにそれが嬉しかった。

ところが、あの日。あの日に告った女は違った。前からコナーと随分仲の良い感じだっ た。それが、泣きながらコナーへ詰め寄ってた。他には教室に誰もいないみたいで。
オレは向かい側の3Fの窓からコナーの教室を見てた。睨んでた。コナーは女には基本的 に優しい。優しすぎるくらいだ。結局コナーは彼女を突き放せなかった。急に目の前が歪ん だ気がした。腹が立った。もちろん自分にだ。何でこんなに心が狭いんだ。あの女が許せな い。それを許せない自分が許せなかった。

帰り道、コナーと別れて教会へ行った。祈った。ただ、ひたすら。頭に何も浮かばなくなる まで、ずっとずっと祈ってた。

「マーフィー !!」

家へ帰る途中までくるとコナーがこっちへ来るところだった。

「遅いから心配するだろ?マーも待ってるぜ」
「…うん」

嬉しかった。コナーが心配してくれる、コナーが自分の方へ向いてることが素直に嬉しい。

食事を終えて、マーが洗い物をしてる。オレ達はソファでTVを見てた。

「なぁ…、あの女と付き合うのか…?」

意を決して聞く。こういうことは1人で考えてもろくなことにならないから。

「あ?情報早いな…?…」
「…………」

オレはどんな顔をしているんだろう?コナーが不思議そうに見つめてくる。

「何泣いてんだ、お前…」

言いながら眉間にしわを寄せつつオレの頭を軽く、手のひらで2度叩く。
確かに目頭は熱 かった。

「コナー…」

そのまま、不安の衝動のままオレはコナーに抱きつく。

「マーフィー?彼女はな、」

言いかけるコナーを見つめる。これ以上、今聞いたらホントに泣きそうだった。

「……………」

コナーが絶句してる。言えないのか、言いたくないのか。怖かった。このままあの女とコナー が暮らし始めたら?オレはどうするんだろう?コナーのいない日常は最早有り得ない。
思考はそこで止まる。

怖い。

考えてなかった。何も考えたくなかった。無意識にコナーの口元に目がいく。抱きついたこの 姿勢はちょうど良かった。そのままいつものように顔を寄せる。

「マーフィー…!!」

慌てるコナーの声が鼓膜以外に唇にも振動として伝わる。

「ン !!……ッ」

何か言いかけるのをそのまま強引に押し戻した。ゆっくりと目を閉じる。
暗闇の中相手の 粘膜と鼓動だけを感じる。
 
「ふ…、…ぅ…ッ、…」

コナーの手が軽く力を込めて身体を押し戻そうとする。

「いやだ」

口づけたまま喋る。

「やだ」

それを止めたのは、マーだった。

「なぁにしてんだい!あんた達は !! いい年して冗談でもやめな!マーフィー、ほらっ !!」

強引にコナーから引き離される。コナーとの距離、1メートル弱。
―――――遠い。

「全く。いつまでもガキんちょの時のままじゃ困るだろ !! 成長しな、成長 !! ――――でなきゃ、 卒業したらどっちか地球の裏側にでもやっちまうよ!あぁ、叔父に預けたっていいん だよ ?!」

決定的だった。そのときの自分にはそれが死刑宣告みたいに聞こえてた。多分ちょっと 精神的におかしかったんだ。でなけりゃここまで怖がる必要なんか、全然なかった。だって、 そうだろう?まだ何一つ決まったことなんてない。オレはまだコナーから何も聞いちゃいな いし、マーだって本気じゃない。
それでも。
オレは本気で絶望しそうになった。気が付いたら子供みたいに泣きじゃくってた。泣く以外に 何も出来なかった。

「マーフィー、アンタね……」

マーが何か言いかけるのをコナーが止める。立ち上がってオレの傍に膝をつく。何も言 わなかった。ただ、額と頬にキスをする。繰り返し繰り返し。おずおずと顔を上げると、心配 そうなコナーの顔が見えた。

「バカだな、マーフ。彼女とは付き合わないし、マーだって本気じゃない。それくらい、判る だろう?」

泣き顔のまま首だけ横に振る。もしかしたら明日の朝にはコナーは居ないんじゃ、とまで考 えた。コナーは、それが聞こえたみたいに、

「今日は、ホラ。一緒に寝てやるから。もう寝ようぜ」

泪がやっと止まった。ただ、まだうまく身体と頭がついて来ない。それくらいショックだったか ら。ぼんやりコナーの顔を見つめて、そっとコナーの顔に手を添える。
そのまま顔を寄せた。

「マーフィー!!」

嫌な予感的中、と顔に書いたコナーがマーを振り返る。

「何なんだい、一体?いつからあたしの息子共はゲイになったんだろうね?」

マーがしかめっ面で茶化す。

「マーフの昔からのクセなんだよ、マー。不安になるとキスしたがるんだ。…実害がある 訳じゃないし、いいだろ?別に」
「昔から?5歳のガキなら良いけどね、そのクセは今直さないと後々後悔するよ!
2度としないこと!判ったね ?!!!」

Yeah!!!!………Fuck!!

コナーも負けずにしかめっ面を作って、そのままオレを部屋まで連れてった。

「コナー…」
「マーには内緒だぜ?」

よっぽど情けない顔をしていたらしく、コナーは仕方ないな、と前置きしてキスをしてくれ た。多分コナーからのディープキスはこれが初めてだった。ハードな記憶だけれど不思議と ハッピーなのは多分、この所為だ。






「覚えてるか?マーとの約束」

驚いた表情のまま、次第にうす赤く染まる目元を見ながら、考え事の中身をこぼす。

「ちょっ、っっとまてよ!!その前 !!!!……さらっとすごいこと言っただろ、コナー!!」

頬まで上気させてマーフィーが上目でこっちを睨む。昔から、この顔に弱い。自覚はある。

あの時もそうだった。マーに止められた時のキスの前に。今にも泣き出しそうな顔で、涙目で見られて言葉が出なかった。…ついつい何でも許してしまいそうで。

「何か言ったか?」

空トボケてタバコを手に取る。

「う――――――…。このタラシ…。いつかツケがくるからなっ……」
ぷっ!!!!

また吹き出しちまった。勢いでタバコまで吹いた。全くこの弟はホントに子供の頃から変わらない。真っ直ぐで、可愛い。

「くそっ!笑うな!…マーとの約束?!どれのことだよ!」

半分以上照れ隠しで怒ってるのは百も承知だった。

「アレさ。さっきまでしてただろ?」
「…あぁ…」

急に声が低くなる。

「だってさ…」
「不安なんだろ?いいさ、別に。…俺は気にしない。但し、俺以外の野郎とはしないでくれよ、くれぐれもな」

咥えなおしたタバコに火を点け、1度ふかしてマーフィーに渡す。

「するかよ!コナーじゃなきゃダメなんだよ…変か?嫌か?」

まただ。上目。自覚がないからタチが悪い。…知っててやってたら殴るところだ。

「言っただろ?別に俺は気にしないさ。お前が安心できるならいくらでも付き合う。ドラッグに手を出されるよりかマシだ。…ただ、人目は避けないとな。知らない奴が見たらただのゲイカップルだぜ」

ニヤリと口元を歪めて笑う。

「言えてる!」

一緒に笑いながら、マーフィーがそのまま寝転がる。

「オイ」
「いいじゃねぇか、めんどくさいし今日はここで寝る」

たった50センチ程度離れたベッドへ行くことの何が面倒くさいのか。1回叩くか。そう考えて いると、窺うようにこっちを見るマーフィーと目が合う。
…自覚はある。
思わずOKを出しそうになる。昔からそうだ。自分にできることであれば、つい、叶えてやりたくなる。

「……しっかたねぇなぁ…。暴れるなよ!」
「やった!!」

何がそんなに嬉しいのか喜色満面でバンザイをする可愛い生き物1体。
苦笑いしながらも機嫌の良い自分がいる。

あの顔で頼られる限り。自分の選択権は非常に少ないらしい…。
自覚は、あるんだけどな…。






隣で眠るコナーの顔を見つめる。ため息が出る。月明かりで見ると相変わらず作り物みたいにキレイだった。

さっきまであった不安はウソみたいに消えてる。心は軽かった。
自分を許してくれる存在。自分を支えてくれる存在。自分を解ってくれる存在。
全てがコナーだった。

「……お前だけだよ、コナー。愛してるのは…」

月明かりしか無い薄闇の中、ポツンと、さっき言ったコナーの台詞を真似て告白する。コナーの吐息は規則正しい。満たされた思いで、軽くコナーに口づけして眠りについた。

27年前1つだった。
あの安心感が欲しくて27年経っ
た今も、1つになりたいと強く願う
自分がいる。
でもそれは
自分の信じる神に許されない。
これで、我慢すべきだと。
無理にも自分を納得させて。



Billion:(形)
  :十億(の)、莫大な、無数の
Kiss:(名)
  :キス、軽く触れること


 

Billion Kisses

by valt







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