Das Pferderennen
競馬愚痴



25.December.2005 Sonntag どう手のひらを返そうとも

  金が欲しいからさ、その馬の馬券は買わないよ。
 そいつは言った。深夜のファミレスに客は少なく、窓の外では小雪がちらついている。国道は黒く凍りついて、その上を時おり通る車のヘッドライトが、白い衣装をまとったスケート選手のように滑っていく。
 僕は少しあっけにとられる。単勝1.6倍の三冠馬、無敗の馬の馬券を買わない。その理由は、金が欲しいから。
 そこには根本的な矛盾がふくまれているような気がする。だけど僕にはその矛盾を指摘することができない。それはひょっとしたら競馬自体が矛盾を軸として成立しているからかもしれない。
 俺は、勝って欲しいなんて気持ちで馬券を買わないからさ。単勝1.6倍に金を突っ込んでる何万人、何十万人と同じ、優しい競馬ファンなんかにはなれない。
 僕はコーヒーカップを持ち上げるが、何か言わなければと思う。反論しなければ。僕はこの馬を応援するために馬券を買ってはいない。僕は優しい競馬ファンなんかじゃない。僕だって金が欲しいんだ。
 君はこの馬が弱いというんだね。
 そんなことは言っちゃいない、とそいつは答える。
 ただ、金にはならない。この馬は強いよ、そりゃ強いさ。でもこの馬が勝ったあと、にこにこ顔で単勝1.6倍の配当にならんでいるような金と時間の余裕が俺にはない。それだけのことさ。
 僕はコーヒーに口をつけ、ほとんど空になったそれをすする。そして、口を離して言う。
 馬連を買えばいいじゃないか。単勝にこだわる必要はないと思う。
 そいつは首を振る。
 もし一着と二着が逆になっても、無敗の三冠馬に土がついても、馬連なら配当がある。だけどさ、その馬連を買ってるヤツらは言うだろうな、やっぱりだ、怪しいと思ったんだ、無敗の三冠馬とか言っても、結局は古馬には勝てないんだ、俺は最初からそう思ってたんだよ、ってね。実際は、ろくすっぽ考えもせずに「四冠馬の誕生」を盲信して馬券を買ったくせに。俺はそんな奴らと同じ馬券を握ってることに我慢できない。俺は無敗の三冠は実力だったと思う、だけど今回は負けると思う、今回だけは負けると思う。だから別の馬の単勝を買う。金が欲しいからね。自分に誇りを持ったまま金が欲しいからね。
 僕は言葉を返せない。無敗の三冠馬が負けたとき、世間は何ていうだろう。この馬を頭にして馬単を買った人たちは何ていうだろう。その時、僕は何ていうだろう。
 そいつは席をたつ。無敗の三冠は実力だ、ともう一度言う。この馬は強い。優しい競馬ファンたちがどんな風に手のひらを返そうと、この馬は強いよ。
 でも君は金が欲しいんだ、と僕は言う。
 そいつはうなずく。
 俺は金が欲しい。
 他の優しい競馬ファンが何を言おうとも。

27.November.2005 Sonntag さよなら2分22秒2 ジャパンカップ

 壁が破れた。瞬間、聞こえた音は、意外なほど小さかった。数万の唇の間を息が滑り出す音。たったそれだけのささやかな響き。
 だがやがて衝撃が広がっていく。どよめきが、やがて叫び声が、あちこちから湧きあがる。それは、驚きと、興奮と、少なからぬ悲痛によって彩られている。ついに壁が崩れたのだ。1989年、平成という時代が始まった年にうち建てられた壁が。Horlicksとオグリキャップという2本の腕によって造られ、Alkaasedという名のハンマーによって粉砕されたそれは、もはや二度と取り戻されることがない。経過した16年の時間は、静かに過去の記憶の中に埋もれていく。
 喧騒に包まれている。冴えないジャンパーを着たおじさんたちが、大きな声で言葉を交わしている。同じ段の席に座ったお兄さんとお姉さんが、携帯で誰かとしゃべっている。孤独な眉毛を生やしたお爺さんが、誰か騎手の名前を罵っている。僕は喧騒の中にいる。僕は青いランプを見ている。大きなスクリーンの向こうにある電光掲示板の、ほんの片隅に小さく点灯している青いランプを。
 勝つことって難しいんだ。誰でも勝ちたい。努力している奴も、していない奴も、夢を持っている奴も、持っていない奴も、金のある奴も、ない奴も、幸せな奴も、幸せに飢えている奴も。誰だって勝ちたい。けれど誰もが勝てるわけじゃない。勝つことって難しいんだ。
 まだ喧騒は続いている。この瞬間っていい。数万人、いや、もしかしたら全国で何十万人、何百万人がたった一つの事実に支配されている。誰かが勝ち、誰かが負けたという単純な事実に。
 青いランプが赤いランプに変わる。おめでとう、と僕は思う。25頭目の勝者となり、2分22秒1という驚異のレコードホルダーにもなったアルカセットに。そしてこの時、2分22秒2という驚異のレコードホルダーの地位を失い、25頭の馬たちの中の1頭でしかなくなったホーリックスに。おめでとう。でもそれだけじゃない。アルカセットの二着に敗れたハーツクライにも、ホーリックスと同じ2分22秒2で走りながらハナ差に泣いたオグリキャップにも。おめでとう。
 僕もそろそろ帰ろう。16年の日々は歴史になり、今日からまた新しい時間が流れはじめる。さよなら、2分22秒2。

20.November.2005 Sonntag マイルCS決着 コースレコード

 ハットトリックの勝ちタイム1分32秒1は、四年前にビハインドザマスクが古都ステークスで記録した京都のコースレコードと同じ。
 前半3F(1ファロン・1ハロン=200m)が34秒2(12.2-10.6-11.4)で流れ、後半3Fは35秒0(11.5-11.3-12.2)を要しています。厳しい高速決着で、先行集団はゴールを前に失速。ハットトリックの強襲に屈しました。
 しかし二着のダイワメジャーは胸を張れる内容です。17着に沈んだローエングリンの直後につけながら、直線ではコスモバルクに出し抜けを食わせた皐月賞を髣髴とさせる粘り腰を発揮。大穴をあけた一年前のGI勝ちがまぐれではなかったことを証明しました。
 先頭から五番手で進んだダンスインザムードも、直線入り口で失速するどころか、あわよくばの野心を見せたところなど、人馬一体のレースを見せてくれました。北村宏司騎手の巧みさが光ります。
 デュランダルの敗因となったのは道中の位置取りでした。上がり3Fの33秒2はメンバー中最速も、八着まで追いあげるのがやっと。直線入り口の位置取りからは、31秒台の末脚を使わなければ先頭まで差し切れない計算で、これはもう無理がありすぎました。ただ、今回の敗戦は衰えとか能力上の問題ではなく、単なる展開のあやでしょう。流れが向かなければ、追い込み馬は脆いものです。
 三着に進出したラインクラフトは道中中団。前すぎず、後ろすぎず、ハイペースにしっかり対応しました。元来が先行して粘るタイプで、直線の切れ味ではハットトリックに劣りましたが、最後まで脚を止めませんでした。初めての古馬混合GIでこのレースなら、来年春に新設される古馬牝馬限定GIのヴィクトリア・マイルでも充分やれることでしょう。
 勝ったハットトリックはここ4戦を9、15、9、7着と死んだふり。前走の天皇賞では32秒台の脚を発揮して、光るところを見せていましたが、ここまで鮮やかに切れるとは思いませんでした。今年の冬は単勝1倍台の支持を集めていた馬ですから、調子が戻ればこんなもの、ということなのかもしれませんが。
 それにしても、ペリエとルメール、フランス人騎手二人での決着、改めてその技量の高さには唸らずにおれません。

19.November.2005 Sonnabend マイルCS 低人気の高齢馬

 今年の京都のGIはこれで見納め。1600mのマイルチャンピオンシップが行われます。
 デュランダルは不動です。スプリンターズSからここへのローテーションは例年通り。それで過去二回きちんと結果を残しているのだから、軸としては申しぶんありません。
 ビッグプラネット、ローエングリンが引っ張って、速いタイムが出るでしょう。追い込み馬に食指が動きますが、今回は条件戦を勝ってきたばかりといった新鮮な穴馬が見当たりません。したがって、デュランダルの相手探しは実績のある高齢馬の中から。
 テレグノシスは前走の天皇賞で大敗しました。しかしこれは2000mの距離が長すぎたため。距離が400m縮まる今回、がらりと一変が考えられます。
 サイドワインダーは前走、重馬場に末脚を封じ込められたものの、二着まで進出しました。夏の好調を維持しています。直線で32秒台の脚を発揮できれば、関谷記念の再現となるでしょう。
 しかし、ハイペースが向きそうな先行馬もいます。それがラインクラフト。速い流れでしっかり折りあい、四コーナーから仕掛けて抜け出せば、デュランダルを下す場面も考えられます。
 結局デュランダル-ラインクラフトの1-2番人気の組みあわせ、という結論ですが、テレグノシス、サイドワインダーの魅力も大きく、ここは1番-14番から、13番と15番へ流す三連複で勝負と考えています。

05.November.2005 Sonnabend 三文詩人

  歌ったり、語ったりするものがこんなに大勢いるのは、
  すこぶる私の気に食わんと知れ!
  詩をこの世から追い払っているのはだれだ?
  詩人たちだ。
  ―― ゲーテ、高橋健二訳、西東詩編「ことわざの書」

02.November.2005 Mittwoch 天皇賞後感想、超スローについて

 ヘヴンリーロマンスの勝ち時計2.00.1は過去十年で下から二番目、良馬場条件なら最低のタイム。前半3Fの37.0も、重で施行の01年に次いで遅い。
 しかし2.00.1という超スローの原因は前半3Fではなく、むしろ、それに続く向こう正面4F(12.5-12.9-12.3-11.8)の中だるみ。これでは直線600mだけのレースになるのも当然で、よーいドンになった上がり3Fは33.6。これは例年より1秒以上速く、一着ヘヴンリーロマンスと二着ゼンノロブロイの上がりにいたっては32.7。直線の切れ味に長けるサンデーサイレンス産駒が台頭するのもむべなるかな、という実質600mの競走でした。
 勝ったヘヴンリーロマンスは立派の一言。ただ、タイムがあまりにも遅く、2000m以上の距離への適性を云々するような内容ではありませんでした。
 ダンスインザムードは直線押し切るかに思わせたあたり、実力が衰えていないことを示しました。前々で折り合って長くいい脚を使うのがこの馬の持ち味。今回のスローペースを我慢したのは収穫でした。
 スイープトウショウは後方から。馬にも騎手にもこれが一番の作戦であるにせよ、前が止まらない流れを作られてはお手上げです。
 その流れを作り出した一頭がタップダンスシチーで、今回は非常に「らしくない」競馬をしました。宝塚記念の二の舞を恐れてか、格下のストーミーカフェにハナを譲り、三、四コーナーでも何も仕掛けずに沈没。四角先頭押し切りという勝ちパターンに持ち込もうとすらしませんでした。馬に行く気がなかったのか、騎手に行く気がなかったのか。理由はわかりませんが、まさか末脚勝負でゼンノロブロイを負かそうという作戦をとったわけではないでしょう。内容はコスモバルクを破滅的に潰しにいった宝塚記念よりも悪くなっています。
 リンカーンはあの位置で競馬をすればこんなもの。上がり3F32.8は生涯最速の末脚も、14、5番手での競馬は無理がありすぎました。今年の春の天皇賞でもこのパターンで負けています。
 配当は派手ではあったものの、内容に乏しいレースでした。上位を占めた牝馬勢は賞賛に値しますが、まとめて負けた牡馬陣は、ゼンノロブロイをのぞいて、一様に評価を落としました。JCや有馬記念で挽回できるかどうかですが、見所が皆無だったハーツクライやホオキパウェーブに今後のGIでの好走を期待するのは酷なような気がします。

07.Oktober.2005 Freitag 蒔き直し

 カウンターが20000ヒットを超えました。お越しいただいた皆様に厚く御礼申しあげます。
 しかし10000ヒット記念のリクエスト小説が未完のまま、どんなに感謝の言葉を重ねても空虚な感が否めません。小説は就職活動が終了し次第、必ず完成させます。期待してくださる読者ももうおられないでしょうが、必ず。
 そのためにもこの十月、勝負の月です。

 以下私信。結果はだめでしたが、あの夜の記憶のおかげでまだ前へ進めます。大迷惑を厭わず一緒に騒いでくれたみんなに感謝してます。あれがなかったら本当に潰れてしまったかも知れません。多謝。

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