プロフィール・マニアック版
■ 年代記
1976年(0歳)
8月6日(原爆記念日)、大阪府堺市で誕生。
この時両親は、自分がゲーマーになるとは
想像もしていなかった。
田中角栄逮捕。
1978年(2歳)
『スペースインベーダー』発売。
インベーダーブーム起きる。
さすがに2歳ではプレイは出来なかった。
1979年(3歳)
テーブルから1メートル下に逆さまに落下し、
頭を強打。30分ほど喋れなくなる。
1980年(4歳)
テーブルから1メートル下に逆さまに落下し、
頭を強打。1時間ほど喋れなくなる。
1981年(5歳)
庭で転び、頭を庭石に強打。起き上がりざまに、
シュロの針のように尖った葉で、右目を突く。
刺さったのが白目だったので、失明の難を逃れる。
初のゲーマーとしての危機。
1982年(6歳)
堺市立・神石小学校入学。
水泳教室の帰りに『タイムパイロット』
(アーケード・自機が360度回転するSTG)をプレイ、
1ボスに体当たりで倒し、2面まで進む。
これがゲームの初プレイだった。
1983年(7歳)
『ゼビウス』、『マッピー』発売。
いわゆるナムコ黄金時代。
家庭用でも「ファミリーコンピューター」
(ファミコン)が発売。
周りの友達はみんな持っているのに、親が
なかなか買ってくれず、自分を「負け組」と思う。
1984年(8歳)
やっと買ってもらった「ファミコン」で友達と、
『マリオブラザーズ』で殺し合いばかりする。
また、カメの研究で堺市教育委員会から受賞。
さらに同研究で、教師向けの本に載る。
人生初の書籍掲載。
1985年(9歳)
風邪で遠足に行けなかった自分を哀れんで、
親が『スーパーマリオブラザーズ』を買ってくれる。
この時ほど、遠足に行けなくて良かったと
思ったことはなかった。
1986年(10歳)
「子ども会」をサボって、駄菓子屋ゲーセン
に入り浸り、上手いお兄ちゃんのプレイ
(『ドラゴンバスター』や『グラディウス』など)を、
飽きずに何時間でも観ていた。
こういった上手い人は特別な存在だから、
自分とは関係ないと思った。
ある日、担任から「ファミコンを捨てろ!」
と迫られ、かなり悩んでから、無視する。
1988年(12歳)
歴史的名作『ドラゴンクエストIII』が発売。
ただプレイするだけでは飽き足らず、
角材や鉄パイプを持ち出して「ドラクエごっこ」
をやったものだ。
(※決して“くにおくんごっこ”ではない)
1989年(13歳)
中学受験をさせられ、大阪市内の
私立・明星中学校入学。
つまらない学校生活のストレスから、
ほとんど喋らなくなる。
この頃は家庭用専門で、「ドラクエシリーズ」、
「FFシリーズ」、「女神転生シリーズ」といった
RPGばかりやり、ゲーセンには行かなかった。
ちなみに上記3つは、ほとんど全てのタイトルを
クリアしている。
1990年(14歳)
小学校時代の級友とエアガンで
サバイバルゲーム中に、左目を撃たれる。
撃たれたのが白目だったので、失明の難を逃れる。
2度目のゲーマーとしての危機。
安静にするため、友達の家で
「ドラクエ4コマ」を読みあさる。
「スーパーファミコン」発売。
今回はすんなり買ってくれた。
1991年(15歳)
FF好きが高じて、勝手に「フェニックスのゆみ」
などという武器を開発する。
これはフェニックスという木の枝(?)
のことで、捨てられていた枝から葉っぱを落として
棒状にし、乾かすと驚くほど弾力性の高い
本体が出来るのだ。
さらに元から湾曲しているので、先端に穴を開け、
紐を通すとまさに弓となる。
矢はブタクサの茎を使って、先に極太の釘を
付けて撃ってみると、本物の弓に近い威力で、
ダンボール3枚重ねくらいなら、普通に貫通する。
友達と何本も弓を作り、人のいない見通しの
いい所まで行って、FC『水滸伝』ごっこと称して
飛距離を競い合っていた。(100mは飛んだ?)
1992年(16歳)
明星高校に内部進学。
好きなこと以外は一切しない主義(今でもそう)
のため、ゲームと映画と小説しか読まなかった。
そのせいか、勉強は全く出来ず、
英語と数学と理科はほぼ毎回赤点になる
数学は常に0点で、今でも方程式が分からない。
でも、掛け算や分数は出来るので、
自分をほめてあげたい。
1994年(18歳)
大学受験準備のため、親が高3で
「河合塾」(大阪南校)に通わす。
もちろん行かず、友達数人と駅ビルゲーセンで
『天地を喰らうII』(アクション)で盛り上がる。
「セガサターン」、「プレイステーション」発売。
ソフトがカセット式でなく、CD-ROMになる。
いわゆる次世代機の登場。
あんなガタガタのポリゴンを見せられても、
文句を言うどころか、むしろそれが「未来」らしい、
と感じていた自分が恥ずかしい。
1995年(19歳)
高校を卒業。大学には行けず、
上本町の「駿台予備校」に通う。
しかし、数週間でほとんど行かなくなり、
夏期講習の頃に、地元堺市のゲーセンで
「スコアラー」(アーケードでハイスコアを狙う人)
に出会う。
これは、人生で一番の衝撃の出会いとなる。
スコアラーに絶対になると決意し、
邪念を祓う意味でも、予備校を完全中退。
「阪神大震災」(1月17日)、
「地下鉄サリン」(3月20日)と共に激動の年。
予備校に行かない自分の親への言い訳は、
「地下鉄が危ない!」。
浪人仲間の友達がおかしくなる。
1996年(20歳)
成城大学 文芸学部 国文学科入学。
1年経ったからといって受かる大学はない、
と太鼓判を押されていたが、
何故かここは入れてくれた(補欠)。
ともあれ場所が東京なので、上京する。
川崎市麻生区「読売ランド前(小田急)」に住み、
新宿のゲーセン「モア」の5階で
レトロゲームばかりする。平均10時間は居たと思う。
「NINTENDO64」発売。
1997年(21歳)
ゲームばかりしていて単位が取れなくなり、
いいかげん嫌になって大学に行かなくなる。
(たまに行っても講義には出ず、図書館で
LDを再生して、映画ばかり観ていた)
同時に、「ゲーメスト」(アーケード)誌の
全国ハイスコア集計店「ケンタゴン」(新大久保)
へ通うようになり、当時新作だった
『ストライカーズ1945 II』のスコア競技を開始する。
1998年(22歳)
成城大学を除籍される。
うれしいことに、7月に「BASICマガジン」
(プログラミング+アーケード)誌の
ハイスコア集計において、初の「全国一位」になる。
なおその直後、『ゲーメスト』でも「全国一位」になる。
(いずれも『ストライカーズ1945U』)
このあたりから、完全に一位狙いのスコアラーと化す。
フリーターとスコアラーの二重生活。
「ドリームキャスト」(飯野賢治命名)発売。
1999年(23歳)
専門学校に入学する。専門学校を中退する。
2000年(24歳)
フリーターをやめ、工員(印刷工)になるが、
ゲームが出来なくなったので、数ヶ月でやめ、
フリーターに戻る。
同じ麻生区の「新百合ヶ丘」に引っ越し。
これを機に、「ケンタゴン」から
町田の「コスモ」へ拠点を移す。
なお、この「コスモ」は99年に廃刊した
「ゲーメスト」の後継誌「アルカディア」の
ハイスコア集計店で、ハイスコア担当を
向こう3年務める。
『ストライカーズ1999』で「全国一位」。
「プレイステーション2」(PS2)発売。
2001年(25歳)
『ストライカーズ1945』で「全国一位」。
この頃フリーターとしても、天国と地獄を味わう。
クーラーに涼みながら、
ペン1本で指示を出す編集者から、
有名私立大学付属幼稚園児に汚い、と罵られた
日雇いの道路工事まで、数多の職を転々とする。
「ゲームキューブ」発売。
9月11日、米・同時多発テロ起こる。
2002年(26歳)
さすがにこんな生活は良くないと思うに至り、
大学に戻ろうとする。
しかし、前大学は除籍されているため、
復学許可が下りず、なおかつ他大編入のための
証明書類も出してもらえなかったので、
20代後半にもなって10代の子に混じって大学受験、
つまり「一般入試」を受けるハメに。
町田の「代々木ゼミナール」に自腹で通い、
これにより、「3大予備校の全制覇」に成功。
今回は町田「コスモ」と共に、そこそこ真面目に通う。
「Xbox」発売。
2003年(27歳)
明治大学 文学部 演劇学専攻入学。
これを機に「明大前」に引っ越し(現住所)し、
駅前のハイスコア集計店の「ナミキ」に通い詰める。
京都の同志社大学にも受かっていたが、
行かなかったのは全て、この店のため。
2004年(28歳)
『ストライカーズ1945』で「全国一位」。
(2001年とは別の部門)
この夏発売されたPS2『ストライカーズ1945T&U』
(発売・タイトー)で、付属の攻略DVDの収録を担当。
なお同時に、メーカーの彩京とライセンス契約締結。
しかし、その矢先不運にも、とある騒動によって、
ホームの「ナミキ」が閉店してしまう。
なので、結局1年半しか通えなかった。
だが悲しんでいる暇はないので、すぐさま拠点を
立川の「オスロー第2店」に移す。そのため、
大学からゲーセンまで、非常に遠くなってしまう。
「ニンテンドーDS」、「PSP」発売。
2005年(29歳)
明治大学を2年で中退し、
早稲田大学 第二文学部に3年次編入する。
これにより、大学と立川の「オスロー」を、
地下鉄東西線・JR中央線の1本の線で結ぶことが
可能となり、ゲーセン通いの労力を
大幅削減することに成功。
『蒼穹紅蓮隊』で「全国一位」、
『翼神』で「全国一位」。
しかしこの夏、「西武新宿」向かいの
「ハイテクランド・ミカド」がスコアラー向けの店
としてリニューアルオープン。
家からも大学からも非常に近いため、ここに移動。
交通費と、ゲーセン通いの労力をさらに削減。
「Xbox 360」発売。
2006年(30歳)
『蒼穹紅蓮隊』の別キャラ(紫電)で再び全国一位。
だが直後の2月、「ハイテクランド・ミカド」が
経営サイドの内紛により、マニア向け環境でなくなり、
川崎市の「武蔵新城」にある「マットマウスPART II」
に一時的に移動。
『ピンクスゥイーツ』で全国一位。
さらに2ヵ月後に全キャラ制覇に成功。
また同時期、小学館『DIME』から、取材を受ける。
(「プロゲーマー」についての取材)
その後、「ハイテクランド・ミカド」は、
経営者が交替し、「新宿ゲーセンミカド」として
さらなるマニア向けの店として復活し、
それを機に自分も新宿に戻る。
さらに10月17日、唐突に
「株式会社 中野プロモーション」を設立。
ゲームの攻略DVD製作に入る。
歩合でプレイヤーに報酬を支払う方法で、
日本にプロのゲーマーを生みたいという
かなりしんどい計画を、何とか実行に移すための
地盤作りを試みる。
なお自然と、大学からは足が遠のいてしまう。
「Wii」 、「プレイステーション3」(PS3)発売。
2007年(31歳)
3月、大学を留年してしまう。
そして4月、株式会社CAVEと
『怒首領蜂大往生ブラックレーベル』の
ライセンス契約を締結。
同年12月、本作の攻略DVDを発売開始 。
なお07年後半はこの仕事に集中するため、
ほとんどゲーセンに行かなくなる。
また5月から11月までの間は、
eスポーツを日本に広める活動をしている
「Eスポーツスタジアム」(Goodplayuer.jp事業部)
と連携、大会(『旋光の輪舞』、『ケツイ』部門)
にも企画および運営に携わった。
2008年(32歳)
2月に発売したDVD
『ゲームジェネレーションX 〜8bitの魂』
(コロムビアミュージックエンタテインメント株式会社)
にて、製作協力。攻略映像のプレイヤーの
募集および、コーディネートを行う。
また同月、リクルート誌「フロム・エー」に掲載。
自分の仕事風景や、プロゲーマーの現状について、
何気に熱く語っている。
そして3月25日に早稲田大学 第二文学部を卒業。
また、6月10日にフジテレビ「FNNスーパーニュース」
に出演。秋葉原7人刺殺の通り魔事件について、
凶器となったダガーナイフとゲームの関係
について話す。
さらに8月、宝島社
「別冊宝島1552:マンガ「必殺技」完全分析」の
“ゲームセンターあらし・炎のコマ”の項を執筆。
2009年(33歳)
早稲田大学 文学部(他学部)に再編入。
5月から、
CS放送「シューティングゲーム攻略軍団参上!」
の企画およびレギュラー出演。
2010年(34歳)
株式会社モスと『雷電IV』のライセンス契約
を締結。6月、本作の攻略DVDを発売開始 。
2011年(35歳)
3月25日に早稲田大学 文学部を卒業。
■ ハイスコア全国一位
BASICマガジン 1998.7
『ストライカーズ1945 II』 (震電)
ゲーメスト 1998.7.30
『ストライカーズ1945 II』 (震電)
ゲーメスト 1998.8.30/9.15
『ストライカーズ1945 II』 (震電)
BASICマガジン 1998.9
『ストライカーズ1945 II』 (震電)
BASICマガジン 1998.10
『ストライカーズ1945 II』 (震電)
ゲーメスト 1998.12.30
『ストライカーズ1945 II』 (震電)
ゲーメスト 1999.6.30
『ストライカーズ1945 II』 (震電)
ゲーメスト 1998.7.30
『ストライカーズ1945 II』 (震電)
アルカディア 2000.2
『ストライカーズ1999』 (F/A-18ホーネット)
アルカディア 2000.3
『ストライカーズ1999』 (F/A-18ホーネット)
アルカディア 2000.6
『ストライカーズ1999』 (F/A-18ホーネット)
アルカディア 2000.10
『ストライカーズ1999』 (F/A-18ホーネット)
アルカディア 2000.11
『ストライカーズ1999』 (F/A-18ホーネット)
アルカディア 2001.12
『ストライカーズ1945』 (P-51ムスタング)
アルカディア 2002.1
『ストライカーズ1945』 (P-51ムスタング)
アルカディア 2004.4
『ストライカーズ1945』 (スピットファイア)
アルカディア 2004.6
『ストライカーズ1945』 (スピットファイア)
アルカディア 2005.3
『蒼穹紅蓮隊』 (鵬牙)
アルカディア 2005.9
『翼神』 (HAWK)
アルカディア 2005.10
『翼神』 (HAWK)
アルカディア 2005.11
『蒼穹紅蓮隊』 (鵬牙)
アルカディア 2005.11
『翼神』 (HAWK)
アルカディア 2005.12
『翼神』 (HAWK)
アルカディア 2006.1
『蒼穹紅蓮隊』 (鵬牙)
アルカディア 2006.5
『蒼穹紅蓮隊』 (紫電)
アルカディア 2006.8
『ピンクスゥイーツ』 (※初回集計のため、キャラなし)
アルカディア 2006.9
『ピンクスゥイーツ』 (※2回目集計も、キャラ別せず)
アルカディア 2006.10
『ピンクスゥイーツ』 (レース)
アルカディア 2006.10
『ピンクスゥイーツ』 (シャスタ)
アルカディア 2006.10
『ピンクスゥイーツ』 (カスミ)
アルカディア 2006.10
『ピンクスゥイーツ』 (メイディ&ミディ)
アルカディア 2006.11
『ピンクスゥイーツ』 (メイディ&ミディ)
■ その他の個人データ
【資格】
・漢字検定2級 (1994年7月)
・実務校正検定2級 (2000年4月)
・ホームヘルパー2級 (2003年10月)
【新聞への投書】
2000年7月29日、朝日新聞「声」欄に掲載。
→
何と論争に!
2003年11月14日、朝日新聞「声」欄に掲載。
【好きな映画】
・零戦燃ゆ(邦画)
→子供の頃から戦闘機で戦うのに憧れた。
・アウトブレイク(洋画)
→見えないものの恐怖!
・大脱走 (洋画)
→独軍収容所の極限状態にいながら、
生きる希望を与えてくれる。
・ウエストサイド物語(洋画)
→シェイクスピアを現代に蘇らせた!
【好きな本】
・蝿の王(ゴールディング)
→人間の呪わしい宿命について。
・人間とは何か(マーク・トゥエイン)
→人間の都合のよさについて。
・レベル4・致死性ウイルス(J・マコーミック)
→人間の愚かさ、汚さ、脆弱さについて。
【好きなマンガ】
・AKIRA
・はだしのゲン
・うしろの百太郎
・<※楳図作品全般>
【好きなアニメ】
・該当なし
→ほとんど観ないから。
【好きな音楽】
・該当なし
→ほとんど聞かない。
でも強いていえば、テクノのミニマル系か。
【好きなTV番組】
・ニュース
・ドキュメンタリー
【その他ゲーム以外で興味のある分野】
・政治
・哲学
【ゲーム以外で得意なもの】
・水泳
・物書き
【一切やらないもの】
・ボウリング
・麻雀
・カラオケ
・運転全般
・iPodの操作
【長所】
・諦めがあまりにも悪い
【短所】
・諦めがあまりにも悪い
【好きな言葉】
・「独立」
【嫌いな言葉】
・「馴れ合い」 「派閥」 「迎合」 「小沢一郎」
【好きな酒】
・ビール
・焼酎
・ウォッカ
・テキーラ
【好物】
・ラーメン
・刺身
→本当に好きなものは、醤油をつけない。
【嫌いな食べ物】
・納豆、くわい
→アレルギー性のもの以外、全部食べる。
【睡眠時間】
・眠りが浅いため、8時間ないと、厳しい。
→先日深く眠ったのは、6歳の頃、
インフルエンザで昏睡状態になった時。
【好きな国】
・フランス
→多様性があり、考えが偏狭でない。
【嫌いな国】
・好きな国と逆の性質の国。
【尊敬する人】
・包容力のある人なら誰でも。
→是非友達になりましょう!
【嫌いな人】
・気難しい人や揚げ足を取る人なら誰でも。
→近寄られるのもちょっと…。
【好きな動物】
・爬虫類と両生類
【動物占い】
・ペガサス
【好きな芸能人】
・東山紀之
→いつまでも若い。努力家。
・多部未華子
→顔の形。
【好きな色】
・ピンク
・水色
【嫌いな色】
・地味な色全般
【好きな車】
・ベンツ
→黒。
【好きなスポーツ】
・野球
→支持球団は、阪神。
【子供の頃憧れていたもの】
・本を書くこと
→今でも諦めたわけでない。
【座右の銘は】
・<※今のところ、ない>
【好きなゲーム】
・FC 『水滸伝』
・FC 『ドラクエ3』
・AC 『ガンバード』
・PS 『ゼノギアス』