東日本大震災

  • 2011年3月12日(土)

  • それにしても怖かったですねぇ〜〜 昨日の地震!
    これだけの揺れを感じたのは、初めてである。
    私は昨日の14:40頃は青山辺りに居たのだ。
    友人O嶋とお茶の水からウォーキングをしていて青山に差し掛かった頃であった。
    O嶋が
    「地震じゃないか!」
    と言ったのだが、暫くして揺れがだんだん大きくなってきたのである。
    裏道だったので、電柱が揺れてトランスが落ちて来そうな揺れだったので急いで大通りに向かったのである。
    その時の友人は素早い動きであった。
    青山通りは買物客やら、サラリーマンで人が一杯である。
    近くにカフェなどがあり、ガラス張りであったので割れるのではないかと心配した。
    ビルから人が出て来ていて心配そうにしている。女性などは悲鳴を挙げている人がいるのである。
    立っているのがやっとの揺れであった。
    当然車を運転している人も停車しているのである。

    以前にもO津さんと行った事のある、青山の”清水湯”へ行こうとしていたのだ。
    銭湯へ行った後、O嶋の知り合いが居る千駄ヶ谷の料亭へ行く予定であった。
    この状況である。ガスは止められていたのである。
    仕方ないので、青山通りをぷらぷらしていると再度大きな揺れがやって来た。
    目の前のビルは古く壁が落ちてきている状態である。
    危ないので青山通りで立ち往生である。
    やはり近くの人達も皆通り沿いで不安な顔をして見守っている。
    タバコが吸いたくて喫茶店に入ろうとしたらそこの店主らしき女性が
    「コーヒーは出せませんが座っていてもかまいませんよ」
    との事。
    O嶋とタバコを吸いながら一服である。
    携帯は通じない状態で、近くの地下鉄も復旧もめどが立っていないとのアナウンスである。
    本日のメインの料亭行きも中止となったのである。
    喫茶店内にテレビがあり、同じく休憩している他の客と見ているのである。
    仙台辺りの映像では皆が声を挙げている。
    何かこういった時は連帯感があるよね。

    ここからO嶋は歩いて帰るとの事である。家は門前仲町である。
    既にお茶の水から一万歩以上歩いているのである。
    私も歩いて帰ることにして、O嶋と別れたのである。

    途中、神宮外苑を通って千駄ヶ谷駅前を通り明治通りにでたのである。
    やはり駅前は人だかりで、公衆電話には長い列である。
    新宿辺りになると大勢の人が明治通りを行き来している。
    皆電車を諦めて、歩いているのである。
    さすがに足も痛くなりだし、やっとの思いで家にたどり着いたのであった。
    両親も驚いており、地震当時は手すりに捕まっていたそうである。
    部屋に戻ると多少物が落ちている程度であった。(安心)
    テレビをつけて地震状況を確認しているのであった。