それが必要となるならば
非日常的な出来事が日常と化した、24署凶悪犯罪課。
朝であろうが夜であろうが、この部屋への扉は自動でありながら何時も重い。
だがそんな事を露とも感じさせない――そういう感覚を持っているかすら疑問な――無表情で、デカチンは職場へのドアへと足を向けた。
しかしそのドアが開く前に、デカチンの背へと最近ようやく馴染んできた聞き覚えのある声が掛けられた。
「アキラ。おはよう」
デカチンが反射的に足を止めて後ろを振り返れば、そこには凶犯課の紅一点、ハチスカが立っていた。
リパブリック壊滅以来、未だに言葉が喋れないデカチンは、挨拶代わりに頭を下げる。
言葉にはされていないがキチンと返事が返ってきた事に、ハチスカは満足そうに微笑を浮かべる。
「アキラ、ちょっと手を出して」
言われた言葉の意味を分からないまま、素直にデカチンが手を差し出すと、その上にパラパラと何かが降ってくる。
突然落ちてきたそれは沢山の雨粒ではなく、個別に包装された数個の飴玉。
表情を変えないままデカチンが不思議そうに首を傾げれば、ハチスカは少し困ったように照れ笑いを浮かべた。
「飴を貰ったんだけど、一寸多いからからお裾分け」
何時もは鋭すぎるほどに凛としているハチスカが、こんな小さな少女のような仕草をするのは珍しい。
などと失礼な事を考えながらも、向けられる好意が嬉しくて、デカチンは空いている手で包むように飴を握りながら頭を下げた。
そんなデカチンの反応に『どう致しまして』と言い置くと、その隣を擦り抜けてハチスカは部屋に入っていった。
「おや、アキラくん。おはようございます」
凶犯課に足を踏み入れたデカチンに、事務机としては異質――明らかに輸入物――のデスクに着いているナカテガワが声を掛けた。
デカチンはそちらを向くと、ハチスカにしたのと同じように、頭を下げて返事を返す。
ナカテガワはデカチンの姿を認めると、何か納得したように一つ頷き手招きをしてみせた。
「?」
特に逆らう理由も無く、デカチンはトコトコと歩を進めると、呼んだ張本人の脇へと立つ。
無表情に見下ろされるその様は、普通の人間ならばいささか恐怖の対象だろう。
しかし表情に変化を出す事の薄さではデカチンほどでないにしろ、そこそこにレベルの高いナカテガワである。
鋼鉄の無愛想さを気にする事も無く、ナカテガワは机の上に置いてあった箱に手を添えると、デカチンの前へと滑らせた。
「実は朝食にサンドイッチを買ったのですが、食べ切れなくて…。よろしければ召し上がりませんか?」
デカチンは箱とナカテガワの顔を交互に見ると、やがて箱の方へと視線を止めた。
箱に印字されているロゴは、世情に疎い自分でも聞いた事があるほどの有名なランチの店名のもの。
格段腹が減っている訳では無かったが、食べた事の無い物への興味は端からは分からなくても、デカチンにもそれなりにあった。
「……………」
少しばかり逡巡をするも、やがてゆっくりと頭を下げて礼を述べるデカチンに、ナカテガワはまた頷くと一つのデスクを指差した。
有名なだけあって、とても美味しい。
そんな事を考えながら、デカチンはモリカワのデスクで貰ったサンドイッチを食べていた。
何故モリカワのデスクなのか――それはナカテガワがそこで食べれば良いと言ったから。
モリカワは今朝は未だ出勤してきていなかったが、だからと言って勝手に席を使うのは流石のデカチンでも気が引けていた。
しかしサンドイッチをくれた張本人にそう言われると、それを断るのも申し訳ないと感じ。
結局モリカワが来るまでの間に食べ終えようと思いながら、デカチンは椅子に腰を下ろすなり箱を開けてサンドイッチへと齧り付いた。
だが目標として掲げられていたそれは美味なる食物に早々にノックダウンされ、今では味わうようにゆっくりとパンを噛み締めている。
黙々とサンドイッチを食べるデカチンは、ただひたすらサンドイッチを味わう事に集中していた。
だから、
「うーまそーだなー、デカチン」
何時の間にか後ろに立っていたデスクの所有者の声に、咥えたレタスの切れ端を落としそうなほどに驚く事になった。
唇の端からレタスをはみ出させたままデカチンは立ち上がろうとするが、後ろに立っていたモリカワに肩を掴まれて再び椅子へと戻される。
「別に気にしてないから、食い終わるまで座ってて良いぞ」
モリカワの許可に逡巡するも、当の相手は離した手をプラプラさせながら、ナカテガワの方へと歩いていく。
何となく立ち上がる機会を逃してしまったデカチンは早く食べ終えようとするが、結局その美味しさに同じ徹を踏むだけだった。
「………なぁ、ナカ。何でデカチンにサンドイッチやってるの?」
サンドイッチの箱に入ったロゴとその様子をジッと見詰めているナカテガワに、直ぐにモリカワはデカチンが買ってきた物ではないと気が付いた。
しかも人に物を上げる事――特に男に対して――は滅多に無い為、モリカワが不思議に思ったのも無理は無かった。
ここでくれるなら俺にもくれれば良いのに、と思ったのは当人の心の中だけであったが、何となくその空気はナカテガワにもバレバレだった。
「何故、ですか? モリカワさん、想像つきませんか?」
「………?」
視線を動かさないまま質問に質問を返され、モリカワはナカテガワの目線を自身の目で追う。
その先には一生懸命にサンドイッチを頬張るデカチンの姿がある。
マヨネーズであえられた卵を口の端に付けたまま、齧り付いたサンドイッチをゆっくりと咀嚼している。
時折味わっているのか口の動きを止め、また齧り付けば塊で引き出されたエビに慌てて手を口元に添えた。
「……………」
ナカテガワはそれ以上の説明はしなかった。
ただモリカワは漠然とだが、言いたい事がよく理解出来た。
親切心だとか、単に押し付けただけとは決定的に違う。
何故ならナカテガワと言う男は、『自分に興味ある事』にしか行動する事は無い。
モリカワはフラリと自分のデスク――今はデカチンが座っている――に近付くと、自分のポケットを弄った。
「?」
突然無言で自分の隣に立った男に、デカチンが食パンを銜えたまま面を上げれば。
「デカチン……食後にでも食えよ」
煙草を吸えない状況での任務時に、口寂しさを紛らわす為に愛用しているミントガムを差し出した。
「………何やってるんですか?」
朝からクサビと顔を合わせて超絶不機嫌なスミオの質問は、普段の三割低い声音で放たれた。
その後ろにはスミオとは逆に、不機嫌な様を面白がるように笑っているクサビの姿がある。
だがそんな部屋に入ってきた彼らを無視したまま、凶犯一課の面々は課長であるコトブキの机を凝視している。
その先にあるのはボスであるコトブキと、その脇に立って紙コップを持っているデカチンが。
二人の組み合わせも十分違和感があるのだが、それ以上に極自然にスルーされた事が腹立たしい。
スミオは一番近くにいたモリカワの肩を掴むと、普段の五割増な低い声で再度質問を繰り返した。
「いやさぁ、デカチンが面白くて」
「「はぁ?」」
無口無表情無愛想と、無い無い三拍子が揃った元公安の男にその形容はあまりにも似合わない。
故にモリカワの言葉に、スミオとクサビの口から図ったようなタイミングで声が上がった。
しかしそんな所でまで息がピッタリである事に、スミオは舌打ちをすると言葉の更に詳しい説明を求める。
「……………と、そう言う事がさっきあって…」
つい先程まで自分を含めたやり取り(ハチスカの話は後から本人から聞いた)を二人に伝え、モリカワは改めて当事者に目を向ける。
「デカチン、食ってる時とか本当に一生懸命で。逆に、見てて、和む」
和むなどと言う凶犯課とは無縁な表現を上げられて、スミオとクサビも視線を向けた。
紙コップのコーヒーを啜るデカチンの表情は、笑顔とか真剣とはお世辞にも言い難い。
だが何時もピクリとも動かない顔面の筋肉が、若干緩んでいるように見えるのは目の錯覚ではないだろう。
「…もしかして、あのコーヒーは…」
「そう。ボスが買って来た」
不意に思った事を呟いたクサビに、アッサリとモリカワは答えを与えた。
ボスと呼ばれた男は上機嫌とまでは行かないものの、楽しげに口元を緩ませて部下へと話掛けている。
古参の仲間の何とも言えない姿に、クサビは額を押さえると天井を仰いだ。
しかしスミオは思案するように暫し押し黙ると、やがて何か思い付いたように口を開いた。
「デカチン」
「?」
呼ばれた事に振り返ったデカチンに、スミオは自分の妙案を投げ掛けた。
「今日は昼から張り込みになるから、少し早めに飯食ってから現場に向かうぞ」
「お、オイッ?!」
「……………」
張り込みにはスミオと自分だけでツーマンセルを組み、新人のデカチンは二課で待機と予定していたクサビは慌てた声を上げた。
指示されたデカチンはさして不審がる様子も無く、スミオの言葉に素直に頷いた。
そんなやり取りに置いていかれたような感慨を覚えながら、クサビはスミオへと耳打ちする。
「オイッ! 何でデカチンまで連れてくんだ?!」
「だって食ってる姿、見てないですから。見てみたいじゃないですが」
(クサビにとっては)当然の疑問をぶつけられても、事も無げにスミオは平然と返事を返す。
そのあまりにもあまりな回答に、クサビはガックリと肩を落とした。
だがスミオの言葉にチョッピリ同意してしまった気持ちは、クサビの心の中にも確かにあった。
それは声と言う形にされてはいなかったが、デカチンを除く誰もが気付くほどバレバレだった。
『釣りをする人』と言うお題のシルバー事件ネタでした。
釣りの意味は『餌付け』で(笑)
『人』と言うよりも『人々』な形になったのは、凶犯課全員を出したかったから〜。
あのあまりにも個性的な面々は、是非とも皆出したかったんですよ。
デカチンの名前は今回はセルフにしました。
と言うのも自分、プレイする時結構自分の名前を入れてしまう事が多くて…流石にそれで小説を書くのは一寸(汗)
かと言って他の名前でも微妙にしっくり来なかったので、皆さんのデカチンの名前でと考えました。