演奏会について
5月25日(日)
神学大吹奏楽部第17回サマーコンサート
前半は懐かしいPOPSでウォーミングアップ。
後半がメイン
@ROOST:「フラッシング ウィンズ」
A松浦伸吾:マーチ「ベスト・フレンド」(指揮:松井隆司)
BH・O・リード:「メキシコの祭り」より(指揮:松井隆司)
こちらは平均年齢20歳前後の若者たち。
音楽を楽しめたのは前半の60年代から80年代のPOPS。
シンフォニックな曲となると、ただ大きな音を出しているだけでは、ついていけない。
@Aの曲はまだ単純なマーチや華やかさが曲の性格にあり、メロディックな面もある。
余裕を持って聴くことも可能だった。大きな音やストップ・モーションの鮮やかさもプラスして
いるようだったが。Bの複雑な構成の曲となると、指揮者が良くても、バンドがそれに応えられないと、
聴いていて疲れてくる。若さで乗り切る曲としては、少し大物だったようだ。
2日続けて、生を聴くことが出来たということが大切で、それでもCDで聞くより、よほど情報量
の多いものだった。年齢を重ねた人たちの作る音楽と、若い人たちが作る音楽と、それを聴こういう
自分の年齢と。時間芸術といわれる音楽について考えさせられた、2日間だった。
2003年5月24日(土)
男性合唱団シルバーボイス・創立15周年記念コンサート
1部
@富士山
(作曲)多田武彦(作詞)草野新平(指揮)古橋
A男性合唱とピアノのための「新しい歌」より
「うたをうたうとき」(まどみちお)「きみ歌えよ」(谷川俊太郎)
(作曲)信長貴富(指揮)三木比奈子
メインプログラム「富士山」が聴き応え充分の演奏だった。
声の出し始めはなかなか調子の出ないもの、だから2曲目あたりから、スムーズに
音楽が流れ出す。練習を重ねたポイントが美しく響いてくるのは、練習成果の現れで、
「HANAWA」等の日本語が美しい。ラストに至って、これで終わりといった安心感からか、
心地よい疲れのためか、「YUUBAENOHUJI」は気持ちよく伝わってきた。
「山に祈る」の中だったか「満天の星」というフレーズがある。それに似て、合唱でのみ表現できる美しさ。
2曲目に至って、女性指揮者に代わり、アプローチの差のようなものを感じた。
響とていねいさ重視に思えた1曲目に対し、はつらつとして音楽の線とリズム感が浮き立った。
2部は少しリラックスして、前半は三木氏の指揮、中では「線路の仕事」が原語との
切り替えとリズム感でわくわくするものを感じ、「フィンランディア」ではリラックスした広がりがあり楽しめた。
「リムジン河」の原語との切り替えは今ひとつだった。
後半は指揮者は古橋氏に代わって、ソロと合唱の対比が聞けたが、ソロがパートの軸に
なっていることが充分にうかがえた。
ラストの「斉太郎節」はさらにリラックスして、老年(若さ)のパワーを炸裂させていた。
平均年齢65歳とか、立派な合唱団。
12月7日(土)
シューベルト。Pトリオ1番
ブラームス・Pトリオ1番
(PF)風呂本佳苗(VI)伊藤真理子(CE)黒田育世
あでやかな衣装の方に目をとられたせいか、余計緊張感とか渋さ
といったものとは離れた演奏だった。むしろアットホームで趣味の合ったもの
が趣味であわせてみようかと、自分たちが楽しむこと優先といったところか。
そう割り切って聞いてみると、これも1つの形かと思えてくる。シューベルトの
2楽章や、ブラームスの、あのベートーベンCEソナタに似ている楽章の軽さが
印象に残った。視覚的効果は演奏会ならではで、レコードでは味わえないものだ。
11月30日(土)
モーツァルト・VIソナタK378
シューマン・子供の情景
ベートーベン・VIソナタ・クロイツェル
(VI)岡田英治(PF)長岡純子
コノコンサートも特筆すべき価値ある演奏。
大POコンマスの岡田英治と74歳という長岡純子の組み合わせは
度々聞けるものではないだろう。
ぶっきらぼうでいて非常にシャープな岡田氏と、包容力なのか
年季を重ねて到達した独自の世界を持つ長岡氏はテクニックもあるのだろうが、
気持ちに余裕があるのか、力むこと無く聞くものを黙らせてしまうような、
説得力がある。岡田氏は融通無碍とでもいう演奏。
中間サービスで長岡氏の弾いた、悲愴の第2楽章の深さとロマン性には感動。
風格ある子供の情景。モーツァルトやベートーベンは従来聞く、かくあるべきと
いった、アピール性の強いものでなく。個性優先のおもしろいものだった。
11月16日(土)
マラン・マレ・5つの古いフランス舞曲
ドビュッシー・チェロ・ソナタ
プーランク・チェロ・ソナタ
フランク・チェロ・ソナタ
(CE)長谷川陽子(PF)野平一郎
フランス音楽を豪華な組み合わせで聞けた。
マラン・マレの古い音楽のどこか懐かしさと、薄暗いムード。
プーランクの優柔不断な飛翔。第2楽章のファンタジーの広がり。
つかみ所のない魅力を感じた。
ドビュッシーのソナタにこんなに緊張感と切迫感が詰まっていたとは、
初めて知った。フランクの重厚書き方と大きな演奏。
この2曲は音を楽しむというより、2人のやりとりの凄みが勝った感じだった。
本年後半の手ごたえのあった演奏会。アンコールにマラン・マレの
心地良いロンドが戻ってきて、メロディラインを再び楽しむことが
出来た。
11月2日(土)
モーツァルト・ロンド二長調K485
シューマン・喋々
コープランド・ロデオより
ガーシュイン・ソングブック
モーツァルト・ロンドイ短調K511
シューベルト・即興曲OP904曲
ガ−シュインやコープランドがピアニストの得意領域か、熱のこもった演奏。
モーツァルトのロンドはやや明るすぎるかと思った。
シューベルトは1曲だけのアンコール・ピースならば楽しめるが、
4曲全部はよほどでないと、冗長に過ぎる結果になりかねない。
春にも聞いており、少し長く感じた。
(PF)仲道祐子
10月26日(土)
ヘンデル・パッサカリア
ハイドン・VIとCEの二重奏曲
カサド・無伴奏CE組曲
U・J・フルーリー・無伴奏VIソナタ
コダーイ・VIとCEのための二重奏曲
バルトーク・ハンガリー民族舞曲
あまり聞けないプログラム。後半バルトークやコダーイの
緻密な音楽。ベートーベンにも負けていない。カサドやハイドンの
ノーブルな演奏。現代曲だが、聞きやすいフルーリーが、コンサートならではの
曲。切れ味の鋭い、新しい感覚も充分ある。
満足管で持った聞いたのは、東欧の血の濃さとでもいった濃密さで、
聞いている側にも何か残った。
パッサカリアはフイギアスケートでロシア組が凄かったあの曲。
(VI)島泰子(CE)銅銀久弥
記憶に残っているのは、中学時代に級友が講堂で弾いた、
ベートーベンの「月光」、クラシックは繰り返しが多いものだとつくづく感じた。
オーケストラでは県の文化祭で岩城宏之氏の第9を聞きに行った時。
いずれも学生時代のことで生演奏の値打ちはそれほどわからなかった。後年
部屋のなかでスピーカーから出てくる音の向上を目指し、可能な限りで
普及型オーディオをずいぶん取り揃え、音の変化を楽しんだ。
今はCDラヂカセを使用し、ヘッドホンで聞くほうが多くなった。
そこそこの音だと思っている。
しかしたまに、ハガキ抽選でコンサート券が当たって演奏会に行ってみると、
伝わってくる情報量の多さに驚く。
オーディオはライブにどれだけ接近出来ているのだろうか。
オーディオという翻訳機をいろいろ駆使しても、わからなかったことが
ライブに1度出向けば明白になるという公式は大雑把だけれど。
とはいえ、当家には、カセット、LP、CD、ヴィデオと多くあり楽しんでいる。
MDとDATは無い。MDは便利そうだし、DATは音が良さそうだ。
FM放送にもよくDAT録音の注が書いてあったくらいだから、音については
いいのだろうけれど、家電店では取り寄せになり、結構高く、
一般向きではないようだ。
それでも今興味があるのはDATですね。
2002年
5月25日(土)
モーツァルト:VIソナタK301、フランク: ソナタ
ドビュッシー: 美しき夕暮れ、ラフマニノフ: ヴォカリーズ、ブロッホ: ニーグン
メシアン:世の終わりのための四重奏より第8楽章、ラベル: ツィガーヌ
半年ぶりのライブへ行く。体力=精神力というバイオリニストのプログラム
フランクは近頃あまり聞かないが、テープのチョンとツォンはたまに取り出す。
当日は、彼らの情熱的なアプローチとはまったく違っていた。
後半のブロッホは、ラベル同様に強い印象、深刻なメシアンも良かったが、
ドビュッシーやラフマニノフ、モーツァルトの方は軽く弾いているようで、
実在感があり、アンコールの、近寄りがたいタイスの瞑想曲はすばらしかった。
以前から言われる精神性の高い音楽は、言葉ではなかなかしっくり表現できない。
当日のような演奏会でこそ実感できるのだろう。
教会内かどこか厳粛な雰囲気のなかでのコンサートで、家のなかでは到底再現は
不可能だろう。けれどFMでこの人のリサイタルがあったらエアチエックをする。
(VI)白石禮子 (PF)東誠三
6月8日(土)
ニールセン:3つのピアノ小品 作品59
シューベルト:4つの即興曲 作品90
リスト:「詩的で宗教的な調べ」より祈願・アヴェアリア・眠りから覚めた子供への賛歌
パレストリーナによるミゼレーレ・愛の頌歌
ニールセンのピアノ曲は聴く機会は極端に少ない。たった3曲だったが、
構成力のある、独特な個性と近代的響きが次のシューベルトと好対照となるかと
思ったが、シューベルトの素朴な響だけ目立った。
リストはめったに聴かない。題名だけで眠くなりそうだったが、ピアニストの得意分野
であるらしく、音の大きさ及び響きも十分だった。
子供への賛歌のみ、ずいぶん親しみやすかったが、他の曲はコンチェルトや
ソナタと違った一面を見た思いだった。
3,4,5の各区切りに拍手が入らないで、それぞれの作曲家の緊張感が持続したことが、
当日の演奏会を純度の高いものにしていた。
(PF)吉井美由紀
7月6日(土)
美空ひばりの曲を、バイオリンで弾いたCDが出ていることは知っていた。
前半と後半に3曲ずつ、ほかはクラシックの小品集(といっても編曲が多い)
というコンサートに行った。特に「私は街の子」のタンゴ調、「お祭りマンボ」の
カントリー調、曲のよさを実感した「愛燦燦」あたりはあまりにはまり過ぎていて
ぐんと引き込まれた。ひばりの曲の中では「あの丘越えて」と「素敵なランデブー」が
好きなのだが当日のプログラムには無かった。またジャズのスタンダードを歌った
テープを愛聴しているがそれも無し。彼女の裏声のブリッジにバイオリンは見事に
フィットしているように思えた。
エルガー、クライスラー、グルックときて、前半のラストのクライスラー作品
「プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ」は、弾きわけの巧みさに曲の良さを実感した。
後半「チゴイネルワイゼン」をラストに持ってきていたが。そこに至る4曲の選曲に当日の
クライマックスを見た思い。大げさだけれど。
マスカーニ「間奏曲」プッチーニ「歌に生き、恋に生き」カッチーニ「アヴェ・マリア」
ピアソラ「受胎告知のミロンガ」
高域の美しさと力強さが目立って、この人の持ち味なんでしょうか。
CDを聴いているような美しさ。
アンコール「津軽海峡冬景色」に、演歌のこぶしも聞えていたような。
(VI)幸田聡子 (PF)西脇千花 神戸学院大学ホールにて