

【私たちの障害・福祉論】
第16話…「福祉の充実は、障害を持つ人が努力した成果だよ!」
会社は、夏休みに入りました。暑さでうんざりの幸子さんが、障害調査隊のメンバー(和夫さんと真理さん)を、町の図書館に誘います。
館内を見渡すと、中学生・高校生が大勢います。みんな、宿題などの勉強に取り組んでいるのでしょう。大学の学生さんも、卒業論文の資料集めにきています。
冷房の効いた研修室の角で(和夫さんたち)3人は、机を囲みました。室温は26℃に保たれています。
幸子「家のエアコン、ちょっとも涼しくないのよ。だから、図書館へ行こうって考えたの。呼び出しちゃって、ごめんなさ〜い」
和夫「大学時代には、ここへもよくきたなぁ」
真理「私は小学校に入学してから、足を運んでいるよ。歩いても、ここと家の距離は15分くらいなんだもん」
幸子「子どものときは、読書嫌いだったのよ。私…」
和夫「俺もさっちゃんと同じで、ガキのころは、ほとんど図書館へ行かなかったな」
真理「いまの子どもたちは、どうなのかな。テレビゲームなんかに夢中で、本を読む機会が少ないんじゃないの」
幸子「それだけではなくて、塾へ行ったり、スポーツに参加したりで結構、忙しいみたいだわ」
和夫「子どもたちの多くは、時間さえあれば、思いっきり遊びたいと考えているんだろうな」
幸子「だとすると(子どもにとって)のびのび遊べる環境ではないってこと?」
真理「あまり、深刻な問題ではないんじゃないの。ホラ、小学生の姿も見えるよ」
和夫「そうですね。俺たちのときより、読書好きな子どもが多いのかもしれないな。真理さんが頭脳明晰(めいせき)なのは、たくさんの本を読んでいるからでしょうね」
真理「和夫さん、お世辞はやめてね」
真理さんから、ミルクキャラメルが配られました。(3人の)お口の中は、甘いミルクが広まっています。
幸子「いままで話し合ってきた障害調査リポートも、残りは、自由記述だけになったのよ」
和夫「それぞれの意見を、年代順に読み上げてみよう。まずは、さっちゃんからはじめてください」
幸子「それでは、中学生の提言を読みます。
『身内に障害を持つ人がいる。街へ出て感じるのが、車椅子の人でも使える電話ボックスがなかったり、やたらと段差をつくってあることだ。一考の余地があると思う。男子』
『私は、障害を持つ人と接する機会が少ない。が、ボランティア活動をしている人たちは、本当に彼らをハンディのない人と、同じ目で見ようとしているだろうか? 女子』
『私たちは障害のある人を仲間として、つき合えるようになってきた。でもそれは、イベントが行われている時間にすぎない。こんな状態では理解が深まらないと思う。女子』
うなずけそうな意見ばかりで、私、驚いちゃった」
調査リポートが、幸子さんから真理さんに渡りました。
真理「高校生の自由記述は、私が担当します。
『最近障害≠ニいう言葉を、よく耳にするようになった。それは、自分たちが知ろう≠ニ思ってはじまったものではなく、障害を持つ人が努力した成果だと感じている。けれど、このままではいけない。私たちはもっと積極的に、障害について学び、心のふれ合いを大切にしていきたい。男子』
『私の街では、障害を持つ方とふれ合う場が多い。だが、戸惑ってしまい一人で声をかけたり、話したりできない。私たちほとんどの人は、交流を深めたいと思ってはいるものの、勇気が出せないでいる。女子』
『自分の周囲を眺めたとき、淋しそうな山の中に福祉施設があることに気づく。これでは、隔離されたみたいで、街の人たちとの交流も深まらないのではないか。女子』
交流を深めたいという気持ちが、どの記述からも感じられたわ」
よしっ≠ニいう声がして、和夫さんはデスクを両手のひらで軽くたたきました。
和夫「俺は、短大・大学生の考えを紹介するよ。
『日本の場合、福祉サービスを必要としている人と、提供する人とが結びついていない。身障者に限らず、社会的弱者がもっと一般的に溶け込めるような、環境をつくれないものだろうか。同じ一人の人間なのだから、特別視はしたくない。男性』
『大学の授業で、障害について学んでいる。少しずつではあるけれど、知識を持つことができたと思う。しかし、普段の生活で情報を得る機会は少な過ぎる。みんなが、障害や福祉に関心を深めてもらえる、世の中にしたい。女性』
『健康な児童と障害を持つ子どもが、同じ机で学ぶことは、お互いの精神面での収穫が多い。この場合、障害児に対し学業の負担が増したり、越えなければならないハードルはたくさんある。できれば、就学前の保育所では、一緒に生活させるようにしたいものだ。私自身も、障害のある方との接触が少ない。友だちになりたいと思っても、足が前に出ない。優しさと思いやりのある子どもを育てるためにも、両者の交流を確保する必要がある。女性』
ここまでが、学生さんたちから寄せられた意見なんだ」
障害調査隊が、自由記述を評します。
幸子「彼らの考えを聞いて、頼もしいなって思った。でも、障害を持つ人と心の距離があり、なかなか飛び込めないといった実情が出ていたわ」
真理「とても残念だわ。こうあるべきという理想は分かっていても、ふれ合いのチャンスがない。これじゃ、評論家みたいになっちゃうね」
和夫「男子中学生は、身内に障害のある人がいるらしい。公共施設などに触れやたらに段差をつくってある≠ニ、指摘している。彼には、当事者との接触があるからこそ、社会の不自由さに目が届くのだろうな」
真理「精神面の収穫が多い統合教育≠ニして、まず、保育所でのふれ合いを提案しているのは女子大学生よ。幼児からの接触が、最も大切よね」
幸子「みんな、学校生活などでゆとりがないだろうけど、各地で行われるふれあい広場≠ニいったイベントには、ぜひ出てもらいたいわ。いろんな人と知り合いになれるって、素敵じゃないの」
和夫「あっ、そうだ。来月の第2日曜日は、町のふれあい広場≠セぜ。公営住宅で一人暮らしの山内さんを、3人で誘おうか」
真理「以前、みんなと訪問したとき、山内さんに一緒に居酒屋へ行こう≠チていったままだから、まずいと思っていたの」
幸子「私も山内さんと話したいわ」
和夫「あさって、ボランティアで山内さん宅へ行くから、都合を聞いてみたいと思います」
休憩タイムを取るあいだもなく、真理さんがリポートの続きを読みはじめます。
真理「さて、自由記述の続きは社会人の意見になります。20歳代からです。
『行政の施策は表面だけである。役場や学校のみに頼らず、地域や各家庭による心の意識革命をおこすべき。男性・公務員』
『私の通った学校には、障害を持った子がいた。幼い日、その子を変な奴≠ニ見ていたが、障害を理解できたとき申し訳ない≠フ気持ちが込み上げてきた。また、背負っている障害の半分でもいいから、自分が負うことができればと考えた。恩師はその人の負ってきた、今後も負わなければならぬ苦労を察して…≠ニ語る。けれど、障害があってもなくても、素敵な人がいれば変な人もいる。どちらでも、人としてつき合うしかない。そういう見方で、多くの人と接したい。女性・福祉施設職員』
『友だちの一人が私の体には障害があるけど、心は健康なんだ。普通の女の子と同じハートを持っているんだよ≠ニ、話してくれた。この言葉に、すごく感動した記憶がある。女性』
生徒・学生さんとは異なり、社会人になると、障害を持つ人とふれ合う機会が増えているのに気づいたわ」
和夫「俺たちと同年代の人は、職業を通じた接触でつながりを持っているケースが多いのだろうな」
20歳代自由記述のメンバー評論≠ノ入ります。
幸子「行政を頼らないで意識革命を…≠ニいう公務員の意見は、現場で得た率直な考えかな?。逆に行政でないとできない部分は、より一層、力を入れてほしいわ」
和夫「俺は普通の女の子と同じハートを持っている≠フ言葉に、心打たれちゃった。身体に障害があっても、精神は曲がちゃいないといっているんだな。理解を求めて生きる、力強さが伝わってくるよ」
真理「理解という面では障害を半分でも自分が負ってあげたい≠ニ思った女性に、共感が持てたわ。はじめ、ハンディに違和感を持っていた彼女。意識の変化が、短い文章の中でつづられていたよ」
和夫さんが、椅子から立ち上がりました。
和夫「(自由記述の)30歳代へ入る前にちょっと休もうか。俺、屋上へ上がってみるよ」
真理「炎天下で暑いわよ。和夫さん」
和夫「すぐに下りてくるよ」
背伸びがしたくなったのでしょう。暑さを忘れているかのように、和夫さんは屋上への階段を駆け上って行きました。
第17話…「がんばれ、われら障害調査隊!」
図書館の屋上へ行っていた和夫さんが、研修室に戻ってきました。軽い足取りで入ってきた彼を見て、幸子さんは不思議そうな顔をしています。
幸子「和夫君、どうだった?」
和夫「屋上は快適だったよ。心地よい風が吹いていて、気持ちよかった」
真理「冷房の部屋にいるより自然クーラー≠ノあたった方がいいわよねー」
幸子「でも陽射しが強いので、日焼けしちゃうわ」
和夫「今年はまだ、海へ行っていないの?。さっちゃん」
幸子「やっぱ、肌は小麦色の方が健康的よね。海水浴に行こうかなー」
真理「行くんだったら、日本海で泳ぎたいわ」
幸子「ねぇ、和夫君。私たちを海に連れてって…」
和夫「あーあっ、話をうまくつなげられちゃったな。それじゃ、休みのあいだに3人で海へ行こうか」
真理「和夫さんって、話が分かる人。大好き!」
幸子「真理、甘く見ちゃいけないわよーっ。彼の本心はねぇ、私たちの水着姿を見たいだけなの」
和夫「なんと思われても、結構でございます!」
幸子さんは、真理さんがいった話が分かる人…大好き!≠フ一言が、おもしろくなかったようです。女心は敏感なんですよね。
幸子「そろそろ、自由記述の続きをはじめましょ。30歳代の提言を読みます。
『私の勤めている知的障害者施設では、利用者が外出する時間は多い。一緒に街を歩いていて感じるのは、まわりの人たちの、こちらに投げかける冷たい視線である。自分の中に、変な気持ちが潜んでいるかもしれないが、それでも
異様な雰囲気が漂う。福祉について県ぐるみで、考えていってもらえないものか。女性・福祉施設職員』
『福祉は必要ない∞社会的弱者にムダな金を使うな℃ゥ分のまわりに、こんな考えを持つ人が多くて残念だ。わが子には、福祉に無関心であってほしくない。同じ人間として助け合っていけるように…≠ニ、話してきている。意見が合う仲間同士の集まりが、もっと多く、広くなることを望みたい。主婦』
社会の暗い部分が指摘されている提言だったわ」
和夫「弱者に対する偏見は、まだ根強く残っているといってもいいな。だけど、一方で理解を示そうとする人は増えてきているよね」
和夫さんの話にうなずきながら、真理さんはピーンと背筋を伸ばしました。
真理「それは間違いないわ。福祉系の大学や専門学校が多くなってきているし、関心を持つ人もたくさんいるわ。…今度は、40歳代から寄せられた意見を読みます。
『最近のテレビ・新聞では、障害を持つ人や老人問題などが目につく。このような話題・課題が、マスコミで取り上げられるのはよいと思う。提供された情報をもとに、難問をみんなで考えられるようにしていきたいものだ。女性・福祉施設職員』
つぎは、障害を持つ人からの提言よ。
『「こちらでは、スーパーに車椅子で入るのは珍しくないのよ。一度、遊びにいらっしゃいよ。生活するには、とても快適だわ」これは、アメリカに住む友人からの話だ。殺人事件があとを絶たない国で、なぜ、福祉は充実しているのか。それは、当事者が積極的に外へ出て、自分たちの存在を社会にアピールしているからだ。私たち障害を持つ者が、生きている証を見せなければ、福祉社会は到来しないだろう。主婦』
車椅子でも気軽にショッピングができる街は、きっと誰にも暮らしやすい環境だと思うわ。日本も欧米諸国の福祉を学んで、よいところは取り入れないといけないね」
幸子「健康な人中心の社会構成では、改善すべき点がよく分からない。そう考えると、障害を持つ人たちが街に出て、何が欠けているのかを、地域社会へ訴えていく必要がありそうね」
説得力を感じさせる幸子さんの発言で、話の内容が引き締まってきました。
和夫「それじゃ、50歳代の意見をひろってみるから聞いてください。
『ここ数ヵ月五十肩≠ノ悩まされ、痛くて眠れない日々が続く。このつらさは、私にしか分からない。極端な表現だが、障害を持つ人にも同じことがいえると思う。福祉は相手の立場で、考えていかなければならないのではないか。男性・会社員』
『私の勤める会社に、ろうあの人が一緒に働いている。彼女には言葉がない。けれど、明るい性格で、いつもジェスチャーを使って会話をしている。社員旅行は、みんなとガム島へ行ってきた。仕事に生きがいを持って働く彼女は、輝いて見える。これからも、障害を意識しないで、ごく普通に接したいと思う。女性・会社員』
職場での、心温まるふれ合いが伝わってきそうだね」
幸子「会話はジェスチャーだけなのかなぁ。このおばさんは、手話ができないってことなの」
真理「手話を覚えるのだって楽じゃないわ。初歩的なサインならともかく、すべてマスターするっていうと大変でしょうね」
和夫「俺も何回か、手話サークルへ通ったけど、覚えるのに苦労したよ。せっかく教えてもらったのに、実践の機会が少ないので、ろうあの人に出会ったって会話≠ェできるかは分からないな」
和夫さんはさっちゃん、読み上げ頼むよ≠フ一言を、手話にして見せました。でも、幸子さんは何も分かりません。彼女は真理さんの翻訳≠ナ、ようやく笑顔を浮かべました。
幸子「しめくくりは、60歳代の提言です。
『福祉団体の活動をより一層、充実させていく必要がある。文化活動を主催したり、バザーを開くなどして、社会に会の存在をアピールする。政治家や実業家の人たちにも、活動の趣旨に理解を求めて、資金面の援助を得たいものだ。さらに、障害者福祉に関して専門的に研究し、先頭に立っていくリーダーをつくることが大切だ。男性・講師』
『戦後50年近くたった現在、以前から見ると、障害を持つ人への理解も深まってきた。公共施設には車椅子生活者などに配慮して、スロープや専用の洋式トイレも設置されてきている。私たちも地区の婦人会を通じて、歩道の段差をなくす運動をし行政へ要請した。のち、少しずつ整備されてきている。小さなことでも、声にしていく必要があると感じた。主婦』
団体活動を強めるのも、福祉に関心を深めてもらう一つの手段です!」
真理「自分たちの幸せ(福祉)は、みんなで考えていこうってわけね」
メンバー3人で回し読みしてきた調査リポートが、デスクの中央に置かれました。
和夫「年齢を追う形で、それぞれの意見を聞いてきた。とても参考になったよ」
幸子「この報告書から、私もいろんな問題を知ったわ」
和夫「数々の課題、さまざまな提言が、B4版15ページに詰められている。これは、937人の回答者からできた福祉論だね」
真理「(中学生からお年寄りまで)幅広い人から、意見を収集できてよかったと思うわ」
幸子「調査は、障害を持つ西原さんが企画し、回答依頼・集計・レポートづくりまで、すべて一人でやったそうよ」
真理「ワープロで文字を打ったり、円・棒の各種グラフをつくるなど、報告書の編集だけでも大変な作業じゃないの」
和夫「記述式の回答だったというから、集計のときは、特に苦労しただろうな」
一息吸い込んだ幸子さんは(社会の)福祉情報不足を指摘します。
幸子「新聞を開くと、大きな団体が実施した世論調査結果が紹介されたりするでしょ。その中身は、政治をはじめ生活に関するものまであるけど、福祉(障害者)問題にスポットをあてたデータは、あまり見たことがないの」
真理「広域な組織で、福祉に関するアンケートをやってほしいのに、結果を発表している団体が少ないのは残念だわ」
和夫「確かに現実は静かな状態だ。その中で、個人(西原さん)が千人近い回答を集めたんだから驚いちゃうな」
幸子「多くの人に報告書を見てもらいたいね。そして、いまの社会で考えなければいけない部分、改善が必要なところを、一人ひとりが探しあてていく…。大切なことだと思うわ」
和夫「今後も、障害・福祉について勉強していこうぜ!」
幸子・真理「うんっ。やるわよぉ〜」
和夫さん・幸子さん・真理さんは、このあとも月1回、障害・福祉に関する問題を論議していきます。生活(福祉)施設など、現場を見に行く予定もあるそうです。
人々の心理にまでおよぶ福祉問題は奥が深く、未知の部分もあります。両手で頭を抱え込むような懸案であっても、新しい発見を求めて、3人の取り組みは続きます。
がんばれ、われら障害調査隊!