われら障害調査隊

も く じ
はじめに・出会い・教育 社会参加 ボランティア 愛を育む 私たちの障害・福祉論

【ボランティア】

第7話…「できないとこだけ、ボランティアを頼むんだ!」

土曜日の午後、和夫さんと会う約束をした幸子さん。彼女は、待ち合わせの喫茶店へ真理さんを誘おうとします。けれど、和夫さんとの関係を恋人同士だと見ている真理さんに、どんな言葉をかけたらよいか、戸惑っています。
幸子「あさっての午後、和夫君と会うの」
真理「ヘェー、よかったじゃないの。デートだなんて、うらやましいなぁ」
幸子「そのつもりだったんだけど、今回は違うの」
真理「どういうことよ」
幸子「和夫君と真理、私の3人で福祉討論会≠やりたいと思うのよ。どう、一緒に行かない?」

細目の真理さんが、瞬間、大きな目になりました。
真理「なにっ、福祉討論会をするの。そんな堅苦しいことやらなくてもいいと思うわ。二人だけの、ホットな時間にしたらどうー」
幸子「ズバリいうと、3人で話したいの!」
真理「そうか。じゃぁ、お言葉に甘えてお供をしましょう」
幸子「場所はね。駅前通りのセブンイレブンから、右へ行ったところの喫茶店」
真理「分かったわ。そこのお店、ホットケーキが評判上々と聞いているわ」
幸子「アイスクリームだって、おいしいのよ」
真理「せっかくだから、将来、幸子の旦那様になる人の顔をよく見てくるか…」
幸子「真理、私をいじめないでよぉ」
真理「ごめんなさーい!」

約束の日になりました。空は雲で覆われています。パラソルを持った幸子さんと真理さんが、喫茶店へ入りました。店内を見回すと、窓際のテーブルに和夫さんがいます。幸子さんが、彼に近寄ります。
幸子「和夫君、きょうは早いじゃないの」
和夫「よぉ、いつも遅れちゃうから早目にきたよ」
幸子「珍しいことがあるときって、天気が崩れるっていうでしょ。雨が降りそうなのは、もしかすると和夫君のせいかしら…」
和夫「………」
幸子「こちらが、井上真理さんです」
和夫「遠藤です。さっちゃんとは、高校時代の同級生なんです」
真理「はじめまして…。井上と申します。幸子さんに誘われたので、思い切ってきてしまいました」
和夫「真理さんの福祉観≠ヘ鋭いものがあるって、さっちゃんから聞いています」
真理「とんでもありません。私なんか、何も知らないんです」

店内では、クラシック音楽が流れています。3・4組のカップルが語らっていて、ヤングに人気の喫茶店です。
女性の店員さんが、ウォーターを持ってきました。和夫さんたち3人はメニューを見ながら、好みの食べ物・飲み物を注文します。
幸子さんが、チョコレートパフェ。ホットケーキとオレンジジュースを頼んだ真理さん。サンドウィッチとコーヒーは和夫さんです。
和夫「実は俺、ほんの少しボランティアをやっているんです。大学の近くにある公営住宅で、脳性まひの後遺症を背負う山内さんが、一人で生活しているんだ。彼は手足が不自由なため、何をするにも時間がかかるし、できないこともあるんだよ。そこで、買い物や食事の用意・洗濯などを、ホームヘルパーやボランティアに手伝ってもらうのさ」
幸子「その人へのボランティアは、無償なの?」
和夫「いや、有償だ。時給500円で一日2時間程度、協力をお願いしているんだよ」
真理「ボランティアに支給する総額は、月約3万円っていうこと?…」
和夫「俺も週に一度、山内さんのところへ行く。彼にとって、収入の柱は障害年金であるから、有償ボランティアに支払うのは尊いお金だよ」

金銭的な面で気遣っている幸子さんは、少し心配顔です。
幸子「無償を申し出る人はいないのかしら…。和夫君、あなたは報償なしにできないの」
和夫「やぁー、さっちゃんに指摘されちゃったな。山内さんには一人前の生き方をしたい≠ニいう気持ちがある。自分でできない部分だけを、ボランティアにしてもらう。これが基本らしい。裕福な家では、女中さんがいたりするだろっ。彼から見ると、俺たちはお手伝いさんのような感じなんだと思う。だから、遠慮なく奉仕料をいただくのさ」
真理「一般の人の多くは、山内さんの行動を見て一人暮らしなんかしなくたって、福祉施設だってあるのにね≠チて、口にするでしょう。そういう人間は、何も分かっていないと思うわ。ぜひ私も、山内さんに会ってみたい!」
幸子「和夫君、真理、私も連れてってー」
和夫「よし、それなら今度、俺が山内さん宅へ案内するよ」

はじめから、話が盛り上がっています。テーブルに身を乗り出すようにして、真理さんが話します。
真理「ところでさぁ、いま、ボランティアを求めている人が、たくさんいるんじゃないかしら」
幸子「逆に、ボランティアをしたいという人も大勢いるみたいよ。障害調査の奉仕活動に関する設問で機会があれば参加したい≠ニ回答した人が、42・6%でトップだったわ」
和夫「でもさぁ機会があれば≠ニいう、前置き言葉が、どうもしっくりしないよ」
真理「チャンスがなければ、それっきりだよ≠ンたいな、まるで漠然とした答えだと思うわ」
幸子「でもね、参加したいといってるんだから、軽視しちゃいけないわ」
和夫・真理「はい、分かりました」

テーブルには、ごちそうが並べられています。ホークとナイフを持った真理さんが、ホットケーキを口に運びました。
真理「このお店の、ホットケーキを食べてみたかったの」

続いて、幸子さんと和夫さんの一言。
幸子「ここの自慢はね、アイスクリームとチョコパフェなのよ」
和夫「コーヒーだって、なかなかいけるんだぜ」

みんな、とてもおいしそうに、食べたり飲んだりしています。しばらくして、真理さんが二人の前で話しはじめます。
真理「和夫さんって、ハンサムですね」
和夫「最近、ちょっと太ってきたんだよ」
真理「あまり髪を伸ばしてなくて、背が高いときちゃえば、私の好みのタイプになっちゃう」
和夫「それ、本当ですか。照れちゃうなぁ」
真理「きょう、和夫さんに会って男らしさも感じちゃった!」

その瞬間、幸子さんが怒鳴りました。
幸子「真理っ、いい加減にしてっ!」



第8話…「ボランティアって…助け合いじゃないの?」

幸子さんが福祉討論会をやるの≠ニいって、真理さんを喫茶店へ誘いました。その名目に似合った、熱の入る論議が続いています。
会場が喫茶店という討論会だなんて、あまり聞きません。どこかでそりゃぁ、前代未聞だ≠ニいう声が出そうです。
ホットケーキを食べ終わった真理さんが、コップのお水を飲みます。
真理「あー、おいしかった。ホットケーキのお持ち帰り≠チていうのはないのかしら」
和夫「さぁーねぇ…?」
幸子「もしも、お持ち帰りがあったらホット≠カゃなくなっちゃうんじゃないの。真理、だいぶ気に入ったみたいだね。仕事の帰りにでも、また、ホットケーキを食べにきたらどう?」
真理「そうね。幸子、そのときは一緒につき合ってよ。でも、早く彼を見つけて、ここでデートした方が楽しいよね」
和夫「真理さんのような女の子だったら、男はみんな、一目惚れしちゃうと思います。がんばってください」
真理「ありがとう。和夫さん…」
幸子「自信がついたでしょ。真理、ファイト・ファイト!」
真理「よーし、和夫さんタイプの彼氏を探そうーっと」

再び、ボランティアに関係したお話です。
幸子「ボランティアへの関心が薄い人も案外、多いんじゃない」
和夫「みんな、自分の生活があるだろっ。よりよい暮らしをするため、精一杯、働いている。だから、社会奉仕に目を向ける人は限られているかもね」
真理「活動をしているのは、わりと初老の方が目立っているわ。つづいて、学生さんかなぁ」
幸子「最近は、職場ぐるみで奉仕活動に取り組む企業も出ているじゃない。ゆとりが持てない働き盛りの人たちにとって、ボランティアを体験できる、よいきっかけとなるでしょうね」
真理「幸子、うちの会社はまだ企業ボランティア≠チていうの、やっていないよね。今度、社長に提案してみようか…」
和夫「そりゃぁ、いいことだよ。真理さんは可愛い顔をしていても、心がどっしりしている。度胸があるんだな」
真理「私って、変わり者なの」
幸子「いつも真理はすごいな≠チて感じているよ」
真理「(二人から)おだてられちゃった…」

喫茶店で話しはじめて、40分がたちました。幸子さん、真理さんと同じころ店に入ったカップルはもう、みんな帰って行きました。店のスタッフからベチャ、ベチャ話しているあの3人組、早く席を立てばいいのに…≠ニいう、ささやきが聞こえそうです。
お店の人に一言おわびをして、話を進めましょう。
(和夫さん・幸子さん・真理さん、そろって)「大変、ご迷惑をおかけしますが、もうしばらく会場≠お貸しくださるよう、お願いします」

幸子さんが、調査リポートを持ちました。
幸子「障害調査の話だけどね。ボランティアについて世論≠連想させるような回答が、いくつかあったのよ。それはね…。ボランティアというと、責任が重く感じられる∞(社会奉仕は)やりたいが、家族の理解を得るのが難しい∞相手との関係や、障害の程度をみてから決める≠チていう内容なの」
和夫「そうか。社会奉仕は、あくまでも自主的なものだよね。小さなことだっていい…。困っている人を助けたり、ゴミを拾うのだってボランティアだと思うよ」
真理「以前、近所で奉仕活動をしていた人が、病気から倒れてしまったの。だから(その人は)いま、手助けを受ける立場なの。ボランティアも、一つの助け合い≠ンたいなものじゃない?」
幸子「中にはボランティアをしているんだ…≠ニ、誇張するお方もいるそうなの。そういう態度は謹んでほしい≠ニ、介助を受けている人がいってたわ」
真理「ボランティアって何か≠ンんなで考える、きっかけをつくっていかなくちゃいけないよね。小・中学校の福祉教育でも、社会奉仕の基本を学んでほしいものだわ」
幸子「もう一つ、強烈な意見があった。弱肉強食の時代は、いまも変わらない≠チていうのよ」
和夫「そうっ。現実の社会は弱肉強食かも知れない。けれど、我々は動物とは違うんだ。生活能力のある私たちは、助け合う世の中にしないといけないよ」

何か決心した様子で、真理さんが和夫さんの顔を見ました。
真理「和夫さん…。きょう話題になった、山内さんのところへ案内してもらえないかしら…。多くのボランティアと接している彼の、話を聞きたいの。お住まいの構造や工夫なども見たいな!」
和夫「じゃぁ、また連絡するよ。さっちゃんも真理さんと一緒に行くだろっ」
幸子「うんっ。もちろんよ」
和夫「だいぶ、時間が過ぎたね。そろそろ(店を)出ようか」
真理「お誘いいただき、ありがとうございました」
和夫「真理さんの鋭い考えが聞けて、大変、勉強になりました」
幸子「真理、これからどうする?」
真理「近くの伯父さん宅へ寄ろうかな…。お二人でアツアツのひとときをどうぞ」
幸子「真理、いつものいやがらせね」
真理「和夫さん、幸子、バイバーイ…」

少したって、和夫さんと幸子さんも喫茶店を出ました。外は、冷たい北風が吹き、繁華街にある大きなクリスマスツリーが、きれいな光を放っています。二人がツリーの前までやってきました。
幸子「クリスマスイブまで、あと10日だわ」
和夫「そうだね。イブ(24日)の予定はあるのかな」
幸子「いまは何も入っていないの」
和夫「もしよかったら、俺の下宿へ来ない?」
幸子「ホントに行ってもいい…」
和夫「さっちゃんと、ケーキのロウソクに火をつけたいんだ」
幸子「楽しいクリスマスになりそう。うれしいっ!」

今年のクリスマスは、二人にとってハッピーな一夜になるでしょう。



第9話…「不自由な体での生活…みんなに知ってほしいな!」

冷え込みが厳しい寒中です。寒い朝だって、いつも通り街は動き出します。
駅の近くで、真理さんが幸子さんを見かけました。
真理「暖かそうなコートを着てるじゃん。どこで買ったの」
幸子「この前、オープンしたばかりのジャスコ≠諱B真理のコートだって、高級なものじゃないの」
真理「これはねぇー。うちの明子姉ちゃんが着てたのをもらったの。新しいコートがほしいんだけど、いまのお給料じゃぁ買えないよ〜ぉ」
幸子「あらっ、そうなの。真理は貯金派≠ナ、お金はガッポリ蓄えてると思ってたわ」
真理「何いってんの。幸子は、私をまじめなお嬢様≠セと見てたの。人を見抜く力が弱いのねぇー」
幸子「お嬢様って見られるなんて、素敵だと思うけどなぁ」
真理「それもそうね。ごめんなさい」

歩道の電柱にバレンタインセール≠ニ書いた、チラシが張りつけられています。
幸子「ねぇーねぇー。もうすぐ(2月)14日がくるけど、義理チョコの準備は済んだ?」
真理「うんっ。社長と(車椅子の)片山さん、あとは3・4人くらいかしら」
幸子「私も、片山さんにあげようと思っているの。まぁ義理だから、社長にもやらなきゃね」
真理「幸子、本命にはネクタイでしょ」
幸子「それは一般的な話じゃないの。愛する人に贈りたいものなら、何だっていいのよ」
真理「分かった!。大学生の彼は、まだネクタイを使わないから…ってわけね」
幸子「和夫君の就職先は決まっていま〜す」
真理「あっ、そうだったわ」
幸子「それより早く会社へ行って、タイムカードを入れなきゃ…。遅れちゃうわ」
真理「はい、はい、分かりました。幸子さま!」

その日のお昼休み。幸子さんと真理さんは、事務室のデスクでお弁当を広げます。
幸子「ゆうべ、和夫君から連絡があったの。あさっての午後2時ころ、山内さん宅を訪問するっていうの。案内するから、真理さんの都合を聞いておいてくれって…。どう、時間は空いてる?」
真理「OKよ。お世話になりますって、和夫さんにいってください」
幸子「はい!」

土曜日の午後は、雲一つないよい天気になりました。
山内さんの住みかは、キャンパスの近くにあります。広い住宅団地の中に、公営の身障者用住宅が建っています。
2年前まで福祉施設にいた彼は、一人暮らしをするきっかけを、つぎのように語っています。「福祉施設の生活は変化が少ない。もっと、自由なライフスタイルを楽しみたいと思った…」

全身に障害を持つ彼は、電動車椅子が頼りです。住宅内の段差をなくし、車椅子で移動ができるようになっています。また台所も、調理台の高さを低くし、車椅子のままで食事の支度ができます。浴室・洋式トイレには手すりがあったり、暮らしやすい住まい環境です。
和夫さん・幸子さん・真理さんが、彼のところへ着いたのは2時半過ぎです。3人が玄関前に立ちました。
和夫「ごめんください。遠藤です」

中で、物音が聞こえてきます。すると、車椅子に乗った彼が出てきました。
和夫「きょうは、知り合いを連れてきました」
幸子・真理「こんにちは」
幸子「はじめまして、川上幸子です」
真理「井上真理です」

言葉が不自由な彼は、少し分かりづらい声であいさつをします。
山内さん「よく訪ねてきてくれましたね。さあ、上がってください」

3人は居間へ案内されました。まわりを見ると、きちんと整頓されています。
和夫「さっちゃんとは、高校時代のクラスメート。彼女のお友だちで、同じ会社にお勤めの真理さんです」
山内さん「遠藤君のガールフレンドは、可愛いコじゃないか…」
幸子「ちょっと早いのですが、バレンタインのチョコレートを持ってきました。よかったら、召し上がってください」
山内さん「ありがとう。若い女性から、チョコをもらうなんてはじめてです」

山内さんへの質問は、真理さんが切り出します。
真理「あのー、一人暮らしは、大変じゃないですか?」
山内さん「そうですね。頼りにしたい家族≠ェいないからねー」
幸子「生活の中で一番、苦労しているのはどんなことですか?」
山内さん「そりゃぁ、食事の準備ですよ。食料品の買い出しは、3日おきにボランティアがやってくれます。けれど、人の手が回らなかった日は、自分で調理しなくちゃならないんです…」
真理「食事をつくってくれませんか≠チて感じで、協力者を募ってみてはどうでしょう」
和夫「それは、山内さんも試みたんだが、あまり芳しくなかった。食事前の時間帯にきてくれる人は少ないんだな。なぜなら、誰もが忙しいときっていうわけだ」
幸子「食べ物の好みや味付けもあるでしょ。食事の支度って手間がかかるよね。依頼を受けても、遠慮がちになるんではないかしら」

真理さんが(左の)平手と(右手の)握りこぶしをたたきました。
真理「ヘルパーさんは、手伝ってくれますか?」
山内さん「週に2回、お昼ご飯をつくってくれます。だけど、勤務以外の時間にきてくれるヘルパーさんはいません」
和夫「ヘルパーさんも仕事から離れれば、一般住民っていうわけか」
幸子「そこまで、いい切ってはいけないわ。ヘルパーさんの、ハードな仕事を理解してあげなくちゃ…」
真理「ヘルパーさんも人間でしょ。サービスだって、必ずしも決められた枠だけじゃないと思うわ」
山内さん「福祉行政も実態把握につとめて、ヘルパー制度をより充実させてほしいね」
和夫「そうですね。障害者プラン≠チていう施策は、どうなっているのかな」
山内さん「さて、分かんないなぁ」

尋ねごとが、やがて熱のこもる討論へと変わってきました。
真理「障害調査の結果では、ボランティアをやりたいっていう人が、半数近くになったのに…。不自由な体で一人暮らしをする人の存在を、多くのみなさんに知ってもらえるといいな」
幸子「ちょっと一服しませんか。私、お茶を入れましょう」

幸子さんが、台所へ向いました。



第10話…「夜は一人だけ…つらかったなぁ!」

和夫さんたち3人は、公営の身障者用住宅で暮らす山内さんを訪ね、日常生活の苦労話を聞き、新たな課題を学びました。それらの問題を基に、個々の福祉論を語り合っています。
台所へお茶の用意に行った幸子さんが、真理さんを呼びます。
幸子「ちょっと、真理。こっちへきて手伝ってよぉ」
真理「はい、幸子さま。何でも遠慮なくお申しつけください」
幸子「そこの食器棚から、きゅうすと湯呑み茶わんを取って…」
真理「あのー、山内さんの湯呑みはどれなんですか?」
山内さん「俺のはねぇー。コーヒーカップよりも一回り大きい、取っ手のあるのなんだけど、分かるかなぁ」
真理「あっ、これだ。普通の湯呑みの2杯分くらいある大きさね」
山内さん「そう、それで飲むんだよ。真理さん、悪いけれど、カップの横にあるストローも持ってきてくれない」
真理「分かりました」
幸子「山内さん、お菓子はどうしますか?」
山内さん「戸棚の中にかっぱえびせん≠ニしょうゆ焼きせんべい≠ェありますから、お願いします」

真理さんは、お菓子を袋から取り出し、菓子鉢に移しています。
真理「ねぇー、幸子…。かっぱえびせん≠フ発売元はカルビー≠セったね」
幸子「さて、どうだったっけ?。袋の裏を見れば、会社名が書いてあるでしょ。子供のころは、よくかっぱえびせん$Hべたわ。懐かしいお菓子って感じ…」
真理「あっ、このしょうゆ焼きせんべい≠ヘ亀田製菓≠セわ」
幸子「真理、お菓子の準備ができたら、早くみんなのところへ運んでよ」
真理「ホントに口うるさい、おばさまだこと…」
幸子「真理おばあちゃんは、気が強いから困ちゃうわ!」

テレビの人気番組で話が弾む、山内さんと和夫さんの前に、まるいお盆を持った幸子さんがやってきました。
幸子「お待たせして、ごめんなさい。お茶が入りました」
和夫「山内さん、お茶はちょっと熱いですよ」
山内さん「そうですか。じゃぁ、もう少し冷ましてからにしよう」

山内さんの前に置かれた湯呑みには、ストローが立っています。
真理「お茶は、ストローで飲むんですか?」
山内さん「はい。コップや湯呑みだけでは、うまく飲めないんだ。何かをしよう(飲もう)とすると、首が動いてしまう。自分の思う通りにできないということかな。これを専門用語では不随意(ふずいい)運動≠ニいって、脳性まひ特有の後遺症なんです」
幸子「大変ですねぇー」
和夫「お茶だけでなくて、コーヒーやみそ汁も、ストローで飲むんですよね」
真理「じゃぁ、お酒やビールもストローで…?」
山内さん「もちろん、そうです」
和夫「ビールをストローで飲むと、どんな味がするかなぁ」
真理「よしっ、私、今度体験してみようっと」
幸子「飲み過ぎて、酔っ払ないでよ。真理」
山内さん「ストローで一気飲み≠ヘ難しいな。気をつけていれば、酔い潰れることなんかないよ」

真理さんが自慢顔で話します。
真理「これでも私、お酒には強いのよ。山内さん、一緒に居酒屋へ行きませんか?」
山内さん「女の子と、お酒が飲めるなんて大歓迎です。ぜひ、誘ってください」
和夫「山内さん、あなたの方から誘ってやらなくちゃダメですよ」
幸子「そうよ。男の人から呼ばれるのって、ドキドキしちゃうけど、一方では好意を感じるケースだってあるわ」
山内さん「よしっ、真理さん。こんな男でよかったら、酒飲みでつき合ってください」
真理「分かりました」
幸子「わぁー、真理。がんばってね!」
和夫「山内さんの(居酒屋までの)移動だったら、俺も手伝うね」

山内さんを囲みながら、楽しそうなおしゃべりが続いています。テーブルにあったお菓子は、もうなくなってしまいました。
少し静かになったところで、幸子さんが山内さんに質問します。
幸子「一人暮らしを続けていて、心配していることはありますか?」
山内さん「風邪などで、寝込んだときなんですよ。2ヵ月前に39℃の熱が出て、ダウンしてしまった。ヘルパーやボランティアの人もきて、看病してくれたんだ。本当に、ありがたかった。でも、夜は自分一人だけ。つらかったなぁ。水枕は生暖かくなってしまう…効力なしだもんね。一人暮らしに挑む、試練というものかなって思ったよ」
真理「それは、大変でしたね」
和夫「山内さんに限らず、一人で生活する場合、病気になれば救急事態だよ。新聞で読んだのですが、ヘルパー制度が改正され、24時間の支援体制になるそうです。ただ、一部の市町村でのみ実施されると、書いてありました…」
幸子「もし、気分が悪くなったら、私たちを呼んでください。仕事の都合もあるけど、できるだけ協力しますから…。ねっ、真理!」
真理「任せてください。小学生のころ、私は看護婦さんになろうという、夢を持っていました」
山内さん「みなさん、ご親切にありがとう。健康には十分気をつけて、寝込まないようにしたいです」

エアーポットのお湯がなくなったので、真理さんが台所へ行きます。
和夫「あのー、山内さん。ご自身の結婚について、どのように考えていますか」
山内さん「俺を理解しようとしてくれる女性が現れれば、結婚への夢が膨らむだろうな。けど、障害年金だけの貧弱な生活を送るダメ男≠ニ、一緒に暮らすという人はいるかな。分からないよ」
幸子「一ヶ月ほど前、NHK教育テレビの番組で、脳性まひの男性が紹介されていたの。彼には健康な奥さんと、一歳の息子さんがいるのよ。山内さんと、体の状態がよく似ていたわ。二人の出会いは、ボランティアサークルだったみたい」
真理「その番組、私も見たの。ご主人と奥さんの心が通じ合っていて、とっても感動しちゃった。息子さんのあどけない笑顔が、かわいかったわ」
幸子「毎日の生活は大変だろうけど、二人の目は輝いてるような感じだった。本当の幸せって、金銭的なものだけじゃないのよね。山内さんも希望を持って、がんばってください」

笑顔を浮かべながら、山内さんは軽く頭を下げます。
山内さん「俺も、パートナーになってくれる人を探すぞ。幸子さん、真理さん、励ましてくれてありがとう!」
和夫「障害調査の結果を見ると、障害を持つ人の結婚は、まだ越えなくてはならない、いくつものハードルがあるようだ。さっちゃん・真理さん、結婚の問題についても考えてみよう」
幸子・真理「そうね」

時計の針は、午後5時過ぎを指しています。
和夫「夕食の支度はどうしますか」
山内さん「朝、炊いた残りご飯で、チキンライスをつくろうと思っています。自分で調理するので、心配しないでください」
幸子「私、チキンライスをつくるのが得意なの。よかったら、川上風の味をご賞味いただけませんか?」
真理「幸子、私も手伝うわ」
山内さん「ホントですか。それじゃぁ、お言葉に甘えます」

夕食ができあがると3人は、山内さん宅をあとにしました。


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