

【社会参加】
第4話…「うちの会社、活気づいているの!」
月曜日の朝、いつものように幸子さんは電車通勤≠ナす。隣にいる同僚の井上真理さんが、幸子さんに声をかけました。
真理「幸子、おはよう。元気がいいみたいじゃん。何かよいことあったの?」
幸子「おはよう。そう見える?」
真理「あっ、もしかすると、彼とうまくいっているんだ」
幸子「何いってんの。恋人なんかいないもん」
真理「それはどうかなぁ。私、きのうの夕方、幸子が男の人と一緒に駅へ向かうのを、ちゃんと見ているのよ」
幸子「それが、どうしたっていうの」
真理「お相手は高校のクラスメートで、遠・藤・和・夫・さんなんでしょう!」
幸子「真理、冗談もいい加減にしてよぉ」
幸子さんは、少し恐い顔をして真理さんを見ました。そのあと二人は、無言のまま出社しました。
彼女たちが勤めるところは、自動車関係の部品を製造する会社です。車内に取りつける、ハンドルやチェンジレバーなどをつくっています。
この会社では、200人を超える従業員に混じって、車椅子男性の片山さんも働いています。彼は交通事故で腰を痛め、両足の機能を失ってしまいました。仕事は流れ作業≠ナすが、片山さんのがんばりは、社員みんなの励みとなっています。
幸子さんと真理さんは、事務を担当しています。電話の応対や経理を受け持ったりで、忙しいのです。
12時が過ぎました。事務室の電話番は、同じ仕事の女性が引き受けてくれました。中庭のベンチでお昼です。ちょっとだけど、お弁当のよい香りがしています。真理さんが、幸子さんに話しかけます。
真理「さっきは、ごめんなさい」
幸子「別に何とも思っていないよ。それより真理のお弁当、おいしそうな卵焼きだね。ちょっとお味を拝借=v
真理「どう、いけるでしょう」
幸子「うんっ。真理は、ホントに卵焼きの名人≠チていえる。ほかのおかずは、まったく食べられないけどね!」
真理「私は卵焼きの名人≠ナ結構よ」
お弁当箱を片づけながら、幸子さんが話し出します。
幸子「片山さん、きょうもはりきってるみたい。私たちも、怠けてはいられないわ」
真理「そうね。片山さんが入社してからは、職場に活気が出ている。うちの社長は、目のつけどころが違うわ」
幸子「貸してあげた障害調査のリポート、読んでみた?」
真理「うんっ。障害を持つ人が働ける職場って、まだ少ないのよね」
幸子「手足が思うように動かせない人ほど、仕事に就けない場合が多いのよ」
事務室へ調査リポートを取りに行ってきた真理さんが、就労に関する情報を読みます。
真理「(リポートだと)働きたいという意欲を持っているのに、その機会がない人たちに対し、どんな対応をすべきか、聞いたのね。結果は授産施設や共同作業所を増やす≠ェ9・1%企業や周囲の理解を深める≠W・6%職場の環境を整備していく≠W・3%国や地方自治体の支援が必要≠T・8%となったわ。また、少数意見に本人の積極的なアピールが欠かせない≠ニいうのがありました」
幸子「それにしても、回答率が低いわね」
真理「だって5割弱が、分からない・無回答なんだもん」
幸子「じゃぁその他(少数意見)≠ナは、どんな記述が集まってたの」
真理「内職をしてみたらどうだろうか∞障害を持つ人の存在が、身近に感じられる社会にしていく∞ボランティアが協力できる、作業所的な施設をつくる=Bその他≠フ比率は、16・3%よ」
幸子「みんな、知恵を絞って答えてくれたのね」
真理「けど資本主義に徹しないこと≠チていう、回答も含まれていたよ」
幸子「ふぅーん。無理解な意見だと思うけど、冷静に見れば世の中の実態、そのものじゃないかしら」
少し間をおいて、真理さんの声が聞こえてきました。
真理「ここの社長みたいに、障害への理解がある資本家は、まだ少ないのね」
幸子「真理って、障害や福祉について結構、関心があるんだ」
真理「片山さんががんばっているのに、知らん顔なんかしていられないでしょ」
午後の仕事がはじまる、チャイムが鳴りました。そのとき、二人から5メートルほど離れていた一人が、口を開きます。中年の男性社員です。
男性「悪いと思ったけど、君たちの熱弁を聞かせてもらった…。突っ込んだ話だったので、とてもさわやかな気持ちになったよ」
幸子「そうですか。恥ずかしくなっちゃうわ」
真理「あのー、女の子同士の話を盗聴できるとしたら、どんな内容が知りたいんですか?」
男性「ズバリ、いわれちゃったな。それじゃぁ、君たちの彼氏について聞きたいな」
幸子・真理「私たちには、つき合っている男性はいません。残念でした!」
彼女たちの答えに男性は、気まずそうな顔をしていました。
第5話…「勇気づけられるような感じがするの!」
夕方になり、一日の仕事が終わろうとしています。24時間体制をとる幸子さん・真理さんの会社でも、(彼女たちに)ときどき残業があります。けれど、きょうはスケジュール通りなので、二人のハートはルンルン気分≠フようです。
更衣室で私服に着替えている幸子さんに、真理さんが話しかけます。
真理「ねぇー幸子。あのお店でパフェー≠食べて行こうよ」
幸子「ダメっ。私は、6時20分の電車に乗るわ」
真理「ということは、何かがある…」
幸子「いつも通りの時間に帰るんだから、特別、問題にする話じゃないでしょ」
真理「分かった。それじゃぁ、私も同じ電車に乗るか。道草しないで、家路を急ぐ真面目なOLってのもいいね」
幸子「真理、もしかしたら人恋しいんじゃないの」
真理「うんっ。あぁ、彼氏がほしい…」
幸子「いまに現れるわよ。真理の理想の男性が…」
真理「幸子の言葉を信じて、今夜はいい夢を見たいなっ」
二人が会社を出ようとすると、片山さんの姿が見えました。マイカー通勤の彼は、駐車場へ向かって車椅子を動かしていました。幸子さんが声をかけます。
幸子「片山さん、お疲れさまでした」
片山さん「やぁ、ご苦労さま。事務の仕事も大変だろうね」
真理「はいっ。なんたって、川上さんという頼もしいお姉さま≠ェいるので大丈夫です」
幸子「クルマの乗り降りは、苦になりませんか」
片山さん「車椅子を(クルマに)載せるとき、手間がかかるよ。何しろ、運転席から後ろ向きになって、後部座席へ入れ込むんだからね」
真理「車椅子って、重たいでしょう」
片山さん「5キロはあるよ」
幸子「えーっ、腕の力がないとダメだわ」
真理「車椅子を畳み、クルマに載せるのは、並大抵のことじゃないですね」
片山さん「車椅子を(クルマに)載せられなかったら、足をなくしたのも同然だよ。こいつは、体の一部なんだ!」
運転席に乗り込んだ片山さん。幸子さんが、ちょっと車内をのぞきます。
幸子「クルマの運転は、足を使わなくてもできるんですか?」
片山さん「(運転席の)左側に、オートバイのハンドルに似た装置がついているだろっ。これで、アクセルとブレーキを操作するのさ。ハンドルは右手で回すんだよ。それから、オートマチック車なので、チェンジの必要はないし…」
真理「じゃぁ、片手運転なんですか?」
片山さん「実際はそうなんだけど、楽にハンドルが切れるよ。ホラっ、野球のボール大の玉があるだろっ。これを握って(ハンドルを)回すんだ」
幸子「ちょっと見ただけでは、難しいような感じがするわ」
片山さん「改造車を運転してみないと、様子が分からないかもね…」
片山さんの自動車が、動きはじめます。
幸子「また明日、お会いしましょう」
真理「気をつけて、帰ってください」
片山さん「ありがとう。じゃぁ、バイバーイ」
二人は、片山さんを見送ると、駅へ向かって歩き出しました。
真理「なんでもできる片山さんの姿は、カッコイイわ」
幸子「私は(片山さんを見ると)自分が勇気づけられるような感じがするの」
真理「ねぇー幸子は障害者雇用促進法≠チていうの、知ってる?」
幸子「障害を持つ人の雇用にあたって、国が会社を支援する法律でしょ」
真理「うんっ。西原さんの障害調査で、この法律を知っているか聞いたらはい≠フ答えが、5割余りだったの」
幸子「YESと書いた人には促進法を知っている≠ニいうより聞いたことがある≠フとらえ方で、答えたケースもある感じだわ」
真理「確かに、法律の中身まで説明できる人は少ないでしょうね。うちの社長の知識は、どうなんだろうねぇー」
幸子「真理は度胸があるから、直接、社長に聞いてみたら…!」
真理「幸子にいわれちゃったっていう感じ…。自信はないけど、チャレンジしてみようかな」
二人は電車に乗りました。仕事帰りのサラリーマンやOL・高校生もいて、車内は少し混んでいます。
真理「幸子は痴漢に遭ったことある?」
幸子「私、胸やお尻を触られてはいません」
真理「だとすると、魅力のあるボディじゃないってことか…。男性の目は鋭いわ」
幸子「いったわねぇー。そういう真理はどうなのよ。彼氏もいないくせに…」
真理「私なんか頼んでも、ヘアヌード写真集には出られない女よ」
幸子「よく心得ているじゃん」
真理「もう、幸子とは絶交よ」
幸子「私だって、真理なんか大嫌い!」
二人の仲は、最悪の事態になってしまいました。
第6話…「できる仕事を支援してやりたい!」
幸子さんと真理さんは昨夕、帰りの電車で大ゲンカをしてしまいました。つぎの日、出社した二人はともに、黙り込んだままです。仲のよい同士が突然、話さなくなったので、みんなびっくりしています。
片山さんがどうしたの≠ニ、幸子さんに問いかけても何でもないよ≠ニ答えるだけです。みんなはそのうちいつもの調子に戻るだろう≠ニ思い、彼女たちの様子を見守ることにしました。
お昼休みになって、社長さんが自室へ入って行きました。デスクの椅子に座り、タバコを吸いはじめています。そこへ、真理さんが近寄ります。
真理「失礼します。あのー、ちょっとお話させてもらっていいですか?」
社長さん「何かね…」
真理「製造部の片山さん、がんばっていますね。精一杯働いているのを見ると、私も励みになります」
社長さん「うんっ。彼は真面目にやっていてくれるよ。何ごとも、人に頼らない姿勢が素晴らしい…」
真理「私たちから見ると、手を貸してあげなくちゃいけないと思うことも、すべて自分でやってしまうので驚いています」
社長さんは椅子から立ち上がると、応接セットのソファに腰を下ろします。
社長さん「職業安定所の紹介で彼を知ったが、強い意志と意欲が伝わってきた。この人なら、職場に活力を与えてくれると考えた。私の期待通りに働いてくれるので、うれしいよ」
真理「片山さんに負けないよう、私たちも努力したいです!」
社長さん「もう一つ、大切な話があるぞ。私は、彼のできない仕事には、口を出したくないと考えている。できる人にやらせればいいんだ。障害を理由に言い訳をするとしたら、平等に反するんじゃないか…」
真理「社長さんの、お言葉に敬服します」
社長さん「君も会社の発展のため、がんばってくれたまえ」
真理「はい、分かりました」
社長さんに思い切って話しかけてみてよかった≠ニ、真理さんは感じました。広い知識と説得力のある言葉の一つひとつが、彼女の脳裏に焼きつきました。
ゆうべのできごとを忘れたかのように、真理さんは幸子さんに声をかけました。
真理「ねぇー幸子。社長って、すごく福祉に理解のある人だよ。私、びっくりしちゃった」
二人は一瞬、顔を見合わせました。少しあいだをおいて、幸子さんの口が開きます。
幸子「だって社長は、片山さんを社員として採用したんだからね。障害についても、理解のある方だと思うわ」
真理「もちろん、そうだよね。片山さんに対しできる仕事を支援してやりたい≠ニいう(社長の)気持ちには、頭が下がるわ」
幸子「でもねぇ、社長のような考えの人は、どのくらいいるかなぁ」
真理「日本には、まだ指折り≠ョらいのもんじゃないの」
幸子「真理、それはちょっと厳しい発言だよ〜」
真理「大げさにいったのよ」
カップを手にした幸子さんは、コーヒーを飲みます。
幸子「きのうの話になるけど、雇用促進法があっても、就労できる人は限られているのよね」
真理「障害調査で、促進法について問いかけたところ、いろんな意見が寄せられたわ。その中身は体裁を整えるだけの、有名無実な法律である∞法に対する、企業の理解と協力が得られない∞この法律は、雇用主に(雇用の推進につながらない)逃げ道を与えている∞民間の雇用促進をすすめる前に、障害者公務員をいまの倍に増員できないか∞知的障害者には不十分な法律だ≠ニいった指摘があったよ」
幸子「難問ばかりじゃない…」
真理さんは、ウサギの絵柄がついた湯飲みを口元に持っていきました。
真理「一方では、中学生から法律がしっかり定着して、障害を持つ人の職場が増えてほしい≠ネど、すがすがしい意見もあったわ。それにね法律を学ぶ勉強会の機会を、会社ぐるみで持ち理解を深めていく∞企業は法律があるから、障害のある人の雇用を考えることができる≠ニいう、前向きでかつ評価する回答が目についたよ」
幸子「みんな勉強しているんだね。私なんか、促進法のことを聞かれたってよく分からないもん」
真理「一度、西原さんの障害調査報告書を職安(職業安定所)の担当者に見てもらおうよ。そのとき、幸子も一緒に行ってくれる?」
幸子「うんっ、いいわ」
真理なんか大嫌い∞幸子とは絶交よ≠ニ、いい合った二人でしたが、一夜明ければ、もう仲直りができました。まるで、台風が通過したかのように、彼女たちの心も晴ばれとしていました。
黄昏どき、幸子さんのケイタイが鳴りました。
幸子「はい、川上です」
和夫「もしもし、遠藤だけど…」
幸子「もうぉ、ちょっとも連絡してくれないんだから…。私のほかに彼女ができたんじゃないかと思ってたわ」
和夫「実は俺も、さっちゃんに恋人ができちゃっては困ると考えてた。そんな様子もなくて安心したよ…」
幸子「本当はね。背が高くてスマートな彼氏が現れたのよ」
和夫「何いってんだ。そういうのをひがむ≠チていうのさ」
幸子「お互いさまよ!」
和夫「あのさ。今度の土曜日午後3時、駅前通りの喫茶店で待ってるよ」
幸子「分かったわ。それでね。会社の同僚で、井上真理さんっていう人がいるの。その子を、一緒に誘ってもいいかしら…」
和夫「いいよ。じゃぁ電話切るよ」
幸子「おやすみなさい」
和夫「おやすみ!」
久しぶりに、和夫さんの声を聞いた幸子さんはウキウキ気分≠ナした。
