2004年
石持ファンになる!
夕食のひととき、父子一言会話。
「(箸を動かしながら)どうして『石持(いしもち・石首魚)』って言うのかなぁ」。
「そりゃあ、石を持ちながら泳ぐ魚だからさ」。
名前のごとし、父のお決まり説明である。
けれど、物ごとを軽々とらえてはいけなかった。
魚の頭部にある耳石(じせき)が、石に似ているところから、名前がつけられたとか…。
かまぼこの原料になっている、魚でもあるらしい。
午前、買い物に同行した筆者に、母が言った。
「石持、買っていこうね」。
あまり乗り気じゃなかったけど、食べてびっくり。
あっさりとした味だ。
「うまい」の連発で、石持ファンになりそう!。
(2004年3月31日・水)
自身への教訓!
しとやかな女性と会う。
彼女は、ボランティアセンターのコーディネーター(責任者)だ。
「だいぶ前、あなたの講演を聴きました」。
アンケート活動のことを出したら、集計結果などを掲載した、お粗末なホームページの話題に…。
お互い、おしゃべりをするのは初めて。
照れながらも 、彼女の記憶力に驚く。
住みかとは、対岸になる10万人都市で、住民のボランティア活動を支援する彼女。
筆者との話し中だって、来訪者の様子を見る、心の余裕を感じとった。
「コンタクトがなくても(自分の)行動を見ている人がいる…」。
彼女から学んだ、自身への教訓である。
(2004年3月30日・火)
喪服のお医者さん!
商店街の中程に、村でも評判のよい内科医院がある。
お昼どき、愛車を運転中、喪服姿の男性が道路を横断していた。
「丸顔にメガネ…、あっ先生!」。
医院の駐車場に止めてある、自家用車に乗り込むところを目撃。
思わず、クルマの警笛を鳴らしてしまう。
手をあげて合図をした先生は、こちらのことを分かってくれた。
葬儀があって、出かけようとしていたのだろう。
祖母の主治医だったし、家族や筆者も医院に駆け込み、お世話になる。
医療関係者は仕事中、お決まりの白衣(びゃくえ)姿。
正反対となる、黒のスタイルって、医師には似合わない。
けれど、義理があったりで、田舎のお医者さんも大変だ。
(2004年3月29日・月)
すごい観察力!
(27日付で紹介した)高校文集の続きに触れよう。
生徒は、作文で「常に意欲と、向上心を持ち続けたい…」と結んだ。
別のチャンネルで放送された「オレたちひょうきん族」は、ビートたけし・明石家さんまの手で、人気が出はじめる。
毎回、変化のある出し物が、視聴者の目を惹(ひ)いていく…。
「ドリフの寸劇は、ワンパターンだった」。
1985年9月、終止符を打った「8時だヨ!全員集合」についての、短評とも受けとれる。
失敗の一因をつかんだ点は、すごい観察力だ。
さらに、生き方の参考にもしている。
ザ・ドリフターズには、皮肉な話になったけど、人気番組を分析した、高校生に拍手を送りたい。
(彼はいま、34、5歳だから、父親になっているかなぁ)
(2004年3月28日・日)
心を癒した人!
20年前、和文タイピストを目指し、印刷会社の下請けをしていた。
ある高校の文集作成で、お手伝いをしたときのこと。
「土曜の夜、家族みんなが、テレビの前に集まった。テーブルには、おせんべいとお茶が…」。
人気番組「8時だヨ!全員集合」の番組終了を惜しむ作文だ。
もう、18年という歳月が経つ文章だけど、ほのぼのとした家庭の雰囲気が、記憶によみがえる。
ザ・ドリフターズのリーダーで、俳優のいかりや長介さんが、帰らぬ人になってしまう。
今夜は「全員集合」の思い出名場面集が、土曜に合わせ、追悼放映された。
まだ、ストレスという言葉を聞かない時代に、おなかを抱えた笑いが(視聴者の)良薬となったかも…。
いかりやさんのコントは、自らの利益を優先したのではない。
テレビを通じ、みんなの、心を癒した偉人だと思う。
(2004年3月27日・土)
耳が縁の笑顔!
(病院の)耳鼻いんこう科を受診後、気にかけていたことがあった。
「食べ過ぎ」「飲み過ぎ」ばかりでなく「耳垢(あか)のたまり過ぎ」も、身体(耳)によくない。
そうっ、耳そうじ対策だ。
高速道路インターチェンジ近くの、大型家電店まで足を伸ばす。
映像やパソコンなど、娯楽関係機器が目立ち、目的の商品が、なかなか見つからない。
「耳そうじができるのってありますか?」と、目が合った女性スタッフに聞いた。
彼女は、2つの吸引式クリーナーを、筆者に見せる。
片方の製品は、一回り小さい。
「大きい(形の)方が、割安なんだね」。
販売価格を尋ねてから、思わず口に出てしまう。
すると、ニッコリ笑みを浮かべた彼女…。
「耳が縁の笑顔」とでも言えよう。
(2004年3月26日・金)
わがままセリフ!
先を見通した決まりづくり≠ヘ、とても難しい。
若者の未加入と言えば、国民年金が思いつく。
お役人の思案だった、テレビCM・ポスターだって、出演女優の未加入に泣かされた。
もう一つ、決まりづくりの甘さが発覚する。
(制度が)任意加入だったころ、未加入学生の障害基礎年金が不支給決定に…。
ここでも、ルール設定の未熟さが現れた。
仕事がしたい…、意欲にあふれていた、20歳代当時の筆者は、わがままセリフを振りまく。
「ハンディがあっても、一社会人。年金なんかいらないよ」。
若かった証(あかし)なのだろう。
いまは、恩恵(年金)を受ける、ありがたさを、しみじみと感じている。
(2004年3月25日・木)
変わらぬ家族!
祖父が他界してから、祖母・両親という家族メンバーは、27年間に及んだ。
孫・子どもの立場で過ごしてきた、ひとりっ子の筆者。
新たな家族が加わることなく、43年が過ぎようとしている。
たとえば、20歳代後半で結婚、子どもにも恵まれた…。
だとしたら、正真正銘の中年おじさん。
それだけ、子どもの成長は目まぐるしくて、家族構成も変わりやすい。
母が口にした。
「いまのところは、お母さんだもん。若いんだ!」。
この一言は、寂しさを乗り越えた、プラス思考かも知れない。
変わらぬ家族から、家内繁栄へ…。
独身パワー全開だ。
(2004年3月24日・水)
みんなのおかげ!
村独自の福祉制度が「タクシー及び給油利用券」。
該当となるのは「介護保険受給者・独り暮らし老人・重度心身障害者・交通弱者世帯・人工透析者…」などで、入院・入所中のケースは適用外。
1回=830円で、居住地や適合者によって給付枚数は違う。(平均18枚程度)
最初、タクシー利用券としてはじまり、村指定のガソリンスタンドなら、給油もできるようになった。
1年ごとの申請が必要なので、書類を役場に届ける。
「新しい利用券は、民生児童委員さんが持って伺います」。
はきはきとした、スタッフの説明を聞く。
「さらなる、福祉制度の充実を…」。
「(制度は)使わなきゃ損!」。
いろんな声が飛び交うけど、福祉制度を支えているのは、住民の血税である。
「(制度が充実して)便利になったのは、みんなのおかげ」。
「われわれの税金が、(福祉に)役立つ」。
ここにも、助け合いの精神が生きていると思う。
(2004年3月23日・火)
できる、できない?
「体が不自由だと、人の手を借りなくてはならない」。
よく聞く話だけれど、現実を鵜呑(うの)みにしているような感じも…。
冷たい雨が降り続くお昼前、大型ショッピングセンターの食料品売り場まで来た。
店舗の車いすを借りて、新鮮な野菜類を見ていたら、スタッフが声をかける。
「大丈夫ですか?。お買い物の、お手伝いをすればよいのですが…」。
善意に感謝しつつ、きっぱりと断った。
ところがレジでは、手助けを求める。
「あのー、(買った物を)クルマまで持って行ってくれませんか」。
特注≠ネのに、スタッフは筆者と一緒に、愛車を止めた場所まで向かう。
「できるか、できないのか」。
(自分の状態を)はっきりと相手に示す、心構えでいたい。
(2004年3月22日・月)
おばさんの本音!
足代わりの便利な乗り物で、近くのおばさんが訪ねてきた。
その愛車とは、高齢者に人気がある電動車いす。
現在、ご主人と2人で暮らす、おばさん。
数年前、バイクを運転していて、大型トラックと接触するアクシデントに遭い、膝を痛めてしまう。
勤務中の労災(労働者災害補償保険)事故で、左手を失ったご主人は、全身が思うように動かせなくなり、デイサービスに通っている。
「おじさんの、世話が大変!」と、話す(おばさんの)声には、元気がない。
息子夫婦は、対岸でアパート暮らし。
「(子どもには)心配をかけまい。なんとか、いまの状態を維持するだけ…」。
おばさんとの会話から、、本音が浮かび上がった。
2人だけで生活していく、夫婦の自立と言うべきか。
(2004年3月21日・日)
感慨無量の時間!
朝刊(日刊)に目を向けたら、注目の言葉と出会う。
「あきらめず、がんばれ」。
クルマ利用なら、1時間ほどで行ける小学校の、紹介記事(本文)だ。
19日、卒業生が校庭裏に、タイムカプセルを埋める。
昨年、掘り起こされたカプセルを、先輩から譲り受け、再利用したという。
6年前、この小学校を訪ね、全校の子どもたちと、ふれ合った。
今春の卒業生が、入学して間もない、水無月(みなづき)のころである。
「世の中には、体が自由に動かせない人もいます。けど、みんな、精一杯、生きているんです」。
分かりづらい声で、話し続ける。
「みなさんなら、やる気になれば、なんだってできるよ」。
汗をかきながら話す筆者の姿を、身動きもせずに見つめる子どもたち…。
お話会の演題は「あきらめないで、がんばろう!」。
いろんな思いが、カプセルに保存された。
アピールした一言が、いまなお、みんなの心に残っているのか。
感慨無量の時間(とき)だった。
(2004年3月20日・土)
ご先祖の言葉!
わが家のご先祖さまは、裏山の中腹で眠る。
高い場所なので見晴らしが、とてもよい。
けれど、急勾配の砂利道が最短コースだ。
祖母の初彼岸に、どうしてもお墓参りをしたくて、愛車で行ける遠回りの道を進む。
クルマは、お寺境内に止めさせてもらい、細道を100メートルほど歩く。
上り坂で、転倒しそうになる。
そんな場面では、慎重にゆっくりと足を運んだ。
お石塔の前で、第一声。
「(祖父母に)おじいちゃん、しばらくぶり。やっと来たよ、おばあちゃん!」。
デジタルカメラを(お墓に)向けたら、かすかな声が聞こえる。
「記念撮影かー。お前は気が利くなー」。
ご先祖さまの言葉に照れながら、シャッターを切った。
(2004年3月19日・金)
読まれる喜び!
生い立ちから30歳代前半までを、1冊にまとめたのは一昔前。
2年前、ちょっとした思いつきが浮かぶ。
インターネット上で、拙著のタイトルを検索する。
ベストセラーとなった「五体不満足」とともに、筆者の本が紹介されたサイトにたどり着く。
ホームページの管理者は、福祉・医療関係の仕事に携わっているとか…。
「温かさが伝わる内容!」と言う、読後のコメントが添えられており、背筋を正さなくてならなかった。
あのころ(出版当時)よりも、近づいてきてくれる人は増えた。
こんな、心の変化を感じ取れる。
「社会福祉を、みんなで考え、支え合おう!」。
「本を読みました…」と書かれた、メールも届く。
もう古本だが、図書館の片隅に、目を向けてくれる人もいるんだろう。
読まれている喜びをかみしめ、責任のある行動をとっていきたい。
(2004年3月18日・木)
ハンディを持つ藩主!
日進月歩と言われる医学でも、原因不明の病はまだ多い。
背骨がねじれ、横方向に曲がる「脊柱側彎(せきちゅうそくわん)症」は、10代の成長期に症状が進むという。
先輩と、お風呂に入る…。
養護学校寄宿舎での、ごく自然なありさま。
ある一人は、身体が横にねじれていたが、違和感さえも覚えず、湯船に浸かり合った。
江戸時代の初め、仙台藩で起きた伊達騒動。
三代藩主・綱宗(つなむね)が、脊柱側彎症だったという新説が、専門家から公表される。
幕府から隠居を命じられた綱宗だけど、芸術の世界で才能を引き出す。
本多髷(まげ)の時代にだって、脳性まひの赤ちゃんがいたはずだ。
当時の医学では、生きられなかった彼ら…。
機会を見つけて、脳性まひという病気の歴史を、ひもといてみたい。
(2004年3月17日・水)
よみがえる立体音!
独立した2つ再生増幅装置と、別々のスピーカーを用いることで、立体音響が楽しめる。
いま主流のMDをはじめ、CD・カセットデッキ・FM放送だって、臨場感のあるステレオだ。
言うまでもなく人間は、立体音響を体験できる。
病院の診察室で、左右の耳を持つ、ありがたさを実感した。
案じていた通り、片方(右側)の耳が聞きづらかったのは、垢(あか)がたまっていたせいと、分かる。
耳のお掃除では、中耳付近にくっつき黒くなった、垢を取り除く。
ときおり、チクッと痛みが走り、5分ほど、しんぼう。
(脳性まひ後遺症のため)不随意に揺れる頭を、看護師さんが押さえた。
医師の慎重さも、ひしひしと伝わる。
モノラルからステレオへ…。
即座、立体音がよみがえった。
先生、看護師さん、ありがとう。
(2004年3月16日・火)
入浴プランと耳!
「ボディを洗ったら、つぎの日は髪の毛にシャンプー…」。
この繰り返しが、筆者の入浴プラン。
したがって、毎晩、お風呂を欠かさない。
おととい、シャワーを使い、髪の毛をゆすいでいたら、右側の耳に、お湯が入った。
子どものころ、中耳炎を患ったので、ちょっと耳が遠い(聞こえがよくない)。
相性が悪いのは、高い音。
入浴での不注意から、ますます、人の話が聞き取りにくくなってしまう。
「こりゃあ、耳鼻科へ行くしかない!」。
お風呂好きなのに、耳の掃除は怠っていた。
一つの罰ととらえて、少し足が重い、病院の玄関をくぐろう。
(2004年3月15日・月)
感謝ジェスチャー!
対向車が見えた。
避け合いが厳しい(狭い)道路だから、少し広めの箇所で左側に寄り、一時停車。
先頭のクルマが、スーッと通り過ぎたと思ったら、後続車から合図を受ける。
ドライバーが右手をあげ、サンキューのジェスチャー。
こちらも反射的に、同じ動作をして見せる。
愛車に若葉マークを貼っていたころは、(同様の場面だと)クラクションを鳴らし合った。
「運転中、危険を感じたときのみ、警笛を使う」。
こんな決まりが、運転者に浸透してきたのだろう。
相手への伝え方は違っても、感謝の気持ちは忘れずにいたい。
春一番と言える、天気になった。
ちょっとした思いやりが、心も温かくしてくれる。
(2004年3月14日・日)
共生レストラン!
彼女(店員)らは、とても応対よく、私たち(客)と接していた。
ドアを開けると、空いているテーブルへ案内し、すばやく、おしぼりを差し出す。
メニューカードも、手渡しだ。
注文した食事を持ってきたとき、食べ終えた瞬間、トータルだと3回、お茶のサービスを受ける。
お昼どきの、和風ファミリーレストランは大盛況。
一家で定食に、舌鼓を打つ。
格安とは言えないけれどけでなく、ふれ合いを大切にした、真心サービスが(客に)受けるのではないか。
子ども連れの集団が目立つ中、腰が曲がった高齢男性や、杖を持つ人の姿も見かける。
共生(きょうせい)の文字が浮かぶ光景に、うれしくなった。
(2004年3月13日・土)
おじさんはデスク!
疑うかのような、ちょっと控えめな声を出した。
「あのー、支局長さんですか?」。
笑顔いっぱいの男性は、軽くうなずく。
(相手を)容姿だけで判断しようとした筆者が、所用で訪ねた、新聞社地方支局の玄関にいる。
(障害という)不自然な身体の動きは、初対面の人を、びっくりさせてしまう。
「ありのままだ。どう見られたって平気!」の一言が、筆者の心を支えてきた。
けれど、我も例外ではなかったと、ようやく気づく。
同時に、深く反省しなくてはいけないと思う。
支局長(デスク)さんは、新聞社の偉い人って言う感じはしない。
たとえば、田や畑で農作業に汗を流す、どこにもいるおじさんと見えた。
「人は、見かけによらぬもの」。
このことわざを、肝に銘(めい)じたい。
(2004年3月12日・金)
桜が持つ過去!
「花より団子」と言えば、花見だ。
桜を見ながらのごちそうは、格別な味がする。
寄ってきた人と、コミュニケーションが深められるのも、花見のよさだろう。
一般には「ソメイヨシノ」を、桜と呼ぶ。
各地の開花予想を気象庁は、1回目の発表よりも、さらに早めた。
東京・横浜での満開は、今月25日ころになるとか(開花は18日)。
筆者の居場所でも、4月1日に、つぼみが開きはじめるらしい。
梅の花と比べて、咲いている期間が短い。
「パッと開いて、潔く散る」…、ほかの草木にはない特徴か。
「♪貴様と俺とは、同期の桜…」。
先の大戦では、桜の印象を歌に込めた。
もういまは、酒宴でも歌われなくなったけど、繰り返してはならない過去を、桜は訴え続けるであろう。
(2004年3月11日・木)
タイムマシン登場!
「俺、分かるか!」。
県の出先機関へ立ち寄ったら、ガキのころ、お世話になった先生から、声をかけられる。
会う約束をしたA先生が、仲介役になって、25年ぶりの再会が実現した。
回転が鈍い頭脳だけれど(相手を)よく見ていると、顔の表情、口調に、かすかな面影がよみがえる。
「あのころ、小学部の担任をしていたんだよ」。
養護学校での思い出を、威勢のよい声で話す先生。
「M先生は(頭髪を)スポーツ刈りにしてたよなー」。
筆者の恩師にまで、話が及ぶ。
思わぬ場所に、タイムマシンはあるものだ。
突然、小指を立てて「(連れ合いは)まだか!」と、問いかける先生。
「行動範囲を広げるよう、努めています」と、返答する。
一教師の温かな思いやりに触れた、一コマであった。
(2004年3月10日・水)
気遣い合う嫁姑!
「2世代住宅」の言葉が使われるようになったのは、いつごろか。
まわりを見渡しても(家の)外見からは、判断ができにくい。
嫁と姑は不仲…?。
「嫁と姑も七十五日」。
数々のことわざが、証明させるかのよう。
(2世代住宅が)一戸建てにもかかわらず、台所・トイレ・お風呂など、事実、二軒づくりであるのは、嫁と姑の仲に問題がありそうだ。
30歳代の女性が今月末、故郷を離れ、ご主人の実家で義父母と、一緒に暮らす。
「お義母さんは、一人娘なの」。
犬と猿の間柄を、よく知らない姑だという意味かも…。
だが、家に入るとなれば、嫁の立場となる。
女性は、持ち前の明るさで、乗り切っていくだろう。
母は言う。
「私たちの年代は、姑にいじめられたの。いまはね、お互いに気遣い合って暮らしているみたい…」。
いずれにしても、友だち同士のような、嫁と姑は少ないとみる。
(2004年3月9日・火)
笑えそうな失敗!
いつもの、ガソリンスタンドへ入ったつもりだった。
見慣れない店員さんだが、疑わず、メンバーズカードを渡す。
「あれっ、お客さん、うちのカードじゃあないんですけど…」。
困ったような、店員さんの顔つきを見て「しまったー!」と思った。
日ごろ、利用しているお店は、同じ側の100メートルほど先…。
前を走っていた、タンクローリー車につられ、一緒に入店してしまう。
帰路(反対車線)の給油はまれで、少し離れてもう一つ、ガソリンスタンドがあることを、頭に入れていなかった。
またもや「あわて者」の、笑えそうな失敗をご披露した格好。
財布にちょっぴり多めの、現金が入っていたので、ホッとする。
筆者の愛車が出たあと、ガソリンスタント内は笑いに包まれたであろう。
(2004年3月8日・月)
メロスに学ぶ!
これほどまで、正義感のある人間は珍しい。
「ああ、陽が沈む。親友・セリヌンテイウスよ、正直な男のままで死なせてくれ!」。
人を信じられぬ王が、つぎつぎと人(親族)を殺す。
異常さに、おびえる庶民…。
王に立ち向かった勇者も、磔(はりつけ)の運命に…。
身代わり(親友)を城に置き、妹の結婚式を済ませてくる。
太宰治(だざいおさむ)作「走れメロス」の、一場面だ。
日没寸前に戻ったメロスが、セリヌンテイスと抱き合う姿を見た王は、目を覚ます。
「わしも、お前たちの仲間にしてくれないか!」…。
中学時代、国語の教科書で読み、学芸会では演劇も体験した。
名作に触れる機会があり、改めて愛と勇気を学ぶ。
善し悪しに胸を張れる、一人でいたい。
(2004年3月7日・日)
どんぶり物語!
「食堂に入って『他人丼(どんぶり)』を頼んだら、自然と歌ができた…」。
作曲家・遠藤実さんが語った、ヒット曲「他人舟」の誕生エピソードである。
豚のこまぎれとタマネギでつくる、どんぶりを、カラオケの名曲としてしまう。
さすが、プロってすごい。
格安・牛丼(どん)は、主役が輸入禁止となって、チェーン店のメニューから姿を消す。
一幕降りた途端、鳥インフルエンザが京都で大流行(だいりゅうこう)=B
鶏肉・卵の需要に、影響を残した。
すなわち、親子丼が危機に立たされている格好。
「つぎは、カツ丼にi悲鳴な運命が…?」。
困った卵とじ≠ェ、鶏肉を横目に、豚肉へと寄り添うシーンが浮かび、茶の間からジョークが飛び出す。
「正真正銘の不倫丼≠セ!」。
(2004年3月6日・土)
筆者の口ぐせ!
友人が言う。
「お前『すみません』を、言い過ぎだよ!」。
ずいぶん前に受けた忠告だが、相変わらず無視を通す。
暦は「啓蟄(けいちつ)」だけど、寒中みたいに凍える。
かかりつけの病院へ行くと、ボランティアさんと会う。
愛車を止めた場所まで駆け寄り、車いすを用意してくれる。
筆者…「きょうは、冷え込みましたね。…いつも、すみません」。
ボランティアさん…「そんなに、遠慮しなくてもいいんだよ!」。
毎回、こんな調子で温かな善意に、感謝の気持ちを表す。
「すみません」は、相手に対して「ありがとうございます」の、意味でもある。
いっそ「ありがとう」と言う方が、響きがよいかも…。
下手のつもりだけど、人によっては言い訳と、とらえられてしまう。
迷わず「すみません」の、口ぐせを使いたい。
(2004年3月5日・金)
親子じゃなかったの?
テーブルを挟み、2人の女性が向き合った。
白髪が見える60歳くらいと、スカートにブーツを履いた若い人…。
一見、母・娘と判断できる。
ここは、路地裏にあるラーメン店。
まだ、のれんがかかる前、許しを得て店内に入った両親と筆者。
午前11時の開店から、お客さんが多い。
私たちよりもあとから来た、親子らしき女性2人組は、さっさと食事を済ませて席を立つ。
直後「あれっ、想像はずれかな?」と思った。
(2人は)めいめいに、代金を払っている。
スカート姿の人は、会計さなかの白髪女性を置いて、先に店を出て行く。
ラーメンを食べ終わった、父に聞いてみる。
「俺は真後ろにいたので、2人の顔も、よく分からなかった…」。
(女性2人を)親子だと見た思い込みが、強すぎたかなぁ?。
(2004年3月4日・木)
おひな様、飾る!
折り紙の世界も奥が深くて、表現力が豊か…。
親しみがある折り鶴に比べ、プロの腕前がなくてはならない一つが、ひな人形。
厄年だった2年前、腹痛から深夜駆け込み入院≠体験する。
ナースステーションのカウンターには、季節にマッチした折り紙が飾られていた。
ちょっぴり、心やすくなったスタッフの一人が、折り紙名人。
わがままな筆者は、名人さんの傑作≠ねだる。
本人から手渡されたのは、内裏(だいり)びな。
おひな様だけでなく、金色のふすま(ふすま)、座敷として切手シート(年賀はがきのお年玉)もセットになった、豪華なもの。
女の子の幸せを願ったお祝いが、ひな祭り。
まだ咲かない桃の花だけど、パソコンの横に置いた、手づくりのひな人形からは、春を感じさせる。
「このおひな様、いつまでも大切にするよ」。
折り紙名人さん、ありがとう。
(2004年3月3日・水)
あさり狩り§b!
潮干狩りに適した日が、気象庁から発表された。
「潮干狩りのしおり(関東・東海地方版)」には、干潮時刻や潮位などから、お出かけによい日が記載されている。
言い換えて「海辺の遊び」は、陰暦3月3日(太陽暦だと4月中旬)が、最も良好だという。
昔、旅行会社の代理店へ、潮干狩りのことで聞きに行く。
窓口に立った途端、若いカップルが割り込む。
応対者(社員)は、こちらをそっちのけで、カップルとハネムーンの話に…。
待つこと40分、結婚間際(?)のお二人さんが帰り、再び社員に問いかけた。
「あのー、潮干狩りのしおりをもらいたいのですが…」。
相手は戸惑ったような顔つきだったけど、やっと、分かりづらい(不自由な)言葉が通じる。
ちょっぴり、ほろ苦い経験は、このときだけ。
何かを尋ねると、ちゃんと耳を傾ける人が多い。
わが家は、数年前まで欠かさず、海辺へ足を運んでいた。
「あさりを捕る=潮干狩り」ではなくて、魚なども仲間入りする。
だとすれば、いまはあさり狩り≠ニいうべきか。
(2004年3月2日・火)
深夜のできごと!
「じゃがいもをすり下ろし、布で包む。絞り汁の下に沈んだ粒だけとって、乾燥させる」。
理科の授業ででんぷんづくり≠教わって、何度か試したのは、小学校高学年のころ。
そのでんぷんを使い、くず(葛)粉にして食べるのが好きだった。
身体を気遣った母が、朝と昼、筆者にくず湯を出してくれる。
市販の片栗粉を、お湯で溶かしたものだ。
昨夜、ベッドに入る直前から、おなかの調子がおかしくなり出す。
深夜から朝までの間、7回、トイレに通う。
初老に多い、前立腺肥大とは無縁で、もう一つの出口がシャーシャー状態。
消化器系に弱い体質なのだけど、原因は不明のまま。
久々に食べた、くず湯からでんぷん≠テくりを思い出した。
「お母さん、懐かしい味をありがとう!」。
(2004年3月1日・月)