2004年
アベック死体!
雄雌同体と言う、変わった生き物なら、みみず(蚯蚓)だ。
20センチの体長は大きく見え、冷たい雨に打たれている。
(筆者は)使いつけの杖でアベック≠突いてみたが、体を動かさない。
どうやら、愛猫が(みみず)を捕まえてきたらしい。
昼食時アベック℃体の話を出す。
「作物が、たくさん収穫できる畑にはな、みみずをよく見かけるんだ」。
農業経験豊富な父は、話を続けていく。
「だけど、難儀が一つある。モグラの出現さ。彼ら(みみず)を餌にしてしまう」。
みみずと作物豊作の関係には、話が及ばず…。
円筒状の生物が苦手な筆者は、きょう、出会ったアベック≠熾|かった。
「『アベック死体!』民家の庭先に…」。
あすの日刊で、大きく扱われそう。
(2004年2月29日・日)
同じ格好でなきゃイヤ!
丈の短いスカートで登校する娘が、母親に言った。
「電車の中では二度と会わない、知らない人だから、(下着が)見えたって平気!」。
まわりから知性的に見られている母親は、笑いながら、娘を送り出す。
女性作家は、コラムで一声。
「(娘への)しつけは、女親の責任!」。
気晴らしに、いちご狩り案内所まで、クルマを走らせる。
あたりは、幼児とお母さんの、親子であふれていた。
若い母親ばかりだけど、スカート姿の人はいない。
だが、高校時代の彼女たちは、寒くたってミニをはき、通学していたかも…。
あえて、女子高校生の本音に迫るなら、こんな言葉が浮かぶ。
「みんなと、同じ格好でなきゃイヤなの」…。
(2004年2月28日・土)
気の持ち方、変えよう!
「朝、起きてから、新聞を両手で広げ、朝食を…」。
家庭を持つサラリーマンがとる、一日のはじまりを連想した。
こんな書き出しになると、生活リズムに触れるしかなさそう。
社会をはじめ、私たちは時間に縛られながら、生きている。
「あーあっ、きょうもいつものパターンで終わりか!」。
規則正しい暮らしは、健康によいと思われがちだけど、新鮮さを奪っているみたい。
けれど、まわりの物ごとに対し、敏感となれる努力をしていきたいもの。
そうすれば案外、楽しい気分になれる。
新たな発見や、人との出会いだって生まれるのではないか。
心身のひずみを防ぐには、気の持ち方を変えていくことだろう。
これって、長生きの秘訣かな?。
(2004年2月27日・金)
後遺症という荷物!
オウム真理教・元代表麻原彰晃被告への判決が、あす、言い渡される。
地下鉄・松本サリン事件に巻き込まれた被害者の多くは、いまも後遺症と闘う。
「長年の記憶が失われる。手足、口が硬直し、ほぼ寝たきり状態…」。
蘇生治療で命は取り留めたものの、重症の人が抱える苦痛は計り知れない。
日々の暮らしで、予知が難しい病気や事故…。
「(身体の状態が)病やケガをする前と比べ、おかしい(違う)!」。
たとえ、あまり気にならない異常であっても、それは後遺症という。
筆者は、脳性まひになった経験を持ち、紛れなく不自由な身。
4年前から、首の痛みが加わる。
「健康体、そのものです!」と、胸を張る人って、どのくらいいるだろうか。
ストレス社会≠ニ言われる中、心を含め「五体満足」の一言が、使いづらそうだ。
後遺症は、生きていくうえでの荷物≠セと思う。
(2004年2月26日・金)
彼女が一大事!
「おばあちゃんだよ。しま子、さあ、おいで!」。
柿の木に登ったまま、丸めた体を震わせる、飼い猫のしま子。
はしごを借りて救助≠ノあたった母は彼女≠抱き寄せながら、ゆっくり地上に戻る。
現場は、旧道(村道)、つぎの県道も横切った、民家の庭先だ。
「首輪をつけているので、お宅のネコちゃんかもしれないと思ったの」。
昨日の夕刻、この家に住む、女性から電話での知らせ。
庭にいたワンちゃんを怖がって彼女≠ヘ、とっさに木をめがけ、駆け登ったらしい。
午前中から、母が助け出す日没近くまで彼女≠ヘ、身動きできずにいた。
「とんだネコ騒動」にもかかわらず、わが家のペットに心を配ってくれた、女性やご主人。
ご夫婦に、感謝したい。
けさ、朝食中の彼女≠ノ、一声かける。
筆者…「大変な目に遭ったなぁ」。
しま子…「みんなに迷惑かけちゃった。でも、一大事だったのよ!」。
やつれた彼女≠フ顔が、痛ましかった。
(2004年2月25日・水)
本づくりの手本!
「大学教授だって、本が出せると決まっちゃあいない!」。
「自費出版の多くは、退職者?」。
現実、専門知識とお金が、本づくりの条件ではないと思う。
「カリブ海に浮かぶ島国・ジャマイカをめざすと、心の中を、すべて打ち明けられる若者たち(日本人)と出会えた…」。
体験記出版のきっかけを、青年フリーターは、はきはきと語る。
高校卒業間際、クラス担任の許可を得て、海を渡った冒険が、フリーターを自費での1冊づくりに打ち込ませた。
意欲的な姿勢は、やがて、協力者を引き寄せ、書店販売にまでこぎつける。
自叙伝と言えば、筆者も書いた経験を持つ一人。
まとめ上げた喜びは、ひとしお(一入)。
だが、大衆向けの1冊と、評価を受けるのは容易でない。
出版に夢を抱く人が、たくさんいる。
青年フリーターから学び得た、本づくりの手本を生かしたいものだ。
(2004年2月24日・火)
さらば、藤村!
高3の夏休み、途中、みやげ店などが並ぶ長い坂を、汗だくになって上り詰めた。
藤村記念館の前で、丸刈り頭の筆者が立つ、1枚の写真がある。
中山道・宿場町として知られる「馬籠宿」。
被差別部落出身の小学校教員をモデルに、社会的偏見・虚偽に触れた長編小説「破戒(はかい)」は、島崎藤村の代表作。
昨日、観光名所として名高い山口村で、越県合併の賛否を問う住民投票があり、村民は信州人から岐阜県民となる、決断をした。
先の昭和大合併で大きな村が、県境を越え、2つに分かれてしまう。
もめたのは、長野県議会。
結局「藤村、生誕の地は、信州に残すべき」と、話がまとまって、長野県山口村が生まれた。
(中津川市との合併は)昔の村に戻れるような、安堵感さえも漂う。
一方、反対を叫んだある人は、寂しさを言葉に代えた。
「もう、信濃の国(県歌)が歌えなくなる」。
長野県民の一人として、投票結果を尊重したい。
「さらば、藤村」。
(2004年2月23日・月)
能力をなめんなよ!
彼らには、まったく関心を持たなかった。
夜中、家の建具をかじり削って、台所へ進入するネズミたち…。
養蚕農家だった関係から、餌(蚕)を求めてやってくるネズミが増えていく。
困り果て家族会議の席で、声を張り上げた父。
「こうなったら、ネコを飼うぞ!」。
「裸足で、家に上がる」、「(毛皮の)毛が落ちる」。
最初、祖母・母、筆者も、ネズミ捕りの主役を嫌ったけれど、事態打破には、彼らがいなくちゃならぬと決意。
わが家に迎えたのは、メスのしろタン=B
おかげで、ネズミたちは滅びる。
きょうは「2・22(ニャン、ニャン、ニャン)」にちなみ、ネコの日。
15年間のうち、多くの子孫と出会う。
それぞれに個性を持つ、彼らとふれ合い、別れも経験した。
現在の番人・しま子は、気取って言う。
「ネコの日は、人間が騒いでいるだけよ。私たちの能力は、ものすごいんだからね。なめんなよ!」。
(2004年2月22日・日)
不思議な木!
東側には、まるでわが家を、覆い被さるかのような裏山がある。
当然、朝日の当たる時間は遅いけれど、思う存分浴びられるのが夕日。
菊づくりの名手(父)は、こうした地形環境を嫌う。
「日の出が早いところは、菊の生育がよいんだぞ!」…。
とはいえ、お日様を西から昇らせたり、裏山を取り除くことだってできない。
日当たりのよい場所に比べ、遅れているものの、裏山の白梅(はくばい)が、咲き出す。
「今年は、少し(開花が)早めかな?」。
イメージのよさが花だとすれば、実の熟す時季がマイナス印象か。
言い返せば、春一番に対し梅雨となる。
梅って季節を物語る、不思議な木だなぁ。
(2004年2月21日・土)
プリンの歴史!
「はい、食後のデザートです!」。
そう言われると、まず、季節のフルーツが思い浮かぶ。
けれど、菓子・アイスクリーム・コーヒーも、その仲間なんだと、辞書から再確認した。
夕食にプリンが、お目見え。
もちろん、スーパーで買ってきた加工品だが、生クリームをのせたプリンに舌鼓を打つ。
筆者が父に「プリンはどう?」と聞いたら、笑みを浮かべて「うん、おいしい!」。
味わいながら(プリンを)頬張る、母もご機嫌そう。
本来の名前は「プディング」。
これが変化して、プリンと呼ばれるようになったそうだ。
代表的なのが、卵・牛乳・砂糖・香料を材料とする、カスタードプディング。
プリンの歴史も、奥が深いとみる。
(2004年2月20日・金)
お身体、大切に!
ここは、めったに来ない、ある病院のロビー。
うしろから「ポン」と、右肩をたたかれた。
続いて「どうした?、こんなところで!」という、声が聞こえる。
途端、見覚えのある、懐かしい人が…。
そうっ、地元小学校時代の恩師だ。
びっくりしたけれど、即座「診察じゃないんですが、ちょっと…」と、一言を返す。
4年生から卒業まで、特殊学級(いまの障害児学級)の担任として、面倒をみてもらう。
普段の授業を除けば、遠足・キャンプや修学旅行といった、学年行事にも参加できた。
たくさんの思い出が詰まった、時間(とき)である。
急いでいるらしく、奥さんと一緒に院内の奥へ姿を消す。
恩師に向かって、叫びたかった。
「先生、お身体を大切に!」。
(2004年2月19日・木)
なぜか、できない!
総合病院の関係者は、こう漏らす。
「ゴミ拾いで集めた量は想像の外、驚きました!」。
駐車場・中庭など周辺の美化を買って出たのは、研修実習に来た看護学校の学生さんたち。
これは昨年、秋の話だけれど、結果論として、私たちはマナーに敏感でなさそう…。
金融機関で用を済ませたあと、心が洗われる光景に出会った。
背広姿の男性が、駐車場で倒れた自転車を、大切そうに起こす。
そして小走りに、建物の中へ入って行く。
しばらくすると、愛車のご主人(青年)が戻ってきて、スーっと、その場を走り去った。
親切な男性は、ここ(金融機関)の人とみるのが、ごく普通か?。
「美しい環境は、人々の心次第!」。
これって(筆者も含め)誰もが分かっているけど、なぜか、できないんだよなー。
(2004年2月18日・水)
この地を離れる彼女!
「私、夫の実家近くへ、引っ越しすることになっちゃった!」。
20歳代後半の彼女から、今月のはじめ、メールが届く。
盲導犬支援ボランティアをしながら、洋犬と猫を飼う、大のペット好きという。
お昼どき、ショッピングセンターでうろついていると、若い女性が駆け寄ってきた。
彼女であると、すぐ気づいたのは母。
一昔前(筆者の)いとこがはじめた、軽食&居酒屋で、二人は働いていて知り合う。
「ときたま、息子さん、新聞に出ているね!」。
「あっ、菊づくりやクラッスラの話題では、ご主人もテレビに映ってたよ」。
こんな一言をかけられた母は、うれしくなり、彼女に親しみを感じていく。
わが家へ遊びに来てくれたり、電話もかけてきた、純粋な心の持ち主だ。
生まれ育った地を離れる彼女を、私たち家族は、思い出というプレゼントとともに送り出したい。
(2004年2月17日・火)
夢と錯覚!
体調が悪かったり、悩みごとがあって、熟眠できない経験は誰にもある。
こんなとき、夢が出現≠オやすい。
祖母が(昨年11月上旬)他界して、3ヵ月になる。
夢での再会は、3・4回ほどあったけれど、鮮明なシーンはなくて、どれも霞(かすみ)がかかっている感じ…。
(夢の中で)突然、姿を現す祖母は筆者と、声をかけ合ったりはしない。
「おばあちゃんのことを、忘れていない証拠かな?」って、自身に問う。
所用で、村のデイサービスセンターへ出かける。
生前祖母は、週に2回、この施設を利用した。
玄関のところで、車いすの高齢女性を介護する、スタッフの光景が飛び込む。
「あれっ、おばあちゃんじゃあないかー!」。
錯覚が招く、この世の再会ではなかったか。
(2004年2月16日・月)
古今の絶品!
ぜんまいで動く柱時計は、古い印象を与える。
「昔、お勝手(台所)にあった、あの時計、おじいちゃん(祖父)が買ったの?」。
父の顔を見ながら、筆者は口を開き、耳を傾けた。
「いや、違う!。もっと前のもので、舶来品らしいぞ…」。
時計の文字盤に刻まれたアラビア数字、金色(きんいろ)の振り子。
100年くらい前の柱時計と、考えられる。
「鑑定家に見分けてもらったら、どうかなー」って、また尋ねた。
時計マニアなら、ノドから手が出そうな感じ…。
買い取りの値もつけられない、古今(ここん)の絶品。
父の話を聞いているうちに、柱時計が宝物に思えてきた。
だけど、いまは針が止まったまま。
「時計、絶品…」、こんな話題で持ちきりとなった、わが家の夕食である。
(2004年2月15日・日)
人生もアドベンチャー!
零下40度の極寒を「寒さは感じない、もうただ(身体が)痛い…」と、言い表す。
シベリア大陸の凍りついた湖を、自転車で横断した、安東浩正さんが「植村直己冒険賞」を受賞した。
「生命に危険を伴い、成功の見込みが少ないものを追う」…、これが冒険だ。
安東さんは、自分の体験から意味を言い換えてみせる。
「誰も、到達できないことをしてみたかった…」。
違う角度から見れば、人生もアドベンチャーではないか。
何かを求めていこうとする姿勢は、生きる道ともマッチしている。
一方、恋愛に限ってだと、アバンチュールという。
きょうは、バレンタインデー。
恋の冒険にかけた男性は、彼女からの贈り物に笑みを浮かべているだろう。
【植村直己…1984年、冬のマッキンリー単独登頂達成者】。
(2004年2月14日・土)
犯人探しとミス!
訴訟を起こした、夫婦はこう話す。
「何もなければ、健常児だったはず」。
医療ミスは患者や家族が、病院側と争うケースが多い。
「患者側は、障害の原因となる『犯人探し』に乗り出す。それよりも差別心をなくし、受容していくことだと思う」。
生まれつき体の不自由な子どもを持つ、ある医師の発言だ。
近所の助産師さんに、面倒を看てもらった筆者。
「未熟児は、まだ経験がないので…ぜひ!」という甘さが、身体の異変に気づくのを遅らせる。
家族は胸の内で「裁判だ!」と、考えたらしいけど、現実を素直に受けようとした。
完全な人間はない。
生身が相手の、医療でもある。
(患者と医師)お互いに、自身を見つめ直すところから、歩み寄る姿勢がほしいものだ。
(2004年2月13日・金)
社会を変えよう!
ちょっと聞き慣れない「当事者主権」といった言葉が、使われはじめた。
「すべては自分で決める。そのための援助が必要なら、(社会に)要求する権利を自覚すること」。
特に弱者(障害のある人・高齢者・女性)へ視線を向けた「当事者主権」の、簡単な説明だ。
「なるべく、人様の世話にならない…」。
こんな世間体(せけんてい)から見れば、まったく新しい考えといえよう。
だが、世の中の相互援助は築かれてきたし、少しずつ改善の傾向も…。
憲法では、基本的人権を保障している。
「いま、なぜ『当事者主権』なのか!」という、声も聞かれるのでは…?。
大切なのは、いろんな主張を提案し、よりよい社会に変えようとすること。
新鮮なアピールが、どんどん出てきてほしい。
(2004年2月12日・木)
秋葉原を支えるもの!
「あっ、出火直後の映像かぁ!」。
東京都千代田区外神田、通称、秋葉原のビル火災を、10日夕方、テレビニュースが報じる。
日本一の家電街を歩く人々は、デジタルビデオカメラなどを持っているらしく、テレビ局に生の映像を提供した。
電子部品マニアが集まる場所だから、過去にだって爆破事件(事故)があったかもしれない。
2度、この街へ出かける。
アマチュア無線関連の店を回ったのだけれど、再び訪れたときは、コンピュータパーツに目が向いていた。
明らかな時代の流れを、身体で受け止める。
秋葉原の地を踏めたのは、東京に詳しい無線仲間の善意があったから…。
ビル火災があろうとも、びくっともしない異色の街。
絶えず、多くの人が出入りする強みが、秋葉原を支えている。
(2004年2月11日・水)
牛には参った!
牛海綿状脳症(BSE)で、アメリカ産牛肉は輸入禁止の事態に…。
国産肉より格安なメリットを生かし、牛丼や焼き肉チェーンは業績を伸ばしてきた。
ところが、BSEの広がりは関係業界を悩ませ、経営の再検討に入っている。
「乳牛の糞(ふん)が、村道を汚した…」。
中型トラックに積んだ、牛の柔らかな糞が垂れ流れるように落ちていく。
わが家の近くで、酪農に力を注ぐ人がいる。
ご本人(飼い主)が「不注意でした!」と、あいさつに来てくれたものの、2メートルもない道幅には、牛の糞が延々と続く。
家の駐車場は村道に沿っており、愛車にも飛び散っていた。
父は困った顔つきをしながらも、道の汚物を水で流し、車庫までは歩ける状態となる。
BSEの国内外と、こちらの糞被害。
あーっ、牛には参った。
(2004年2月10日・火)
カード騒ぎ!
「あれっ、ない!」。
家電店の会計カウンターを、独り占めにし、はじめた行為は…。
バックに入っていたものを、みんな出して探してみる。
だけど、見つからない。
「ポイントカード、次回、持ってきてくだされば結構です…」という、店員さんも困惑気味。
「紛失」の2文字が、頭をよぎった。
盗まれたり、なくしたクレジットカードは一大事。
持ち主になりすまして、高額な買い物をされるなど、悪用の危険が絡む。
たとえ、人に拾われたとしても「ポイント点数なんか、わずかな還元…」って、割り切れそう。
いや、甘く見ないで、カードには注意を払わなくてはいけない。
今回のカード騒ぎは、はじめての経験。
さすが、気分が優れない日になっちゃった。
(2004年2月9日・月)
読まなきゃ束ね髪=I
週・月刊などの雑誌、書籍と呼ばれる本、比較的つくりやすい冊子にしたって、一つにまとめる作業は楽じゃあない。
「仕事柄、つい、読みたい一冊に手が出ちゃう。謹呈されたり、捨てられた本だって拾ってくる。だけど、どれも手放せない」。
ある文筆家の自宅は、本の山積み状態で困っているとか。
血と汗からでき上がった一つづりが喜ばれ、大切にされる話は、関係者にとってうれしいもの。
わが村の発展に尽くした方から、高著をいただく。
「追憶」というタイトルの通り、思い出の数々が、写真を載せたページからあふれ出そうだ。
「読みたくても、時間がとれない」。
こんな言い訳で、本棚に置かれている一冊も多いだろう。
捨てられるよりは、まだましかも…。
けれど「読まなきゃ束ね髪(紙)=vになっちゃうよー。
(2004年2月8日・日)
エプロンの父!
「おっ、うまいご飯だなぁ!」。
夜の食卓で、思わず口から漏れた言葉である。
(体調がよくない)母に代わり、エプロンをかけた父は、こう話す。
「お米をとぐ、ポイントがあってな。水できれいに洗った米は、うまいんだ!」。
最近、ご飯が硬めだったことについては、炊くときの水加減を指摘した。
堂々と話す、昭和1桁生まれの父に、台所での腕前も評価しなくてはいけない。
炊飯ジャーは、自動でおいしいご飯が食べられる。
でも、ちょっとした水の多さ、少なさで、味が変わる場合もありそう。
あと、おなかの空き具合にも、左右されるんじゃないかな?。
ちなみに、お米は「新潟・コシヒカリ」。
もう、お粥は「卒業」だぁ!。
(2004年2月7日・土)
身体の兵士たち!
絶食、8日間。
こうなると、栄養失調から餓死に至るとも思える。
しかし、消化器の疾患で入院をし、飢餓療法となれば、話は合わない。
2年前、この治療に耐えた筆者だけど、のどの渇きや空き腹(食欲)には悩まなかった。
すべては、点滴薬のおかげ。
きのうから母は、ほとんど食事をしていない。
何も、食べたくないようだ。
風邪による胃腸障害と考えられるが、栄養を補えないのは苦しいところ。
いま、ウイルスに立ち向かっているのは、母の免疫だ。
身体の兵士たちが、勝利を決める日が早くきてほしい。
(2004年2月6日・金)
こうしてほしい!
昨年(平成15年)4月からはじまった「障害者支援費制度」。
この制度が、65歳以上を支える「介護保険」の、延長線上と見てしまうケースもありそう。
中身を見渡せば、うなずけそうだけど、利用者の多くは熱い思いを持って、サービスを受ける。
すなわち「一人暮らし」を、実践する人たちだ。
福祉(成人)施設の利用者に「将来、施設を出たいか!」と聞いたのは、9年前。
筆者個人で行った調査だが、障害を持つ人の3割強は「はい」と、答えていた。
お役人は、生の声を周知しておらず、スタートから1年が経たぬいま、財政難を理由に「介護保険」への統合を検討中。
健康な人が中心の社会だからこそハンディマン≠フ声には、響きがあるはず。
「こうしてほしい!」の言葉を、一社会人として訴えていきたい。
(2004年2月5日・木)
ご飯に違和感!
先月中旬から、毎食、お粥(かゆ)を食べていた。
理由(わけ)は、胃の調子がよくなく、少し痛みを感じたから…。
お粥だけとはいえ、1日3回、食事づくりをする母には、一つ手間が増えてしまっている。
小説家・夏目漱石は、執筆活動の最中、胃潰瘍(かいよう)を患っていたという。
作家なら、胃が悪くなるとは限らないけど、ペンを執るという仕事は、少なからず神経を使うものだろう。
なんの話もないまま、夕食には普通のご飯が出た。
きっと母は、お疲れモードだったのかも…。
「えーっ、こんな硬い米粒、食べているのー」。
ご飯に、すごい違和感を覚える。
(お粥に)慣れてしまうというのは、とても恐ろしいと感じた。
少しずつ、元の食事に戻していこう!。
(昨夜の恵方巻は、比較的軟らかいご飯でした)
(2004年2月4日・水)
恵方巻、かじる!
節分に関わる食料品を紹介した、広告チラシを手にとった。
昔の大豆から、最近ではピーナツの加工品が、豆まき用として登場。
さて「恵方」とは、縁起のよい方向を言い、毎年、干支により向きが変わるらしい。
今年は巻き寿司を、東北東に向かってかじるのだという。
これが「恵方巻」と言われる寿司で、細巻と大巻の中間大だ。
子どものころは、聞いたこともなかった慣わし≠ナある。
お客さんを呼び込もうと、必死の各店舗は、時季にあった情報をも提供してくれる。
知識の乏しさを、再確認する機会となった。
大型ショッピングセンターで買い求めた「恵方巻」をかじったあと、ピーナツを握りしめ、大声で叫ぶ。
「鬼は外!、福はうち!」。
(2004年2月3日・火)
思いやりを忘れるなっ!
早春のさえずり、「ホーホケキョ」。
「一筆啓上仕候(いっぴつけいじょうつかまつりそろ)」。
この鳴き声は、日本鳥のウグイスとホオジロ。
筆者が16歳のとき、他界した祖父は、小鳥をこよなく愛した一人だ。
朝はまず、愛鳥のご飯づくり。
青菜とえさの粉が材料で、小さなすり鉢を使って混ぜ、与えた。
鳥かごを日中、軒下につるし、夕方早めに寝かせる。
ほかにメジロも含め、小鳥たち1羽ずつ、飼育許可登録をし、子どものようにかわいがった。
昨年、暮れから、鳥インフルエンザが騒ぎ出す。
日本に向かう、渡り鳥感染を警戒する一方で、日本鳥への影響も考えなきゃいけない。
医学関係者の一人は「(私たちが)自然環境を狂わせた結果、予知せぬウイルスが広がっている…」と、警告する。
もしも祖父がいたら、なんて言うだろう。
「自然への思いやりを忘れるなっ!」…かな?。
(2004年2月2日・月)
「いちご」にかけた意地!
県最南端の村を訪ねたのは、数日前。
教育委員会事務局スタッフが、自慢気にこう言った。
「梅の花は昨年、暮れから咲いていますよ!」。
同じ郡内でも、クルマだと1時間の距離があり、気候の違いを認めたい。
「私の村は『いちご狩り』の観光地と言われていますが、冬場の温度維持にかかる燃料費が悩みの種です」。
スタッフはこちらを向き、耳を傾けていたけれど、話の続きで、にっこり笑った。
「こういう暖かなところで、いちご狩り観光をはじめたらよいでしょうね!。村長さんと相談なさっては…?」。
20余年のキャリアを持つ、わが村の『いちご狩り』が、きょうからスタート。
いちご栽培農家は、年ごとに減少していても、生き残りをかけ、規模を広げながら、若手後継者が踏ん張る。
「冷え込みが厳しくても、負けないぞ。いちごは、おいらたちの命!」。
農家の意地が、暖かな地域にも響き渡りそう。
(2004年2月1日・日)