2003年・月別
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2003年12月


2003年12月31日(水) 親子の声、やまびこに…!
喪に服している、年の暮れ。
玄関前の門松や、お供え餅を用意しない大晦日は、27年間なかった。
けれど、黒豆・たつくり(ごまめ)・カリンの煮つけなどのほか、年取り魚がテーブルに並ぶ。
その魚とは、脂がのった寒鰤(ぶり)。
ワカシ・イナダ・ワラサ(関東付近で使われる名前)と、成長過程で呼び名が変わる出世魚である。
鰤に舌鼓を打ちながら、親子の声が、やまびこのように飛び交(か)った。
「来年は、よい年にしたいね!」と…。
家の近くにお寺があって、もうすぐ鐘の音(除夜の鐘)が鳴り響く。
いろんなことがあったけど、なんとか切り抜けて、いまがある。
除夜の鐘を聞きながら、「よくやった」と、家族や自分にエールを送ろう。

2003年12月30日(火) 明日への想像!
想像って、自由に思い描ける。
よい話ならともかく、反対のことだったら恐ろしい。
2年前、大阪教育大付属池田小学校で起きた、児童殺傷事件は、想像を絶するできごとだった。
短期間で、判決が下された死刑囚。
その彼に、手をさしのべる人は少ないと思う。
ところが、同年代の女性が、彼を支援している。
弁護士を通じて、励ましの手紙や菓子類を贈り、獄中結婚にまで進展した。
死刑囚に対し、怒りが堪えない被害遺族(家族)のみなさんにとって、女性の行動は、どのように映るのだろうか。
さまざまな人間が存在し、社会がある。
まだ、連れ合いが見つからない筆者だけど、希望は捨てず、勇気を持つのみだ。
明日への想像で、ゴー!。

2003年12月29日(月) 鮎の美味が食卓に…!
10日ほど前、鮎が17匹届けられた。
きょうもまた、20匹がお目見えする。
父と幼なじみで地区内に住む、おじさんからの贈り物だ。
秋の魚だから、冷凍保存したものをいただく。
美味として、人気がある鮎。
塩焼きで食べるのが、一番よい。
稚魚は海まで下り、ブランクトン(浮遊生物)を食べながら成長し、やがて川に戻ってくる。
きっと天然の鮎は、養殖よりも格別な味だろう。
漁業組合が一定の期間、飼育したあと、川に放流され、成魚に至る。
したがって、組合員以外は、鮎釣りができない状態にある。
食卓に鮎の塩焼きが並ぶ、お正月。
ちょっぴり、ぜいたくかな。

2003年12月28日(日) 幸福を運ぶ南天!
中部地方以南で育つ南天は、庭木としても知られている。
初夏に白い花が咲き、小粒で丸い果実は真っ赤。
足を止めたのは、床の間だった。
「『難を点ずる』って言ってなぁ」と、客間で居合わせた父が話し出す。
「おばあちゃんは天国へ行っちゃったけど、これから先、家によいことがありますように…」。
南天は「難を点ずる」との、言い慣わしがあるらしい。
竹を材料につくられた花瓶は、床の間に置かれ、寒菊と南天が鮮やかに見えた。
赤い実と、濃い緑の葉。
南天は、わが家に幸福を運んでくれるだろう。

2003年12月27日(土) 元旦から寝正月!
両親は代わりばんこに、口を大きく開ける。
朝から、あくびの連発だから、がっくりしてしまう。
「今年、もう義理(儀式など)はないだろうな!」と言いながら、ため息をつく父。
近くの家で、おばあさんが亡くなり、昨日(26日)、お葬式があった。
わが住みかは、11軒が一つの組合となり、協力し合っている。
祖母のときも、隣近所、みんなの手によって、葬儀の準備が進められ、お世話になったばかり…。
年の瀬が迫っての不幸だから、組合の人たちも大変だ。
1日中、お手伝いをしてきた両親に、どっと疲れが出たに違いない。
そうそう、祖母の五十日祭は1週間前だった。
お父さん、お母さん、お疲れさま。
来年元旦から、わが家は寝正月にしよう。

2003年12月26日(金) 彼からのはがき!
木枯らしの時季、県外の病院で手術を受けることになった彼は、こう言った。
「失明するかも…」。
母の実家は旅館業。
ここの専務である彼(いとこ)から、1枚のはがきが届く。
「皆様の励ましで、両眼の手術が成功しました。視力が安定するには、まだ時間がかかるそうです。あせらずに、養生していきます」。
治療前にあっただろう、不安の渦が消え去り、明日への希望が見られた。
病名は定かではないけど、難しい病だったと推量できる。
絶えず進歩を続ける医療が、彼の人生に応援歌を贈った。
「さあ、かっちゃん、旅館の目玉、伝統ある鉱泉のよさを、多くの人に知ってもらおうじゃないか!」。

2003年12月25日(木) クリスマスカード考!
パソコンとプリンタ…。
キミたちのおかげで、クリスマスカードを作成したのは一週間前。
10数枚をプリントして、女性のみなさんへ送った。
「男性から、カードをもらったことってないよなぁ」。
そういう自分も、過去、知人男性にカードを差し出したのは、数人だけ。
クリスマスに限れば、男同士のカード交換なんて、あまり聞かない。
さて、なんでだろ〜。
手紙を書いたり、カードづくりが苦手な男性は、意外と多いのかも知れない。
「メリー・クリスマス」の一言だけでも、温かさが伝わる。
われわれ男も、カード交換に意欲を出そう。

2003年12月24日(水) 大事なプレゼント!
今夜から明日の未明にかけて、大忙しなのはサンタさん。
あっ、トナカイさんも必死なんだ。
子どもたちは、心弾ませながら、眠りにつく。
クリスマス会は、養護学校時代の思い出に残る。
「サンタなんかいるものか!」。
パーティー準備会議中、先輩の一人がはき出した一言だ。
まわりは一瞬、静まり返ったけれど、彼の発言を否定する声が相次ぐ。
小さな子どもや小学生に限らず、みんなが夢を持って生きることを、再確認した場面であった。
25日朝、筆者の枕元には、何があるだろう。
「健康」という、かけがえのないプレゼントがあるといいなぁ。

2003年12月23日(火) 道端の声なき叫び!
道路に沿ったガソリンスタンドから、信号待ちで停車しているクルマの列を眺める。
車体の左側が見苦しいほど、へこんだ普通車に、視線がいった。
数キロ離れた、ショッピングセンターの駐車場では、ストップライトが破損したクルマを見かけた。
「不景気続きでは、愛車の傷も直せない」。
ドライバーの声なき叫びが、道端から聞こえてきそうだった。
筆者は愛車と、10年近いおつき合い。
板金修理は1度もやっていないけど、以前、見えにくい傷もつくっちゃった。
自動車の性能は、年々向上している。
反面、クルマの傷やへこみに対する、研究・開発は進んでいるのだろうか。
小さな傷みは、簡単な処置で復元できる、そんなクルマが登場すればよいなぁ。

2003年12月22日(月) あったかな思いやり!
黄ナンバーのクルマを、よく見かける。
軽自動車は狭い道で、クルマ同士の避け合いや、小回りが利くから便利。
なんたって、普通車と比べたら、燃料が少なくて走れるし、税・保険料も安い。
経済車の異称に、ピッタリだ。
わが家の一員となった、ダイハツの「ミラバン」…。
オートマチック車でフル装備だから、(彼の)ご主人様となった父は、言うことなしの笑顔を浮かべる。
午前中、助手席に座らせてもらい、乗り心地を確かめた。
実に、快走。
車庫を見たら、使わなくなった毛布が、新車くんのボディにかぶせてある。
父の、あったかな思いやりを垣間見た。

2003年12月21日(日) フレー、セレモニー屋さん!
母…「みなさんのお仕事、大変ですね」。
社員…「この時季、大忙しです。高齢の方は、寒さに弱いですから…」。
母…「おばあちゃんにも、気をつかいましたよ」。
社員…「結婚式・披露宴だったら、スケジュールを組んでの準備ができますが…」。
制服でも、上着・ネクタイとも黒という姿で、社員は話し続ける。
「うちの場合は、儀式を予知して、仕事を進められないので、苦労します」。
玄関の上がり口で、率直な話を聴かせてくれたのは、五十日祭の片づけに来た男性。
セレモニー関連会社にお勤めだ。
古い言葉を使えば、葬儀屋さんの嘆きだろう。
警察官・消防士・救急隊員・病院の医師なども、いつ、何が起きるかなど、先の見えない仕事。
たくさんの同じ仲間がいるから、フレー、フレー、セレモニー屋さん。

2003年12月20日(土) 夫婦の再会、仲よくね!
未明から降り出した雪が、朝まで続く。
両親は夜中、何度も起きて、外の様子を心配していたという。
きょうは、祖母の五十日祭。
近い親戚の方々が来てくれるので、父は家に通じる道を除雪(雪かきを)した。
神官さんにおまつりをしてもらい、裏山のお墓に納骨する。
コースが砂利だらけで、急勾配の坂という悪条件。
筆者は墓へ行くのをやめ、家の中から手を合わせた。
無事に、天国へたどり着いた祖母。
待っていたであろう、おじいちゃんと、仲よく暮らしてね。

2003年12月19日(金) たい焼きくんの新曲!
名前通り、たい焼きの形は、魚の鯛。
こっちは、今川焼き。
たいこ焼きの異名を持ち、江戸・今川橋近くではじまった。
容姿こそ違う両者だが、原料(小麦粉・卵・あん)や味までも、よく似ている。
後発のたい焼きが、今川焼きのよさをまねしたよう。
そんな物足りなさを、あんからクリーム味に変えたのは、たい焼きなのか。
今川焼きにだって、クリーム風が存在するから、よく分からない。
午後の一服で、たい焼きを食べながら、今川焼きを思い出した。
大ヒット曲「およげ、たい焼きくん」では、ありふれた生活に飽きた、彼の気持ちが映し出された。
たい焼きくん、誕生裏話を歌った新曲が聴きたいなぁ。

2003年12月18日(木) 父の大学ノート!
言うまでもないけれど、文字から得る情報は、主に新聞・雑誌・本である。
紙面で、興味のある記事が目についたとしても、記憶に頼ってしまうことが多い。
「これ、やってみよう!」。
そんな気持ちがあれば、スクラップブックの出番だ。
注目データのほか、まれに、取材での紹介記事を切り抜き、大学ノートに収めている父。
筆者の投稿も交じっていて、ちょっぴり豊富な中身となっている。
父の大学ノートを手にして、写真アルバムとスクラップブックのどちらも、思い出帳のような感じがした。
ノートにあって、スクラップブックにはないもの…?。
横の罫線が、貼る位置を決めるのに役立っているのかも…。
一つの発見だった。

2003年12月17日(水) 合掌づくり回想!
合掌づくりは、飛騨地方(岐阜県北部)以外では聞かない。
白川郷(世界遺産の合掌づくり集落)では、昨日(16日)未明からの雪が、32センチも積もったという。
集落は、長い冬に入った。
温泉街で知られる岐阜県下呂町にも、合掌づくりがある。
25年前、建物を見学した。
中に足を踏み入れると、馬の住みか(飼育部屋)を目撃。
いろりや畳の部屋が続いていて、蚕室は階段を上ったところ。
生活に欠かせなかった家畜、収入源の蚕(繭)とともに暮らした飛騨の人。
人情の濃さが伝わる。
祖父母・親・子どもたちが同居し、冬は、のんびりとした一家団らんを想像できた。
飛騨は日本人にとって、心のふるさとでもあろう。

2003年12月16日(火) こちら世間話情報局!
行きつけの理容店には、理髪の際、座る椅子が2つある。
店のおじさんと、隣の椅子にいる高齢男性の話…。
「○○さん、入院したんだってねぇ」と、頭髪を刈りながら、店のおじさんが切り出す。
高齢男性は、知人の病状を「もう進んでいて、手術もできないそうなんだ…」って答えた。
ちょっと、重苦しい雰囲気に…。
とにかく、いろんな話題が耳に入る。
「床屋さんへ行けば、最新情報がいっぱい!」。
井戸端会議とは少し違った、世間話情報局といえよう。
当然、自分(筆者)のことだって、理容店を通じて、何かの話が流れているだろう。
世間話とは、こんなものだと思う。
新鮮情報を発信し続ける床屋さん、がんばって…!。

2003年12月15日(月) すごい変身!
反抗期とは「精神発達の過程」と、説明されている。
親御さんやまわりの大人は、自分のケースを思い出せぬまま、戸惑ってしまう。
シンガー・ソングライターの一人は、ある高校の文化祭に招かれ、トークショーの様子を書き記している。
「口を開けて眠っていたり、携帯電話でしゃべりまくる。弁当を食べているのは、女子生徒。スカートの彼女は、足を大きく開いた格好。椅子のうえに、立てひざで座っていた…」。
異様な場景が伝わってくる。
小・中学生たちとは、(交流会で)何度か向き合ったけど、みんな静かに、筆者の駄弁を聴いてくれた。
高校生になると、すごい変身を見せるのかな?。
ストレスを発散したいのなら、日かげっていう、人のいない場所でやろう。
これは、大人になりかけた諸君へのメッセージだ。

2003年12月14日(日) 水菜のあったか気分!
「京菜(きょうな)」は「水菜(みずな)」ともいう。
白菜・小松菜とともに、古くから京都周辺でつくられた、冬の野菜だとか。
そうっ、これから人気が出る鍋料理にも、白菜と水菜が味を引き立てる。
わが家は、水菜の収穫で大わらわ。
JA(農協)店舗の生産者直売コーナーへ、水菜を持ち込んだところ評判がよい。
サラダや漬け物にも使えるとあって、お客さんは手を伸ばす。
水菜のおかげで、両親もちょっぴり気合いが入っていた。
鍋料理でアツアツの消費者と、売れ行きがよくて、笑顔を浮かべる生産者。
水菜がくれた、あったか気分である。

2003年12月13日(土) いまどきのイチゴ!
朝のテレビニュースを見てたら、静岡県西部の海辺近くで実る、真っ赤なイチゴが画面を飾っていた。
海岸から砂を使っての栽培で、甘味がよい品種だという。
「イチゴの季節って、いつ?」。
こんな問いかけに、子どもたちは「クリスマスのとき!」と、迷わず答えそうな感じもする。
技術が進歩し、 野菜の多くは、本来の収穫時期が分からない状態だ。
さて、いまどきのイチゴとクリスマス。
その関係は…?。
デコレーションケーキに、欠かせない主役!。
ほかには、パーティー料理で添えられるくらいかなぁ。
温かみがある、イチゴの赤さ。
だから、キミ(イチゴ)の出番なのかー。

2003年12月12日(金) 白髪と車いす!
70歳代後半と思われる、男女の姿が目に飛び込む。
たぶん、二人は夫婦だろうし、結婚生活も50年を越しているかも知れない。
仕事や子育てに追われても、精いっぱいの家庭を築いてきたはず。
ここは、総合病院の待合室。
ぐるっと周囲を見れば、高齢の人が多い。
二人の様子からは、奥さんの受診に、ご主人がついてきたみたいだ。
筆者はチラッと、夫婦に視線を向けただけ。
なのに、ずっしりとした人生の重みを感じとる。
奥さんの車いすを押すご主人、ともに白髪交じり…。
その光景が物語っていた。

2003年12月11日(木) うわさの正体、洋梨くん!
昼食に出た、デザートのお話。
母が「お芋のナシだよ!」と一言。
続けて「用があっても、ヨウナシ!」って、冗談を振りまく父。
うわさの正体は、洋梨くん。
(母方の)伯母は二十世紀梨や、ヨーロッパでは古くからある洋梨を栽培する、家で暮らす。
煮た芋と、梨の味がミックスされている感じで、ちょっと変わった果物…。
缶詰も試しに食べてみたが、芋と似た舌触りはなく、洋梨本来のおいしさには、ほど遠いと思った。
あと、(果実の)容姿に注目すると、まるで、ひょうたんのよう。
笑いや知識も与えてくれた、ステキな洋梨くんである。

2003年12月10日(水) 「神の声」を聴いた女性!
イギリスのナイチンゲールは「神の声」を聴き、戦傷者の看護に尽くした女性。
3人の男性からプロポーズを受けたが、きっぱり断ったという。
日本軍が真珠湾を攻撃したのは、1941年12月8日。
米連邦議会での対日宣戦決議で、ただ一人反対した女性議員がいた。
「女性の私は、戦場には行けない。ほかの誰であれ、戦争に送ることを拒否します」。
終戦直後には、焼け跡だらけの東京を見て、アメリカがしたことを「ひどい」と表現した。
ベトナム反戦デモの、先頭にも立っている。
平和解決を願ったとするならば、彼女もまた「神の声」を耳にしていたのか。
いま一度、ナイチンゲールと女性議員の生きた証を、見つめ直す必要もあろう。

2003年12月9日(火) 甘い香りの入浴体験!
フタを開けた途端、甘い香りが広がった。
料理づくりで、台所にいるのではない。
真っ裸の状態で、風呂場の浴槽に向かっているのである。
今夜、わが家は「カリン風呂」。
細かく刻んだカリンを、網袋に入れ、湯船に浮かばせる。
お風呂の湯は、薄い黄土色に染まるけど「カリン風呂」に入っているという、実感がわく。
湯冷めなんか、心配なさそう。
裏庭から落ちたカリンの実を拾い集め、正月料理や「カリン風呂」に使っていた祖母。
一つひとつが、おばあちゃんから母に受け継がれる。
心と身体が温まる、入浴体験だった。

2003年12月8日(月) そっと見守る優しさ!
「障害のある人を見かけても、気にかけない人間にはなりたくありません」。
通学途中、足が不自由な男性に会うという、女子中学生の思いが、朝刊(日刊)で掲載された。
親子で帰宅するとき、母親が手をさしのべようとしたら、男性から「大丈夫」との返事。
(男性の言葉に)「せっかくの好意を…なぜ?」と、彼女は感じただろう。
ところがだ。
「そっと見守り、気にかけられる優しい気持ちが大切…」と、締めていた。
筆者も外出中、見知らぬ人からの善意を受けることがある。
そのとき、必ず口から漏れるのが「ありがとう!」の一言だ。

2003年12月7日(日) 無念の長い夜!
公職選挙法違反容疑で、衆議院議員が逮捕された。
疑われている議員は、現金買収並びに事前運動があったらしい。
当選の吉報が入った日から、ほぼ1ヵ月が経つ。
ちょうど、開票速報を伝える、テレビ番組を見始めたときである。
「おばあちゃんの、様子がおかしいー!」。
母の叫び声を聞き、あわてて祖母の部屋に行く。
鼻と口元の近くまで、手を伸ばしたら、熱気を感じる。
駆けつけた医師から、臨終を告げられても、信じられなかった。
候補者が、選挙で勝ち取った喜びとは裏腹に、無念の長い夜となる。
先の総選挙は、祖母の思い出と交差しそうだ。

2003年12月6日(土) 自分らしくしていたい!
「幻聴や妄想(ぼうそう)と毎日、闘っている患者さん。自分にない体験を、どうしてあげたらいいのか…」。
山里を離れ、都会の精神科病院に勤めて1年になるナース、Cさん。
彼女からの便りを、手にする。
看護師のみならず、治療に当たる医師も同じ思いがあろう。
悩みの渦に巻き込まれながらも、自分を見失うことのないよう、仕事に励む彼女。
意気込みの伝わる、もう一つの言葉を添えていた。
「先輩ナースさんのよい面は見習い、自分らしくしていたい」。
患者さんとの接触、治療で欠かせないものを、彼女は見つけ出した。
新鮮な姿勢こそが、患者さんにとって心を癒す薬となる。

2003年12月5日(金) 冒険心のある男!
まちなか(町中)は、クリスマス一色になりつつある。
不景気が続くから、財布のひもは固くなりがち。
真っ先に、子どもへのプレゼントが浮かぶけど、恋人だって例外じゃない。
20歳代後半のある女性は、彼氏にこう、注文づける。
「都会まで行って買ってもらった方が、気持ちがこもっている」。
彼氏ばかりか、田舎街の商店にも、ちょっぴり厳しい発言だ。
もしかすると、男たちはもっとすごい行動を起こそうとしているかも…。
クリスマスの発祥地、北ヨーロッパで、プレゼントを捜す。
こんな冒険心のある男たちが、身近にもいると思う。

2003年12月4日(木) わが家の蔵話!
本宅完成後に、蔵を建てたのは確かだ。
明治初期の話だから、1世紀という時間(とき)が過ぎている。
昭和40年ころ、親戚宅の建て替え話を聞き、いらなくなった瓦を使い、祖父と父が蔵の屋根を直す。
今年の梅雨期に、屋根の傷みが一層、ひどくなる。
放置したら、蔵まで影響が及ぶ。
午後、大工さん、瓦屋さんにきてもらい、工事の見積もりを出してもらうよう頼んだ。
蔵の中は、宝など一つもない。
ただ一つだけ、世間が漏らす、気になる言葉がある。
「一番うれしいのは、お隣の蔵壁が落ちるとき…!」。

2003年12月3日(水) 10冊目の道筋!
「昨年(あるいはおととし)のいまごろ、何があったか。どんな暮らしをしてた?」。
前年の同じ日、その生活記録が、一目で分かる。
3年連用日記帳が持つ、便利さだ。
午前中、書店に足を運び、来年用のものを買い求めた。
スタートは16歳のときだから、記念すべき、10冊目の日記帳である。
10ヵ月分、休んでしまった昨年を除けば、空欄はゼロ。
続けることの大変さ、難しさも味わった。
人生の道筋と考え、今後もできる限りペンを持ちたい。

2003年12月2日(火) 合図に笑顔の母!
自動車販売・整備を営む親しい知人は、中古車について、こう説明する。
「比較的新しい年式だと、走行距離が長い(乗りこなしている)。あまり乗っていないのは、古い型ばかり…」。
父は、軽バンと10年来のおつき合いだが、車検日が迫った。
「よい中古車があったら、お願いね!」って、話してきたけど、現実は思うようにいかない。
新車の購入へと、流れが移っていく。
クルマ好きの父だから、ピカピカの愛車がほしいのは無理もない。
軽自動車でも、お金がかかる。
母はそれを承知で、父の合図にうなずき、笑顔を見せた。

2003年12月1日(月) やっぱり、冬はこたつ!
ちょっと霧雨にも似ている、小雨(こさめ)が降った。
この時季、お天気が崩れると「しぐれ」っていう。
雪になる、一歩手前の冷たい雨を、印象づけているかのよう。
ファンヒーターと、電気カーペットで過ごしてきたわが家に、こたつが登場。
両親が掃除をしたうえで、準備完了。
こたつのある部屋は、視覚からも、温もりが伝わってくる。
懐かしいのは、掘りごたつ…。
炭をおこせば、約1日中、ポカポカ、あったかかった。
やっぱり、冬はこたつがないと、はじまらない。

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