2003年
2003年11月30日(日) 果てしない夜空!
「男泣き」…。
それは、堪えかねた感情の表れである。
うれしさがこみ上げる、五木ひろしの「男泣き」は、すがすがしかった。
いまから30年前、第15回輝く日本レコード大賞の模様を、CS(通信衛星)のTBSチャンネルが、午後7時からノーカットで放送した。
あのころのアイドルって、ミニスカート姿で登場しており、現代女子高校生の容姿と似ていることに気づく。
浅田美代子、桜田淳子、天地真理の、さわやかな明るさも、記憶がよみがえってくる。
中学1年生だった筆者は、養護学校で寄宿舎生活をスタートさせた年。
集団生活は、よい体験となった。
大賞受賞曲「夜空」。
恋は、はかないものかも知れないけど、果てしない夜空から、新たな出会いが生まれるのだと思う。
2003年11月29日(土) 新鮮なレター!
「学校の授業で、嫌いな科目はなんですか?」。
こんな設問を、教育機関が小学生に尋ねた、アンケートもあるだろう。
10日ほど前、足を運んだ小学校の子どもたちから、手紙が届く。
高学年の便りには「なかなか、(国語の授業で)漢字が覚えられません」と言った、子どもの正直な気持ちがつづられていた。
ナンバー2は算数、体育の順で続く。
けれど、自筆の手紙を読んでいると、さまざまな漢字を使っていて感心する。
苦手なことを得意にするなんて、並大抵の話でない。
こちらが、見習わなくてはいけないのは、子どもたちの飾らない心と前向きさだと思う。
新鮮なレターだった。
2003年11月28日(金) カラーからデジタルへ!
わが家に、カラーテレビがやってきたのは昭和46年、筆者が小学5年生のころ。
当時、テレビは「白黒」から「色つき」への新時代、まっただ中。
番組がはじまると、いつも画面の隅っこに「カラー」って、枠づきの字幕が表示されていた。
「カラー」の言葉も、あちこちで使われるし、現在のデジタルと似た現象を覚える。
来月から、地上波デジタル放送の電波が、大都市を飛び交(か)う。
残念だけどスタートまで、あと3年、待たなければならないのは田舎。
BS(放送衛星)デジタルの延長線上とも受け取られる中、8年後を目標とするアナログ波の停止は、予定通りに行われるのか。
視聴者に利益をもたらすかが、ポイントとなる。
新品のカラーテレビを見ながら、祖父と父の会話を聞いた。
「(カラーが実現したので)つぎのテレビは、料理の匂(にお)いがしたり、人が画面から飛び出てくる、そんな放送が見られるだろうな」。
子供心にも「そうなるといいなー」と思ったけど、この話は、夢のまた夢と言わざるを得ない。
2003年11月27日(木) 思いがけない電話!
夕刻、電話のベルが鳴った。
「私、今月はじめ、病院でお会いした者ですが…」。
女性の声が、受話器から聞こえる。
自動車学校で、筆者と同じ時期に教習を受けた人だ。
女性…「あれから、家族(義父)が亡くなったので、手紙が書けずに、ごめんなさい」。
筆者…「わが家も、おばあちゃんが死んじゃって、寂しくなりました」。
運転免許を取って以来、21年という空白がありながら、お互いに近況を語り合えた。
声をかけ、電話もくれる。
その行為は、勇気がなくてはできないもの。
最後に女性は、つながりを持とうとする、言葉を残した。
「また電話するね!」。
2003年11月26日(水) さっぱり感と湯冷め!
入浴を控えて6日目、がまんできず浴槽に浸かる。
全身を洗い、さっぱりとした。
逆なのは、心の内。
「湯冷めに気をつけなくちゃ…」と言う、心配があったから…。
「湯冷め+風邪=万病のもと!」。
よいことであるわけなし。
湯船からあがると、急いでベッドの布団に潜った。
「今夜、ぐっすり寝られますように!」。
風邪気(かぜけ)になるまでお風呂は、ほぼ毎日、スケジュールに入っていたのになぁ。
いまは、何ごとも無理をしないでやっていこうっと。
2003年11月25日(火) 喪中はがき考!
家族会議のはじまり。
筆者…「2004年新春、年賀状をくれた人にだけ、喪中の返事を出そうと思うんだけど…。相手に失礼かなぁ」。
夕食の最中、例外話を切り出す。
母…「こっちから、先に(はがきを)出すのが礼儀だと思うよ」。
筆者…「友人・知人には、あえて『おばあちゃんが亡くなった!』って言う、はがきをばらまかなくてもいいと、考えたんだ」。
湯飲みを持つ父の口が、やっと開く。
「お前の判断次第だ。けどな、ならわしというものがあるぞ」。
しきたりも、ルールやマナーと、同じ意味があるかも。
みんなが、年賀状の(作成)準備をしている中、早めに決断しよう。
2003年11月24日(月) こんなはずじゃあ、なかった!
いとこのご主人が、祖母のお参りをしてくれた。
「このところ、調子のよくない人が、チラホラいるねー」。
母方の、いとこたちを気遣った一言だ。
人間は40歳を過ぎると、成人病の兆しが現れる人もいる。
話題を引き出した彼(いとこのご主人)も、数年前から大病を患い、ようやく暗闇から抜け出す。
「こんなはずじゃあ、なかった!」。
病気になることで、生身の自分を知る。
その人らしい生き方とは、大きな試練を乗り越えるときから、スタートするのではないだろうか。
いたって、安泰と思えるのは、父方のいとこたち。
みんな、自分の体をよく理解し、元気で活躍してほしい。
2003年11月23日(日) カツ丼対ソースカツ丼!
「とんかつに、玉ねぎなどの具を加え、鶏卵でとじる。味つけは、甘辛汁を使う…」。
へんてこな説明でも、どうにか思いつくのがカツ丼…。
「親子丼の鶏肉と交換に、とんかつを入れたもの」。
こんな書き方なら、分かりやすいかも…。
天竜川に沿った盆地は「伊那谷(いなだに)」という、異名で知られる。
名物の一つは「ソースカツ丼」。
細かく刻んだキャベツのうえに、ソースをかけた、とんかつがのる。
まるで「とんかつ定食」を、一まとめにしたかのよう。
スーパーへ立ち寄った両親が「ソースカツ丼(お弁当)」を買ってきて、お昼に頬張る。
味は上々。
けれど、カツ丼の方が一ランク上だなぁ。
2003年11月22日(土) 大根と長芋!
「キミは、大根足だなぁ!」。
冗談交じりの口調で男性が、女性を軽蔑したのは一昔前。
いまで言う「セクハラ」とみても、過言ではない。
スーパーへ行くと「美足」が並んでいるけど、大根ばかりでなく、長芋(いも)も同類である。
河岸段丘の畑で、父が長芋をつくっていたのは30余年前。
ちょうどいまの時季、北風が吹く中で、小学生の筆者は芋掘りを見守った。
折れやすくて、名前の通り長いから、スコップで掘り出すのが一苦労。
スラッとした美しい足は、めった、お目にかかれない。
昨日の紙面から読者が撮った、長芋の写真を見つける。
「ミイラの手、みたいでした…」。
そうっ、人の手や下半身のような形をした芋が、わが家でもたんさん採れたんだー。
2003年11月21日(金) 身体からのメッセージ!
夕暮れの薄暗い部屋で、天井を眺める。
和室ならではの木目が、人の顔や(野菜の)えんどうなど、いろんなものに見えた。
否応なしに、元気そうな祖母の笑顔が浮かぶ。
木材って、芸術的でもあるし、連想にも富んでいる。
ところが、病院はクロス張り。
昨年は通算2ヵ月間入院したけど、ベッドから見つめる天井は、何一つ語らなかった。
この2週間、(葬儀などから)生活リズムが乱れたり、久しぶりの講演会も体験する。
風邪気味になって、とうとうダウン。
身体からの「休め…」メッセージを、素直に受け入れたい。
2003年11月20日(木) これじゃあ、つまらない!
はがきのデザインを考える。
いつもの年ならば、年賀状の図案を練りはじめるのだけど、それもまだ早い。
急がなくちゃいけないのが、喪中はがきの作成だ。
パソコンの関連ソフトなら、サンプルも豊富だし、入力は住所と名前などでOK。
でも、これじゃあ、つまらない!。
「喪中につき、年末年始のご挨拶を、ご遠慮申し上げます」。
知人や友だちには、こんな決まり文句でない、温もりが伝わる書き出しにしたいと思う。
「四十九日法要」は、神式だと「五十日祭」となる。
祖母と関係が深い親戚への案内状も、はがきでつくる予定。
あわただしい日々は、まだ続きそう。
2003年11月19日(水) 106人の天使と握手!
住みかとは対岸の、段丘にある小学校を訪ねる。
人権教育の一環として、子どもたち・地域の人が集まった催し(講演会)に、筆者が(講師として)おじゃました。
今回のような機会は、3年ぶり。
何を話してよいか、迷いながらも、自分の真の姿を見てもらった。
みんな、身動きもせず、こちらに視線を向けたまま。
子どもたちから、熱い視線を浴びせられる、恥ずかしさを感じつつ「(やる気になれば)なんだってできる!」と、エールを返した。
はじめての試みは、一人ひとりと手を握る、身体のふれ合い。
「話を聞いてくれて、ありがとう!」「また会おうね!」「勉強、がんばって!」。
こちらの一言に、うなずく子どもたち。
106人の天使と握手をしたことは、貴重な時間(とき)であった。
2003年11月18日(火) 自分らしき笑顔!
「笑わなくては!」って、意識した笑顔と、うれしさの笑みとでは違いがありそう。
もう一つ、自然と、いつも微笑みを浮かべられる人もいる。
その人の性格、そのものではないか。
おとといの東京国際女子マラソンで、Qちゃんこと、高橋尚子選手は、惜しくも優勝を逃した。
走りきったあと彼女は、どんなときでも笑みを忘れない。
アテネ五輪をかけて挑んだのだから、心の中は曇り空だろう。
けれども、彼女のニッコリとする、あのさわやかさは、つくり顔じゃあないと思う。
Qちゃんの性分とは比べられないけど、自然な表情で生きていきたい。
喜べるときは、自分らしき笑顔が待っているんだから…。
2003年11月17日(月) 面影光る、さなぎの味!
スーパーで買ってきた「珍味・絹の味」と言う、ラベルを貼りついたパックが、夕食に登場。
即座、中身を頬張った。
香ばしいけれど、独特の臭みがある。
前身は、お蚕さま。
繭から取り出した、さなぎの煮つけだ。
養蚕に打ち込んだ父は、さなぎについて語る。
「蚕は桑しか食べない。繭をつくる時期、排泄物はほとんど外に出す。清潔さでは、さなぎに勝るものはないんだ」と。
昔は、家で繭を煮て、糸をとった。
出てきたさなぎは、祖母が煮つけ、食卓に並ぶ。
幼い日々を思い出させる、さなぎの味。
ここにも、祖母の面影が光る。
2003年11月16日(日) 先輩のお参り!
最近、耳にしなくなった言葉の一つは「知恵遅れ」。
「精神薄弱」と関連があるらしく、現在「知的障害」と言う表現で、知られている。
小学校時代、筆者は(当時の)「特殊学級」で学ぶ。
数人のクラスメートは、学年がバラバラだから、先輩・後輩の間柄。
学習面でペースがつかめず、普通学級から抜き出された仲間たちだ。
夕暮れどき、この学級にいた先輩が、祖母のお参りに来てくれる。
「一人だけの生活は寂しいし、不況だから、やりたい仕事もできない…」。
少しの時間、お茶を飲みながら、彼の話を聞き入る。
苦難と向き合い、必死に生きる姿を見た。
礼儀正しい彼は「知恵遅れ」ではなかったと思う。
ただ、能力にあった、教育を受けられなかったのでは…?。
2003年11月15日(土) 樫の木くんに召集令状!
「カシてもカリン」。
「お金は、相手に貸してやっても、借りたりはしない」と言う意味。
木の名前を用いた表現で、おもしろい。
昔は、樫とカリンの木を見かける家が多く、それぞれの財産を守ろうとする意志が強かったことを印象づける。
「わが家に、カリンはあるのに、なぜ、樫の木はないの?」って、父に聞いた。
「もちろんあったんだが、ゼロ戦になっちゃったんだよ」。
堅く弾性がある木に目をつけた国は、樫の木にも召集令状≠出した。
材は、戦艦づくりでも使われたとか。
若い戦士たちとともに散った、樫の木くん。
家の裏庭に残る、戦争のつめあと≠セ。
2003年11月14日(金) 疲れ、悲しみが分かるの?
わが家に贈り物専門店から、はがきやカタログが届いたり、慶弔用生花を取り扱う社員が訪ねてくる。
これらは、悪徳商法とは無縁だ。
「葬儀が済んだら、つぎはうち≠利用して!」と、言わんばかりのアピールみたい。
必死の商売作戦なのだろうし、誘いがあれば、こちらも選択肢が広がる。
あわただしく過ぎ去った葬儀…。
残された家族は疲れ、悲しみに沈む。
その時期に、セールスというのは、受け答えがよくないと感じる。
葬祭関係会社は、対象(客)者の身になって対応するべきと思う。
1週間でもいいから、そっとしておいてほしいものだ。
2003年11月13日(木) みんなを呼んだの?
早朝から、ぎっしりと組まれたスケジュール。
まず、火葬場に直行。
告別式・葬儀の順でつづく。
時間が、あっと言う間に過ぎ去る。
家は「神(神式)」なので、線香の臭いは、まったくない。
葬儀のあと行う「精進落とし」も「直会(なおらい)」と言う。
たった一日で、とても多くの人に会った。
近所の人、伯父(叔父)・伯母(叔母)、めったに顔を見ない、いとこたちとも言葉を交わす。
おばあちゃんが、みんなを呼んだかのよう。
けれど、同じ人たちが再び、この場所に集まることはあるまい。
告別式や葬儀だって、おばあちゃんの思い出となった。
2003年11月12日(水) 通夜でのアドバイス!
本人の希望で2年早め、喜寿のお祝いをしたのは、28年前のこと。
「国からいただけるお金(年金)を、子どもたちのために使おう」。
祖父の真心が、集まった子や仲人子を感動させた。
まるで、死期を予知していたかのように、翌年、帰らぬ人となる。
喜寿のとき、あいさつや祝宴の様子を録音しておいたテープがあった。
これを、棺で眠る祖父の横に添える。
とっさ、別家のおじさんが言う。
「思い出の声(テープ)は、手元に置いた方がいいよ」。
アドバイスのおかげで、写真と同じく、故人の話し声もあせない。
きょうは、祖母の通夜(つや)。
おばあちゃんには、何一つ持たせてやらなかったが、菊の花と一緒に、思い出の一つひとつを捧げた。
2003年11月11日(火) 「老衰」に思う!
新聞の社会面で見かける、有識者や有名人のお悔やみ情報には、死因が明記されるケースが多い。
ガンをはじめ、脳血管障害による病名のほか、高齢だと「老衰のため」という、文字も出てくる。
「老衰」とは「老いて衰弱すること」。
「体が弱り、死が迫っている」とも受けとれるけど、死因とみるならば、ちょっと、しっくりしない言葉だと思う。
年を重ねた人ほど、身体全体が衰えてきている。
したがって、死に至った直接原因を把握できないのかも。
たとえば「死亡診断書」は、人の一生が終わる証であり、貴重な書面。
「老衰」ではあっても、併記として(死につながった)病名を書く必要もあるのでは…。
医師の、責務にも触れることだと考える。
(紙面のお悔やみ情報は、個人のプライバシーがあるから「老衰」でよいと思う)
2003年11月10日(月) カリンと祖母!
パラッパラッと、枯れ葉が舞い落ちる。
家の裏庭に、広く大きな根っこを張った、カリンの木から離れた葉っぱだ。
夏らしい天候でなかったせいか、全然、実がならなかった。
地面に落ちたカリンを拾い集め、暮らしの中で、大切に利用した祖母。
湯船に浮かばせると、よい香りが漂う。
風味のある実を細かく刻んで煮込み、毎年、年末年始の料理に出された。
砂糖が染み込んだカリンは、忘れられない味の一つ。
もしかしてカリンの木は、祖母の命が尽きるのを感じとっていたのかも知れない。
2003年11月9日(日) おばあちゃん、安らかに…!
地球上、すべての生き物に命がある。
私たち人間は、天から定め与えられた期間を生きているのだという。
「天命」あるいは「天寿」の意味である。
祖母の左手は、ベッドの柵(さく)を、しっかりと握っていた。
「おばあちゃん、おばあちゃん!」と、呼びかけても眠ったまま。
午後3時過ぎ、筆者が見た、祖母の様子である。
それからわずか、5時間後、医師から臨終を告げられた。
「おばあちゃん、よくがんばったね!」と、母が言う。
鼻や口からは、まだ熱気が感じられ、死を直感できない。
昨年の暮れ、脳梗塞(こうそく)で思うように言葉が出せなくなってから、祖母はどんな気持ちでいたのだろう。
手を握り合うという動作が、唯一のコミュニケーションだったのかも…。
残念なのは、祖母に(筆者)の連れ合いを見せてあげられなかったこと。
おばあちゃん、安らかに…。
2003年11月8日(土) 味は落ちるよなぁ!
「チャルメラ」は、インスタントラーメンでは代表的な存在。
元気で家事をしていた、当時の祖母に頼み、袋の調理例を無視した、つくり方を試してみる。
粉末スープを熱湯で溶かし、どんぶりにめんを移す。
ゆで汁は使わないから、油っぽくなく、さっぱりした味が好きになった。
即席めんのはじまりは「チキンラーメン」で、45年前に誕生。
どんぶりにめんを入れ、沸騰したお湯を入れれば、でき上がり。
かやくやスープ類を入れなきゃいけない、一部のカップめんより、すばやい調理方法ではないか。
即席めんが生まれるまでを紹介したのは、NHK連続ドラマ「てるてる家族」。
効果あってか「チキンラーメン」の、売り上げを伸ばしたとか…。
でも「味は落ちるよなぁ」。
2003年11月7日(金) 弱者を思いやる運転!
「交通マナー(道路交通法)を守っていれば、事故は起こらない」。
遠い昔、村の交通安全協会・副会長をしていた父が、お巡りさんから聞いた話である。
歩行者に対する、運転者の心得も語らったそうだ。
お巡りさん…「酔っぱらいが路上で寝ていて、事故に遭うケース。子どもが段ボールに入って、遊んでいたところ、通りかかったクルマにひかれてしまったこともある。どれも、運転者の注意不足だ」。
父…「自殺行為みたいですが、道路沿いの木から突然、飛び降りた人でもひいてしまったら、ドライバーの責任なんですか?」。
お巡りさん…「そうっ、前方不注意と言わざるを得ません」。
「歩行者優先」を、印象づける会話だ。
近く、命の大切さを訴える催しが、県都で開かれる。
昨年夏、小学生の娘さんを交通事故で亡くした、隣町の夫妻も参加者の一人。
娘さんの父親は言う。
「弱者を思いやる安全運転が広がれば…」と。
2003年11月6日(木) 心に残っていた筆者!
「自動車学校にいたとき、一緒でした。そうそう、テレビにも出たよね」。
同じ時期に教習を受けたという女性が、病院から出て、愛車(身障者用改造車)へ向かおうとする筆者に声をかけた。
「えーっ!」の言葉さえ出なかったけど、21年前にタイムスリップするかのよう。
女性は、家族が入院しているため、病院通いを続けているらしい。
長い歳月を経ても、心に残っているものがある。
さらに、勇気を出して声をかけてきた。
出会いって、なんて感動的なんだろう。
パソコンでつくった名刺を、女性に渡す。
帰ってきた言葉は「手紙、書くね」。
当時の思い出をよみがえらせた、女性とのふれ合いで、温かな気持ちになった。
2003年11月5日(水) 愛車くんとぞうきん!
愛車くんの燃料が少なくなった。
大切な足代わりのパートナー。
おなかいっぱい、ガソリンを飲ませてやらなくちゃいけない。
いつも立ち寄る、給油所に向かった。
「満タンでお願いします!」。
おいしそうな表情の愛車くん。
だけど、そんな彼の顔(フロントガラス)を、黒っぽくなったタオルで拭(ふ)く店員さん。
食事中だというのにぞうきん≠使われては、気持ちよくないだろう。
「車内でお使いください!」。
ドライバーにもぞうきん≠ェ渡される。
「さて、どこを拭こうか」って、少し戸惑いながら、速度メーターのあたりに、ぞうきんを持っていく。
親切サービスなんだろうけど、愛車くんはたまらない。
2003年11月4日(火) 楽あれば苦あり!
場所は、村役場の玄関前。
見た目のよい階段よりも、多くの人がスロープを上っていく。
一言にすれば、(スロープの方が)楽なんだろう。
スーパーなどに設けられた、身障者用駐車スペースも同様だ。
急いでいたり、雨の日などは、入り口の近くへ止めた方が安楽。
苦労を避けようとする心理が、人の動きから見られる。
けれど、マナーは守らないといけない。
みなさんに、一つのことわざを贈ろう。
「楽あれば苦あり」。
(時代劇「水戸黄門」の主題歌に出てくる、一部の歌詞と同じですね)
筆者も、責任ある行動に努めたい。
2003年11月3日(月) 年賀状も中身で勝負!
平成16年お年玉つき年賀はがきは、今月10日に発売される。
普通はがきとの違いは、お年玉というくじ≠ノありそう。
今回から、年賀はがきを購入した人にも、景品が当たるチャンスが設けられた。
わが家は、はがきの予約について、家族会議を開く。
母…「いますぐ(はがきを)買っておいて、寝たきりのおばあちゃんに、もしものことがあったら、どうするの?」。
筆者…「郵便局で切手に交換すると、はがき1枚につき5円の手数料がかかるんだって!」。
ここで、父が口を開く。
「年賀状を出すにしても、普通はがきでいいじゃあないか!」。
これにて一件落着。
普通はがきの年賀状だって、中身で勝負だぞ!。
2003年11月2日(日) これが人生行路!
30メートルの坂道には、70センチほどの幅しかない。
路肩から外れたなら、崖(がけ)へ転落する。
小さい石ころだらけで、つい、石車に乗りそう。
急勾配のところは、手をついてはい上がった。
わが家の裏山に建つ、盆養菊専用ハウスまでの道のりである。
雨が降るたびに洗い流され、砂利が増える、悪状況の坂道。
1本杖を頼りに、ハウスにたどり着くまでのあいだ、ふと思う。
「これが、人生行路(こうろ)か」。
父が育てた3本仕立ての大菊が、美しい花を咲かせ、いまが見ごろ。
帰りは下り坂だ。
一人では、生きてゆけない現実を物語るかのように、父の腕につかまりながら、ゆっくりと歩いた。
2003年11月1日(土) 握手の無言会話!
近ごろ、新聞広告でよく見かける言葉がある。
「抱きしめる、という会話」。
小さな子どもが手を伸ばし、母親に甘えるシーンは、ほのぼのとする光景だ。
母と子が寄り添って感じる肌の温もりは、成長期において、善し悪しの判断や思いやり・優しさの心を育てるという。
まさに、身体のコミュニケーションだ。
言葉や文字でのやりとりより、はるかに説得力を持つ。
大人同士の接触だと、配偶者や恋人でない限り、抱き合う会話などできない。
特に文章表現は、読む側の判断に委ねられるから難しい。
だけど、握手をすると、無言だとしても、相手と気持ち交換≠ェできるはず。
親しみを持つ人とは、手を握りあいたいものだ。