2003年・月別
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2003年10月


2003年10月31日(金) ある記者との出会い!
専用ハウス内は、30鉢ほどの盆養(ぼんよう)菊(大菊)でいっぱい。
35年のキャリアを持つ父は、今年も丹精込めた大輪を咲かせた。
大手新聞社通信部・記者、Fさんが奥さん同伴で、「わが家の菊花展」を取材して行く。
10年くらい前、独自調査の回答データをまとめ、新聞社東京本社へ送付した。
家庭面の担当だったFさんが、筆者のリポートに目を止めたことで、紹介記事が載る。
「障害を持つ人たちの、気持ちが知りたい。研究の参考にさせて…」と、全国各地から問い合わせが殺到。
1週間、毎日のように、朝から夜まで、ベル音がやまない電話と、束ねたハガキや封書が届く。
その数、400件以上。
驚きと貴重な体験を与えてくれたFさんが、偶然にも、この地にやってきた。
菊花展の取材が済んだのち、Fさん夫妻と、お茶を飲みながら語らう。
出会いの大切さを、Fさんとの固い握手から再確認した。

2003年10月30日(木) おばさんパワー!
両親の知人女性が、総合病院で手術を受けた。
同い年の息子さんがいるので、親しみのあるおばさん。
手ぶらだったけど、思い切って、病室を訪ねてみる。
おばさんは、ベッドに横たわり、テレビを見ていた。
安静が必要なんだろうなって思ったら、こっちを見て、すぐに起きあがった。
「一人でよく、来てくれたんだねえー」。
病棟の食堂まで一緒に行き、ココアをおごってもらう。
お菓子やミカンまで出てきて、すごいおもてなし=B
「早くよくなって、退院できるよう、お祈りします」と言って立とうとしたら、エレベータのところまで見送ってくれた。
術後8日目だそうだけど、、おばさんパワーには、ただただ脱帽。

2003年10月29日(水) 星野監督退任と野望!
プロ野球に関心のない人間だけど、日本シリーズで健闘した阪神・星野監督に、自然と目がいった。
「『胃かいよう・高血圧』を背負っての、継続は無理」と、本人の退任表明。
「ゲーム中は、ベンチ内をうろついているだけなのに、大変なのかなー」。
星野さんだけでなく、野球監督に対し、軽率なイメージを持っていた。
人は、何らかの試練と闘い続ける。
相手の悩みやつらさは、言葉だけでは分からない。
ならば、理解とは、(相手と)分かち合おうとする努力を言うのではないか。
心身の休養は、星野さんに野望を抱かせそう。
「一度ユニホームを脱げば、また元気になれるぞ!」と語る、本人は輝いていた。

2003年10月28日(火) トラックボールくんに感謝!
家電店での話。
「あのーっ、パソコンのアクセサリーで『トラックボール』のことなんですが…」。
一般家電売り場の店員さんは、なんだか分からないみたい。
同じ機能を持つ『マウス』なら、理解できるのだろうが…。
(『トラックボール』は、マウスを裏返しにした状態。ボールを回して使う。ノートパソコンの、本体にあるボールと同様)
まごつく様子も見せず、パソコン担当者に連絡をとってくれた。
『マウス』に比べ、よく知られていない『トラックボール』も、複数のメーカーから販売されている。
種類もさまざま。
(『トラックボール』の)需要は少ないらしく、店頭にはない。
現在、使っているものを、もう一つ予備として持っておきたかった。
予約注文して、店をあとにする。
『マウス』が、うまく使えない身体をカバーしてくれる、『トラックボール』くんに感謝!。

2003年10月27日(月) おしゃべり本を書こうか!
ベストセラー「バカの壁」などの著者(東大名誉教授)は言う。
「(読者は)おしゃべり調でないと読まない」。
活字離れに加え、メールは話し言葉で打つ。
この慣れが、本の売れ行きに結びついたと、説明していた。
ペンを持つ立場では、複雑な心境である。
アンケート結果を、架空の若者3人が登場する、会話風原稿にまとめた。
チャレンジ精神で、出版社を捜したけど、どこも門前払い。
内容の未熟さを、反省するしかなかった。
だが、おしゃべり調には変わりない。
「無名と肩書き」。
ほんの少しなんだろうが、地位も関係していると思う。
「踏ん張って、新たなおしゃべり本を書こうかな!」。

2003年10月26日(日) みんながいて最高!
「おばあちゃん、大丈夫!」。
午前、娘夫婦が隣町から、顔を見せた。
つづいて、静岡で暮らす甥と奥さんが立ち寄ってくれる。(週末は村の生家に戻り、近所づき合いも欠かさない堅実な人)
長女も夜、様子を見に駆けつけ、わが家へ泊まる予定。
静岡市郊外にいる末っ子も、午後7時過ぎ、電話をかけてきた。
親戚とのコンタクトで、あわただしい一日に…。
子どもばかりでなく、甥までが、祖母のことを心配している。
家族もまた、できる範囲での介護に励む。
幸せは、自分で感じるもの。
だけど、祖母に聞いてほしい一言がある。
「おばあちゃん、みんながいてくれて、最高だね」。

2003年10月25日(土) 冬の使者と名句!
今秋の冷え込みでは、最も厳しくなる。
信州で冬の使者≠ニは、白鳥(コハクチョウ)のこと。
春を告げるツバメが去り、入れ替わるかのように、主役たちが姿を見せる。
白鳥さんに会おうと、安曇野(松本)の湖へ行ったのは3年前。
ちょうど、正月中旬の連休で、白鳥よりも見物人の方が多かった。
主役はそっちのけで、訪れた人たちに、つきたての餅をサービスする、ボランティアもいたっけ。
前の年は暮れから、コンピュータ問題が表面化。
ウイルスではなくて、年月日が変わるトラブルでもめていた。
帰りの車内で、父が名句を詠む。
「犀(さい)川湖の白鳥たちよ 2000年問題どう思う」。

2003年10月24日(金) 柿くんに贈る言葉!
夕食が済んだころ、近所から電話がきた。
「庭で採れた柿ですが、よかったら持ちにいらっしゃい!」。
母は、すばやく家を出て、柿を買い物袋に入れてもらってくる。
ビタミン群が豊富で、利尿作用もある生柿は、健康食品より優れた果物。
2年前、父が裏の畑に柿を植える。
「桃、栗3年、柿8年」。
柿の木に実がつくのは、当分、向こうの話だ。
「わが家の柿、食べてください!」って、メル友さんからも心遣いがあった。
みんなの親切に感謝し、畑へ向かって叫ぶ。
「柿くん、柿くん、あと6年なんて待てないよー!」。

2003年10月23日(木) 貧乏人のでっかい夢!
「もう、来年の準備をしている…」。
まわりは年末に向け、多忙な時期に入っていく。
身近なところだと郵便局で、午後、年賀はがきの予約案内書が届いた。
そうそう、家電店のチラシでは、テレビ・パソコンも新製品が勢ぞろい。
よく見ると、年賀状作成ソフトもバージョンアップされている。
「早く、はがきを予約しろ。作成ソフトも買いなさい!」。
せつかれているような感じだけど、気に止めておかないといけない。
商業関係では、クリスマスも待つ。
悲しくも貧乏人は、控えめな買い物しかできないけど、来年こそ、でっかい夢を持とう。
年が明けてから、よい夢を見られたなら幸運だ。

2003年10月22日(水) たばこと煙を吸う人!
15年くらい前は、プレハブの事務所へ通っていた。
10畳よりもちょっと広めで、夏はとても暑い。
(筆者を除いて)2人のスタッフは、ここで、たばこを吸う。
窓ガラスを開けていたって、部屋の中は煙で充満。
たばこをくわえた経験のない筆者には、耐え難い時間(とき)だった。
「喫煙者は、肺ガンになるリスクが高いぞ!」と警告したって、男性で50%、増加傾向は若い女性だから驚く。
だけど、たばこの臭いも忘れられる、環境になってきた。
たばこ好きは、人目のつかない場所や喫煙コーナーなどで吸い、肩身の狭い思いをしているのだろう。
わが家専用駐車場沿いの村道で、落ちている吸い殻を見つけ、たばこについて触れた。

2003年10月21日(火) お天気スケジュール!
予報は昼ころから、開いた状態のカサマーク。
降水確率80%だから、カサを持って愛車に乗り込む。
気がかりだったけど、無事、帰宅できた。
「雨、降るだろうから急がなくては…」と、あせるときほど、予報がはずれたり、時間がずれたりもする。
雨に濡れなかったのは、ラッキーだ。
だが「降るぞ!降るぞ!」って言う予告≠焉Aストレスになりかねない。
台風接近による情報だって、例外ではないと思う。
用心してたら、知らない間に(台風が)通り過ぎることも…。
お天気スケジュール≠発表する、みなさんも懸命だ。
ご苦労さまでございます。

2003年10月20日(月) 携帯電話とパソコン!
ある図書研究館・女性館長の話。
「携帯電話を持たないのは、外出で得られる、まわりの情報(風景や人との接触)を大切にしたいから…」。
「突然、動かなくなったりする。なぜ、なんだろう」とは、パソコンへの疑問だ。
筆者にも、携帯電話はない。
メールなら、限られたキーでは入力しづらい。
手ごろとは思えない料金など、いくつかのワケがある。
それより、マイルームに置いたパソコンで、好きなとき、ゆっくりとメールを読む。
落ち着いた気持ちで、相手に返信する。
いまの社会「ゆとり」という言葉を、よく使うけど、携帯電話の便利さは、心の余裕をなくしているのではないか。
パソコンの基本ソフト(OS)にしたって、まだ未完成。
途中で動かなくなったり、ウイルス感染だなんて、コンピュータらしくない。

2003年10月19日(日) ムカデも住める家!
昨夜、パソコンに向かっていたら、ムカデを発見。
目の前の柱を、20センチの巨体が、上から下へ向かって這っている。
長い体形の生き物に弱いので、「出たー!」と、大声で叫ぶ。
応援隊(両親)が到着すると、ムカデは姿が見えなくなっていた。
人に害を与えることは少ないというが、毒の持ち主。
初夏のころ、洗面所でもお目にかかったが、再会できるなんて幸せ者。
朝食をとりながら、母が言った。
「ムカデさんと、一緒に寝たんでしょう!」。
ゾクッとする言葉で、からかわれた。
さて、プラス思考だーい!。
ムカデさんも住める、自然環境の整ったわが家でーす。

2003年10月18日(土) ベッド、空いてないのかな?
「おばあさんの容態が、おかしいんです。かかりつけのお医者さんには、連絡しました」。
祖母の出かけ先、デイサービスセンターから急報が入った。
入浴、食事を終えた直後、顔が青ざめ、息苦しそうになったという。
医師の手当で、どうにか持ちこたえたが、介護疲れの父母には不安がよぎる。
救急車で、希望の病院へ直行。
血液・レントゲン検査だと異常はなく、治療の必要なし。
「先生、今夜一晩だけでも、入院させてもらえませんか?」。
懇願する父の言葉は、残念ながら相手の胸に届かなかった。
理由の一つは「週末で、看護師の確保ができないから…」。
行きは寝台に寝かされてきた急患者が、車いすでの帰宅となる。
病院をあとにするとき、人間味ある看護師さんの一言が、両親を励ます。
「ベッド、空いてないのかなぁ!」。

2003年10月17日(金) いぼくんとの決別はいつ?
年明けのころだった。
左手中指の付け根あたりにいぼ≠ェできてしまう。
手っ甲(てっこう)側なので、人目につきやすいけど、痛くもないから、わが身の一部として認めてやる。
きょうは早朝、病院に足を踏み入れた。
定期的に診てもらっている科の、診察が済んだあと、皮膚科の扉をくぐる。
大きな虫眼鏡で、患部を見た先生は「『いぼ』ですね。放っておくと、大きくなります。治療しましょう!」と言いいぼ≠ノ薬を塗った。
薬が染みる痛みがあったけど、優しい女医さんには「痛いよ!」なんて言えない。
1ヵ月後、予約診察をとってくれた。
さあ、いぼくんと決別する日は、いつか?。

2003年10月16日(木) 木の子とマムシ!
「キノコ」は、食物というイメージが一般的。
自然界からみると「木の子」になる。
親木のまわりに菌をまき散らして、城固め≠フ役を果たしているとか…。
隣村にある、スーパーの生産者販売コーナーで、毒キノコが並べてあったという。
店に持ち込んだ人は、食用の「シモフリシメジ」を「ネズミシメジ」と、見間違えたらしい。
安心して買い求めた消費者だけれど、家族ともども、キノコによる食中毒をおこした。
最悪なら、命にかかわるできごとである。
マムシなどの毒ヘビと同じく、毒を持つキノコも生物の一種だ。
「キノコある場所に、マムシがいる」。
警戒心を忘れずに、秋の味覚を提供してもらいたい。

2003年10月15日(水) いつも、いつも、一緒だよ〜!
乙女時代の母は、少し太り気味だったという。
食卓で父が、冗談交じりに口を滑らせた。
「お母さんは、お尻も大きかったんだ。これじゃあ、もらい手がいないだろうと思って、一緒になったのさ」。
いわゆる、「ボランティア結婚」とも受けとれる。
裏話であっても、すぐに女性団体から、抗議が寄せられるかも…。
実際は、お見合い結婚だなんて、想像すらできない「おしどり夫婦」。
朝起きてから寝るまで、離れたことがない両親。
(あっ、寝ても、くっついたまま!)
「いつも、いつも、一緒だよ〜!」。
本日、45回目の結婚記念日に、お二人へ祝辞を…。
「家のために、精いっぱいやってくれて、ありがとう!」。

2003年10月14日(火) 両親の心意気!
祖母の介護でお世話になっている、ケアマネージャーさんと向き合った。
母「介護って、長くなるほど疲れてきます」。
父「ハンディのある息子はまだ独身。家内が倒れれば、わが家は終わりですよ」。
筆者「家で介護ができなくなるまでは、老人施設の入所って難しいのですか」。
親子3人が、それぞれの思いを、ケアマネージャーさんに話しかけた。
答えは、現実そのもの。
特別養護老人ホームやその他、福祉施設も満員状態だという。
けれど、家族の気持ちを、本気で聞いてもらえた。
70歳前後の父母は、口をそろえる。
「おばあちゃんの介護、力を合わせ、やれるところまで、がんばろう!」。
家中に、両親の心意気が響きわたった。

2003年10月13日(月) 寂しさの中で実った野菜!
採ったばかりの里芋(さといも)は、秋の味覚。
煮物で食べるのが、もっともうまい。
親戚関係のKさんが、キュウリ・里芋を持って訪ねてくれる。
農作業をはじめ、トラックの運転もこなす姿は、80歳だと感じさせない。
元気そうに見えるKさんだが、今夏、最愛の奥さんを亡くしたばかり…。
若夫婦や孫たちがいても、連れ合いの他界というつらさは、本人にしか分からない。
夕食にさっそく、袋から取り出した、キュウリを刻んで食べる。
とっても、みずみずしく、品質のよい味だった。
寂しさを乗り越え、育て上げた野菜が実った収穫どき。
Kさんはいま、畑で野菜たちに癒されている。

2003年10月12日(日) ご無沙汰しっぱなし!
若者が犯す、凶悪な事件が絶えない。
被害に遭うのは、子供や未成年者だ。
(若者の多くが)犯罪に及ぶまでには、いろんな刺激や葛藤もあることだろう。
もっとも重視したいのは、生い立ちという、家庭環境≠ナある。
人間形成に、生活環境の及ぼす影響は大きい。
来春のセンバツ(甲子園)出場がかかった、北信越高校野球秋季大会。
長野県勢の、切符を手にする夢は、ほぼ消え去った。
ここのところ(県内の高校は)、センバツへの参加が、ご無沙汰しっぱなし。
練習に関係する、気候の面からみて、北陸・新潟と本県の違いは開き過ぎているのか。
トレーニング環境≠、見直す時期にあるのかもしれない。

2003年10月11日(土) 菊づくりに終わりなし!
「今年も、見事な大菊が咲くでしょう…」。
郵便物を持って、休日・時間外窓口に立ったら、居合わせた60代くらいの男性から声をかけられる。
父を「菊の先生」と呼び、敬意ある言葉で話されたので、恐縮してしまった。
30歳代後半から、観賞用の大菊・懸崖などをかわいがり、キャリアは40年。
JA(農協)年金友の会・菊づくり教室の講師を長年、任される。
ユーモアを交えた独特の話術が、集まった人たちを飽きさせなかった。
菊は植物(生き物)だけに、より美しい大輪を咲かせるのは難しいらしい。
「菊づくりに終わりはない!」。
無知な筆者にも、これは名言と受けとれる。
「お父さん、菊の生育は順調かな?」。
見ごろの、来月上旬が楽しみだ。

2003年10月10日(金) 農繁期のお手伝い!
秋、農家にとっては、収穫のまっただ中。
楽しみでもあるけれど、猫の手も借りたいほどの忙しさ…。
60歳代前半まで両親は、河岸近くの農地で稲作をしてきた。
昔は家族みな、鎌(かま)を片手に刈り取る。
のちに、小型稲刈り機を購入。
やがて、農協系列のライスセンターに作業を任せた。
玄米になるまでやってもらうので、お米で得られる純益は、ほとんどない。
この時期、取り入れ間際の農作物を盗んでいく、悪者が目立っている。
滋賀県では、コンバインで稲を刈り取られる被害が明るみに…。
田んぼの中央部を、モヒカンヘアのように残し、まわりを持ち去るという、犯人の心理は読めない。
これじゃあ、農繁期のお手伝いにならないね。!

2003年10月9日(木) どんな一日になるの?
朝、目を覚ますと、きょうのスケジュールを立てる。
裏腹であるけれど「どんな一日になるのかなぁ…」と、不安も持つ。
だから、新聞などに掲載される「運勢(人の持って生まれた運命)」欄に、自然と目がいく。
「いいこと書いてない!」。
「あれっ、ラッキーな日かも…!」。
いろんな思いを巡らせながら、その日が終わる。
「運勢」は当たると言うよりも、一日の心得を示しているのだと考える。
だけど、恋占いは、どうなのかなー。
相手があることだし、よく分からない!。
「運勢・恋占い」のどちらも、アドバイス感覚で受け止めていく。
やっぱ、人生は、自分で切り開くものではないか。

2003年10月8日(水) 松茸のお話!
日本列島を人間に例えると、おへそのあたりに位置する、この地域でも、今夏は順当な気候ではなかった。
松茸(まつたけ)の生育にも、影響があったか。
「豊作」の文字どころか、地元産の格別な風味をPRする声すら聞かない。
いまのところ、人工栽培ができない松茸…。
よほど、われわれにとって、手強(てごわ)いキノコなのであろう。
もし増産≠ェできるとなれば、人の舌も慣れ切って、ただのキノコになるのかも…。
松茸で思い出すのが、ある公共施設の男子トイレだ。
壁の張り紙に見張る。
「器から外れるな、松茸のつゆ!」。

2003年10月7日(火) 情報提供ボランティア!
一冊にできそうな拙稿があったとしても、形にするのは容易でない。
よほど注目されるデータでないと、商業出版(出版社が全額負担、著者には印税が入る)は無理。
じゃあ、自費出版はと言えば、赤字覚悟の情報提供ボランティア≠ノなりかねない。
会話風にまとめた原稿があるから、ラジオ局での活用を思いついた。
余計な考えは持たず、コミュニケーションFM局へ直行!。
チームリーダを名乗るスタッフが、言語障害のある(筆者の)話に耳を傾け、こう言った。
「よくまとめられましたね」。
ラジオ番組において、朗読(読み上げ)ができるか、検討してくれる。
願いがかなわなかったとしても、スタッフが漏らした、ねぎらいの一言は、うれしかった。

2003年10月6日(月) 新聞くん、ありがとう!
文章表現力は、読書によって身につく。
いまの季節にマッチする、一つの例えのよう…。
新聞協会が行った「新聞の購読状況による調査」では、朝刊(日刊)に目を通す時間は、平日28分、30分は休日という、結果が出た。
社会・文化情報を、新聞から得る人は多い。
記事を読みなから、筆者は文章の書き方を教わっている。
新聞を手にするといった習慣は、もう20数年間続く。
こんな毎日の動作で、文章を書く力が、ほんのちょっぴり身についた。
もちろん、いろんな情報も取り入れられて、大いに活用できている。
新聞くん、ありがとう。

2003年10月5日(日) 正面衝突寸前!
きっと、段差があって、歩道に入れなかったのかも…。
通りかかった現場は、対向車とすれ違いが、やっとの県道。
愛車が進む車線を、電動車いすの高齢女性が逆行してきた。
同じとき、スピードを緩めない対向車にも出会い、急ブレーキをかける。
互いに向かい合って進むとなれば、正面衝突の危険にさらされる。
(相手の)近づいてくるのが、ものすごく早く感じた。
電動車いすは低速だとは言え、走る物体に変わりはない。
「こっちも、スピード控えめの運転を、心がけます」。
「だからね、おばあさん。お出かけはよいけれど、道路交通法を守ってね。あなたは、歩行者と見なされているんです!」。

2003年10月4日(土) 貫禄を物語る恋文!
恋文(こいぶみ)は、恋い慕っている気持ちを手紙につづったもの。
したがって、恋文イコール求婚とは限らない。
著書「60歳のラブレター」が、ベストセラーとなり、信託銀行は再び伴侶への思いを募集するという。
若年層の離婚が絶えない中、50歳以上のカップルで、なぜか熱い恋文が交わされる。
「いままで、よく耐えてきたなぁ」。
こんな言葉はよく耳にするけど、心の奥は恋い慕っているのだろうか。
生活をともにすることで、子育てや生計などの苦難を乗り越え、真の恋が芽生える。
貫禄が伝わってきた。
「これからも君と歩きたい」。
筆者は独身だけれど、一つの家庭を築く大変さを、強烈とも受けとれるラブレターから教わった。

2003年10月3日(金) 両者のわだかまり!
村道沿いに、わが家は建つ。
道を挟んで反対側が、愛車の駐車場。
2メートル足らずの道幅は、小・中学校の通学路でもあり、ときたま、帰宅する子どもたちと顔を合わせる。
うしろから、通り過ぎようとした小学生に「お帰り!」と言ったら、返事がきた。
足を開き、ひざを曲げない歩き方スタイルで、杖を持っているから、みんな、驚いた顔つきでこちらを見る。
これが、自然な光景だ。
なのに、子どもたちと筆者は、ちょっぴり不快な思いをする。
子どもたち「えーっ、近くにあんな人がいるのー」。
筆者「養護学校で交流があるのに、われわれのこと、知らないのー」。
残念ながら、両者のわだかまりは、昔からいまも消え去らない。

2003年10月2日(木) 落としてしまったハンカチ!
毎朝、ズボン右横のポケットに、ハンカチを入れる。
外出するときは、ハンカチと一緒に愛車のキーも突っ込む。
ファスナーのないポケットなので、落とさないよう、心がけていた。
用事が済み、クルマに乗り込もうとして気づく。
「あれっ、ハンカチがない!」。
福祉施設で開かれた文化祭で、養護学校に勤務する女性と出会った。
初対面なのに、平気で持論をしゃべったから、額から汗が噴き出る。
そんな筆者の姿、話にじっと、耳を傾けていた彼女。
しばらくして彼女から、真心のこもったクリスマスプレゼントが手渡される。
きょう、落としてしまったハンカチは、聖夜の贈り物であった。
一昔前のできごとだが、彼女の面影が一瞬、瞼(まぶた)に浮かんだ。

2003年10月1日(水) わが家は幸せ家族!
朝、顔を見合わせた母が一言、漏らす。
「昨夜はほんと、よく眠れたよ!」。
介護が必要な祖母はきのう、特別養護老人ホームの短期入所サービスに出かけた。
一時的だが、介護という心配の種≠ゥら解放された両親…。
おむつ換えなど、体を使う介護より、精神面からくる負担の重さを、改めて感じとった。
「ぼくは、お父さんとお母さんが、元気でいてくれて幸せ」。
「家で介護をしてもらえる、おばあちゃんも幸せ」。
「大病で苦しんだお父さんが、家のために精いっぱいやってくれる。だから、お母さんって幸せ」。
「いつも、そばにいるお母さん。寂しくないお父さん、幸せですね」。
筆者が、こう話しかけると、両親から笑顔が見られた。
わが家は幸せ家族…。

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