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平成10年6月、私は500人ほどの子どもたちが通う、長野県伊那市立美篶小学校へ出かけました。
体育館に集まった全校の子どもが、私の話に耳を傾けてくれたのです。
「歩けるようになりたい…。だから、転んでも転んでも立ち上がった…」
「家の近くのお友だちと仲よくなりたくて、村の小学校へ通ったよ」
「無理かな…と思っても、やればできる。みなさん、あきらめないでがんばろう!」
子供たちは真剣な表情で(私の)体験談を聞き入っていました。
| 美篶小学校の子どもたちとふれ合い、彼らが寄せてくれた感想文から「文集・あきらめないでがんばろう!」が完成しました。 講演会の1日を、ドキュメンタリー風にまとめてみました。 その内容を、ちょっとだけ紹介します。 |
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講演会を担当した先生からの寄稿
落ち葉が風に舞い散り、子供たちの吐く息が白く輝き始める11月初旬に、美篶小学校では毎年恒例の全校マラソン大会が行われる。学年毎に成長に合わせて、無理のない距離が決められてはいるが、学校のグランドを飛び出し一般の道路を走り競うことは、どの子供にとっても「自分との闘い」になる。
走り始めて1分もすると息は苦しくなり、子供たちの顔から余裕やゆとりが消え、ただゴールに向かう真剣な足音だけが、ヒタヒタと澄んだ空気にこだまするのである。子供たちはこの数分間、一体何を考えて走っているのだろうか。
今年のマラソン大会は、11月5日に実施された。吹く風は体の芯までしみ入る程に冷たかったが、快晴のマラソン日和で、例年のように多くの好プレー、好成績が生まれた。
さて、それから数日後、私は低学年のあるクラスの担任から、次のような女の子の言葉を聞かされたのである。
「先生、わたしね。走っているうちにすっごく息が苦しくなってきて、もう走るのやめようかと思ったんだよ。もう歩いちゃえと思ったんだけど、そのときね、前、学校に来た宮脇さんが「あきらめないでがんばろう」といってくれたことを、ふっと思い出したんだ。宮脇さんの姿を思い出しながら『あきらめないでがんばろう』『あきらめないでがんばろう』といって走ったら、ゴールに着いちゃった」
この女の子の話を、担任の先生から聞かされたとき、私は半年も前に講演していただいた宮脇さんの姿やお話が、子供の中にずっと息づいていたことに、改めて驚きと喜びを感じた。私たちは宮脇さんから不思議な、そしてとてつもないパワーをいただいたのだということを、再確認した一時だった。
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まなぶさんへ
1年生・女子
まなぶさんは あしがふじゆうだけど わたしは ふじゆうとは おもいません。だけど、あしも なおったらいいなとおもいます。
おはなしを きいていたら とてもうれしかった。
みやわき先生へ
2年生・男子
今日は、わざわざ遠いところから、ぼくたちの学校に来て、ありがとうございます。
みやわき先生は、赤ちゃんのころから、足と手が、じゆうにうごかないって、せいいっぱい口でゆってありがとうございました。
ほんとうは、こんな手や足や、からだになりたくなかったんだよね。ほんとうは、みんなとおなじからだになりたかったんだね。
みんなは、みやわき先生のことをわらったけど、ぼくも、すこしわらってしまいました。ごめんなさい。
けれど、おはなしをしているときに、みんなは、しんけんにきいてたよ。
力いっぱい、よんだり、しょうかいをしてくれてありがとうございました。ぼくは、みやわき先生は、こえがよくでてよくきこえてよかったです。
きょうのあきらめないでがんばろう
3年生・男子
ぼくは、学さんは、がんばりやだと思いました。
ぼくも、おり紙がむずかしいから、あきらめようとしました。でも、がんばってやってとてもむずかしかったけど、なんとかできました。どりょくしないとできないけど、あきらめないことが、たいせつだと思います。
これから、からだがふじゆうな人がいたら、こえをかけようと思います。こまっている人とか、たすけてあげようと思います。
宮脇さんへ
4年生・女子
今日は、美篶小学校に来てくれて、ありがとうございます。宮脇さんは、車を運転してきて、すごいと思いました。
楽しかったり、悲しかったりしたことがあっても、がんばっていて、すごいと思いました。宮脇さんは、いたい思いをしても、あきらめなかったのが、よかったと思いました。お話をするときも、言葉がうまく出せなくても、がんばっているということが分かりました。
くんれんをあきらめないで、がんばってください。「やれば、必ずできる」と、おしえてくれました。
体の不自由な人も、せいいっぱい生きているということも、おしえてくれました。
宮脇さんも、あきらめないで、がんばってください。今日は、ありがとうございました。
宮脇先生の話を聞いて思い出したこと
5年生・女子
今日、私は宮脇先生の話を聞いて、思い出したことがあります。
私の親せきに、ふじゆうな人がいます。私は「何、この人」と思っていました。なぜかというと、ちのうが今もようち園の子どものようだからです。
でも、宮脇先生の話を聞いてから、考えがかわりました。生まれつきに、しょうがいをもっているからです。今も昔も、しょうがいをもっている人はいると思います。げんざい(平成)にいるのなら昔(なら時代、昭和)それ以上前から、いるかもしれません。
中学生の作文を、先生によんでもらいました。その手紙は、本屋さんに行ったときのことが書いてありました。
本屋さんには、ちてきしょうがい者がいて、そのちかくにいた男の人たちが、その人のまねをしていました。おもしろくなくなったので、今どは、その人の聞こえるように、
「あの人、ふつうの人じゃないなぁ」とか、「そうだねぇ」
とかいったそうです。つらいことをいわれた、その人は、本屋さんから出て行ってしまいました。
そこで、見ていた中学生が、かけよって行きました。すると、しょうがいをもった人は「助けてくれる人を、待っていたのに…」と、書いてあったそうです。
私は、しょうがい者だからといって、さべつとかしてはいけないんだなぁと、つくづく思いました。今どあったら、話しかけてみたいと思っています。
しょうがいのある人だって人間だもん
6年生・女子
宮脇さんは、手とか足がふじゆうですよね。でも、生きるってすばらしいと思いませんか。ふじゆうな手足になっても、そう思うことはありませんか。「脳性まひ」という病気になったとき、つらかったでしょうね。
講演会で、宮脇さんが話す一つひとつには、心がこめられていました。おじいさんが自転車をこいで、宮脇さんを乗せるというところから、家族の愛情がつたわってきました。
宮脇さんみたいな人が、世界中にいるんだなと実感しました。つらくて大変でも、のりこえてやっと、喜びが生まれるんじゃないかと思います。
宮脇さんは、ほかの人より努力して、やっとここまで生きてきたと思います。なんか、話のとちゅうから、なみだが出そうになりました。自分だったら、宮脇さんのようにはできないかもしれません。
車にも乗れて、歩けるほかの人たちと同じにできるときって、うれしいと思いませんか。
私は、こんな人を見たことがあります。おじいさんで腰をまげて、足はまがらないようです。でも、私はおばあちゃんといっしょに、声をかけました。おじいさんは、笑ってくれました。
しょうがいのある人だって、人間だもん。宇宙人でもない人間だよ。だから、ほかの人と同じようにつきあいたいです。
文集「あきらめないでがんばろう」
(長野県伊那市立美篶小学校講演会)児童感想文
文集の形態…A5版・273ページ
頒価(1冊)1,800円 (送料別)
★400人の作文を収録
文集のお問い合わせは、メールにてお願いします。
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