Rule 規則 


     (42)想定寧波規則


 我々が楽しむマージャンは、いまから150年ほどむかし 様々な中国ゲームが融合し、中国の江南地方で発祥したという。麻雀研究家榛原茂樹氏はその時代のルールを考証し、麻雀発祥の地と想定される寧波地方の名をとって「想定寧波規則」と名付け、1930年と1952年の2回にわたり、発表した。
 もとより麻雀は庶民ゲームから発祥したゲームであり、ルールブックと云われるような古典書籍は存在しない。そこで この「想定寧波規則」は、麻雀学に興味を持つ者にとって すべてのよりどころである。そこでσ(-_-)のWebsiteでも、折に触れて「想定寧波規則」に言及してきた。
 先般、中国(上海)ithinc さんより、麻雀祭都で言及してある「想定寧波規則」についてコメントが寄せられた。その主旨は「1850年頃のルールとして考証された「想定寧波規則」記載のアガリ役のうち、幾つかは当時は存在しなかったのではないか」というものである。

 もとより「想定寧波規則」は、2回目のものでも今から半世紀以上も前(約60年前)、資料も情報も僅少な時代になされた考証である。そこで資料や情報不足による誤認が あり得るかもしれない。それが現代の考証によってより完全になる事は、大いに望ましい。

 そこで今回、1952(S27).の1月,3月,5月、日雀連機関紙「麻雀タイムズ」に掲載された「想定寧波規則」の全文を掲載することにした。※基本的に原文のママであるが、読みやすさを考え 文字に多少の色付けをほどこしたり段落を設ける、また補足的な文をカッコで加えてある。

ルール研究 想定寧波規則

 清麻雀が寧波地方で成立したとき、どんなルールで競技せられたものであろうか?。この問題は、いまの我々には とても完全に解決できない。それに必要な文献を得ていないからだ。なるほど我々は「麻雀牌譜」,「麻雀指南」,「麻雀門径」,「麻雀必勝術」,「麻雀防弊法」という五種の中国文献を入手している。しかしそのいずれもが約四十年前の出版で、これらが寧波最古のルールを伝えているとは思われない。それらを根拠として寧波ルールを想定するのは危険だ。
 だが中国の著作道では、古い書物を復刻しておきながら 新しくつくったような顔をすることがまれではない。上掲各文献も実は存外 古いものかも知れないのだ。すると これらを根拠として想定しても、大して的はずれでもなかろうかとも考えられる。
 そこでわたしは安易な方法をとり、上掲各文献を根拠とし 一九三〇年三月 「想定寧波規則」を制定し、「ファンシイ」誌 創刊号にのせた。そのルールは のちに日本雀院C規則として採用せられた。それも二十一年前のこととなった。いま読み返してみると、不備な点がすくなくない。以下、最近の研究にもとづいて改訂してみようと思う。

ルールの内容
(一)シャイツ
  一度振り。文献には一度振りとしてあり、新しい方法として二度振りを紹介してある。
(二)チイパイ
 牌の並べ方は今日の井圏式ではなく、各自が手許に十三枚づつ並べ、その向こう前に二十一枚づつ並べる。親子ともに十三枚づつ取り、井圏式のようにチョンチョンをやって親が十四枚、子が十三枚という不合理がない。また開槓のとき 上積みの牌からとるか下積みの牌からとるかの悶着もない。王牌補充も一枚づつズラせればよい。したがって王牌は「つねに十四枚」の原則が正確に守られ得る。古式は井圏式より合理的だ。ただし文献には、古式と並べて すでに井圏式が記載されている。
(三)副底
 十点であったことは、文献が みな一致している。
(四)計算法
 もちろん精算法だ。後述するように二点でもなかなかとれない闘法だったから、四捨六入したり繰り上げありする筈がない。
(五)親子の得点計算関係
 不思議にも文献に明文がない。二対一と想定するほかない。
(六)サイド
 三家払いだから、もちろんサイドがある。
(七)翻牌
 中発白が前競技者に対してファヌパイであり(公将という)、東南西北がその方角にあたる競技者に対してファヌパイであり(門将という)、圏風(場の風)がなく、したがって連風(東々、南々)もなかった。
(八)無勝負
 (九種)倒牌と荒牌(自然流局)との二種きりで、一路帰西,四家同風,四開槓(四槓算了)などは無勝負ではなかった。(九種)倒牌もヤオ牌の孤独牌が一枚づつあったときに限るのであった。その中にトイツが一つでもあったら倒牌できないという厳格な規定だった。また手が悪いからまき直しをするのだから、当然 連荘だった。せっかく得た親になる権利を、子の倒牌によって流されるのは不公平だからだ。荒牌では王牌がつねに十四枚であること、および親が流れることの二点が注目せられる。荒牌になるまでには競技全員がずいぶん努力しているのだから流すのは当然だ。なお(四)開槓があったら流れる流れないという規定は、寧波ルールには片鱗だもない。
(九)役
 平和,搶槓,単釣和,嵌張和,辺張和,摸和,雙ポン和,対々和,嶺上開花,海底撈月,金鶏奪食,渾一色,清一色,地和,天和,三元和,,四喜和,九連寶灯,十三ヤオ,十三不搭の二十種類だった。
 (A)副底のみを支払うもの
  現在では副底だけの和りはないが、寧波ルールにはそれが二種あった。
 (イ)平和
  両門 もしくはそれ以上のテンパイをしていて、他の打牌で和ったときは 一切 平和として副底だけの ただ和りとなる。現在 意気でサラリとした一ファヌ役で、雀人に多大の人気のある平和も、寧波時代では安和りの局地として副底だけで追っ払われ単釣,嵌張,辺張の下位に甘んじていたのだ。またこの平和の範囲の広いこと。たとえば一二三四のテンパイで一で和っても単釣でなく平和だ。八八八九で七で和っても辺張でなく平和である。
こんな例は無数にあげられるが、要するに二つ以上のチャンスがある無点の栄和は すべて平和に繰り入れられる。つまり平和というのは、無点の副底だけの和りという意味だったのだ。
 (ロ)搶槓
  これも二つ以上ののチャンスがあるテンパイのときで、和りだけは認められるが点は与えられない。ただ純粋の辺張,嵌張のテンパイのときのチャンカンは とくに“金鶏奪食”という役になり、四点が与えられる。現在ではこんな区別はなく、すべてチャンカンとして一ファヌ役にせられていることは読者の知るところである。
 (B)二点を加えるもの
 (イ)単釣和
  純粋に一つ待ちの単釣である。一一二三の一で和っても単釣ではない。八八八九の九、三三三五の五、二三四五の二五、二三四五六七八の二五八、二二三四五六七の二、一一一三四五六の三六、五六七八九九九の五八、ともに単釣ではない。要するに二つ以上のチャンスがあっては単釣にならない。たった二点でも容易に与えない建前だったのである。
 (ロ)嵌張和
  純粋に一つのチャンスの嵌張である。三三三五の四で和っても嵌張ではない。一一一三四五六の二で和っても嵌張でないもだ。
 (ハ)辺張和
  これも絶対一つのチャンスでなければならない。八八八九の七で和っても辺張でない。一二三四五の三で和っても辺張でない。五六七八九九九の七で和っても辺張にならない。
 (二)摸和
 これは現在と全く同じ解釈である。
 (ホ)雙ポン和
  二つのチャンスがある雙ポンに対して二点が加えられる。三つ以上のチャンスがある雙ポンには与えられない。たとえば二二四四四五六は二四七の三チャンス,東東四四四五六は東四七の三チャンスだから二点を与えない。この雙ポンに二点与えることは寧波時代だけで、今日ではまったく消滅している。
 (C)四点を加えるもの
 (イ)対々胡
 (ロ)嶺上開花
 (ハ)海底撈月
 (ニ)金鶏奪食
 (D)一ファヌ
 (イ)混一色

 (E)三ファヌ
 (イ)清一色
  対々和が加四点だった時代に、清一色はすでに三ファヌであった。もって寧波麻雀における清一色の比重の大であったことを知るべきである。
 (F)半満貫(百点)
 (イ)地和
  親の最初の打牌で子が和ったとき。半満貫といっても百点であるから、十二点の清一色と大差がない。※あさみ注:清一色12点の和りは96点
 (G)満貫(二百点)
 (イ)天和
 (ロ)三元和

   これは現在の大三元で、小三元という役は全然なかった。
 (ハ)四喜和
  門風の刻子 あるいは槓子があることを条件として、現在の小四喜をも含ませてある。
 (ニ)九蓮寶燈
  一一一二三四五六七八九九九のテンパイで和ったとき。すなわちいわゆる九門テンの純正九蓮寶燈である。ただし「麻雀牌譜」には、九蓮寶燈六式として、我々が現在云う「準九蓮寶燈」を挙げてある。
 (ホ)十三ヤオ
  中白発東南西北19(19)一九 各一枚で、配牌十三枚の和り。したがって雀頭なし。いまの十三ヤオとはずいぶん解釈が違っている。
 (ヘ)十三不搭
  十三枚の配牌でトイツ,ターツ,順子,刻子,槓子がなく、完全に連継がつかない牌姿だったら十三枚で和りになる。
例 (147)258三六九中発東南のごときもの。十三ヤオも十三プタの1種とみられる。
(十)賠例(罰則と包即を一緒にしたもの)
 錯吃,錯ポン,多牌,少牌は一切得点を認めない。冲和は満貫学を三家に支払う(親は流れる)。
三元牌二副落のとき、同種牌が包。四喜牌三副落のとき、同種牌が包。清一色副落のとき、同種牌が包。
            ************
 大体以上のようなルールで競技せられていたようである。運本意のゴツゴツしたルールで、いかに歴史学はのわたしでも ここまでせよとは云い得ない。ただ麻雀の本質を知るためにも、もう一つは中国文献に現れた戦術を研究するために ぜひともこのルールを一度見ておく必要があるだろうということである。
(付記)
 この稿を書くために中国文献を見ていたら、絶張和が原始時代 すでにあることを発見した。純粋の辺張 嵌張で三枚が河か地にあり、残る1枚で和る役である。

ithinc 投稿日:2009/08/09(Sun)

1.「1850年頃」is imaginary. There's evidences to show that some of the 10 古役(as shown in 「麻雀牌譜」) like 嶺上開花, 大三元 didn't exist in the 1890s or so.
訳 「1850年頃」というのはイメージです。
  嶺上開花、大三元のような(「麻雀牌譜」に例示するような)のうちの幾つかは、およそ1890年代に存在しなかったことを示す証拠があります。


2.「双 石並 和」was not a standard 役.
訳 「双 石並 和」は一般的な役ではありませんでした。

3.「搶槓」did not reward any points at first, as pointed out in 「麻雀撲克秘訣」.
訳 「搶槓」は「麻雀撲克秘訣」において指摘されるように、最初はポイントになりませんでした。

4. 「満貫(二百点)」 was not supported. 満貫 of 300 points was a standard at least from 1890s.
訳 「満貫(二百点)」は無かったと思います。少なくとも1890年から満貫は300ポイントが標準でした。


あさみ
>3.「搶槓」did not reward any points at first, as pointed out in 「麻雀撲克秘訣」.
訳 「搶槓」は「麻雀撲克秘訣」において指摘されるように、最初はポイントになりませんでした。
 ithincさんの指摘を受けて「想定寧波規則」を見直したところ、「想定寧波規則」には“搶槓は副底のみの和り”ということが明記されていた...(ノд`)
 これまで麻雀祭都の「想定寧波規則」に触れたあちこちのページで、「搶槓は加2符役」としていたのは、完全にσ(-_-)の思いこみによるミスです (>_<) #さっそく あちこちのページを直さなくては....
 他の指摘ポイントもありがとうございました。m(_ _)m
 貴重な指摘として、さんこうにさせていただきます。(^-^)v
 ただその是非については、現時点では何とも分かりません。(>_<;

メキドラ 投稿日:2012/02/23(Thu)

あさみさん、想定寧波規則についていくつか質問があります。

1、翻牌について
三元牌と自風牌は一翻役なのか、加符役なのか(あのルールで3枚で一翻はバランスが悪い気がします)

2、地和について
現在の地和は(子の第一ツモであがり)半満貫なのか、ツモの2符がついて終わりなのか。(さすがに加2符で終わりはかわいそうです)

3、絶張和について
絶張和はあったとすれば加2符なのか加4符なのか

4、符について
刻子符、槓子符は現在と同じと考えてよろしいのでしょうか。

5、点数について
半満貫150点、満貫300点は子一人当たりの支払いと考えればよいのでしょうか?
以上5点についてお答えいただければ幸いです。


あさみ 投稿日:2012/02/24(Fri)

こんにちわ、メキドラさん 

>1、翻牌について
>三元牌と自風牌は一翻役なのか、加符役なのか


たしかに あのルールで“3枚で一翻”はインパクトが大きいですね。
しかし加符役とする文献も見たことが無いので、“当時から一翻”
であったと思っています。

>2、地和について
これは「現在の地和(子の第一ツモであがり)を“想定寧波ルールで和了ると”半満貫なのか、ツモの2符がついて終わりなのか」という意味ですね。
中国古典麻雀では 「子の第一ツモであがり」は何の役にもなりません。
そこで“(他に役が無ければ)ツモの2符がついて終わり”です。(^-^;)

>(さすがに加2符で終わりはかわいそうです)

たしかに珍しいアガリですが、現在の日本麻雀でも101ルールでは、“(他に役が無ければ)ツモの2符+ツモの一翻がついて終わり”です。またσ(-_-)がプレーしている純麻雀では符計算もありません。そこで同じく“(他に役が無ければ)ツモの一翻がついて終わり”です。(^-^;

>3、絶張和について
>絶張和はあったとすれば加2符なのか加4符なのか


絶張和は辺張和,嵌張和などより出現頻度が低いですよね。そこで推測でしかありませんが、辺張和や嵌張和が加2符であれば、絶張和は嶺上嶺花や金鶏奪食と同様の加4符だったと思います。

>4、符について
>刻子符、槓子符は現在と同じと考えてよろしいのでしょうか。

現在と同じと思います。

>5、点数について
>半満貫150点、満貫300点は子一人当たりの支払いと考えればよいのでしょうか?


子一人当たりの支払いと理解しています。


メキドラ 投稿日:2012/03/08(Thu)

あさみさん、有難うございます。想定寧波規則の項を読み直していたら一つ重要な事を質問し忘れていました。それは四槓子についてです。

1.和了のタイミング
一、4つ目の槓が成立した時点。
二、頭まで完成した時点。

2.点数
一、満貫
二、半満貫
三、その他(例:アガリ形が対々なので加4符)

1が一なら、2は一か二でしょう。

と、まぁ長々書きましたが個人的には。『こんなレアケースを想定していないので頭まで完成した時点で和了、加4符で終わり。』だと思います。

因みに、最低点は
4  ロン4
加槓三三三三
明槓(5555)
明槓6666
加槓八八八八
の様なタンヤオで、48点96点


あさみ 投稿日:2012/03/10(Sat)

ども、メキドラさん

>『こんなレアケースを想定していないので頭まで完成した時点で和了、加4符で終わり。』だと思います。

σ(-_-)も そのように思います(^-^)/

>因みに、最低点は

なるほろ。
そこまで考えたことはありませんでした。(^-^;)


メキドラ 投稿日:2012/03/11(Sun)

最低点を計算したので、最高点も計算してみました(明らかに満貫になるため、青天井で計算)

南家(ツモの2符と嶺上、海底の4符が複合する前提)
中(嶺上開花又は海底撈月)ツモ中
暗槓 發發發發
暗槓 白白白白
暗槓 南南南南
暗槓 一一一一
で10+2+2+2+4+4+32+32+32+32=152符4翻なので2432点4864点(ツモの2符と嶺上/海底の4符が複合しない場合、端数が消え2400点 4800点)
また、字一色は『字牌の清一色』と言う屁理屈が通れば一を西に変えれば2翻上がり9728点19456点です(笑)


あさみ 投稿日:2012/03/12(Mon)

なるほろ〜(゜0゜)
この記録をギネスに申請します。(^-^)v

以前へ   以降へ  目次へ