一巡 01・純正な一巡


 一発など場にチー・ポン・カンがない場合のみ認められるものがありますよね。

 そのなかでダブル立直、子の9種9牌、地和についてはチー・ポン・カンがあろうとなかろうと認めてもいいのではないかと思うのですが(っていうか認めない理由がいまいち不明確)。

 認めない理由は何なんでしょう?

 一言で云うと、価値の問題と思います。

 もし「自分の第1ツモの前にチーポンカンがあっても可」というルールであれば、次のようなケースも可となります。

 いま東家の第1打牌を西家がポン。これで南家が飛ばされたあと、また東家の順番が回ってきて2回目の打牌をした。これをまた西家がポン。結局東家の打牌を西家が4回連続でポンしたあと、南家はようやく1回目のツモ。

 南家がこのツモで聴牌(テンパイ)してリーチすればダブリー、ツモアガリすれば地和と言うことになります(北家の九種九牌宣言も同様)。

 これではダブリーや地和の価値は無い。そこでダブル立直/子の九種九牌/地和などは、純正な一巡(チーポンカンの無い最初の一巡)のみが対象になっているということだと思います。

※自分の捨て牌が最初からポン・カンされ、なんどか摸打してテンパイ。そのとき結果的に場に捨てた牌が1枚目であれば、それをダブリーと認めるローカルルールもあります。ただしこの場合でも、九種九牌や地和は認められません。


タコ八郎 投稿日:2008/07/29(Tue)

「純正な一巡」という概念は、どのような経緯から何処で生まれたものなのでしょうか。中国にもともとあったものなのか、それとも日本で導入されたものなのでしょうか。

現在「純正な一巡」が関連する項目として、

@地和・人和
Aダブル立直
B九種九倒牌
C四風子連打
D一発

などがありますが、どの項目がメインとなって「純正な一巡」概念が生じたのでしょうか。

あさみ 投稿日:2008/07/29(Tue)
 タコ八郎さんが挙げられた項目に対して、「中国古典麻雀のメジャールールにおいて」と条件をつけると、昔 そのルールができたとき(特に言及されていなくても)それ以前にチーポンカンによってツモ順が変わっていないこと」ということが前提として認識されていたと思われるのは一応 Bになると思います。

 しかし中国に於いては当然というか自然な認識であって、ルールとして認識されるようになったのは日本においてであるし、その最初は地和に関連していたのではないかと思います。

 ココ( http://www.asamiryo.jp/han3.html )で述べたように、中国麻雀における地和は「親の第1打牌による栄和」でした。大正時代、麻雀が日本に伝来し、昭和に入ってから「子の第1ツモ牌による和了」も地和とするルールが登場しました。

 ルールには「子の第1ツモ牌」とあるだけですが、その根底にはとうぜん「チーポンカンによってツモ順が変わっていない=純正な第1ツモ牌」という認識があります。

 そして地和が「子の第1ツモ牌」として普及し、さらに一般麻雀で九種九倒牌やダブル立直なども知られてゆく中で、「純正な1巡=チーポンカンによってツモ順が変わっていない最初の1巡」という概念も普及していったのではないかと思います。

タコ八郎 投稿日:2008/08/04(Mon)

回答ありがとうございました。

 Bではなくて、後の文章の流れからして、たぶんCの四風子連打が中国古典麻雀での「純正な一巡」の初めということですよね。

 実は、地和や河底ロンが「和了りのタイミングに注目した役」に変化してしまったのが、どの辺りからなのか興味があったというのもありまして、この質問をさせて頂いた次第です。

・天牌=自摸山の最初の牌
・地牌=天牌を自摸って切り出される牌
・河底牌=海底牌を自摸って切り出される牌
 という概念がすっかり現在ではなくなってしまい、天和・地和も河底ロンもどちらかというと「和了りのタイミングに注目した役」に変化してしまったことが、個人的にはちょっと寂しい(?)様な感じがして、どの辺から「和了りのタイミング」というものが麻雀の中に導入されていったのかな と。

 そのくせ、「海底自摸と嶺上開花は複合しない」という部分なんかは、海底牌による和了り/嶺上牌による和了り というふうに、「どの牌による和了りか」ということへのこだわりがまだ残ってたりして、ちょっと中途半端な感じがします。
まあ、麻雀のルールなんて時代によって変化していくものだと言えばそれまでなんでしょうけど…

 天牌・地牌/天和・地和 の関係なんか、美しくまとまっていて個人的には好きなんですが。消え去っていくのが残念です。

あさみ 投稿日:2008/08/05(Tue)

ども、タコ八郎さん

 たしかにC四風子連打(最初は西風だけが対象だったらしい)は「純正な一巡」に起き得ることですが、逆に言えば「純正な一巡」にしか起きえません。そこで四風子連打が発生したとき、それが「純正な一巡」に発生したものかどうかは問題にならなかった思います。

 そこで「それ以前にチーポンカンによってツモ順が変わっていないこと」ということが前提として認識されていたと思われるのは、@〜Dの中では B(九種九倒牌)になると思います」とレスポンスした次第。
 なぜなら九種九倒牌は散家でも第1ツモ後 宣言できたと思われます。とうぜん「それ以前にチーポンカンによってツモ順が変わっていないこと」ということがポイントになっていたと思われるわけです。

 そのうえで、最初の質問の主旨である
>「純正な一巡」という概念は、どのような経緯から何処で生まれたものなのでしょうか。
という点について、「日本麻雀で地和が“ 子の第1ツモ牌 ”として変化してゆく中で、“チーポンカンによってツモ順が変わっていない最初の1巡(純正な一巡)」という概念が成立していったのではないかと思うわけです。

タコ八郎 投稿日:2008/08/06(Wed)

 あさみさん、回答ありがとうございます。

 「四風子連打が必然的に純正な一巡になる」ということは了解いたしました。
 ところで、九種九牌は、そもそも子方は配牌13枚で宣言していたものが、日本伝来後(時期不明ですが、たぶん戦後)、第一ツモ取得時に宣言するようになった といふうにQ&Aには記載されていますけど、その辺はどう理解すれば良いのでしょうか?

あさみ 投稿日:2008/08/07(Thu)
ども、タコ八郎さん

>ところで、九種九牌は、そもそも子方は配牌13枚で宣言していたものが、

 たしかに以前の九種九牌のQ&Aにはそのようにコメントしていますね。(^-^; これは、その以前のコメントが正しいと思います。今回はσ(-_-)も そのあたりが混線していました。(>_<;

 もちろん九種九牌の宣言以前にチーポンがあった場合、九種九牌の宣言は不可だったと思いますが、その前に中国古典麻雀における九種九牌は、最初 子供は配牌13枚で宣言していたと訂正します。