(49)心温まる....
後味の悪い思い出話を聞かせてしまいまして。m(_
_)m お口直しに、心温まる思い出など。
15年ほど前の話だけど、顔見知りではあるがそれほど懇意でもない不動産業者がひょっこり顔を出した。
「やぁ、ひさしぶりですねぇ」と挨拶して、「今日はなにか?....」と問うた。すると、「いやぁ、久しぶりに大変いい話にお目にかかったので、誰かに話さずにはおれんと思っていたら、ちょうどお宅の近くだったので寄ってみた」という。「ふ〜ん、どんな話?」と水をむけると、彼が話し出した。
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先般、或る地主さんに呼ばれた。行ってみると、「終戦直後に借家を建てた。物が無い頃だったので建てた時点で堀っ立て小屋だったが、数十年経ってボロボロになった。すでにみんな新しいところへ引っ越して空家ばっかり。1軒だけ賃貸契約が存続しているが、そこも既に居住者はいなくて借り主が倉庫がわりに使っている状態。この際、全部、取り壊して駐車場にでもしたいと思うので、明け渡しの話をつけてくれないか」という。
引き受けて後日、借り主のところへ行ってみると、そこは金属回収業の会社だった。案内を乞うて、40才前後と思われる社長と面会した。大家の意向を話すと、「話はよく分かりました。しかし急に云われても、いま借家のなか一杯に置いてあるガラクタの行き場所に困る」という。
そこで、「大家さんもそれなりの立ち退き料を払うつもりはあるので」と話すと、基本的に了承してくれた。そこで立ち退き料の額については後日打ち合わせすることにして、そこを辞した。
その足で大家さん宅に赴き経過を報告すると、「それで結構なので、その方向で話をまとめてください」という。そんな話をしているところへ、先ほどの金属回収業の会社からAさんに「すぐ来てほしい」との電話が入った。先ほど分かれたばかりなのに何事ならんと思ったが、とにかく再度訪問した。するとそこには社長と、そのお母さんが一緒にいた。
そのお母さんの云うことには、
「さきほど息子から明け渡しの話があったということを聞きました。そのときバカ息子が大変失礼な事を云いまして。実は終戦直後、結婚したばかりのときに、あの家をお借りしました。ご存じの通り小さな家でしたが、家の無い私たち夫婦には大変ありがたかった」
「しかし住む家が見つかっても仕事がない。そこで夫婦二人で廃品回収業を始めた。廃品回収業というと聞こえはいいが、分かりやすく云うと屑屋です。夫婦で朝から晩まで街の中を屑を拾って歩きました。やがてこの子(横にいる社長)も生まれました。
「子供が生まれても貧乏は変わりません。そこで小学校が終わって帰宅すると、子供にも屑拾いを手伝わせました。屑拾いしながら公園の横を通りますとと、近所の子供が野球をして遊んでいます。うちの子供もやりたそうな顔しているのを叱りとばして屑拾いを手伝わせました。そのうちに状況もよくなり、金属部門が成長して今日(こんにち)までなりました。そして10年ほど前にこちらに移りました。」
「本来ならばそのときお返しすべきでしたが、家賃も安かったので、ついそのまま物置がわりに使っていました。しかしあの家があったおかげで息子も育てることができました。私どもが今日あるのは、あのとき大家さんが家を貸してくれたおかげです。大家さんには感謝しても感謝仕切れません。なのに今回、大家さんからの明け渡しの話について、息子が『急に云われても困る』だの『立ち退き料がどうだの』とバカな事を云ったそうで。。。。息子もそのときの苦労は分かっているはずなのに・・・・」
この話の最中、そばにいた社長さんは小さくなっていたという。。。
そして最後にお母さんは
「立ち退き料なんてとんでもない話です。ただちに荷物を運び出して綺麗にしてお返しいたします」という。
そこで
「いや、すぐにでも取り壊すので綺麗にする必要はありません。荷物だけ出していただけば結構です」と返事すると、
「荷物を出した後で大家さんが取り壊すとしても、それは別問題です。長い間お世話になったうえ、らんごくにしたままで立ち退くなど出来ません。大家さんには改めてご挨拶にお伺いしますが、まずは私どもの気持ちをお伝えください」と話したという。
そこで早速大家さん宅へ戻り、この話を伝えると、大家さんも大変喜んで(立ち退き料を払わなくてすんだからではなく)、大いに業者の労をねぎらったという。
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縦の物を横にするだけで金がどうのこうのという話になる世の中、人ごとながらσ(-_-)も心が温まった。
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