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       (291)永遠の謎


 もう30年くらいむかしの話だけど。
 県の村に農業を営むさんという夫婦がいた。跡継ぎは末っ子で、長男はずっと以前から県の市で会社勤め。晩年は長男といっしょに住みたいというので、隠居したあと、住み慣れた村を離れ、市の長男のもとへ引っ越した。

 Xさんが引っ越してきたというので、すでに市に住んでいた親戚のさんが訪ねてきた。「やぁ久しぶり」というので、むかし話に花が咲く。

このさん、さんの本家筋にあたる人。いまでもよく村に帰るので、村の事情に詳しい。そこで半年に一度ほどのペースでさんの家にきて、村のウワサ話をしてゆく。
こんどなさんの娘が嫁にゆくことになったそうだ」
「この前な、檀家寺でボヤ騒ぎがあってね」」
「○○さんと△△さんが田んぼの境界のことで大げんかしたってさ」


 なつかしい村の話が聞けるので、さんもさんの来訪をいつも楽しみにしていた。そんなんで数年たったころ、村のさんが訪ねてきた。なんでも市に用事があって、そのついでに訪ねてきたという。とうぜん話題は村のことに。
さんの娘が嫁にいったそうだが、もう孫でも生まれたか」
「お寺でボヤ騒ぎがあったそうだが、住職たちは無事だったのか」
「○○さんと△△さんの大げんかは、おさまりがついたのか」


 これを聞いてさんがびっくり仰天。なにせさんの娘はまだ未婚だし、お寺のボヤ騒ぎなどなかったし、○○さんと△△さんの境界争いなどまったくない。
 今度はさんがびっくり仰天。いったいなんでさんはそんなウソを云ったのか。別にそれでさんが得をすることは一つもない。ワケは分からないが、さんがウソを云ったことだけはたしか。さんはびっくりしながら帰っていったし、さんも首をひねるばかり。

 それで次にさんが訪ねてきたとき、さんはさんに質した。「あれもウソ、これもウソ、いったいどういうわけでそんなウソを云ったのか」、すると黙って聞いていたさん、「もう2度と来ん」と一言だけ云って立ち去った。それっきり、本当に2度と来なかった。

 いまだにさんが、どうしてそんなウソのウワサ話をしていたのか、まったく不明。いまはさんもさんも亡くなり、理由は永久に謎のまま....
 あえて推測すれば、せっかくさんの家に遊びにいったのに、話題が何もないのではつまらない。そこで適当な話をしているうちにそれがエスカレートしていったのではないかと思うくらい。
 

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