もう30年くらいむかしの話だけど。
A県のA村に農業を営むXさんという夫婦がいた。跡継ぎは末っ子で、長男はずっと以前からB県のB市で会社勤め。晩年は長男といっしょに住みたいというので、隠居したあと、住み慣れたA村を離れ、B市の長男のもとへ引っ越した。
Xさんが引っ越してきたというので、すでにB市に住んでいた親戚のYさんが訪ねてきた。「やぁ久しぶり」というので、むかし話に花が咲く。
このYさん、Xさんの本家筋にあたる人。いまでもよくA村に帰るので、村の事情に詳しい。そこで半年に一度ほどのペースでXさんの家にきて、村のウワサ話をしてゆく。
「こんどな、Tさんの娘が嫁にゆくことになったそうだ」
「この前な、檀家寺でボヤ騒ぎがあってね」」
「○○さんと△△さんが田んぼの境界のことで大げんかしたってさ」
なつかしい村の話が聞けるので、XさんもYさんの来訪をいつも楽しみにしていた。そんなんで数年たったころ、A村のZさんが訪ねてきた。なんでもB市に用事があって、そのついでに訪ねてきたという。とうぜん話題はA村のことに。
「Tさんの娘が嫁にいったそうだが、もう孫でも生まれたか」
「お寺でボヤ騒ぎがあったそうだが、住職たちは無事だったのか」
「○○さんと△△さんの大げんかは、おさまりがついたのか」
これを聞いてZさんがびっくり仰天。なにせTさんの娘はまだ未婚だし、お寺のボヤ騒ぎなどなかったし、○○さんと△△さんの境界争いなどまったくない。
今度はXさんがびっくり仰天。いったいなんでYさんはそんなウソを云ったのか。別にそれでYさんが得をすることは一つもない。ワケは分からないが、Yさんがウソを云ったことだけはたしか。Zさんはびっくりしながら帰っていったし、Xさんも首をひねるばかり。
それで次にYさんが訪ねてきたとき、XさんはYさんに質した。「あれもウソ、これもウソ、いったいどういうわけでそんなウソを云ったのか」、すると黙って聞いていたYさん、「もう2度と来ん」と一言だけ云って立ち去った。それっきり、本当に2度と来なかった。
いまだにYさんが、どうしてそんなウソのウワサ話をしていたのか、まったく不明。いまはXさんもYさんも亡くなり、理由は永久に謎のまま....
あえて推測すれば、せっかくXさんの家に遊びにいったのに、話題が何もないのではつまらない。そこで適当な話をしているうちにそれがエスカレートしていったのではないかと思うくらい。
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