むかし親戚が血統書つきの立派なセパードを飼っていた(もう死んじゃった)。餌もドッグフードではなくて、朝晩、奥さんの手作り。
まずは鳥ガラとか豚骨をぐつぐつやって出汁を取る。その出汁に白菜とかタマネギをぶち込んでさらにぐつぐつ。2段階の手間を経て完成した出汁にご飯を入れたのが、犬のご飯。
大型犬だから、食べる量も半端じゃない。とにかく毎日、これをやるのだから、うんと大変だったそうだ。それでも可愛い愛犬のため、毎日、頑張ったとか。
あるときダンナさんが腹減ったと帰ってきたとき、まだ犬の夕飯を作っている最中だった。奥さんが
「いまジョンの夕飯を作っているからちょっと待ってね」と云ったら、「もう、我慢できん」みたいなこと云って、いきなりジョンのご飯を一口食べた。
奥さんがビックリしていると、「うちの犬は、こんなうまいものを食べているのか」と云ったそうな。(笑)
で、あるとき、その親戚の家の前の道で舗装工事が始まった。ずいぶん長くかかったそうだが、ようやく工事が終わり、ほっとした。ところが工事が終わったと同時に、いつも庭先につないでいたジョンの姿が見えなくなった。
首輪が外れて逃げ出したかと思ったが、紐ごと無い。まるで誰かが連れ去ったよう。しかし見知らぬ人が連れ去ろうとしても、ちと難しい。訓練もしっかりしてあるので、やたらに吠えたり噛みついたりしないが、普通の人なら近寄る気にもならない大型犬。
不思議でならなかったが、不慮の事故が起きたら大変。もちろんどうしても探したいので、すぐ警察やら保健所に届けたそうな。しかし何の音沙汰もなく、1週間ほど過ぎた。
そんなある日、電話がリ〜ン。
「はい、○○ですが」と奥さんが出ると、
「あの〜、私、先日、お宅の犬を盗んだ者ですが」
奥さんがビックリしていると、
「しかしもうお返ししたい。しかしとてもお宅まで行けないので、お宅の家から百米くらいのところまで車で行ってそこで離す」と云った。
すっかり腰を抜かした奥さんだったが、犬が返ってくるのはうれしい。そのうちに少し落ち着いて、いろいろ聞き返した。
「あなた、誰ですか?」
「それは勘弁してください」
「うちの犬は訓練がしてある。知らない人が連れ出すなんてことは出来ない。どうやって連れ出したのか」
「実は私は、先日までお宅の家の前で道路工事をしていた会社の監督です....」
「(゚0゚)」
以下、彼氏の云うこと。
「自分でも秋田犬を飼っているのですが、工事の最初の日にお宅の犬を見かけ、すっかり気に入りました。そこで頂くことに決め、毎日、何かエサを持って行きました」
「2カ月かかって工事も終わりになった頃、大分、なつきました。そこで工事最終日の夜、庭に忍び込んで犬を連れ出しました。それでも車に乗せようとすると嫌がって後込みするので、なだめたりすかしたり、かなり苦労しました」
「ところが家に着いて犬を車から降ろすと、セパードを見かけたうちの秋田犬が激しく吠えます。するとセパードも吠え返し、かなりうるさいことになりました」
「そこで互いの姿が見えないように、セパードを裏庭に飼うことにしました。しかし匂いがするためか秋田犬は激しく吠え、互いにやみません。仕方ないので、秋田犬を激しく叱り、その日はなんとか済みました」
「家族のものは新しい犬のそばには寄れないので、翌日から私がエサをやりました。そのため匂いが着くのか、秋田犬の方に近づくと、また吠えます」
「また叱っておとなしくさせてから仕事に出たのですが、帰ってくると、また互いに吠えています。困ったなぁと思っていると、近所の方から“昨晩からうるさくてたまらない”と苦情の電話がありました」
「“犬が新しい家に落ち着くまで数日待ってほしい”と謝って、その日はなんとか済ませました。しかし数日経っても同じ状態。すると、“これ以上は我慢できない。なんとかしないと警察に連絡する”と電話がありました」
「取り敢えずは平謝りをしましたが、もうどうしようもありません。そこでセパードお返しすることにしました。昨日、お宅の電話番号をしらべ、こうして電話したわけです。どうか警察には連絡しないでほしい」
勝っ手な話だと思ったが、無事に愛犬が返ってくるなら、まぁいいだろうと思い直し、親戚はその話を承知したという。そして連絡のあった時間に2階の窓から指定された辺りを眺めていた。
見ているとそこへある車が止まり、すぐドアが開いてジョンが飛び出てきた。出てきたジョンは、一目散に我が家の方へ走ってきた。そして1分も経たないうちに1階の玄関のところで激しく吠えた。
いそいで下へ降りて玄関を開けると、あの無駄吠えをしないジョンがワンワン云って飛びかかってきたそうな。
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