テツマンの愉(たの)しさ
春は曙。やうやう白くなりゆく窓際。少し明りて短煙草(しけもく)細くたなびきたる。夏は夜。バカヅキの頃はさらなり。雨などの降るさへおかし。
冬は夕暮れ。夕日華やかにして、出前頼むとて女房のソバ屋へ急ぐさへあはれなり。日、入り果てて、女房子供の生あくびなど、いとおかし。
冬は早朝(つと)めて、雪の降りたるはいふべきにあらず。寝起き姿の女房の、いと恨めしき顔つきにて火など急ぎおこし、炭もて走るも いとつきづきし。
心、ときめきするもの
心、ときめきするもの。一向聴(イーシャンテン)、清一色やドラ三などの時はいふべきにもあらず。黙聴(だまテン)、荘家(そうチャ)のときは更なり。散家(サンチャ)の、我が和了牌(アガリハイ)ツモりたる心のうちは、いとおかし。
断然首位(だんとつ)の最終局、連荘する荘家など、腹立だしくさへ覚(おぼ)ゆれ。国士無双の聴牌、目かすみ、喉(のど)渇き、いまにも息絶えん心地す。他人の満貫の、いまや平局(なが)れて終わらんとするとき、神にも仏にも祈りたき心地さへすなれ。
人にあなずらるるもの
人にあならずる(軽蔑される)もの。両刀使い(両手で牌を扱う人)、荘家の上家でポンチーする人。無用のカンで、他人のポンしたるものをドラにする人など、撃ちてもやりたき心地こそすれ。
清一色ねらえる人の上家で くわす人。また錯和(チョンボ)、翌日、会社で人に話さるること、いと恐ろし。
大敗して泣きをいるる人、「今宵(こよい)は帰らじ」などと喚く。いと見苦し。支払い悪き人、ついには仲間ハズレにされゆく。いとあはれなり。
憎きもの
憎きもの。常に黙テンで待つ人。連荘する荘家(おや)、安アガリする人。わけても当方の荘家、あるいは満貫聴牌していたるときなど、点棒投げだしたき心地す。
えげつなき三味線弾きたる人。特に「おりた おりた」などといいて、アガれる人。この人とは二度とすまじとこそ覚ゆれ。嵌張で待ちたる牌を暗槓せる人。また搶槓で和了せる人。などてかくもしつこきかと、舌打ちしたき心地す。されどこれは、槓せる自分も悪ければせんかたなし。
座敷にて麻雀すとき 足臭き人、いと憎し。
すさまじきもの
すさまじきもの(興ざめするもの)、ピンでやりたる積もりの勝負、果てた後、ハーフと知れる。などてかく真剣にやりたるかと、悔しく覚ゆる。
1人のみ、技術稚拙なる雀士の入れる。あなずらわしき人(遠慮しなくていい人)なれば、ムシリにムシリとりべけれど、上司ともなればあなすさまじき。
勝ち逃げする人、また大敗しながら場代のみ置きて帰る人、いとすさまじ。四人とも徹夜覚悟でいたるに、雀荘の老婆の冷酷にて、「時間です」と告げたる、いと本意なし(我慢できない)。
あてなるもの
あてなるもの(良い物)。一気通貫、リャンペーコー、またジュンチャン。満貫放銃してにっこり笑ふ人。大敗して、いさぎよく立ち上がる人。普段の心ばえのほど、偲ばれてゆかし。
指細く白き女の、頬に人差し指あてて考えいたる。色浅黒き男の、白きコーヒーカップすすりつつリーチかけいたる。嶺上開花、海底自摸もあてなり。徹マン果てたのち、街に出れば足下より始発の地下鉄の轟音響きたる。いとあてにしてあはれなり。
あじきなきもの
風速50米のマージャン、3人マージャン。カラテンの立直、嵌張の立直をかけ、隣人の手を覗きたるに暗刻で持ちいたる。あじきなしと云うもすさまじ。
解説入るる人、放銃したるは聞いてやりもすれ、和了されてその解説聞く心地、いとあじきなし。
大敗して泣きを入れ、「あと1回」と頼み込み、またまたラスを取りたるもあじきなし。その帰り道、乗車拒否にあいて終電車に乗れば、つとめ帰りの夜の蝶、若きは良けれど、うば桜のみ2,3人揃いて鼾(いびき)かきいたる、まことにまことにあじきなし。
いとおしげなるもの
いとおしげなるもの(気の毒なもの)。ついにアガれず、終わりたるダブリー。降りて放銃せる人。荘家(親)の少牌。されど多牌はおかし。
一人負け。わけてもそれが最年長者なるは、いともあはれなり。四人メガなかなか現れず、人の来るたびにドア振り返る三人の男。諦めて帰ろうとしては、また坐る様。その心地、推し測るさえ、あはれなり。
振り聴リーチを掛け、追っかけリーチを掛けられたる人。泣き出したき顔つきこそすなれ。リーチ掛けたれど箱テンでリーチ棒無ければ、やむを得ず指3本出したる人。いとおかしげに、いとおしげなり。
おぼつかなきもの
おぼつかなきもの(不安なモノ、きがかりなモノ)。勤務時間中の麻雀、麻雀の約束の電話。満貫の立直、流局に終わるにあらずや。黙聴ならばすぐに出たるものをと、いとおぼつかなし。
国士無双は言ふべきにもあらず。2枚出たる字牌の単騎待ち。山にあらばいかんせんと、気も絶えいる心地す。
妻や子の病に臥せるに麻雀したる夜、出産の時は更なり。終電間際の連荘、また今宵も高価なるタクシーなるやと思えば、目もくらめく心地こそすれ。僅少差のトップで最終局に入りたる。まいて(まして)苦手の人が荘家になりたるはおぼつかなし。
あさましきもの
あさましきもの(びっくりするもの)。国士無双の放銃、ひっかけ立直。などて警戒せざるかと、ねたし(悔しい)。勤務時間中、麻雀したるに、不意に上司の現れいたるとき。向こうも四人なれば、驚くべきにもあらず。されど一人なるは、などてバレたるかとあさましうあやなし(ワケワカメ)。
麻雀に誘われ、「今日は所用が...」と断りて他のメンバーと囲みたるに、誘い手の入り来たる。「所用とはこれか」など、憎さげな口利きたるもいとねたし。ドラ三の少牌、双の振り聴、また荘家にて東々が二枚出たる直後、対子になりたるは、言ふべきにもあらず。
やはり荘家にて一向聴の好手来たるに、四風連打、または散家の九種九牌にて流局に終わりたる、あさましきもいと悲し。
くちおしきもの
メンバーの一人足りぬ夜。二人ならば諦めもこそしれ、三人とはいとくちおし。終業時間となりていざ雀荘へ出掛けんとするとき、課長に残業を命じられたる、いとくやし。カモと思いて誘いたる男のバカヅキしたる、などて誘いたるかと、頭に血が上る心地こそすれ。三味線に引っかかりて放銃したるとき、解説されつつ負けるときはさらない。
荘家にて、「やれ、嬉しや。流局に終わりたる」と思いしとたん、「流し満貫!」と叫ばれたるときは、などて「誰か安アガリをせざるや」と、いとくちおし。遂に聴牌せぬまま終わりたる清一色、せめて聴牌せばアガれずともよし。ノー聴に終わりたるは、夜、夢にも見ん心地す。
四人にて囲みいたるに課長現れ、「俺にやらせろ」と放り出されたる、いとくちおし。
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