花げりら

ポケットに花の種をしのばせていって、よそのうちの庭に密かに蒔く。
そして、その花が咲くのを見て楽しむ。
それを「花げりら」という。

それを聞いたのは父からだった。
なんてスリリングな楽しみなんだろう
いつかやってみたい
そう思っていた。

以前住んでいた場所は、広い河の河岸段丘の上だった。
生活圏は一段低い土地に出来た大規模な団地のあたり。
そこに行くには、都立公園の中にある120段ほどもある階段を
下りなければならなかった。
行きはよいよい、帰りは・・・である。
重い荷物を持ち階段を上るのには、途中何回か休まずにはいられなかった。


そんなある日
突然、その階段の脇にそって、びっしりと彼岸花が咲き始めた。
こんなところに、彼岸花なんてあったかな?
公園の人が植えたのかしら?
そう思っていると、数日後、こんな看板が立った。

「ここに花を植えた人は、公園管理事務所まで届け出てください」

え・・・誰かが勝手に植えたんだ・・・
世の中には変わった人がいるもんだ・・・
なぜ彼岸花を?

そう思ってみると公園のあちこちにそう思える彼岸花がある。
それは1球だったり2.3球だったり・・・
それにしても階段脇に植えるのはかなり時間もかかったはず。
彼岸花の球根だって買えば結構高いし・・・
闇の中、彼岸花の球根を植える人の姿を想像して
ますます、不審に思うのだった。

彼岸花は、秋の明るい日差しの中で輝くように咲いていた。
そして、階段を上る辛さを忘れさせてくれた・・・

ところが、その翌春はチューリップが公園の変な所で咲き始めた。
それは八重のものや色の混じったもの。
今回は2.3球づつ。
きっと例の人だ。
ほんとに花が好きなんだ。
公園に花を植えて密かに楽しむ
花げりら、なんだ。
そう思うと、なんだか花好きの仲間に会ったような気がしていた。
心の中がほっと暖かくなった。





後日、公園を散歩していて、その花げりらに会った。
「彼だ!」瞬間的にそう思った。
二十代後半の青年だった。
手にはしわくちゃの紙袋とスコップを持っている。
また何か植えていたのだろうか。
私から視線をそらすと、彼は公園の中に消えていった。


・・・・・・・・・

それから、私は引っ越しをして少し離れたところに移ったが
彼岸花は階段脇で毎年きれいに咲いている。

彼は今頃どうしているのだろうか。