匿名
「僕はもう我慢しない」・・その一言から始まりました。今年19歳になる長男が小学校4年生の時のことでした。何のことかわからないまま迎えた小体連の日、自宅近くの集合場所に「行かない」と坐りこんでしまいました。手を引っ張ってもなだめても、びくとも動こうとしません。翌日も同様、力ずくでも動かせない、それはすごい抵抗でした。思い余って北村弥枝先生に相談したところ、「エネルギーが切れただけのことです。」そして、動揺している私に、「肝っ玉母さんになるんですよ。」「学校には連れて行きなさい。」と言われました。翌朝、渋る子どもを無理やり車に乗せて学校に連れて行きましたが、絶対に車から降りようとはしませんでした。教頭先生から「無理をしないように」と言われ、そのまま自宅に引き帰しました。
長男が通っている小学校は150人足らずの小さな学校で、当時、登校拒否の子は誰もいませんでした。しかも主人は小学校の教師です。私も教育には熱心な“つもり”でした。「何故?」「周りの人は何と思うだろう・・・」「主人の立場が・・・」「子どもは一体これからどうなるのか」とにかく息子が学校に行けるようにイメージしました。
しかし、効果はなく、“何故?”と思い、もう一度先生に質問すると、「イメージのしかたが間違っているのです。学校に行けないから行かせようとしている。学校に行かないことを前提にイメージしているから効果がないのです。すでに学校に行っている姿をありありとイメージするように・・・」と教えていただきました。
そのようにイメージし続けると、すぐに学校に行き始めるようになりました。が、ポツポツと1週間に1度くらいは休んでいました。毎日学校へ行くことは普通のこと、当然のことと思っている私には、すごくショックなことでした。
長男は口が重く、アレコレとは言わないほうでした。今、思うと、私が言わせようとしなかったのかもしれません。「いい子に育てなければ・・・」「・・・ねばならない」という子育てをしてきました。上から押さえつけて育ててきたようです。自分なりに一生懸命なつもりでした。しかし、結果は「エネルギー切れ」「愛情不足」「子育ての失敗」でした。「子とは、尊い宝子である」「慈しむこと」などは頭で理解していても、心で感じとることができませんでした。「どうしたらよいのかわからない・・・」でも他人には弱音を吐きたくない。「私は大丈夫!」と自分に言い聞かせていました。
そんなある日、同級生のお母さんの所に行った時のことでした。その方は、玄関先で私をギューッと抱きしめてくれたのです。「何で言わないの・・・自分だけで我慢して辛かったでしょう・・・」私は涙があふれて止まりませんでした。「できている人」を装っていた私、「自分のことは自分でする」という、かたくなな心に気付き始めた瞬間でした。
息子は、波があるものの、学校には行けるようになっていました。長男が6年生になる時、主人の転勤で主人の実家の近くに引越しました。“もう大丈夫だろう”と思っていました。しかし、2歳の頃から発症していた小児ぜんそくが悪化し、5月の連休の後から入院しました。思いのほか重症で生死の縁をさまようこともあり2ヶ月程の長期入院となりました。夏休み前には退院することができました。しかし、転校間もない入院で、同級生ともなじめないまま夏休みとなりました。「えーっ・・・この6年生という大事な時期に不登校?どうしよう・・・」学校へ行けない日々が続くと、「もうダメかもしれない。一体これからどうなるの?どうしてウチだけが・・・。しかも主人が生まれ育った所だから他の人には知られたくない。困った・・・、どうしよう・・・。私も転居したばかりで友達もいない。」八方ふさがりの日々が続きました。通学路になっている自宅の前を通る子どもたちの姿、元気な声を耳にすると、辛くてたまらなくて涙があふれてくるのでした。
「何とかしたい」そんな時、飛騨の研修会に参加しました。遠方から参加している私に、同室の方が本当に親切にしてくださいました。小さい子どもと接するように、食事の時、お風呂の時、事ある毎に声をかけてくださいました。何ともいえない母のぬくもりを感じました。「ああ・・これが母のぬくもりなんだ。」小学3年生の時に母を亡くした私は、「自分のことは自分でする」と、その時から悲しみも辛さも心の底に封じ込めていたことに気付きました。母のぬくもりを感じた時、「しっかりしなくてはいけない」という固い心が溶け始めたのでした。その後は勉強会や研修会に参加して、徐々に自分の心の殻を破れるようになりました。自分の心を見つめ、自分の心に愛を満たし、息子の心に足りなかった愛を足していきました。
ある日のこと、息子をじーっと見ていて、ふと「主人は今頃ご飯ねー。おいしく召し上がっているかしら・・・」と主人に心を向けたその時、息子が「お母さん、ご飯食べる」と何事もなかったかのように、すっきりした顔で階下に降りてきました。「えーっ、これっ何・・・?」ハッと気付きました。何とかしようと思うあまり、私は息子の心ばかりを見ていました。知らず知らずのうちに、息子の心を縛っていたのかもしれません。心をふと主人に向けた時、主人に流したそのエネルギーはそのまま子どもに流れていること、“子どもは信じるだけで良いのだ”ということを実感した瞬間でした。
「もう、大丈夫!」と息子のことを信じ切ったその日から、息子は「大学に行きたい」と、高校受験に向けて立ち上がって行きました。中学2年生の時でした。卒業の時には、校長先生から「君の頑張りはすばらしかったよ。誰もが認めるところだ。」と言っていただきました。私が自分の心をみつめ、そして気づいた分だけ、子どもは立ち上がって行きました。もっともっと母として、妻として、嫁として、心を完成させていきたいと思っています。

体験記